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また来世で会いましょう  作者: あおいあお
第三章 竜凱山脈編
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66:死生観



 馬車での移動中、クレナは山の様子が気になると屋根に登りっぱなしだ。

 御者台には安全安心のリリスだけが座り、非戦力組は馬車内で大人しくしている。

 右手にマリン、向かいの猟銃が立て掛けられた方にリシアが。

 いつもと違うのはもしもの時様に御者台への扉が開けっぱなしにしているところか。

 背凭れが一部無いのでリリスは微妙位置で座っていた。


「ねぇ、リシア」


「ふん?」


 僕が呼ぶとリシアは雑誌から顔を上げた。


「精神体生命体について教えてくれるって言ってたのは?」


「ああ、それね」


 リシアは納得した様に言って雑誌を傍に置くと。


「ま、いいわよ? 暇つぶしに教えても」


 そう前置きして、リシアは話し出した。

 だいぶん前にリシアが言っていた様に、結構長い話になってしまった。

 お浚いを兼ねて、少し頭の中で整理し直しておく。


「精神体生命体と言っても、だいたいは悪魔の話になっちゃうんだけどね? そこも含めて話した方がい?」


 まずリシアはそう確認し、僕は頷いた。


「う〜ん。漠然と教えてなんて言われても、人とは何ですかと訊かれるくらいどこから話せばいいか」


 そう最初は悩んでいたリシアだったが、次第にいつもの様に饒舌な説明を始めた。


 結論から言えば魔力でできた生命体なのだそうだが、詳しく知りたいのはその部分である。

 先ず以って、生命の本体は〝魂〟である。その周囲に記憶や感情を司る精神体が飽和し、最後に器である体がある。

 この世界の常識である。

 そして精神体生命体が何かと言うと。


「ま、取り敢えず魔力でできた生命なのよ。生物かは疑わしいけど。そこは度々議論されてる所ではあるんだけどね」


 との事。

 要は体までもが魔力でできた存在なのだそう。それはこの世界に来たばかりの頃に知っていた事なので、特にショックも無かった。

 魂も魔力でできているそうなので、僕は純100%魔力製と言うことになる。


「何でわざわざ体を作るのかと言うと、周知の通り大体の生命は『肉体』が無いと活動できないのよ。この〝現世〟と言われる世界じゃね」


 当たり前である。

 心臓が止まれば活動できなくなる事は元いた世界でも強烈な常識である。

 この世界も概ね同じな様だ。


 だが肉体の無い、魂と精神体だけの状態、所謂霊体の状態でも肉体があるかの様に大手を振って過ごせる場所があると言う。

 それが天界や地獄などと言われる世界だ。

 そして精神生命体やそれらを語る上でいい例がいる。


「そのいい例が悪魔で、悪魔は普段地獄とか冥界とかって言われてる精神世界で生きてるそうなの。ずっと地下の方にあるそうよ? 座標が同じだけで別次元だから、掘っても行けやしないでしょうけど」


