59:マリンの気持ち
「えーと。皆んなに、相談があります」
僕は女子組三人へ向けてそう前置いた。
各々こちらを見上げる三人。
「山脈の道を行こうと思います」
僕はそれに畏まって告げる。
「と、とりあえず、意見を聞きたくて……どう?」
僕が窺う様に問うと顔を見合わせる三人。
「どうって何よ。何なら私は最初っから山脈に行くつもりなのかと思ってたわ。まだ道決まってなかったの?」
「う、うん」
と、リシアが両手を後ろに突き、膝同士を付けて内股に座った状態のままこちらを見上げると言った。
「私は……反対はしません。正しい道さえ行けば、この面子でも十分に攻略は可能だと思うので」
そう、リリスは前を向いたまま横座りの状態で言う。
「え、わっ、私は……お、お任せします! 私が決めるには、いろいろと足りないと思うので」
正座の状態から足を両脇へと出した、所謂女の子座りの状態でぽつんと座るマリンが続く。
今のマリンの髪型はサイドの髪を小さく束ねて活発なツインテールへとなっていた。
「だそうだ。で? アズサ。お前はどうなんだ?」
「え」
と、次いでクレナが後ろから僕へと問う。
僕はそれに今一度自分の気持ちを確認した。
やっぱ。早く解いてあげたい。
マリンはまだ十三だし。そんな少女にとって1日でも大切なものだ。
本当に、一刻でも早くという気持ちだ。
さらに、クレナの事もある。
「うん。早く解こう。山脈を通って」
やはりその結論へと至って、僕は皆んなを見渡した。
「そうか。じゃあさっそく、経路の確認をするぞ」
と、クレナはそう言うや地図を取り出し中央へと広げた。
それにはペンでなぞられた跡や、付箋が張られて文字が書き込まれていた。
し、仕事速ぇ〜。
まだ話し合いの段階だと思ってたんだけど。
感心しつつクレナに合わせて腰を下ろした。
「遠征の道は平均高度約千から二千の道を行く。高山病には気をつけてくれ。頭痛や異変があったらすぐに言う様に。魔物と会ってからでは遅いからな」
クレナは前のめりに地図で説明しつつ、皆んなを見渡して言った。
「まずは山脈の入り口だが、このまま山沿いに北上し続けて出来るだけ高所は避けて行く。この国北端付近で山脈へ入り、そのまま西側まで一度横断する。そこから行けば途中に村もあるし、仮に備蓄を失くす事になっても頼れるかもしれない。どっちにしろ商人が定期的に通る道の様だし、緊急事態の時は帰りを共にしよう」
も、もうそんな事まで考えてるのか。
「ここから梺に着くまでも途中から警戒地帯に入る。水辺でなくても気をつける様にな」
と、クレナに各々頷く。
「備蓄は次の町で完全に揃える。保存食、布類、救急用品、その他日用品。手分けして集めるぞ。そっちは頼んだ」
「ええ」
振り向いたクレナに頷くリリス。
どうやら僕とリリスで動くらしい。
「防寒着はいいの? これから夏とは言え、山って寒そうじゃない? 北だし」
そう言ってリシアは『へっくしゅ!』とくしゃみした。
「そうだな。体温を奪われるのは非常に危険だ。全員分用意しよう」
そう応じるクレナ。
「問題は水だな。濾過の知識を共有しないとな」
水?と、その言葉に昨日の事を思い出す。
「魔法じゃダメなの? この前のみたいなさ」
リリスは水を作り出して打つけていた。
それじゃダメなのかと皆んなを見渡すと、それぞれ疑問顔を頂戴した。
「アズサ。勘違いしてはいけないのが、魔力で物質は作れません」
「え? で、でも、あの町ではすっごい氷作ってなかった?」
「あれは魔力が氷の状態になったに過ぎません。水を作ってもその本質は魔力ですので、水分子やミネラルを摂取できる訳ではありません」
な、なるほど。
リリスの説明に納得する。
「何でも魔力で天地創造できてしまえば、金の価値は崩壊します」
た、確かに。
リリスの持ってる銀貨も全部鉄屑になっちゃうな。
「その通りだな。天然の物には叶わない。とは言え魔力による水がある程度体を騙せるのも事実だ。その時は、頼りにしてるぞ」
「ええ」
確認する様向くクレナに頷くリリス。
「の、飲んでいいの? それ」
「七日程度なら生命活動に影響は無いと聞くがな。まあ、基本は濾過させたやつを飲むぞ。皆んな濾過の仕方や濾過装置の作り方は分かるか?」
見渡すクレナに僕らは首を横に振った。
「詳しくは行きながら教える。とりあえずは俺が用意しとくよ。ただ皆んな知識としては入れておいて欲しい。水が一番大事だからな。遭難でもしたら、それこそな」
と、クレナは最後、注意を引く様言い添えた。
そ、そうか。僕らは山に入るんだ。
当然そんな懸念もある。
そして遭難してしまった場合の危険はきっと元いた世界の比じゃ無い。
ど、どうしよう。全然そんな事考えてなかった。
い、今更考えてなおす的な考えは、ありですか……?
