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また来世で会いましょう  作者: あおいあお
第三章 竜凱山脈編
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64:血、発作



 旅は概ね順調だった。

 交代で御者をし、見張りをし、洗濯して干して、料理して食べて、焚き火を焚いて、寝る。

 そんな日々を繰り返す中、今日も馬車に揺られて過ごす。

 御者台にクレナ。隣にはリリスが読書している。

 マリンは屋上で日向ぼっこでもしてるのだろう。


「ねぇ、リシア」


「うん?」


 僕が向かいに居たリシアを呼ぶと、リシアは雑誌から目を離して顔を上げた。


「リシアが魔物についていろいろ勉強してるって本当?」


「まぁそうね。将来は資格取って専門職に就こうと思ってるから、それでね」


「ふーん。んじゃ、そんなリシアを見込んで頼みがあるだけど、魔物について色々と教えてもらってい?」


「なぁにぃ? 基本のきの字から教えなさいって? あなた魔物の事も分からないの?」


 そうリシアは軽く揶揄った。

 これはもう癖か挨拶の様な物だと分かっているので気に留めず微笑み返す。


「仕方ないわね」


 案の定リシアはすぐに雑誌を綴じ、組んでいた脚も戻すと居住まいを正した。

 まずはドラゴンに並ぶ程有名らしい粘性生物スライムについて学んだ。

 多細胞生物で原種を始めとした殆どが雑食。

 主に枯葉や枯れ木を食べ、動物の死骸を優先的に取るが生まれたばかりの個体は消化液が弱すぎて逆にエネルギーを消費する程脆弱。

 視覚はもちろん触覚、痛覚も無く、周囲の魔力の流れを感じて行動してるとされる。

 ただし範囲は自身の体周囲一個分と狭く、個体差も激しい模様。

 狩をする事は殆ど無く、その為レベルも上がらず種族進化の事例も殆どない。なお、派生種の場合はその限りではない。


「先生、質問」


「何?」


「進化って? 動物のとは違うの?」


「あなたそんな事も知らないの? 進化ってのはね、ここでは生物としての殻を破る事よ。狩を続け、力を蓄え続けた個体がより上位の存在へと成る事よ」


「えーと。って事は、生物学的な進化とはまた別?」


「そうね。交配を繰り返して形質を変える進化とは違う。いいえ、形質や遺伝情報を変えてしまうという意味ではそうかもしれないけど、魔物生物学で言うそれは一代で成るものの事よ。まあ、ちゃんと学名があるんだけど、割愛ね」


 なるほど。

 前にレミリアが生物としての格の話をしていたが、それの事だろうか? 髪や目の色が変わると言う。

 魔物でもそうなのかもしれない。


「成長ともまた違う。これが、魔物における『進化』よ。常識よ? これ」


 と、リシアは言った。


「ま、そんな訳だから、粘性生物スライムはその〝種の進化〟の事例が殆どないの。狩をしないからね」


 狩をしない。

 する魔物はどうだ?


「ゴブリンはどうなの?」


「ゴブリン? なかなか良いところ突くじゃない」


 素直に褒められ、こちらも素直に嬉しい。


「ゴブリンは進化の話になった時、よく引き合いに出される魔物よ。ゴブリンも粘性生物スライムと同じ、派生種族の多い〝原種〟なの。それに〝群れの進化〟をする魔物でもあるから、なかなか語ると長くなるわ」


「って事は、進化はするんだ」


「ええ、もちろんよ。一人前への最後の試練として有名な雑魚魔物だけど、どこまでも進化するわ。ゴブリンから魔王の側近まで上り詰めたって話もあるくらいだし」


 へぇ〜。


「じゃあ狼とかは? この前魔狼って呼んでて、魔物なのかなって」


「良い質問ね。まず大きく分けて『動物』と『魔獣』と『魔物』が居るのよ。他にも『魔蟲』とか『魔樹』とかもいるけど、まあ纏めて魔物でもいいわ。動物は分かるかしら? 魔力に頼らない進化をしてきた生き物で、豚や鳥とか」


「うん、分かるよ。お馬さんもね」


 リシアは微笑み返す。


「それとは違う、魔力に依存した進化をして来た動物がいるの。それが魔獣。狼や猪などの獣から派生した魔の獣。分かりやすいでしょ?」


 僕はこくりと頷く。


「次に『魔物』って言うのが、最初っから魔の物として生まれた生物の事。ドラゴンとか粘性生物スライムとかゴブリンもね。もしくは元の動物からかけ離れすぎちゃった存在か……。まあ、まとめて魔物でも間違いじゃないんだけどね? Bランクも越えたら大概纏めて『魔物』って呼ぶものだし。それに魔物と呼ばれていたのに地層から元の魔獣や動物と思われる化石が見つかるなんてザラよ。そもそも進化ってそういうものだし。旧時代の種はすぐに淘汰されるのが自然の摂理よ。家畜化されて生き残ってる動物が特殊なだけで、動物としての狼なんてほぼほぼ絶滅してるわ」


