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また来世で会いましょう  作者: あおいあお
第三章 竜凱山脈編
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67:無力感



「いやぁ〜、本当に! 先程は助かりました!」


 村に入って一番に出迎えてくれたのは先程助けた商人だった。

 彼は満面の笑みで僕らを歓迎する。

 村でちゃんとした治療を受けたのか包帯が新しくなっている。

 幸い一人で立てる程度の傷だった様だ。


「本当に子供だとは」


「まだあんなに小さな娘まで」


 カリンちゃんの引く馬車と伴って歩いてきた僕らへ好奇の目を向けるのは、商人の後ろに並ぶ中年の男性達だった。


「失敬。私達は旅を同じくする行商人の一員でございます。今回は私達の仲間をお救い頂き心より感謝申し上げます」


 と、僕と目が合った男性の一人がそう言って頭を下げ、他の三人も習って下げる。

 全員行商人の様だ。助けた商人も含めると計五人となる。

 彼らは馬二頭で馬車を引いていたらしく、確かにこれだと一人置いていく事になる。

 殿しんがりと言った方がいいか。

 まぁ、村から人を呼んで戻るつもりだったらしいし、それ込みで殿を務めたのもあるのだろう。

 何にせよ勇敢な事だ。


「そう言えば、まだ名乗ってもませんでしたな。私の名はタールと申します。山脈の村々と峠の町を行き来する行商人でございます。以後、お見知り置きを」


 と、僕らの助けた商人改めタール氏がそうお辞儀する。


「是非、お礼をさせてください」


 彼は頭を上げるなり僕へ視線を向けて言う。


「お礼なんてそんな……」


 僕が遠慮して言葉を濁すと。


「ではありがたく」


「何にしようかしら。商品を分けて頂くなんていいんじゃない?」


 すかさず傍からクレナとリシアがにべも無く声を上げる。

 めっちゃガメつくじゃん。


「命の恩人な訳だしねぇえ? そりゃ自分自身に値札を付けた場合くらいのお礼は貰わないと」


 リシアがにっこり微笑んで応じる。

 なんだか言い方がねっとりしてる。


「え、えぇ、もちろん……。ですが荷馬車は道中に置いて来ています故、どうです? それを取りに行くまでにこの村を案内致します。私なら多少の顔も効きますし、ね?」


 そうタールは微妙な笑顔で応じつつ、そう提案して来た。









 タール氏による案内のもと、雑用班と買い出し班に分かれる事となった。

 僕とマリンが雑用班で、他三人が買い出し班だ。

 まぁ、早い話マリンのお守りだろう。

 こう言った過疎的な村での買い出しは交渉の要素が大きい。呪いを持ったマリンじゃ荷が重いだろう。

 その点僕を差し置いてリシアが買い出し班なのは納得いかないが、まぁあれで人から好かれる体質でもあるのか何故か万事上手く行く。

 逆に適任かもしれない。


「んー、よしよし。綺麗にしてもらったー?」


 まぁ、そんなこんなで僕とマリンは装蹄を終えたうば丸達を迎えに来ていた。

 僕はうば丸の首元を撫でてあげる。


「んぼぉ。そうねそうね。ありがとう、ありがとう」


 ぺろぺろと顔を舐められる。


「うへぇー」


 僕は堪らず顔を逸らす。唾液塗れになってしまった。

 と、マリンがやたら真剣な表情でこちらを見ていた。


「ど、どんな匂いですか?」


 思わずと言った様子で訊くマリン。


「えへへ〜。獣臭い」


 僕は服の身頃から顔を上げて応えた。


「あ、洗っておきます!」


「えぇ? いいよ〜、わざわざ」


 ぴんっと右手を張って差し出すマリンに遠慮する。


「洗っておきます!」


 それでも頑として引かない様子のマリン。


「あ、もしかして不潔で嫌だった? ごめんね。後で自分で洗っとくよ」


 僕が気持ちを察して言うと、マリンは何故か残念そうな顔をしていた。

 と、その時装蹄師がカリンちゃんを連れて出てくる。


「あの、ありがとうございました」


「ああ、ここから地質が変わるからな。また見てもらいな」


「はい」


 僕は渡されたカリンちゃんの手綱を握る。


「おやおや、商人の旦那じゃないか。久しいな。魔狼に襲われたんだってぇ?」


 と、こちらへとやって来たタール氏へ装蹄師が話しかける。


「ええ。油断しておりました。こんな所で会敵してしまうとは」


「はっはっ。それで子供に助けてもらうとは世話ねぇな」


 しょんぼりした様子のタール氏へ装蹄師は笑って応えていた。


「あんたも悪運が強い。今の時期に山脈に入るとは」


 装蹄師は手袋やエプロンを外しながら言う。


「犬ってのは自分の立場をよく分かってる。それが人の領域に頻繁に踏み込んで来るって事は奥の方で何かしらあったんだろう」


 そう語る装蹄師の言葉を僕らも聞く。

 あまり今後の予定とは都合の良くない情報であったが、現地人の助言は非常にありがたい。

 生前親戚に田舎に住むお爺ちゃんが居てよく忠言を聞かされたが、取り分け山の事となるととても真剣に話していた。

 実際それはバカにできないものであったのを覚えている。


「あんたらが出逢ったのは恐らく『飢餓狼アペタイト・ウルフ』だろう。一月くらい前からここらを彷徨き始めた。この村からも何人か怪我人が出てる」


 飢餓狼アペタイト・ウルフ。リシアから聞いている。山脈南東部に棲まう狼系の魔獣だ。

 元々不毛な地に生息していた魔獣らしく、限られた食べ物を効率的に摂取する為に常時空腹状態が続く様進化した魔獣である。