「アズサ」
と、不安が渦巻いていた僕をリリスが呼んだ。
「きっと、迷った人から遭難します。それは、心でも」
こちらを真っ直ぐと見て話すリリス。
「考え直してもいいんですよ? 厳しい道のりです。また皆んなで考えればいいだけですから、ね?」
と、リリスが皆んなを見渡した。
皆んな、真剣で真っ直ぐな瞳をこちらに向けて、様子を見守ってる様だった。
またこれだ。
僕は視線から逃れる様に頭を下げた。
きっと、僕以外の人はとっくに覚悟を決めてたんだ。
なのに僕は今更現状を理解してる。
この世界に来てこんな悩みばかりだな。
初めて悪魔と遭遇した時も、ロビアでの召喚騒動の時も。
一人だけ心持ちにずれを感じて、卑屈になって。
でも、その度どうしてたんだっけ?
それなりに覚悟を決めた瞬間はあった。
ルンバスの事や、再会した悪魔、ロビアの郊外で夜中起きた時も。
――ああ、そういや全部、誰かの為だったな……
僕は顔を上げるとマリンの方を見た。
「マリン」
今呼ばれると思わなかったか、マリンは下げていた視線を跳ね上げると一瞬合わせ、途端泳がせて狼狽えだす。
「今一度自分で思ったんだけど、やっぱり山脈の道を行くのは気が引けるんだ」
そんなマリンへ、僕は気持ちを伝える。
「正直に言うとね、君が何だか呪いを解くのを渋っている様に見えたんだ。だけどそれが最近無くなって見えたのと、早く治してあげたいって思いがあったから、山脈を行く道を提案したんだ」
視線を定め真剣に話しを聞くマリン。
「でも、やっぱそれだけじゃ足りなかったかも」
僕は自嘲気味に笑い掛けた。
「特別、マリンの悩みを聞き出したい訳じゃないんだ。ただ、マリンの気持ちを教えて?」
そして言い聞かせる様に言った。
「責任を負わせる様で申し訳ないけど。ここは、背負ってほしい所だと……そう思うんだ」
真剣に。マリンを見つめて。
「私は……」
と、呟き視線を下げたマリン。
「もちろん、呪いを治したいと思っています。いろいろと不幸もありましたし、不便でしたし」
視線を下げたまま、語り始める。
「ただ、皆さんと居ると、なんだか呪いの事も忘れてしまったりして、このままでいいんじゃないかとも思えてきてしまって……」
それを黙って聞く僕ら。
「他にも、呪いが解けた時の事を考えると、悩んでしまったりもして」
真剣に。マリンを見つめて。
「でも最近、その事で大丈夫だと思える事ができたんです」
そう言って、僕らを見回すマリン。
「アズサさんや、お兄さん。リリスさんもリシア……さんも」
最後恥ずかし気に呼ぶマリン。
「皆さんが、私の呪いを早く解きたいと、そう思ってくれるなら。私も、頑張りたく思って」
と、そう胸の内を明かした。
「そ、それだけです。今の、私の気持ち何て……」
最後に自信なさ気に言って肩を小さくする。
「ありがとう。話してくれて。お陰で決心が付いたよ」
微笑みかけると、顔を俯けたままにちらりと視線をくれるマリン。
「行こう、山脈に。その先の魔王領に」
僕は旅路を睥睨する様に視線を置いて、そう宣言した。
各自無言の頷きや視線で返してくれる。
「それから、『何て』じゃないよ? こうやって僕の気持ちを動かしたんだからね」
僕はマリンへ冗談っぽくウィンクして言った。