 悪魔は精神生命体と言って、霊体状態でも活動しまくっちゃう生き物なのだそうだ。

 最も、それは住処である地獄に限られ、その状態で現世に出ては魔力が四散し活動限界を迎えるそうだ。


「じゃあその悪魔はどうやって現世で活動してるかって言うと、自分の魔力と波長のある肉体へと憑いているの。所謂〝受肉〟ね」


 悪魔は現世で活動する為に肉体を動物から奪う事ができるらしい。

 蝙蝠や山羊、馬や犬など。

 そして人間もだ。

 受肉できる対象は幾つもあるが、限られてる様だ。


「でももう一つあるの。それが魔力によって肉体を作っちゃおうって事なの。そうやって魔力で肉体を作り、それに受肉したのが『精神体生命体』って訳」


 なるほどなーと、この説明を聞いた時納得した。

 要は精神体生命体ってのは魔力で『肉体』を作った存在の事で、特別精神体生命体=悪魔で無い事は注意したい。


 ちなみに肉体を持たずに活動する存在を別に精神生命体と言う。

 魂と精神体だけの存在の事だ。

 精霊とかそうらしい。

 悪魔も通常はそれで、魔力の体に受肉すれば精神体生命体と分類が変わる様だ。

 要はこれらの名称は状態に対する物らしい。


 ここまでの事を振り返り僕は頭の中を整理する。

 ルンバスやその付近で戦ったあの悪魔達はきっと、現世で普通に活動してた以上は何かしらに受肉をしていたのだろう。

 特に最初と最後に戦った筋骨隆々の化け物悪魔なんかは何かしらの動物に受肉したに違いない。

 ここまで飲み込める様になった頃、僕は話しの発端に戻す。


「ちなみに人でもあり得るの?」


「人で? あなたが精神体生命体って言う話し? そりゃあ有り得なくはないでしょうけど、きっと自力じゃ無理ね」


 作ろうと思えば作れるらしいが、魔法陣とか大変らしい。

 そしてそもそもの話しは僕が文字が読めないのに会話はできるという事だ。

 ようやく前提の話は終わりでその話に入る。


「まぁ、仮にそうなら実際その通りで、言語うんぬんの前に精神生命体とかは意思がだだ漏れだから、調整しない限り伝わっちゃうのよ。ああ、ここでいう意思って魔力の事ね」


 感情は魔力そのもの。その魔力が漏れ出て意思疎通が可能な様だ。

 つまりは言葉が通じてる訳ではないのだ。結果的にその様な形になっただけで。

 僕がもし人の身でこの世界に来ていたら大変困った事になったかもしれない。

 今思えばこれと言って体調を崩して無いのもこの体のお陰なのかも。


「これを魔力の塊である悪魔なら無意識にできちゃうそうよ? 召喚した相手は知性さえ有れば言葉は通じるって、なぜか勝手に思ってるものでしょう?」


 確かに。

 勝手な空想ではそう思ってた。


「まぁ、意思疎通に関しちゃ共通語の神聖語で事は足りてるから、悪魔もあんま使わないらしいけど」


 と、そうあっけらかんと言うリシア。


「神聖語って? 僕の勉強してる言葉の事?」


「そうよ。あなたそんな事も知らずに勉強してたの?」


 いつものちくちく突いてくる言葉は無視するとして。


「悪魔もこの言語なんだね。地獄で同じ言葉喋ってるのか」


 そう。僕が気になったのはそこである。


「まるで種族や地域によって言語が違うみたいな言い方ね」


「え? ち、違うの?」


 逆に引っ掛かった僕にリシアから怪訝な表情かおを頂戴する。


「あなた何言ってるの? 神聖語は全世界の種族、人々が使う言語じゃない」


「え? 世界でこの言葉使ってるの? 完全に行き渡って?」


「そうだけど?」


 信じられず問い返す僕だったがリシアは何でも無い様に返す。


「まあ、暗号の名残りとかで方言的な特徴はあったりするけどね。そういう意味では多少違うんじゃない?」


 と、気を使ってかそう補足してくれるが頭の中はそれどころじゃ無い。


 せ、世界共通って……

 平気そうに言ってるけど一体どれくらいの時間がかかるんだ?