 腹が満ちても空腹感が癒える事はなく、常に狩りをして貪る様に食う。

 その様から付いた名が食欲アペタイトの化身として〝食欲の狼(アペタイト・ウルフ)〟。俗称は転じて〝飢餓狼〟となった。

 満たされない空腹の為に延々と狩りを続ける獣だ。


「そもそも狼は群れを襲う生き物じゃない。魔物だから多少交戦的なだけで。っと、そういや奴らは腹が減ってるんだったな。飢餓状態の獣程面倒な相手もそう居ない」


 装蹄師は少々鬱気な様子で言っていた。


「ここでの生活もますます厳しいものになりますな」


「たくっ、違いねぇよ。たださえ人も技術者も足りねぇってのに。ふらっと若い男女でも越してくれればいいんだかな」


「はっはっ。いやいや、言ってると本当に来るやも知れませんよ? 若い男女のそれも技術者が」


「そりゃいい。序でに馬の世話までできれば歓迎だな」


 二人は状況を笑い飛ばす様に冗談を言い合っていた。









 備蓄の補充を済ませて早々に村を発つ準備もできたのは夕暮れ間近と言った頃だった。


「これはまた随分とお急ぎなのですな。先のお礼の件ですが取り急ぎ品々だけでも寄越した次第でございます。なんせこれが生業でございます故」


 そう流暢に喋るのはタール氏である。


「ささ、村の人々に向けた物は取り分けておりますのでどうぞお気に召した物があれば」


 地べたに広げた風呂敷に並んだ品々。

 交渉の結果無制限に三割の値段で譲ってもらう事となったらしい。

 原価ぎりぎりかちょい下回るそうだ。

 まぁ、そこら辺の事はクレナやリリスに任せっきりだ。


「可愛い! ねぇ見て、これ頂きましょう!」


 と、リシアが綺麗なガラス瓶を指差す。


「それは……香水か?」


「さようでございます」


 クレナに応えるタール氏。


「この入れ物すっごく可愛いわ!」


「不要だな」


 バッサリって感じだな。

 不服気に頬を膨らませるリシア。

 使う機会なんて一時無いだろうに。


「して、何用でお急ぎになられるのか聞いても? その、助けられた手前ではありますが、年端も行かぬ子らを何も言わずに見送るのはどうも……」


 と、品定めするクレナ達を眺めていた僕へタール氏が話しかけて来る。


「え、えっとぉ。簡単に言うと、向こう側まで? 修行みたいな感じです。宗教的なあれで」


「さ、山脈を往来おうらいするのにこんな立派な馬をですか」


 タール氏は馬車に繋がれたうば丸達を見て言った。

 とても驚いている。


 確かにタール氏のとこの馬はロバみたいな体格のしっかりした子だったっけ。

 もしかして山肌向きじゃない?

 少々この先の旅路に不安を覚えたがあまり気にしない事にした。

 その後主に香辛料を買い足し僕らは村を発った。









 明け方まだ冷え込んだ空気も残る頃。

 僕はある役を買って出て一人森林を進んでいた。


 木に布が括り付けられた目印の場所に着く。

 そこにはトラップに掛かった兎が居た。

 僕に気づいて逃げようとする兎。その脚には紐が絡んでいて宙に空ぶっている。


 僕は今からこの兎を大凡食材であると分かる見た目にする。

 早い話し殺して皮を剥ぎ内臓を取るのだ。


 紐を伝って兎の脚を捉え、首根っこを掴む。

 毛を分けて伝わる生き物の体温。小まめに息をしているのが手の中で伝わる。


 僕はナイフを手に取る。

 柄の冷たさが妙に際立つ。無機質なナイフの感触と手の中で動く生き物の温かさがまるで対比であった。

 鼓動を自覚する。自分ができるのかまだ疑問に思いながらもナイフを首筋に当て……

 手の中で踠く兎。じっとりと手汗をかく。とうとう隙を見て僕の手から逃れてしまった。すぐに紐が突っ張りまた脚を空ぶる。


 僕は持っていたナイフをゆっくりと置いた。


「あ。り、リリス」


 その時、人の足音に後ろを振り向くとリリスがこちらへ向かって来ていた。


「遅いので、様子見に」


「ごめん」


 リリスは僕の隣まで来ると一緒に屈み込んだ。

 二人して兎の方を見る。

 沈黙が流れる。正直気まずい。

 今までの事がある手前、リリスが単に暇つぶしで来た訳じゃないのが分かるからだ。


「ど、どうしよ。自分で言っといて何だけど、やっぱ無理かも」


 だが相手がリリスである事もあって、僕は正直な内心を零した。


「兎を、動物を殺すなんて」


 僕にとって兎は愛玩動物としての印象が強すぎる。


「生きる為には仕方ないです」


「で、でも、無害な動物を、一方的に殺すなんて」


「悪戯に殺す訳ではありません」


「そうだけど」


 解せずに言い澱む。

 埒が明かないと言った感じだ。


「アズサ。そんなに悩んでも仕方ないのですから割り切ってはどうですか? たまたま見える様になったからと言って同情しても意味無いと思います」


 そんな僕にとうとう切りが無いと思ったのだろう。リリスが正論を打つけてくる。


「それに、そんなに悩まれると……私が非情の様に感じてしまいます」


 次いでリリスは俯き気味にそう零した。


「そ、そんなつもりは!」


「分かっています。少し、いじわるでした」


 慌てて否定する僕にリリスは言いながら立ち上がると、返事を許さぬ様に背を向けて歩き出した。

 遠慮なく遠のいて行く姿。こちらを振り返らないだろう事は安易に分かった。


 リリスにすら呆れられてしまった事、悔しさを原動力にもう一度兎を見るが、できない自分へ無力感が満ちた。


 兎はその後、クレナに任せてしまった。



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