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また来世で会いましょう  作者: あおいあお
第三章 竜凱山脈編
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73:馬肉



「馬が挫傷した?」


 馬車に揺られながら説明されたそれに、僕は問い返した。

 リリスとマリンは御者台に座り、扉は開いたままだ。

 僕は左側に居て、クレナは対面に座り、その右隣にリシアが居る。

 僕とリシアは乾いた下着に着替え、体を隠す様にタオルを纏うと膝を抱えていた。


「ああ、ちょうどアズサ達が落ちた時にな。あの時竜がそちらに向かわなかったら危なかった」


 答えたクレナにその時を思い出す。

 やはりあれは何かしらの事故があった衝撃なのか。


「うば丸の方? カリンちゃんの方?」


「え? えーとー、めすの方だ」


 カリンちゃんか。


「そ、それで? その子はどうなったの?」


 僕は聞きたくない半面義務感から先を促す。


「怪我が酷くてな。何とか最寄りの村まで連れて行く事はできたんだが、無理をさせたのもわざわいしたみたいでな」


 その先を言い澱むクレナ。


「家畜としての役目を全うしてもらう事となりました。今頃精肉でしょう」


 続きはリリスが言った。

 淡々と言って退けたそれは、寧ろ畜生を飼う身の正しい在り方だったのだろう。


「本来リシアの物なので、勝手に進めた事は申し訳ないですが」


「え? ああ、私は構わないけど」


 急に振られてぼーとしてたリシアは適当に応じる。

 そうか……もう居ないのか。

 疲れのせいなのか、今の今まで死にそうになっていたからなのか、どうも実感が湧かなかった。

 だが納得して受け入れている自分が居るのは確かだ。山脈に入る前の自分じゃ、こうはならなかったろう。


「とにかく馬をどうにかしようと村に着いて、片方は無事だからこれでリリスと探しに行こうかとも思ったんだがな。その時商人のタールら一行と会ったんだ」


「タールさんと?」


 と、その後を語るクレナ。


「諸々の手間を踏まえ、食用として売り払った。そして相場より安くする交換条件であの馬を借りたのさ」


 なるほど。


「代金は後払いなので、あとでリシアが代表して受け取ってください」


「ええ。分かったわ」


 御者台のリリスからの言葉にリシアは応じていた。

 雨もあって思う様に動けなかったろうし、あっちはあっちで大変だったのだろう。


「へっくしゅ」


「マリン、寒そうですね。これを着てください」


 と、くしゃみするマリンにリリスが自身のローブを脱ぐと同じ事を促し、それをマリンへと羽織らせた。


「えっへへ、暖かい〜」


 嬉しそうに腕を交差させてローブを抱くマリン。

 顔をうずくめる後ろ姿が微笑ましい。


 その後無事に最後の村とやらまで着いて、僕らは迎えられた。

 どうやらタール氏が話を付けていたらしく、案内された場所に馬車を停止させた。

 まだまだ服は乾き切れてなかったが、仕方なくそれを着て降りる。


「おお、お待ちしておりましたぞ!」


 濡れた砂利に足を着けると、一番に迎えてくれたのは笑みを浮かべるタール氏であった。


「いやぁ、アズサ殿、リシア殿。本当に無事で良かったです」


「あ、はは。どうも」


 手揉みして近づく姿に僕は苦笑いして応じる。

 どうもこの人は苦手意識が拭えない。商人は侮れないと言うか、話を聞く限りじゃ今回も利害関係あっての事だし。