 それを全ての国々が母国語として教えたと言う事だから、それこそ世界征服でもしないと無理そうだ。

 情報網や通信機器の発展した僕の世界だってまだまだだったのに。


「まず言葉があったのよ。言葉を魔法にしたんじゃなくて、魔法を言葉にしたのよ?」


 そう語るリシア。

 矛盾してる気がするし意味不明だ。


「ま、説明は以上よ。意外と簡単でしょ?」


「うん。ありがとう」


 最後は多少引っ掛かったが、長々と説明してくれたのは事実なので一先ずお礼を言う。


「なかなか詳しいね」


「悪魔に関しても多少の勉強はしたからね」


 リシアは得意気に胸を張っていた。


「悪魔の進化や受肉の仕方って凄く面白いのよ! あっ。……悪魔に関して面白いとか言っちゃった。ばっちぃわね」


「えーんがちょいる?」


「いらない……や、やっぱいる」


 手を突き出すリシアにえんがちょしてやる。

 個人的には悪魔の話ももう少し聞きたいところだが。

 悪魔の話になってくると本格的に長くなるらしい。

 受肉の仕方や状態でいろいろ変るとか。


「強さとかもね。魔力に受肉、つまり精神体生命体としての悪魔なら単純なんだけどね。魂の力がそのまま影響されるから」


「魂の力?」


「ええ。魂にもレベルがあるのよ。それが精神体生命体なら直接強さに影響があるの」


 なるほど。魂のレベルか……


「人の魂にだってあるじゃない。その為の輪廻よ? 現世ってのは魂の修行場なの」


 ふぇ〜、そうなんだ。

 隣にエリア様が居たら確認してるところだな。

 まぁ、あの人なら『え? そうなんですか?』くらいの事は言いそうだが。


「じゃあ悪魔は? 彼らも輪廻を繰り返して修行してるの?」


「しゅ、修行って……。それに悪魔の場合輪廻って言うのかしら」


 と、リシアは答えづらい様だった。


「輪廻……う〜ん。精神生命体である悪魔は滅しても地獄に帰るだけなのよ。だから輪廻とは呼ばないんじゃないかしら。修行の方も、私の言いたいのとは変わってくると思うし」


「今のは少し説明不足です」


 と、言い切れない様子のリシアに応じたのはリリスだった。


「確かに輪廻は我々のそれとは違うのでしょうが、魂ごと滅する事ができれば地獄で再生する事もありません。それに悪魔を滅した際、連鎖的に魂ごと消滅する場合もあるそうです。原因は不明の様ですが」


