71:遭難中
毎秒強くなる様な雨に濡れながら、適当な洞穴を見つけて入った。
岩肌剥き出しだが雨風凌ぐには十分だ。そんなに奥深くもなく、危険な動物が棲家にしてる様子もない。
僕は洞穴の入り口から滴る水滴の向こうで止め処なく流れる雨を見上げていた。
雨に濡れる自然を見るのは気持ち良いものだが、今の状況はそんな余裕を産むものではない。
「ふぅ。ま、仕方ないわね」
と、隣に並んだリシアも雨を眺めながら言った。
「とりあえず生きてる訳だし、万々歳よ」
そう言って肩を竦めるリシア。
「運が良かった」
「ま、それはそうね」
素っ気なく返した僕にリシアはあっさりと肯定した。
「って言うか、あの竜は何なんだ? 明らかに他とレベルが違う。あれも山脈の生き物だと言われたら納得するしかないけど、あんなの……あんなのって」
〝聞いてない〟それが率直な気持ちだった。
リシアはそんな僕の様子を見届けて答えた。
「あれは竜凱山脈に棲まう唯一の飛竜よ。あの種は中々住処を変えないから、本来私達が行くルートで出会う筈ないんだけど。クレナも考えてるだろうし」
この世界の知識が無い事を言い訳に、何も方針に突っ込まなかったツケが回って来たのだろう。
「言っとくけど、あれが本気になったらこんなもんじゃ済まないわよ。きっと、あの竜にとっちゃただの遊びよ。それでも生きてたのは運がいいけど」
「あ、あれで遊び? 遊びだって?」
信じられない思い、と言うより竜に対する憤りで問い返す僕にリシアは頷く。
「多分だけど、元々は馬を食べようとしたんじゃない? 馬車を倒して逃げられなくしようとしてたんだと思う」
そう言えば、最初に攻撃してきたのは馬車本体だった。
多少の頭も回るらしい。
「最初私たち人間は石ころぐらいにしか思ってなかったんでしょうけど、変にちょっかい出しちゃったから」
「でも馬は守らなきゃ。こんな山脈のど真ん中で馬を失くせばそれこそ終わりだよ」
そんな正論今は訊いてないと言った感じだが、もう言ってしまった。
「そうね」
それにリシアは慈愛の込もった様な優しい目で微笑んだ。
どうやら、僕自身こそがこの状況に切羽詰まってたらしい。身体的な意味じゃなくて、心そのものだ。
何処かに責任を押し付けて逃れようと、楽になろうとしていた。
その点リシアは大人だった。子供っぽいと下に見てた節があったが、やはり非常時にこそ年長者のそれが出ていた。
「そうだ……馬車。クレナ達は今頃」
僕は話の流れから思い出す。
馬車組の方が今頃どうしてるかが心配だ。
もし探し回っていたらどうしよう。どんどんすれ違いになるかもしれない。
クレナの事だからそんな事ないだろうが、リリスがどうするか分からない。
特に僕らが落ちた直後だ。リリス達目線だと僕らが落ちて、竜がそちらに向かっている訳で、リリスなら相手が竜だろうと向かいかねない。
仲間の為となれば意外と相手を考えずに喧嘩売るのがリリスだ。初対面の時だって神さまを召喚するお転婆っぷりなのだから。
いや、リリスは御者をやってたし、それはないか?