 なるほど。

 元の世界で居た生物でも、こちらでは疾うに絶滅している可能性は大だな。


「ちょっと急ぎ足にし過ぎちゃったかしら?」


「ん? いや、結構面白かったよ」


「ふふん。何よ、案外気が合いそうじゃない」


 そう嬉しそうにリシアは笑みを溢していた。

 それからも色々と教えて貰った。

 魔物の名前はもちろん、それを表す俗語や発音も文字で書いてもらう。

 例えばドラゴンは〝竜〟や、ワイバーンは〝飛竜〟といった具合に。

 ワイバーンは亜種竜と言った呼び方もあるらしいが。

 俗語は地方によって変わったりもするらしい。


 山脈に生息する魔物としては飢餓狼アペタイトウルフ雑食猪オムニヴォーボアなどを。

 ほかにも小鬼族ゴブリン巨森族トロールなどの初歩的な魔物も。

 ついでに下位悪魔レッサーデーモン中位悪魔ミディムデーモン上位悪魔グレーターデーモン、さらにはその上位の存在まで……


 こちらの名称と俗語を一緒に教えてもらう。

 リシアは魔物の生態にも詳しく、今まで架空の存在として名前だけ聞いた事のある程度の存在が、学術的に見れて非常に面白かった。


「魔物か動物かの区別を付けたいのなら、魔石を生成するかどうかの違いが一番分かりやすいわね」


「魔石?」


「魔物の体にはどこかしらにこれくらいの石ころみたいなのがあるのよ。形は色々だけど」


 と、リシアは3、4cmくらいの幅を指で表して言った。


「へぇ〜。面白いね。一体何なのそれって? 骨なの?」


「魔石はね。まあ、言ってしまえば癌みたいな物よ。余った魔力と体の不純物でできた結晶。それが魔石よ」


 なるほど?


「魔物ってのは大概、生物としては結構無理のある進化をしてきたそうでね? だから進化について行けなかった節々の不都合をどうにかしようって事で、それを余った魔力と共に一箇所に集めたのよ。それが魔石。魔物は動物と比べて余計な代謝が多いそうよ? それを魔力で補い、その副産物が魔石って訳ね」 


 なるほど。なるほど。


「じゃあ、もし魔石を作れなかったら」


「そうね。代謝異常で死ぬわ」


 リシアは簡潔に言う。


「それができた魔物だけが生き残ってるんですから、分かりやすいわよ」


 確かにその通りだ。


「そして、これは無理のある進化をして来た魔物であればあるほど、不純物が多くなると言う事であり、ひいては余る魔力も多くなると言う事。つまり?」


「えーと、強い魔物ほど、魔石が大きい?」


「まぁ、ほぼ正解。正確には質の良い魔石が採れるって訳ね」


 はぁ、質の良いか。

 この様子じゃ利用価値があるんだろう。


「ちなみに魔族には無いからね? 魔石ありますかー? って聞いちゃダメよ? 差別用語だから」


「わ、分かった」


 真面目な感じで言うリシアに頷く。

 確認の視線を送られたリリスもこくこくと頷く。

 それを見てリシアは満足気に微笑む。


「二人にも教えてこよ!」


 リシアは立ち上がり梯子の方へと向かって行った。

 梯子の登る音が聞こえる。


「マリーン。上がるわよー?」


「あひゃっ、ひゃい!」


 上がった後に言ってないか?

