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また来世で会いましょう  作者: あおいあお
第三章 竜凱山脈編
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68:同じ夜空の下



 野鳥の声だけが響く早朝。

 暑くないのにじんわりと滲む汗。深い森林に荒い息が響き渡った。


「アズサ、やはり俺が」


「いや」


 気を遣ったクレナの言葉を遮り。


「僕がやるよ」


 自分に言い聞かせる様言った。

 目の前には罠にかかった兎。

 僕は持っていたナイフを翳して──









 二日連続で兎が罠に掛かるとは運がいい。

 保存食が増えると皆んな喜んでいた。

 自分の中で勝手にあの役をやると決めていた僕としては、否応なく自分の不甲斐無さを見せつけられる様で複雑だったが。


 僕は一足先に拠点へと歩を進める。

 その後は軽い貧血を起こしてしまったのでクレナに任せてしまった。

 少し開けた所へ出ると朝の早いうば丸が目に入る。

 僕は首元を撫でて気を紛らわしながら思った。


 撫でる資格、あるのかな……









 山道ばかり続く日々だが、変わり映えしないのは馬車内も同じだ。

 自然を楽しみに観光気分で来ている訳では無いが、皆飽きは来ているだろう。

 変わらずマリンは屋上で一人ゆっくりしてる様だが。


 御者はクレナがやってくれていてこちらはする事が無いのだが、座布団も無く椅子と言うより剥き出しの板に座るだけと言うのも疲れてくる。

 そろそろお尻の痛みが限界になってくる頃だ。

 それは皆んな同じだし、御者台なんて気も使うしもっとそうだろうから文句も言えないが。


 僕も屋上でゆっくりしたいなと考える。

 それはお尻の痛みだけが理由で無いのは自覚しているが……


 視界の端でリリスを捉える。対面左手に座っているリリス。御者台の窓から外を眺めてる様だ。

 昨日からあまり喋れてない。

 なんだか気まずくて話しかけづらいのだ。

 かと言ってする事もなく、ずっとこの調子だ。


「ねぇ、なんだかこっちまで鬱気な気分になってくるんだけど」


「え」


 と、正面に座るリシアが疲れた様に言う。


「何なのー? 二人とも。ケンカでもしたの?」


「い、いや。ケンカなんて」


「別に」


 揃って否定する僕ら。


「はぁん。もうっ。知らないわよ」


 全く納得してない様子で大きめの溜め息を吐くとリシアは諦めた様だった。

 相変わらず外を眺めるリリス。


 謝るべきだろうか? でも一体何をどう謝る?

 曖昧だった分明確にしてしまうと溝を作らないだろうか?