「なぁにぃ? かっこつけちゃって〜。王子様のつもりですかー?」
と、すかさず揶揄ってくるリシア。
「いいじゃないか。今くらいかっこつけたって。結構良かったでしょ?」
「ぷぷぷ〜。可愛らしいですことー」
「んんッ」
僕らが言い合っていると喉を鳴らして遮るクレナ。
「ああ、ごめん邪魔しちゃって」
僕が謝ると、クレナはちらりと見回し。
「マリンは俺の妹だ」
「ああ、そこ?」
内容の割にすごい真剣な顔で言っていた。
肩透かし喰らう僕らにマリンがくすくすと肩を揺らしていた。
その様を見てお互い微笑み合う。
「仮に遭難した場合だが……まぁ、また行きながら話そう」
と、空気も軽くなったところでクレナは話を戻す。
「それで水の件だが、濾過だけでなく集める方法もしっかり知っていて欲しい。川や雨はもちろん、朝露などもいいな」
「も、もし遭難とかして、どれも困難な場合は?」
「一応湿った土を掘り、撥水性のある布を覆って地道に集める方法もあるにはあるが……。山でそんな事滅多にないさ」
と、クレナは肩を竦める様に答える。
「後はまあ、水と言ったら最悪あれしかないだろ」
「あれ? 何?」
僕は含みの答えが分からず皆んなを見回す。
あ、あれ? 誰も教えてくれない。
普段ならリリスとかが教えてくれるのに。
リリスの方を見るも、すっと目を逸らされた。
「まぁ、後で教えるよ。とにかく、今話しておきたいのが経路、装備、備蓄だ。言った様に次の町で揃えるぞ。もう買う物は決めてる」
そう言うや、クレナは文字の書かれたメモを出した。
「何度も見返してはいるが、意見があるなら遠慮なく言ってくれ」
「あるわ!」
と、早速勢いよく声を上げる者が一名。
「どうした? リシア」
「これ、お金はどうするのよ」
声を上げた一名、リシアがクレナへ言う。
「まぁ、大半は俺が出すよ。リシアには馬車を出してもらってるし、リリスの事は陣営の要だと思ってる。アズサもマリンの事をいつも任せてしまってるからな。そもそも俺の妹の為にしてもらってる事だ。これくらいはしないとな」
「ちょっと。あなたなら適材適所ってのがよく分かってるんじゃなくって? 私を頼りなさいよ。お金なら結構あるわよ? ある所から使うべきじゃない?」
「いいのか?」
「あら。今は同じ目標を持った仲よ? 協力は惜しまないわ。って言うかぶっちゃけ私の稼いだお金じゃないからそんな執着ないし。私なら最悪お金なんて無くても生きていけるし?」
そう飄々と言ったリシア。
「そうだな」
「そうだなも何かむかつくわね……」
相槌打ったクレナにリシアが不満気に呟いた。
それに僕らは軽く笑い合う。
「ではありがたく、力を借りよう」
「ありがとう、リシア」
「有難うございます」
「え、えと。どうも!」
「な、何よ、皆んなしてっ。煽ても何も出ないわよ? この恩はちゃんと返して貰いますから〜」
腕を組み、そっぽ向いて応えたリシア。
強がりなんだから。
まあ、もちろん。心には留めておこう。
シビアな問題だしな。
「さて、質問も無いならそろそろ行くが?」
と、そう、見回して問うクレナ。
皆、視線だけを返す。それに満足気に瞳を閉じるクレナ。
そして。
「じゃ、出発だ」
そう締めた。




