58:クレナの思い
存分に陽光浴びる草原の中。
馬を休ませる為の休息中。
佇む馬車と、その付近で戯れる女子組三人。
そこから話し声が聴こえない程度離れた場所にて、僕は木剣を持ち素振りに勤しんでいた。
僕の斜め前にはクレナが切り株に腰を下ろし、新聞へと目を通していた。
と、それも不意にやめると。
「アズサ」
僕を呼ぶクレナ。
僕は素振りを止め、彼は立ち上がると近付いてきた。
「本当に弱いんだな」
「うぅ……次は精神攻撃の授業?」
率直に表情も変えずに言った彼にしっかりと心が抉られる。
本当に感想として言ったのが分かったからだ。
「まだ次に移る程熟して無い。寧ろ戻るぞ」
と、僕の冗談もさらりと流してクレナは言う。
「俺は、アズサが本当は力を隠してる、そんな一縷の可能性を見てたんだが……。そんな事はなかったな」
そう独り言の様に言うクレナ。
「基礎の基礎からいくぞ。アズサ、お前はそもそも構えが成ってない」
と、クレナは僕の正面へと対峙した。
「腰をしっかりと落とせ。足は利き手の方を普段の歩幅から更に一足分前へ、肩幅は一足分外へ。鼻から臍にかけての正中線を崩さぬ様に地面から真っ直ぐに保つんだ」
「こ、こう?」
「少し膝を緩めろ。体重の掛け方は前が六割だ」
「は、はい」
周囲を歩きながら膝を木剣で指して言うクレナ。
たしかに、何だかいい感じに構えられてる気がする。
と、クレナは僕の後ろへと周り。
「乗るぞ?」
「うん。え、乗る? うわっ!?」
その時下げていた左足の脹脛に冷たい感触が来たかと思うと、体重を掛けられ僕は転倒した。
「重心を捉えて無い証拠だ。玄人なら肩に人を乗せたって摺り足するぞ? もちろん音を立てずにな」
後ろを振り向くと左足だけ裸足になったクレナが居た。
彼は説明し終えると靴下と靴を履く。
「こんな構えじゃ」
と、言いながらこいこいと手の平を向けるクレナ。
立ち上がり同じ様に木剣を構えた。
「こうやって!」
「ぅっ!」
それに容赦なく木剣を打ち込んでくるクレナ。
「剣や! 体が! 押されるぞ!」
続け様に打ち込んでくる。
僕はなるべく後ろには下がらず押されまいと木剣を構えたまま足の位置や腰の低さ、体重の掛け方に意識を向けた。
「ふん。そんな感じだ」
と、木剣を下げて頷くクレナ。
どうやら合格点は貰えた様だ。
「他にも構えは教えときたいんだが……」
そう彼は言うと、僕の様子を見て続きを止めた様だった。
「あ、その。その件、でさ。話したくて」
僕は前回の事も思い出し、躊躇しつつも言った。
「や、やっぱり。習った方がいいのかなって、昨日ので思ったから」
そう精一杯を話す。
「その、この前はごめんなさい。改めて、お願いします」
そして僕はクレナへと頭を下げた。
「ああ、気にするな。とりあえず、基本的な五つの構えを教えよう」
そう彼は何でもない様に流すと、正面に立ち木剣を構えた。
○
「今のが基本的な五つの構えだ。これはどんな流派にも、名は違えど存在する」
そうクレナは正面に木剣を構えたまま言った。
「まぁ、とは言え分かってると思うが……。今のは」
と、言葉を止めてこちらを見たクレナに僕は無言で頷いた。
意は伝わっていると。
「なるべく、使う事のない様願おう」
そう言ってクレナはこの場での特訓を締めた。
「それはそうとして、もういい加減決めなきゃだろ? 経路を。リシアが馬車を貸してくれるって言ってるんだ。これで選択肢は増えたが」
「うん」
と、相変わらず決まってないそれをクレナが木剣を下げて言う。
「マリンの様子はどうだ?」
「最近が、一番いいかも。たぶん、どの道を選んでも反対はしない」
僕は遠くに居るマリンへ視線を向けて応えた。
三人は草原に腰を下ろして、マリンは後ろのリシアにされるがまま髪型を弄られていた。
マスクもフードも取って、時折り自然な笑顔も見せてくれる。
気は早いかもしれないが、やはりリシアを誘ってよかったと思う。
多分、単純に寂しかったんだ。
友達かそれに近い存在が欲しかったんじゃないかなと思う。
リリスとは特別仲が悪い訳ではないが、友達と言った様子でもない。
リリスはマリンの事をちゃんと気にかけてるみたいだし、マリンの方もリリスにだいぶ懐いているのは感じる。
たぶん僕より信頼関係を築いてると思う。