 リリスは手綱を握ったまま若干こちらに顔を向けて言った。


「それから、修行なんて名のいい事はしないと思った方がいいでしょう」


「あら、リリスちゃん。あなた結構詳しいわね。私に引けを取らないんじゃないかしら?」


「調べたのは随分前なので、自信は無いですが」


「充分よ。って、そういえばあなた達に関しちゃ実際に悪魔と相対したじゃない」


 と、話はまたあの悪魔の事となる。


「どうだったの? 魂ごと滅したの?」


「いえ、実は私もよく覚えていなくて。魂の破壊までしたのかは不明で──」


 そしてまた話をはぐらかそうとしたリリスだったが途中で言葉を止め。


「まさか、そういう……」


 何か思い至った様に呟いてこちらを振り向き、その視線は僕の隣り──マリンへと向けられていた。


「いえ、あの時には」


 思慮に耽る様にリリスは顎に手を当て言った。

 当のマリンはぼーとしていて話を聞いていなかったのかよく分かっていない様だ。


「どうかしたの?」


 僕がその様子に声を掛けると。


「あ、いえ。何でもありません」


 下げていた視線を上げ、リリスは前へと向き直った。

 取り残された様な感じの僕らだったが、また声を掛けても意味なさそうだ。


「まぁ、そうよね。魂が視える人なんてそう居ないんだったわ」


 と、肩を竦めるリシアの方はその解釈で納得したらしい。


「にしても、そんな事言ってたらロビアやルンバスの方はまだちょっと怖いわよね。あんだけ悪魔が出たんだから巣でも作ってたんじゃない?」


「多分、もう大丈夫。幹部は一掃されたから」


「そうなの?」


「うん。四人の幹部が居たらしいんだ。三体の上位悪魔と、一人の人間」


 レミリアの受け売りだから、話していいか分からないけど。


「ふーん。四人幹部が居たってからには、更に上が一人居たんじゃない?」


「え? それは」


 何気なく言った様子のリシアだったが、僕は言葉を詰まらせた。


「どうなんだろう。そんな話は聞いてないけど……」


 ハッキリとは答えられずに僕はそう呟くだけだった。









 それは昼下がり、移動中での事だった。

 行く先の道に止まっている様子の馬車を見つけ、僕は好奇心から御者台へと身を乗り出してそれを見ていた。

 だが何か様子がおかしい。

 まだ確認するには距離が離れており、その違和感が何かはよく分からなかった。

 木々が開けた空間にて、微妙な角度で止まった馬車の周りを灰色の何が動いている。


「あれは」


 それを凝視して呟く。

 一つ、二つじゃない。複数体の何かだ。


「狼だ。人が襲われてる」


「え!?」


 屋根に登っていたクレナが抑揚なく告げる。


「た、助けないと!」


 僕は姿が見えない屋上へと顔を上げた。


「……ああ、行こう」


 少しの間の後、クレナの声で行動が決定された。

 馬に鞭を打って速度を上げる御者台のリリスと、僕は馬車内に顔を戻して二人を見回す。


「ちょっと忙しくなりそう」


「聞いてたわ。私達はここに居るから」


 確と頷いて頭上にあった猟銃を手にするリシア。

 説明が省けて助かる。

 揺れの激しくなった馬車内でマリンは少し緊張したように強張っていた。


「大丈夫よ。私が居るわ」


 そんなマリンの様子に気付いてか、リシアがマリンをそっと胸に抱き寄せて言った。


「うん……あ、はいっ」


 と、珍しく少し油断した様に砕けた口調が出たマリン。

 見上げたマリンと見下ろすリシアが優しく微笑み合う。


「何してる。御者台に出ろ」


「う、うん!」


 そんな光景をゆっくり見ている暇は無く、屋上からの声に応じて僕は御者台へと足を掛ける。

 今は下品とか言ってられない。


 馬が繋がれていない放置された馬車と、その周囲のぱっと見ただけでも五、六匹は居るかと思われる狼。

 そして狼の中心に居る一人の男性。

 男性は一人必死な形相で剣を振り回し狼達へ牽制していた。

 明らかな危機的状態。

 もはや男性がこちらに気付いているかも分からない。


 そんな状況へと走り続ける。

 だが男性との距離二十メートルと言ったところで明らかに馬の速度が落ちた。


「馬が怯えだしたか。まぁ、いい。許容範囲だ」


 と、まだそれなりに速度のある中、クレナが飛び降りた。

 前転する様な形で受身を取って勢いそのままに走り出すクレナ。


「無理にでも突っ込め! 先導する!」


 馬と並行か少し早く走りながら指示するクレナ。

 リリスが馬へ再度鞭打つ。それに速度を戻すうば丸達。


 今だけだ、頑張ってくれ……!

