65:+α
とある見晴らしのいい草原付近にて、僕とクレナは山菜等を集めるのに勤しんでいた。
「アズサ。それ、合ってなくないか?」
「ふえ?」
と、不意にクレナに言われ、僕は盆ざるを置いて立ち上がる。
クレナの視線の先を追って、それは左の腰に差した剣であると気づく。
「ああ、これ? ロビアの武器庫にあったやつを貰ったんだけど、鞘は無かったみたいでさ。そのまま持ってた鞘に入れちゃった」
「い、入れちゃったのか……」
僕が何と無しに説明すると、クレナは呆れと関心の狭間の様な表情で呟いていた。
「ダメだった?」
「んー」
彼は唸って柄へと手を伸ばし。
「こうやってカチカチ音が鳴るのは金具や反りがズレてる証拠だ。手入れが成ってないと言う事だから、大概の剣士は恥じる」
「そ、そうなんだ」
剣を揺らして音を立てながら説明したクレナ。
「一度抜いてみろ」
「う、うん」
鋭い金属音が響き、その燃える様な赤い刀身が白昼へと曝け出た。
「変わった剣だな」
「た、たまたま手に取ったやつで気に入ってさ。どうかな? 剣の目利きとかできなくて」
僕はクレナに剣を渡しつつ言った。
「反りが無ければ血溝も無い。撓しなりも無いな。下手すりゃ簡単に折れるぞ? 飾り用の剣だったのかもな」
クレナは刀身を持ってよく見ながら言った。
「えっと、どっちだと思う?」
「まあ、普通に考えたら飾りだろう」
そう言いながらもクレナは剣を見続け。
「と、言いたい所なんだけどな。こんな真っ赤な刀身、見たことがない。それなりにしっかりとした作りな気もする」
クレナは一度軽く剣を振るった。
「よっぽど物好き様の装飾品か、そう言った剣なのか……。俺には判断がつかんな」
と、どうやらお手上げの様子。
僕は剣を鞘へと戻す。
「それより、こう言った事は言って欲しかったが」
「うぅ……ごめんなさーい」
次いで飛んだ小言に背を小さくする。
「まぁ、いい。今は鞘の事だったな。余計な事故を防ぐ為にもどうにかしたいな」
と、クレナは真剣に呟く。
「草でも詰めるか」
「えぇ? 草?」
「お金が無い低級な冒険者はそうしてると聞くが。そんな俗な事した事ないからどれがいいかは分からないが」
そう言うやクレナはその場に胡座をかいて雑草を引き抜いた。
剥き出しになった根っことそれに絡まった土がぱらぱらと溢れ落ちる。
「せ、せめて葉っぱかな」
それに引き攣る思いをしながらそっと木の方へと視線を移した。
「うぅ。ごめんよ相棒。すぐに新しいお家見つけてあげるからね」
僕は身を削る様な思いで鞘へと葉っぱを詰めていった。
その後刀身が青臭くなったのは言うまでもない。
○
「あら、私から見れば15なんてまだまだ子供よ?」
「ほぼ変わらないだろう。それに実質16みたいなもんだ」
「誕生日結構先じゃない」
「もう御者の番だ」
「あ、逃げた」
そんなリシアとクレナの会話が聞こえる車内へ、僕は御者台から降りて行った。
「もうちょっと後の方が良かった?」
「いや、これ以上ない」
ちょうど立ち上がっていたクレナと交代し、僕はリリスの隣へと座る。
「もう大丈夫なの?」
と、落ち着いた所で対面のリシアが問う。
「うん」
「そう」
それにリシアは微笑んでいた。
「何の話してたの?」
「いくつの時に冒険者になったのかって話から、年齢の話に」
「ふーん」
「あなたは? いつ冒険者になったの?」
「え? う〜ん二ヶ月くらい? 前になるのかな。15になったばかりの時」
「超ふつーね。あなたらしいわ」
訊いといてなんだ。その言い草は。
「リリスちゃんは? いつ冒険者になったの?」
「9つの時だったので……5年程前ですかね」
「9つ。それは凄いわね」
リシアは目を丸くしていた。
「それに5年前って言ったら、『熊殺し』のあった頃よね」
「熊殺し? 何それ。めっちゃ物騒そう」
「ここらじゃ、と言うかロビア付近じゃちょっとだけ有名な事件よ。事件って言うか、謎? 都市伝説的なね」
そうリシアは話す。
「熊型の凄く大きな魔物が居るんだけどね。熊には珍しく、群れで行動する魔物なの。で、フィットネアの方にも五頭くらいの群れが引越して来ちゃったらしいのよ」