 驚いてか、上から聞こえた素っ頓狂なマリンの声を聞いてそう思った。









 馬車を降り、馬のお世話をし、いろいろと雑用を熟した頃には既に空は藍色だった。

 調理場に見立てた岩に並ぶのは、昨晩に採った自然の食べ物そのままである。

 名前のよく分からない山菜類に、名前のよく分からないキノコ類。それから名前のよく分からない木の実類も。

 この世界の夕食は基本軽い物だが、今日は嬉しい事にクレナが立派な自然薯じねんじょを見つけてくれたのでそれも使う。

 料理も凝りがいがあると言う物。


「似合ってるね。髪」


 僕はリリスの髪を横目に見ながら言った。


「どうも」


 短く淡白な返事。

 今のリリスは後ろ髪を束ねた小さなポニーテール姿であった。

 少し無造作に束ねた感じが自然体で可愛らしい。


「わぁ」


 と、リシアが感嘆した様に声を上げた。

 釣られてリシアの視線の先を振り返る。


「罠を掛けてる途中に見かけてな。序でに仕留めたよ」


 そう言ってクレナが掲げる手には、逆さになった兎が持ってあった。


「クレナってばやるじゃない! 今夜はシチューね!」


「し、シチューはさすがに……牛乳が」


 と、マリンが控えめにリシアへ応じる。


「まぁ、何を作るかは任せるよ。俺は簡易食しか作れないからな」


 そうクレナは兎を調理台へ置きながら言った。

 急に主菜的食材が増えて僕らは顔を見合わせる。


「自然薯もありますし、それを繋ぎに肉団子なんてどうでしょう」


「おお、いいね!」


 と、リリスの案に賛成する。

 鶏肉のパサパサ感も誤魔化せるだろうし良い案だ。

 臭みはリシアの摘んでいたハーブで消そう。


「マリンは自然薯の下処理をお願いします。リシアはキノコ類を」


「え〜、またー?」


 リリスの指示にリシアが文句を垂れつつも、二人とも下準備へ移っていった。


「アズサは……炒め物をお願いできますか?」


「任せてよー! 僕家庭料理くらいなら大体できるよー!」


 リリスにしかと頷いた。

 早速山菜を刻んでいく。

 味付けに関しては適当に炒めて塩胡椒ふっとけば大丈夫だろう。

 種実ナッツ類もあるし、キノコと炒めればそれだけでも満足感のある野菜炒めができる筈だ。

 脂質も摂れて栄養満点である。


 そんな風に考えながら、僕は食材を取ろうとすぐ側の横たえた兎に目が移り――その首周りの毛に滲んだ血が目に入る……いや、目に止まる。

 その時、ある光景が頭を過った。

 人の胴に赤い剣が突き刺し、血の月光に傷口の境目も分からなくなった光景が。


「ぅぶッ……! ぉうぇ!」


 僕は思わず返った口に手を添える。

 えずきを抑える様に口元を押し、貧血の様に力が抜ける脚を動かして側へと倒れ込む。


「ぅおえぇぇ……!」


「アズサ!?」


 僕は膝を突き吐瀉した。

 仰天する誰かの声も遠くの様だ。


「ちょ、ちょっと! あなた大丈夫!?」


 すぐにリシアが駆け寄って来る。

 振り向く余裕も無く足音で判断する他ないが、皆んなもすぐ後ろへと集まっている様だった。

 僕は鼻に残る酸臭を感じながら、何処とも知れぬ体内器官を落ち着かせる。


「……アズサ、やっぱり体調が悪かったんですね。さ、向こうで休んでてください」


 と、リリスが側に寄って僕の肩を持つ。


「そ、そうだったの? 無理されちゃ困るわ」


 そのまま皆んなの心配する視線やリシアの声を背に受けながら、その場を離れていった。









「はい」


 膝から先を外に出し、馬車内で仰向けになっていると外から声が聞こえて来る。

 手を突いて上体を起こすと、リシアがマグカップを突き出してこちらへ向いていた。


「水よ! 飲んどきなさい」


 そうぶっきら棒に言うリシア。


「ありがとう」


 僕はそれを受け取った。

 ……って、これ僕のマグカップじゃないんだけど。

 まぁ、いいか。

 気にせず中の水を呷った。


「ご飯、できたから」


「うん」


 頷く。

 既に辺りは暗く静まり、互いの表情も確認しづらかった。


「わざわざそれ伝えに?」


「そうよ。悪い?」


「い、いや」


 遠くにゆらゆらと影を作る夕焼け色の焚き火が見え、いっそ幻想的だった。


「それとも心配して欲しかったの?」


「そういう訳じゃ」


「安心なさい。これでも心配してるから」


 堂々と言うリシア。

 これは強がりなのか。


「どうするの? まだ休んでおく?」


 と、僕を窺うリシア。


「うん」


「そっ。じゃ、私はもう行くから。お腹空いたし」


「待って」


 やる事はやったと戻ろうとするリシアを引き留める。