そういえば、馬車を落ちる寸前に聞こえた何かに打つかる様な音も気になる。
何もなければいいのだが。
「考えても仕方ないわ。焚き火でも起こして、今はゆっくり休みましょう」
と、そう言ってリシアは洞穴の奥へと歩いた。
楽観的に見えるが確かに今できる事はあまりない。
いつかに備えて今はゆっくり休む時間くらいに思っておこう。
そう思い僕もリシアに習って奥側へと向けて踏み出した。
「あら? あらあらあら? モーリュの陰草じゃない!」
と、その時リシアが何か珍しい物を発見した様に、一気にテンション高く言った。
モーリュの陰草? それって確か、どっかの町の方で少年が欲しがってたような。
そう考えながらリシアの方に踏み寄り、中腰のリシアの視線を追った。
そこには薄暗い洞穴の中、隅の方で隠れる様に生えた植物があった。
うねうねと波打つ葉が無数に広がり、直径三十センチと言ったところか。黒に近い濃い緑色で、全体的に滑り気がある。
見た目はちょうどワカメといった感じだ。
多肉植物とまでは言わないまでも、少々分厚い葉だ。
「リシアってば薬草にも詳しいんだ」
僕はリシアと並んでまじまじとそれを眺めながら言った。
と、褒めたつもりだったがリシアは返答に間を置いた。
「たまたま、これだけ知ってたのよ」
そう、まるで気まずいかの様に応えたリシア。
「ちなみに薬草って言うよりも霊草ね。魔法的効果のある草花はそう呼ぶの」
「へぇ〜」
僕はその説明に興味深くその霊草を見る。
「ちなみに、これの効果は?」
話の流れから当然訊いたそれに、リシアはまたもいっときの間を置いたが、次第に一言口を開いた。
「精神的作用のある魔法の解除」
そう抑揚なく答えたリシア。
「つまりは精神妨害系の魔法かそれに準ずるものを解消する霊薬の元となる素材ね」
つらつらと語ってみせたリシア。
リシアの心情の変化は分からなかったが、何か特別な思い入れがあるのは分かった。
「一応、採っときましょ。高価な物だし」
そう言いながら膝を突き、腰のポーチを前にするリシア。
霊草を根本から引き抜き、それをポーチへと入れていく。
無言でその作業を進めるリシアを僕も何と無しに眺めていると。
「あ!」
「な、なによ?」
唐突に思いつき、僕は声を上げた。
「思いついたんだけどさ! その霊草でクレナの──」
僕はその案を思いついたままに言おうとし、ある事に思い至って言葉を詰まらせた。
「大丈夫よ。知ってるわ」
と、それを察した様にリシアは言った。
「い、いつから? 本人から聞いたの?」
「さぁ……いつだったかしら」
リシアは遠い日を思い出す様に虚空を眺め。
「最初っからかな」
そうこちらを見て微笑む様に目を細めた。
最初っからと言うと、リシアとクレナが合流した時にはもう全ての事情を話してたと言う事か。
「それで? それが何?」
「あ、えっとさ、この霊草で、その……クレナを手助けしてあげられないかなって。マリンの、さ。呪いを」
僕は躊躇いながら言った。
つまりはそう言う事だ。クレナにその霊薬を飲ませてマリンの呪いを解いてしまおうと言う話だ。
「それは無理ね。何もこの霊草一つで作れる物じゃないし」
「そ、そっかぁ」
僕はその返事に落胆して言った。
「それに、これじゃ一人分しか作れないわね」
と、そう手元の霊草を眺めて言うリシアに僕は首を傾げた。
「ほら、旅はまだまだ続くんだし、一回分作っても仕方ないって意味よ」
「ああ」
僕の視線に気付いたリシアの答えに納得する。
確かにその霊薬とやらがどれ程の効果を発揮するかは分からない。
リシアは分かってる様だが、この旅がどれくらい続くかが分からないのだ。
対症療法には頼ってられないと言う事だろう。
「よし」
と、ポーチぱんぱんに霊草を詰めたリシアは満足気に立ち上がった。
そしてこちらを向き。
「なんだか言いそびれちゃったけど、ありがとね。さっきは」
唐突なお礼に何の事か分からずにいると。
「運んでくれて。私、いつの間にか伸びちゃってたみたいで」
「ああ」
納得して頷く。
絶え間ない雨の音聞こえる中、僕らはそこで一夜を明かした。
〇
現在遭難中の僕とリシアは五人でおこなった遭難しそうな人ランキング一位と二位だ。
クレナとマリンがリシアに投票し、リシアとリリスが僕に、そして僕は僕自身に投票して三票と二票で一位二位だ。
皆んなの人を見る目を認めつつ、自分自身に投票した僕も正しかった事については複雑この上ない。
というか普通に嫌だ。