 大人の世界じゃそれが普通なのだろうが。


「全員無事な様で何よりです」


 と、クレナにお辞儀をするタール氏。


「代金の方、既にご用意できてございます。私の所へ取りに来てくださるか、言っていただければ人を遣わせますが」


「ああ、後で取りに行こう」


「畏まりました。預かっていた保証金の方もその時に」


 クレナへと丁寧にお辞儀するタール氏。

 このグループでの序列を見抜いてるのだろう。

 こういった所が侮れない。

 と、こちらの視線に気付いてか、にこりと微笑むタール氏。

 ……まぁ、悪い人じゃないが。

 我ながらちょろいな。


「ああ、そうだ。件の馬肉なんですが、あなた方にお裾分けする分も残しております。よければお渡ししますが」


 と、僕らを見回して提案するタール氏。

 ほんの少し皆んなが返事を躊躇する雰囲気が伝わる。


「あ、ああ。受け取りの時に頂こう」


 そう、クレナが代表して言ったのだった。


「おや、珍しい」


 と、タール氏は遠くを見て言った。

 視線の先にはこちらにゆっくりと向かってくるご老人と青年が居た。


「この村の村長であるミチヨ様と、その孫で補佐役をやっている者です」


 そうタール氏が説明してくれる。


「では私はここらで一旦失礼致しますかね」


 そう言うとタール氏は行ってしまった。

 代わりと近づいてくる二人。

 老婆? なのだろうか。おばさんと迷ったのではなく、よぼよぼ過ぎてお爺さんと見分けがつかなかったのだ。

 丸くなった背中に小さい体ながら幾重にも重ね着して様で丸っこい。

 パサついた白髪は三つ編みで、窪んだ目蓋は閉じられている。

 失礼だが余命一年といった具合の見た目だ。

 その老婆に付き添う様に並んで歩く青年。


「え、えっと。こんにちわー」


 僕はとりあえずと挨拶する。

 それに会釈を返してくれる青年。そして暫定老婆が口を開く。


「遠方遥々よくお越しになられました。ここは北の彼の地への最後の村里。格別な厚遇で英気を養い旅人を送り出すのが我々代々の役目。ご滞在の間はゆるりと休まれますよう」


 う、うーん、多分女性だ。

 失礼ながら話はそっちのけに声音で判断していた。

 お婆ちゃんは話してる間も目蓋を閉じたままで、もしかしたら視えていないのかもしれない。


「長旅お疲れでしょう。我々は歓迎致します。一軒の休まれる場所を用事しておりますので、そこで心身を整えると良いでしょう」


 と、難しい言葉遣いのお婆ちゃんを訳す様に青年が言った。


「ご高配痛み入る。有り難く使わせてもらおう」


 クレナが応じるのを僕らは見るにとどめる。


「所で、貴方方は竜と会敵したそうですね? お礼と言っては何ですが、是非話を聞きたい。我々にとってそれは死活問題ですので」


「ああ。だが何分旅の疲れが出ていてな。明日でもよいか?」


「もちろん」


 青年はクレナの提案を快く受け入れた。


「では、明日。北の祭壇近くの一番大きな建物が私らの住む所ですので。ああ、そうだ。貴方方に用意した建物はあちらの方にありますので。備品も好きに使うと良いでしょう」


「ああ、分かった」


 そのやり取りを最後に青年は一礼すると背を向けた。

 お婆ちゃんの方にも肩を触れて向きを変える。

 やはり目が見えてないのだろうと考えていた時、不意にお婆ちゃんは顔をこちらに向けた。

 その時、ドキリと身震いするかの様な感覚が身を襲った。


 目が、合った……?