 土草を踏み、振り返る音だけが静寂に響いた。


「訊かないの……? それとも、もう聞いた?」


「聞いてほしいの?」


 暗闇でも真剣だと分かる瞳がこちらを射抜く。


「別に、何も聞いてないわよ。確かにさっきの様子と、その後の三人の様子を見れば何かしらは察するけど。わざわざ人の事根掘り訊く様な趣味は無いわ」


 僕が答えられずにいるとリシアが代わりと答えた。


「聞いて……ほしいのかな。と言うより、言わないといけないと思う。仲間として」


 僕はそれに釣られて口を開く。


「このままじゃ、なんだか騙す様な形になる気がして」


 瞳を下げる。


「今日は一段と弱気ね」


 そうリシアが評した。


「多分、早かったんだ。会って数日の人と旅に出ようだなんて……。もっとお互いの事を知るべきだった」


 僕は今更ながら悔いり零す。


「確かに、仲間なんてそんな一長一短でなる様なものでもないでしょうけど。あなたは私に何かを感じた。私もあなたに付いて行っていいと思った。今はそれで十分じゃない。そんな無理する事ないわ」


 と、リシアはそう励ましてくれるが。


「ごめん。だけど、無理させてほしい」


 僕はやはり腑に落ちずに気持ちを決める。

 そして、リシアへと顔を上げてそれを言おうと──


「支部長の殺害」


 先にそれを言われ、僕は呆けて固まった。


「どうして」


「察するわよ、さすがに。って言うか雑誌の考察」


 リシアは顔を逸らし肩を竦めていた。


「ロビアとルンバスってたしか隣町だし。時期的にも近いものねぇ。あなたが何かに巻き込まれてても、今更驚かないわ」


 そう顔を澄ますリシア。


「それに、自分で言ってたじゃない。『つい先月人を殺したぞ』って。あの時のあなた、目が怖かったもの」


 見下ろして言われ、僕はつい顔を逸らす。


「まあでも、いろいろな事情があったんでしょう? って言うか、相手は悪魔教徒なんだし、寧ろ褒められる事だと思うけど?」


 と、リシアはそう言ってくれる。

 僕もあれが全部間違いだなんて思ってないが。


「だけど。もうちょっと、やり方はあったんじゃないかって……。いや、皆んなが無事だから、あんまり後悔し過ぎない様には思ってるんだけど」


 そう悩まずにはいられない。

 下を向いたまま僕の吐露した悩みをリシアはじっと聞くと。


「はぁ。英雄さまも案外小心ねー。ロビアの人達が聞くと呆れるわよ、きっと」


 そう溜め息一つ溢して呟いた。


「英雄さまって……そんな玉じゃないよ」


「あら、でも物好きの間じゃそうなってるわよ? いいじゃないそれで。真実なんてどう思うかで決まるんだし」


 弱気に返す僕にリシアは飄々と言った。

 どう思うか、ねぇ。


「意外と冷えるわね」


 リシアが視線を流して二の腕を軽く抱く。


「まっ。私が言いたい事は、私は気にしないわよ? って事だけ」


 そしてこちらを向き直るとそう言う。


「あの子達もよ? あ、今から凄く勝手な事言うけど、いい? って言うか言うわよ? 仲間なんだし、言いたい事は言ってもいいわよね? って言うか言うべき時もあると思うのよ。だから今から言う事は」


「それで?」


 長くなりそうだったので遮ると、リシアは一拍使う様に真面目な表情を作って見下ろし。


「誰も気にしてない事を、一人くよくよと悩む何て、なんだかすごく滑稽じゃない?」


 そう真っ直ぐに言った。


「まあこれは、自分の人生の主観を他人に置いてるのか自分に置いてるのかでも変わってくるでしょうし、あなたの気持ちや価値観を一旦まるっと無視して踏み躙ってる言葉かもしれない訳だけど」


 そこまで長々と語るとリシアはタメでも付ける様に確認し。


「それでも私は言うわよ? 女々しいって」


 そう強気に言ったリシア。

 特別返す言葉も無く、僕はこうべを垂れる。


「え〜と〜……ごめんねっ? 傷付けようってつもりで言った訳じゃないからね? そこだけ分かってね?」


「分かってるよ。ありがとう」


 途端心配になった様子のリシアに顔を上げると軽く笑顔を作る。


「お陰で少し元気出たよ」


「そう。よかったわ」


 僕の建前にリシアは無邪気に微笑んでいた。


「じゃ、悩むならそこで一人で悩んでなさい。冷めるくらいなら私が食べちゃうからね?」


 そして一方的に言い終えると、リシアは焚き火の方へと歩き出した。


「うん。あ、水ありがとうね」


「は〜い」


 僕が最後にお礼を言うと、リシアは後ろ向きに手を揺らして応えていた。



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