まぁ、そんな事もあってか遭難した時用の最低限生きる術はクレナから教え込まれている。
いきなり雨は確かに難易度高めだが、生き延びるだけなら何とかなると思っている。
濡れた草木に火を点けるのは苦労したが何とか焚き火も起こせた。
後は狼煙を上げるか、向こうが上げるのを確認したい。
一応羅針盤も持たされてはいるが、現在地が分からないから下手に動き回らない方が良さそうだ。
川の近くにいれば地図で確認しやすいとは言われているので、雨が上がれば近くの川くらいは探そう。
そうして一夜明けて雨も止んだのを確認し、僕らは出発した。
北に向かうべきか、それとも道に戻る形で東に向かうか。
とりあえずは川だが、東に向かえば道っぽい所に出るのではと考えてしまう。
そうすれば道を辿って村に着けるかも、と思ったのだがリシアに反対された。
クレナが地図を読んで道を決めていたから迷わなかっただけで、素人の僕らだけじゃどんどん離れていくだろうと。
それに魔物も怖いところだ。リシアからすると魔物との遭遇率が異常に低いらしい。
確かに魔物との交戦はタール氏の襲っていた狼達だけだ。
それもこれも全部クレナが道を決めていたかららしい。
クレナ様様だ。クレナが居なかったらどうなっていたのやら。
まぁ、その分のツケを払うかの様に飛竜とは相対した訳だが……
「ねぇ。あなたは皆んなとどうやって出逢ったの?」
と、北に向かって進んでいた時、リシアから不意に質問が飛んだ。
「何で急に?」
「気になって」
振り返って問うと平然と返された。
「うーん。最初に出逢ったのがリリスで、それも唐突だったなぁ。特別だし、一番印象深い」
僕はこの世界に初めて降り立った日を思い出す。
「しかしどうやって出逢ったのかと訊かれると難しいなぁ」
そこら辺はどう説明したものか。
僕が元々この世界の人じゃ無い事や、エリア様の事まで関わってくる。
「まぁ、言うなれば巻き込まれた感じかな。あ、そうだその話で言えばもう一人紹介したい人が居るんだった」
「紹介? 今更何よ」
僕の言葉にリシアは怪訝に言った。
「仲間だよ。もう一人の。どこか遠い存在だから、言うの忘れてたよ。実際遠い所に居るんだけど」
「ふーん。で、クレナ達とは?」
そんな事はどうでもいいとリシアは続きを促す。
「クレナはご縁があってって感じかな? 最初に会った時は助けてもらったし、その次はクレナを助ける為に関わったし。クレナはマリンを探しててね。マリンとはその延長線上で出逢ったかな」
「ふーん」
リシアは鼻を鳴らして相槌打った。
訊いといてあんま興味無さそうだ。
「にしてもどうやって紹介したものか。逆にリシア達を紹介もしたいんだけどなぁ。連絡取る方法も無いし」
「何それ。じゃあ紹介も何も無いじゃない」
「う、うん。まぁ、そうだね」
言っても信じないだろうしなぁ。
あ、でもクレナなら信じるかも。どうせ言うなら皆んな居る時に言いたいし、今はいいか。
ただまぁ、生きてるうちに会って紹介ってのは難しいだろうなぁ。
「って言うか、それ仲間って言うの?」
「仲間だよ。大切な」
僕は即答した。リシアと目を合わせてハッキリと言い切った。
「リシア達と同じ。マリンやクレナ、リリス達と同じ、大切なね」
「ふーん」
リシアはあまり理解してるのか分からない表情で頷いた。
「にしてもどうしたの急に?」
「だから気になっただけよ。ほら、雑誌にあなたの有る事無い事書かれてたから」
「ああ」
リシアの返答に納得した。
「じゃ、話早いや。そのもう一人の仲間、女神エリア様だから」
「はぁ? 寝惚けるのも大概にしなさい」
ま、そうなるよなぁ。
なんだかんだ僕らの中じゃ一番信仰心高そうなリシアの事だし。
「一応本当の事なんだけどねぇ。いつか紹介できたらいいなぁー」
そう僕はリシアに構わず呟いた。
リシアの方はと言うと不敬だと怒るでもなく反応はなかった。
「何か上の空って感じだね。知らない人が仲間ってのが気に食わない?」
「別にケチ付けるつもりなんか無いわよ。ただ又聞きで人の話なんかされてもピンと来ないだけで」
なるほど。確かに。
「ま、あなたの人を見る目はまぁまぁ信頼してたりはするのよ? なんせ私を選んだくらいだからね!」
これはまたリシアらしい理論だった。
その後川を見つけて狼煙を上げるも、何処かで狼煙が上がっているのは確認できなかった。
それどころかその日狼煙が上がってるのは確認できず、新たな洞穴を探してはそこで一夜を明かす事となった。