 本来ならとっくに本能的な抵抗の掛かる距離だろろ所に来てもうば丸とカリンちゃんは頑張ってくれた。


 遂に十メートルを切ったと思われる距離で馬車の制動を掛けるリリス。

 手綱を引かれて鳴き声を上げながら上体を上げるうば丸。

 僕はうば丸達に報いる為にも馬車を飛び降りクレナへ加勢した。

 急に現れた巨体な動物と僕ら人間。どちらも威嚇するかの様な登場だ。

 急な環境の変化にさすがの狼達も尻尾巻いて逃げるかと思われた。


 だが狼達は多少の距離を置くだけでこの場を離れようとはしない。

 ましてや狼の一匹が男性に近づき、その片脚へと咬みついた。


「ぐぅう!」


 苦渋の表情で唸り転がる男性。落とした剣を拾う余裕も無い様子だ。


「アズサ! 行け!」


 クレナが切羽詰まった様子で言いう。

 クレナは他の狼を相手する様で、男性と狼達の間に割って入ると剣を振るって牽制した。


 咬みついた狼一匹剥がす方が簡単との判断だろう。

 実際そうなのだろうが。


 僕は差したままの剣の柄を握って立ち尽くし、震える手足を金具の音を聴いて自覚した。

 今、どうしようもなく怖かった。


 波打つ鼓動が胸を圧迫する様に感じて、やたらと口の中が乾いた。

 ここに来て何をしてるんだと自分でも思う。

 自分から言い出して何をしてるんだと。目の前で人が苦しんでるのに何をしてるんだと。


 まただ。

 またこれだ。


 恐怖に脚が竦んで意志すら逃げる方に揺らぐ。

 ただ今回はそれ以外の感情も悟っていた。

 生き物を、取り分け動物を傷付ける事に抵抗があるんだ。

 いや、取り繕わずに言うなら殺す事にだ。


 走っても無いのに荒い息が増す中、腰の鞘から赤い剣を引き抜いた。


「あぁ、あ……ああぁぁあああっ!」


 僕はでたらめに振り上げた剣を喉の奥から溢れ出た叫びと共に狼へ打ちつけた。

 胴へと鈍く肉にのめり込み切り付ける。堪らず脚を口から離す狼。


「はぁ!」


 更に血飛沫を撒きながら狼を追い払う様に剣を振り上げる。

 先端の方が顔に当たって悲鳴をあげる狼。

 口と傷口から血を垂らしながらその狼は逃げ出し、それを筆頭に群れごと狼達は木々の奥へと消えてった。


 肩で息をしてその方を見る。

 全身にし掛かる疲労感に潰されて膝を突いた。

 その場にへたれ込み剣を零れ落とす。


 目の前の土に血が飛び散っていた。

 そして元を辿ればそれは脚を咬まれた男性へと行き着いた。


「ぐ、うぅ」


 血の滲む脚を前に呻く男性。


「救急だ!」


 それを見てクレナが叫んだ。









 その後救急箱を持ったマリンとリシアが駆けつけて、その男性へと応急処置を施した。

 その男性は三十代と思われる見た目で、白髪混じりの頭に帽子を被っていた。

 山脈と峠の町を行き来する行商人らしく、近くの村を寄る途中に襲われたらしい。

 仲間も居たみたいだが馬で先に逃げたとの事。

 酷い話だと思ったが、どうやら馬は大切な財産なので態とそうしたらしい。

 そしてすぐ近くの村に駆け込み、助けを乞うと。

 そういう算段だった様だ。


「本当になんとお礼を申し上げたらいいか」


 脚に包帯を巻かれた男性が僕らを見渡して言う。


「まぁまぁ、お礼だなんて。後で形としてくださってもいいのよ?」


 にこにこと笑顔で言うリシアに男性は苦笑いしていた。


「すぐ近くに村があるんだろう? だったら早く向かって本格的な治療を受けた方がいい。感染症が心配だ」


 と、見回りは済んだらしいクレナが言う。


「これくらいの怪我なら一人で行ける筈だ。乗馬はできるか? 馬を貸そう」


「そ、そんな。その様なお世話になる訳にはいきません」


「いいさ。早く仲間に無事を伝えるといい」


 遠慮する男性だったがクレナのぶれない姿勢に折れたらしい。


「し、しかしいいのですか? 立派な馬でございます。こう言ってはなんですが、その」


「構わん。お互い様だろう」


 何か言い淀んでいた男性だが、真っ直ぐに見つめるクレナに次こそ納得したらしい。


「底抜けにお人好しというのも居るものでございますな。貴方かだに女神マリアの祝福があらんことを」


 組んだ手を胸元に寄せて祈る男性。


「特に貴方には助けられました。狼を払ってくれてありがとう」


 と、次いでこちらに向き直ってお礼を言う。


「ぁ」


 それが僕に向けてだと気付いて小さく声を零し。


「どうも」


 軽く会釈した。









 馬に乗って行った男性を見送る。

 小さくなった背中を皆んな何となしに見ていた。