うわっ。めっちゃ迷惑じゃん。
「一頭でもDランク相当の魔物が五体。当然すぐに討伐依頼が出されたんだけど、その難易度は『C+』と高難易度の依頼。中々受け手が挙がらなかったそんなある日にね……」
「ある日に?」
つい促すと。
「見つかったのよ。その群れが。死体で」
そう真剣な瞳を見返したリシア。
「それも見るも無惨な姿でね。一箇所で死んでたの。明らかな他殺なんだけど、その後だれも討伐を報告して来なかったの。他の魔物が荒らしたには余りに乱雑で、何より捕食された様な後は無かったそうなの」
こちらの興味を惹かせたところで一息に捲したリシア。
リシアはなかなか話し上手で毎回惹き込まれる。
「だから色々噂がされてるのよ。認知されてない強力な魔物が居るとか、非公認の冒険者じゃないか……とかね」
最後に軽く肩を竦めた。
「なんか、怖い話だね」
「ねー」
他人事な感想にリシアも同じ様に頷いた。
「その頃って魔物の動きがまた活発になった時だったたろうし、大変な時期になっちゃったわね。それも当時9つでだなんて」
と、リシアはリリスの方を向いて話を戻す。
「5年前って事は、今は14?」
「……たぶん」
と、珍しく曖昧な返事のリリス。
「誕生日はいつなの?」
「全祝の、日です」
「あ、ああ。そう」
いつもながらどこか気も落とした様な表情で答えたリリスに、何故かそれ聞いてリシアも気まず気に声を落とした。
「私もよ! 私もね、全祝の日に教会の皆んなでお祝いして貰ってたの!」
と、一転明るく言う。
「だからお揃いね!」
そしてにっと笑い掛けて言った。
それにリリスは応じる様、少しだけ表情を綻ほころばせた。
「にしても、やっぱ14でBランク冒険者なんて異常よね。伝え聞く英雄や勇者様の逸話みたいだもの」
と、リシアはしみじみ言う。
「やっぱ祝福持ちだと成長が早いって言うけど、どうなの? リリスちゃんは祝福受けてない?」
「受けてない……とは思います。最近魂が視える方との交流があったのですが、何も言ってませんでしたし」
「そう」
リリスの言ってるのはエリア様やレミリア達の事か。
「ね。祝福ってどうやって掛かってるのか判別するの? 視える人に会うしかないの?」
「専用の機械があるのよ。魔力や霊力の波長や周波数を調べる。体に掛かった場合は大体それで分かるわ。魂の方は言った通り視える人に判別してもらうしかないけど」
「ふーん。つって祝福の事もあんま詳しくないんだけど」
「そうなの? あなた逆に何なら知ってるのよ」
純粋な瞳で見返したリシアに心が抉られ、つい頬が引き攣る。
「ご、ごめんなさいね。傷つけて」
それに苦笑いしつつ謝るリシア。
「祝福ってのはね、+αの力なのよ」
次いで謝意代わりの説明が返る。
「自分の本来の力に補助された力が上乗せされるの。さらに属性に合わせた祝福の特権も」
「特殊な能力だけじゃなくて、力そのものも上がるんだ」
「ええ、そうよ。支援魔法なんだもの。寧ろ特権の方が序ついでなんじゃないかしら? 『聖杯の祝福』とかならともかく」
聖杯の祝福? 確か絵本でも出て来たな。
「勇者の証である『聖杯の祝福』はもちろん、能力値を上げる事そのものが属性である『戦神の祝福』とかも強力って言うわよね。あとは『豊穣の祝福』とか、『天賦の祝福』とか。有名所はこの辺じゃない?」
そうこちらを見返すリシア。
「こう、何て言うか……恐れ多くて有り体に言うのもあれだけど、人気よね。やっぱ、強い方が」
まぁ、そりゃそうか。
「だから霊力が多く貰えて早熟って訳よ。たしかそんな格言があったでしょう? 何だっけ? 『霊力は上からだとか下からだとか」
と、思い出そうとリシアは虚空を見上げる。
僕は頃合いを見て、少し気になった事を聞いてみる事にした。
「ねぇ。思ったんだけどさ。その祝福って幾つも受けられないの?」
「はぁ? あなた凄く罰当たりな事言うわね。一人の神様のお眼鏡に適うだけでもとっても光栄な事なのに。私、浮気はどうでもいいけど、一夫多妻制はどうかと思うタイプよ?」