 でもこのままってのももちろん嫌だ。


 いや、そんなのは言い訳だ。配慮が無かった分はちゃんと謝ろう。

 そう思いリリスの方を再度見上げる。


 で、でもやっぱり、二人っきりの時に……


 と、何かこちらに合図するリシアに気づく。

 視線は僕に向けつつ顎をリリスに向けて何か口パクする。


 うん。そうだ。

 今言わないと、多分言えない。


「あ、あの。リリス」


 僕は意を決して声を発した。緊張で若干震えていた。


「その。昨日は、ごめん」


「はて。謝られる様な事をされた覚えはありませんが」


「う、うん。そうなんだけど」


 とぼけるリリスに頷く。

 話は終わった。

 それ以上の会話は無く、馬車内にはその後沈黙だけが流れた。


 『息苦しくて窒息しそうだったわ』とは、その日の進行が終わり馬車を降りたリシアの談である。









 その日の晩も終わり、寝るための片付けをしてる最中。


「リリスさんと何かあったんですか?」


「え」


 急にマリンに話しかけられ、返事に詰まった。


「心配する様な事は何も」


「そうですか」


 僕が有体ありていに答えると、まだ何か言いたそうだったがそれ以上は追求して来なかった。

 そんなに側から見て違和感があったのだろうか。









 夜。鈴虫の鳴く頃。

 その日すべき事は全て終わり、皆が思い思いに過ごす頃。

 緩やかな丘に敷いた布の上で、僕は後ろに手をついて座っていた。

 隣にはクレナが両手を頭に寝っ転がっている。


 女子組はどこに居るかと言うと、頭上、丘の上に近からず遠からずな距離に停めてある馬車内に居た。

 ランプの明かりが漏れるそこからは、耳を澄ますと微かに話し声まで漏れてくる。

 一体どんな話をしてるのやら、想像も付かないが。


 空を見上げると灰色の雲が動いて星々を隠しているのが見えた。

 今夜は明るい空だった。

 僕は冷たい夜風に当たりながら、一日を振り返った。


「ねぇ、クレナ」


「ん?」


 呼び掛けに瞼を閉じたまま応じるクレナ。


「今日の僕ってそんなに変だった?」


「脈絡が無いな……。まぁ、本人も自覚無く憂いが溜まる事もあるだろうしな」


 クレナが何を言ってるのか分からず頭に疑問符が浮かぶ。


「今朝の屠殺も、変調をきたすぐらいならするべきでは無い」


「あ、ああ」


 僕は言ってる意味が分かり納得する。

 クレナは今朝のことで僕が悩んでると思った様だ。


 確かに元を辿ればそれが原因だ。そこに悩むべきだ。

 だがリリスにとってはそうやって悩んでるのも見せつけられてる様で嫌なのだろうか?

 僕が嫌だから屠殺役はしないと言えばそれで終わる問題でもない気がする。

 もちろん無害な動物を殺すのは嫌だ。あれをまたしなきゃいけない日があると思うとかなり憂鬱だ。

 その感覚は大切にしていきたい。

 でもリリスにとってそれはきっと偽善か甘えで……


 考えが繰り返しになりそうだった所で僕は一旦頭を悩ますのをやめた。


「はぁぁ」


 長めの溜め息を吐いて悩みを抜く様に脱力した。


「もう……なんか、無理。……嫌だ」


 何処とも知れず愚痴を溢す。

 誰に向けた訳では無い。何かに対してじゃない。独り言だ。

 一時静かに鈴虫の音を聴いたのも、別に返事を期待した訳では無い。


「アズサ。俺はいちいち慰めなんてする様な人ではないし、別にこれもそんなつもりはないんだがな」


 と、そうクレナは前置きをし。


「俺だってそんな殊勝な人間ではない。この前人を助けようとした時も、一瞬だけ迷った。このまま熱りが冷めるのを待つか、どうか」


 いつの間にか瞼を上げ、そう語った。


「助けようかどうか。その時馬車はどうしようか。馬は狙われないだろうか? 馬車を置いても逃げた先に行かないだろうか? その場合マリン達は無事だろうか? 助けた場合に得はあるだろうか? 無視した場合に旅への支障はあるだろうか?」