 去っていく二人の背中を見ながら僕は呆然と思った。

 目蓋は閉じられていた。目と目が合うなんて物理的な物ではなく、もっと感覚的な物だ。

 何か、胸の奥が見られた様な、そんな感じの……


 ま、気のせいか。









 村の建物は昔ながらの家と言った具合の物が並んでいた。

 どれも木造で藁か何か植物っぽい物でできた三角屋根。

 山間部である事を実感させる。


 僕らに用意された建物も大体同じ。藁の屋根に土壁の質素な平屋。

 庭が広く、簡易な焚き火台と座る為の丸太、薪まであった。

 扉のない入り口から入ると土間が広がり炊事用の道具やかまどもある。

 横に並んだ卓と四つの椅子。奥に寝床もあった。

 これならゆっくりできそうだ。


「二人は心労も溜まってるだろうし、ここでゆっくりしててくれ。っと、リシアの方は相談もあるんだった。代金を受け取りに行くついでだ。少し付き合ってくれ」


「ええ。分かったわ」


 と、クレナとリシアは出掛けて行った。

 その後気を休めていると買い物も済ませた二人が戻り、炊事班と洗濯班で分かれる事となった。

 僕とマリンが洗濯班に申し出て、他三人が炊事を進める事に決まった。

 料理をするのは好きだが、今回ばかりは食材が食材だけに手伝う気にはなれなかった。

 皆んなも今日は輪を掛けて気を使っている。さすがにそれは遭難帰りが理由だけではないのだろう。



 夕焼け空に染まる頃。生乾きだった僕の服も乾き、洗濯物も後はタオル類だけとなった。


(これ、まだ持ってるんだ)


 その時、僕はとある一つの布を手に思った。深い緑色の絹の様に仕立ての良い物だ。

 ずっと前にリシアは捨てるとか言っていたが、忘れたままだったみたいだ。

 毛玉一つなく非常に状態が良い。

 干している所も見てないし、あれから使ってないのだろう。


 整理の為に一括りに荷物を持って来ていたので、奥に仕舞って忘れ去られた所を偶々見つけた様だ。

 これはいいか。

 僕はその布を傍に置いた。


 そしてまだ幾つかのタオルが残ってるにも拘らず、マリンが気を使ってくれて僕は先に一人戻った。

 土間へ入るといい匂いが立ち込めていた。卓の中央に置かれた鍋から湯気が上がる。

 中には野菜や肉団子などの具が入っていた。


「まぁ、気持ちは分かるけど……。食べないと私達が死ぬわよ?」


 と、見るだけで何も動かない僕にリシアが告げた。


「僕はいいよ、食事は。意味なさそうだし」


「何言ってるのよ! 貴重なお肉なのに!」


 憤るリシア。

 リシアが正しいと分かっている。故に何も言えなかった。


「仮にあなたが本当に精神体生命体だったとしても、食べなきゃ魔力切れ起こすわよ? 経口摂取も大事なの。だから食べて。良い子だから、ね?」


 そう諭すように言ったリシア。

 殺めて食す。

 直接的にしろ、間接的にしろ、今まで散々やってきた事の筈だ。

 確かに今更特別扱いは如何なものか。


「これが、精一杯の供養よ」


 絞り出した様な声に下げていた視線を上げると、リシアの表情もまた悲痛げに顰められていた。


「もういいでしょう? アズサが誰よりもあの馬を可愛がっていたのは分かっている筈です」


 と、成り行きを見守っていたリリスが口を挟む。


「そうね」


 それにリシアは素直に引き下がると。


「ごめんなさい。……でも、何か食べてね?」


 そうお願いする様に見るリシア。

 リシアはただ単に、僕の事を心配してくれていただけなのだろう。


 その後、結局僕は馬肉を食べた。

 リシアに言われたからではない。三日ぶりに目の前に並んだ食事は、大凡おおよそ感情や意地では勝てない欲求を刺激したからだ。

 久しぶりに喉を通したまともな食事は、美味しかった。



「ねぇ、リリス。動物にも、輪廻転生はあるの?」


 食事も終えて食器を片付けていた時に、僕は隣で同じくお皿を洗うリリスに訊いた。


「そうですね。少なくとも、あると言われています」


「そう」


 僕はその返事を聞いて一言返すと、窓から藍色の空を見上げて思った。


(じゃああの子達も、元気にしてるのかなぁ)