「そこは訊いてない」
いつの間にかすごい話が変わってる。
僕のツッコミは無視し、リシアは思考を整える様に脚を組むと。
「確か、不可能なんじゃなかった? 確証は無いけどね。私も個人的興味で少し調べた事があるけど、そんな主を試す様な文献見当たらないし」
「さすがに神さまでも無理か」
「違うわよ。私達が耐えられないって話よ」
そうリシアはこちらを見る。
「私達の魂や体が耐えられないって説が有力よ。だから体の方はレベル上げさえすれば複数の祝福も受け賜る事ができるんじゃないかって。あ、その話で言えば、隣国のエルドラドでは体に二つの祝福を受けた騎士が居たんじゃなかったかしら? すっごく高レベルだとか」
なるほど。
レベル上げね……
まぁ、祝福の事はどこか遠い話の様に感じるし、そこまで気にしないでおこう。
そんな風に適当に考えながら、御者台に繋がる窓からの景色を眺めた。
と、木々に囲まれたずっと先の道から、こちらに向かってくる幾人かの集団に気づく。
「なんだろう」
「行商人じゃない? でも馬を引いてないから冒険者かしら?」
僕の呟きにリシアも体をそらして後ろの窓を覗きながら言った。
と、御者台の扉が開きマリンが入ってくる。
「どったの?」
僕はリシアの隣に落ち着いたマリンを横目にクレナへ問う。
「どうもないが、こんな辺地では挨拶するのが常さ。情報交換も兼ねてな」
なるほど。
魔物が居る世界特有の文化か。
「アズサ。口取りを頼む」
「あいー」
適当に返事しながら止まった馬車を出て、うば丸達の元へ向かう。
手綱を握って二頭を落ち着かせた。
その内に向かいの集団の中から一人の女性が前へと出てきた。
「頼もう! こちらは山中喧騒に伴い、調査に出向いた冒険者の身の上である。其方は旅人か? 何か異変などはなかったか?」
と、若い女性ながら良く張り上げられた声でそう問われる。
琥珀色の髪を肩口で切り揃え、若干の厳しい目付きでこちらを見ていた。
女性には似合わない無骨な鎧を体の節々に着けている。
「半月の旅で魔物との会敵は無し。こちらは山頂へ赴く修行の身。して、喧騒とは?」
と、クレナが慣れた様子で応える。
「ふむ。それが煩雑でな。亜種竜の家移り騒ぎの事は聞いておらんか?」
その女性の言葉に僕らは顔を見合わせた。
「まぁ、つい最近の騒動だ。峠の方ではまだそこまで出回ってないだろう」
女性は僕らの反応を見てそう言った。
警戒心の無い様子で腕を組み楽にする女性。
「我々は調査を行ったのだが、ここらを普段彷徨かない魔狼共との交戦があった。やはり多少の縄張りの変化がある様だ。肝に銘じよ」
その言葉に僕は息を飲んだ。
「あら。なんだか大変そうね。これはまた経路の確認と相談じゃない?」
と、いつの間に降りて来ていたのか、リシアがそう言って近付いてきた。
急に会話に参加してきたリシアに女性が明らかに厳しい目付きでリシアを睨み付けた。
それにリシアは怖気付いた様に僕の後ろへと身を縮める。
「男手はこれで全員か?」
「ああ」
「そうか」
顰めた眉のまま、女性はクレナの返事を聞くとやっとその態度を幾分か軟化させた。
残りも払う様に咳払いを一つし。
「まぁ、ともかく気をつける事だ。調査不足で具体的な事を言えんが、少なくとも南東の山脈全体が騒がしいのは確かだ」
「忠告、感謝する」
「ふむ。修行に励む様に」
その言葉を最後に集団は進行を再開した。
遠くなる姿を僕らは一時見送る。
「やーね。そんなへこへこする必要ないのに」
いずれ十分に距離ができると、リシアがそう面白くなさ気に文句を垂れた。
クレナは肩を竦める。
「修行って?」
話を作っていたクレナに僕は意味を問う。
「竜凱山脈には多くの霊脈が通り、修行僧は巡礼をしに山々を回るそうだ。……まぁ、方便だよ」
と、そう最後に肩を竦めた。
「中には駆け落ち目的で登る人も居るみたいだぞ?」
「へぇー」
僕らはそんな会話をしながら馬車へと戻りだした。
と、未だ小さくなっていく集団を一人見送るリシア。
彼女もこちらに気付くと一度肩を竦めて。
「行きましょ」
そう言った。