「ふぅ。一先ず、皆んな無事でよかったわね」


 リシアが一息付いて最初に声を上げる。

 次いで、視線を僕の方へ向ける。


 無言だ。

 誰も返事しない。


 僕は落としていた剣の元へ歩き行き、増して紅く染まる剣を拾い上げた。

 皆んな、きっと意識してる。

 声には出さないが、行き場のない視線を合わせる。

 僕の様子を伺う。


 血の固まり始めたその剣を、布切れで拭き始めた。


「休憩にしよう」


 そう、クレナが言った。









 周囲の山々が見渡せる丘の様な場所にて、僕は雑草の上に膝を抱えて座っていた。

 大地に広がる雲とその影が動く様が見渡せて、雄大な自然を感じる。


 ここは一人だ。

 今は誰も居ない。


 僕は頭を落として視界を暗くした。

 剣を振り上げ血飛沫を上げる場面と、まだ若干に残る手の感触。

 あの時、何も感じなかった。

 動物を傷付けたのに、何も思わなかった。


 感覚が麻痺してるのかもしれない。

 怖いよ。

 慣れが必要なのかもしれないけど、自分が変わってしまうのが。

 心が変わってしまうんじゃないかって。


 一時そのままで過ごしていると、後ろからゆっくりと地面を踏む足音が聞こえてきた。

 誰かが来ている。

 たぶん、リリスだろう。

 そしてその主は僕の隣へと並んで腰掛けた。


「助かりました。先程は」


 いつもの落ち着いたリリスの声が届く。


「あの男性も、感謝していました」


 どこか遠くを見ながら言う様なリリス。


「うん」


 頭を上げるのも億劫で、そのままの姿勢で応じた。

 暫しの沈黙が続いて、緩く風を感じる。


「そんなに気負う事はありません。日々沢山の命が生まれ途絶えていきます。そのたった幾つかの一分いちぶに影響を与えただけです」


 僕の不貞腐れた様な態度にもリリスはめげずに声を掛けてくれた。


「何れ何者も死ぬのですから」


 そう励ましてくれる。

 聴こえ方からこちらを向いているのが分かり、僕も応えるべく顔を上げた。

 こちらを伺ういつもの平坦な目。変わらぬ表情。僕はついそこに、理解し難い物を感じて。


「り、リリスは……何でそんな平気で居られるの?」


 そう配慮無く問うてしまう。

 こちらを見て動きを止めるリリス。


「あ」


 失言だ。


「ごめん」


 咄嗟に謝るが、もう遅い。

 リリスは今の問いをゆっくりと反芻した様で、若干強張った眉間の力を抜いて眉を垂らすと、いつもの優しくて眠そうな目付きへと変える。


「生きる上で、他に迷惑をかけるのは仕方ないと思います。彼らも彼らなりに生き、私たちも私たちなりに生きる。それではダメでした?」


 そう軽く首を傾げるリリス。

 問いかける様な瞳に僕は押し黙った。


「別の言い方であれば、彼らも人々に迷惑を掛けています。それを救うという言い方もできますが」


 反応の無い僕へ言葉を重ねるリリス。

 

「ありがとう。少し楽になったよ」


 僕は立ち上がり様言って笑顔を作った。

 上目に見上げるリリスを僕の影が覆う。


「ちょっと黄昏てくる」


 何か言われる前に僕は早々とその場を去った。

 後ろからの視線には振り返らずに雑草を踏み進む。

 変わりゆく変わり映えしない地面を眺めていた。


 確かに言い訳なんていくらでもできる。

 その上で生きていかなきゃいけないから、やはりどこかで折り合いをつけるしかないんだろう。


 これはきっと慣れるしかないな。

 弱者も強者も、等しく迷惑は掛ける。

 皆己の都合で生きている。

 生存競争の激しいこの世界。他者の悼みは二の次と切り捨てなければ生きていけない。


 いや、元の世界でだってそうだったのだ。この世界はそれが顕著に現れてるだけで。

 豚や牛の家畜はもちろん、人の都合で産まれたのに毎年何万匹と殺処分される犬猫などの愛玩動物。邪魔と言う理由だけで殺される鼠等の害獣。

 関わりがないからどこか遠い目だったが、僕が当事者になった途端感傷的になるなんて。

 結局僕も、汚れ役から目を背けてきただけなんだろう。


 なんて自分を苛め過ぎるつもりもないけど。

 まさかまたこうやって自分を卑下する時がくるとはなぁ。


 適当な場所にまた座って、また適当に景色を眺めた。


「動物の死生観に関しては、それなりに割り切ったつもりだったんだけど……」


 弱気なままに言葉を零す。

 思い出すのは仏壇にも飾っていた、二匹の猫と一匹の犬の映った写真である。



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