 食事も済ませて各自明日の為の準備を進める頃には、既に外は暗くなり代わりとランプが室内を照らしていた。

 入り口から見て一番奥の椅子に僕が座り、その正面にクレナが、右隣にリシアが座っている。

 右後ろではリリスが明日の朝食を作ってくれ、マリンはお手洗いか席を外している。

 なんだか久々にゆっくりしていた。


「あ、そういえばさ。えーと。これからの馬車は馬一頭で引くって事なの?」


 軽い話し合いの最中、僕はふと疑問に思って問う。


「ああ、それなんだがな」


 と、クレナは地図から顔を上げ。


「もう馬も馬車も売り払ってしまう事にした。この先の旅路ではそちらの方が都合が良い」


「え。そう」


 僕はその返事に言葉を詰まらせた。

 その先を想像してしまったからだ。


「ちなみにだが、売却先のタールは普通に荷馬にうまとして扱うらしいぞ」


 と、僕の気持ちを見透かした様にクレナは付け加える。

 もう話しは済ませてるのか。


「この村を発つと一本道が続いて、下山し切ると森が広がるらしい。そこに一歩でも入れば、そこからはもう魔王領だ」


 淡々と説明して見せたクレナ。

 遂にここまで来たのか。

 クレナの説明に自分が今どこに居るかの実感が湧いてくる。


「漸くって感じね。もうそろそろ飽きてたし」


 と、そう間の抜けた事をリシアが言ってクレナと苦笑する。

 正直気持ちは分からないでもないが。


「あ、あの」


 と、今戻ったのか、入り口の方にマリンが突っ立って居た。


「お兄さん」


「ん? どうかしたか?」


 マリンはおずおずと声を掛け、皆んなの注目を集めた。

 今のマリンはいつもの紺色のローブを羽織っている。


「え、えーと。ろ、ロビアの町で、私が泊まっていた宿の名前とかって、覚えてますか?」


「宿の名前? 確か」


 辿々しく訊いたマリンにクレナは座ったまま考えだす。


「猫のしっぼ亭? だったかな? いや、黒猫亭? 確かそんなだったが……。どうかしたか?」


「い、いえ」


 問い返すクレナにマリンはただ俯いていた。

 と、その光景を疑問気に眺めていた僕らだったが、リリスだけはハッと何かに気付いた様に表情を変えると、マリンへと踏み寄った。

 そして黒いローブを揺らして何の躊躇いも無くマリンへと抱きついた。


「り、り、リリスさん……!?」


 驚きと戸惑いに目を丸くするマリン。


「マリン。好きですよ?」


 そんなマリンへと至近距離で見つめて告げるリリス。


「そ、それは……どうも」


 目を泳がせ、どうしていいか分からない様子でお礼を言ったマリン。


「クレナもですよね?」


 そしてリリスはクレナの方に視線を向ける。


「ああ、もちろんだ」


 言いながら立ち上がるクレナ。


「おいで。怖い夢でも見たのか?」


 クレナはマリンの元へ立ち寄り手を広げた。

 リリスも離れ、解放されたマリンは一歩踏み出すとクレナに包まれた。


「そんな……ところです」


 クレナの胸に頭を預けて、マリンはか細くそう零すのだった。


 一連の出来事を蚊帳の外で眺めて居た僕とリシアだったが。


「あなたはダメよ?」


「何も言って無いよ」


 横から飛んだ空気を読まない発言に呆れて返す僕だった。









 夜更け前の冷え込む頃。夜闇の中、庭にあった焚き火台で火を焚べ温まっていた。

 丸石で囲っただけの簡素なそれの前に座るのは、僕と対面に居るリリスだけだ。

 と、リリスが焚き火へと手を振るった。


「今何か入れた?」


 反射的に僕は問う。


「ええ。御祈願ごきがんと言うやつです」


 淡々と答えたリリス。僕が無言と視線で何を?と問うと。


「秘密です。言わない方が、効果がありそうなので」


 そう焚き火を見つめて応えたリリス。

 焚き火に照らされ揺れる瞳と、いつにも増して表情の無い顔からは、その感情や考えを読み取る事はできなかった。


「早く……解いてあげましょう」


 ただそう、一言呟いていた。



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