 つらりつらりと語り並べる。


「そう言った事を瞬時に考え、打算ありきで人を助けた。相手が相手だから、馬車ごと突っ込んで暴れればどうにかなるだろうと思ったのもある」


 クレナはそうくうを見上げて言った。


「だが、お前は違う。あの時のお前は助ける一択だった」


 そして話題は僕に向いた。

 村に入る前の一連の事を思い出す。


「それは、違うよ……。僕はそんな頭が回らなかっただけだ」


 今更ながら思考の差を感じて弱気に零す。

 そもそもの話、僕はクレナとリリスに頼りっぱなしだ。

 二人が居るからどうにでもなると思ってる節がある。

 僕一人であの場面に出会ったら、きっと足が透くんだだろう。

 最悪見捨てたかもしれない……

 それは打算じゃない。ただ勇気が無いから。


 また少し、落ち込んでしまった。

 視線を下げた僕をクレナは見上げていた。

 僕をフォローしようとしてくれたのに空気を悪くしてしまって申し訳ない。

 クレナは視線を空に戻した。


「正直、突っ込んだのは判断ミスだったんじゃないかと思っている」


 と、不意にそう零す。


「何言ってるのさ。結果オーライだよ。みんな元気でお礼も貰えたんだから判断は正しかったよ」


 僕は本当にそう思って言ったがクレナは納得できない様だった。


「俺が後から判断の良し悪しを評価するのはな。果たして時間と状況が戻った場合、同じ選択をするかどうかを考えるんだ」


 クレナは言う。


「同じ選択をするなら正しかった。自分の実力で成せるとの判断だから。違うのなら間違ってた。運任せの要素があったと言う事だから」


 そして少し視線を下げた。


「この場合、山脈の道を選んだ事は……まだ迷っている」


 彼は吐露する。


「そもそも、魔王領に行く事自体」


 そこまで言い、彼は黙った。

 任された様に鈴虫の音が際立った。


「そんなの、分からないよ。行ってみないと」


 ずっと黙って聞いていた僕はようやく口を開いた。

 今のが紛れもない彼の本音なのだろう。

 あまり感情や気持ちを表に出さない彼を、状況がそうさせてやっと零した。


 そしてクレナはいつの間にか僕に向けていた視線を空に戻すと。


「そうだな」


 と、一言そう応じた。

 僕も釣られて上を見る。そのまま彼と同じように寝転がった。


 雲が流れて空が開く。輝く星々が一面に見えた。

 視界に収まらない程の天の川。瞬き消える流れ星。

 美しい夜空だった。

 澄んだ空気が気持ち良く、静かな中の鈴虫の音が心地良い。

 ずっとここに居たいと思える程だ。


「ちょっと、気になってた事があるんだけどさ」


 僕はこの際だと訊いてみる事にした。


「クレナの剣技は、いったいどこで習ったの?」


 唐突な質問にクレナは一瞬だけ間を空け。


「と言うと?」


「いや、だってほら。あれって」


 問い返されて僕は言い澱む。

 クレナはそんな僕を一通り見た後。


「確かに、あれは対人用の剣術だった」


 前を向いて語り出す。


「お前は稽古の内容が対人用だった事に在らぬ勘繰りをしていた様だったが」


 僕の方をちらりと見るクレナ。


「何故あんな物騒な剣術を俺が知っているのか。それが気になってたんだろう?」


 僕は無言を肯定とする。


「誤解ないよう言っとくが、別に珍しい事でもない。平和な時代とは言え荒仕事してれば小競り合いもある。俺はあくまで護身用として心得てるだけだ」


 その返事に僕はほっとする思いだった。

 勝手に感じていた不安混じりの疑問だったが、気苦労だったみたいだ。


放浪ほうろうしてた時に俺を拾った人がいてな。剣術はその人から教わった」


 クレナは何処か遠い所を見る様言った。その時を思い出しているのだろう。

 何はともあれクレナが人一倍強いのも納得がいく。


 と、後ろの方から物音が聞こえ、僕は寝転んだまま丘を見上げた。


「ふふ。見てよ、あの三人」


 その光景に思わず笑みが溢れてクレナにも知らせる。


「屋狭いのに並んで寝るみたい」


 リシア達は馬車の屋上へと登り寝転がろうとしていた。

 寝具も持っているあたり本当に寝るつもりだろう。馬車内のランプも消えていた。


 僕はその光景を眺める。暗いからあまりはっきりとは見えないが。

 ついリリスはどれかと視線で追う。昨日の事も思い出す。

 いつの間にか視線を下げていた。


「ケンカができるのは距離感が近いからだ。一旦離れて互いの距離感を探るのが一番良い」


 と、こちらを見ていたらしいクレナに言われ、落としていた表情で苦笑いする。

 やっぱ分かってたか。

 リリスとギクシャクしてる事も。


「覚えているか? ロビアでの事」


 と、夜空を見上げてそう話すクレナ。

 僕も姿勢を同じくして夜空を見上げた。


「あの時」


 一拍置いて。


「お前がマリンと喧嘩したと言った時、正直嫉妬したよ」


 クレナは語り出した。


「俺は兄妹らしく、言い合い一つした事ないのに、てな」


 何処か自嘲も含まれてる様な物言いをするクレナ。

 いつだろう。よく覚えていない。


「俺は……マリンを抱きしめたい」


 と、クレナが呟く。


「何も余計な感情に邪魔されずに。ひたすらな愛情だけで」


 そう語った彼の瞳には強い意志が宿っていた。


「うん。必ず叶うよ。……必ず叶えよう」


 僕はその意志に応えられるようそう言った。

 揺るがないその瞳を見て、マリンの呪いは解けるのだと、僕はこの時確信した。


 皆が同じ夜空の下、その日は眠りについた。



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