リリスと一緒に居る時のマリンは例えるなら親に付いていくアヒルの子だ。
見ていて微笑ましい。
だがアヒルの子だって一人じゃない。
ただの比喩表現だが兄弟姉妹が居るのだ。
マリンにも姉の様に慕える友達が欲しかったんじゃないかな、と。
結果論だがそう思った。
クレナと話した後、少し気が晴れた様に見えた様に。
それが呪いを解きに行く行かないにどう影響するかはさっぱりだが、マリンはマリンなのだ。
呪いとかに関係無く、彼女自身の悩みだってある筈だ。
呪いを受けてるからと言って呪いに関連する悩みとも限らない。
ずっとそればかり考えていたが、やっぱ僕も考え過ぎだったのかもしれない。
「馬車とマリンの意思……この二つは揃ったか」
「た、多分ね?」
と、手を顎に呟いたクレナへ言い添える。
「でも、やっぱり急かすのは良くないのかなって言うか。ゆっくりマリンの気持ちを確かめてからでも、いいのかな。何て」
次いで言った本音にクレナはこちらを向くと。
「アズサ。本当に一応言うならもう一つあるんだ。西の帝国を経由し、連邦国へと入る。そして魔王領へと赴く道だ。ちゃんとした手続きを踏んでな」
そう新たな案を言った。
「えっと、それは神聖何とかを通るのとどう違うの?」
「森を通らなくていい。魔王領には東から南にかけて深い森があるんだ。危険度でいうレベル6。危険地帯レベル1だ。神聖ミリオス法国から行くと、この森を通らなければならない」
な、なるほど。
結局最後は多少の危険を覚悟しなきゃなのか。
「とはいえ、西の正規の経路も中々大変だ。手続きも含めて半年は覚悟した方がいい。いや、馬車があるなら多少はましか?」
と、考えを溢すクレナ。
「しかし、生活費のやり繰りを考えるなら……」
そう一人呟くと思慮に耽った。
僕はそれを一通り眺めた後。
「クレナは、どの道がいいの?」
そう問うと、クレナはその思いを木剣で表す様に視線と共に下げる。
「自分でも、もうよくわからない」
「何それ?」
半ば独り言の様に零したそれに、僕は冗談かと思って問い返した。
「もはやどこまでが自分自身の正常な感情で、考えなのかが分からないんだ。今言ったエルドラドを通る経路も、本心ではマリンの呪いなど解けずにずっと不幸なままでいればいいと、そう思っての発言かもしれない」
と、クレナは語り出す。
「山脈を通る経路も、呪いを早く解いてマリンと関わる理由をさっさとなくしたいのかもしれない」
平常に。
「本当は俺の、マリンに対する愛情も、ただの逆張りなのかもしれない」
淡々と。
「──最初っから俺の意思なんて、無いのかもしれない……」
クレナはそう独白の様に言った。
いや、実際それは独白だった。
「ごめん」
僕はそれを受けて、一言謝る。
「何も、気の利いた言葉浮かばなくて」
つい申し訳なさから零した。
「い、いや。こちらこそすまない。急にこんな事言って。特別慰めて欲しかった訳ではないんだ」
と、クレナも気を戻した様に言う。
「じ、自論で良ければ、聞いてもらえる?」
僕は表情を窺い言った。
「な、なんだろう。なんて言うか」
一度言い淀んでから。
「そう言った、本当はこう思ってるんじゃないかって疑いは、分からない事もないよ。自分自身への問い掛けってのは、多分一生続くんだと思う」
特別考えがある訳でも、纏まってる訳でもないながら続ける。
「それが無い人はきっと……その〜、よっぽどのおバカさんか、自信のある人だと思う」
自分の中での、漠然とした伝えたい事を。
「クレナはきっと、万全を尽くせる人だと思う。弱い所を理解して、それを無くすか庇う人だと。だから、それで結果的に自信はできても、きっと最初から自信を持った人じゃないと思う。最初から自信を持った人と、おバカさんってのは、僕は一緒だと思うんだ。都合が良いかどうかの違いだけで」
僕が長々と語ったそれを、クレナは黙って聞いてくれた。
「つ、つまりね。クレナは……それでいいんだと思う」
そしてそう、まだ表しずらい思いを。
「な、何て言うか、悩んでるとこ申し訳ないけど」
僕は一度クレナを窺ってから。
「君らしいよ」
そう、クレナを真っ直ぐ見つめて言った。
それを真っ直ぐに受け取るクレナ。
「多分、君はいずれそうやって悩んだんだと思う。それは呪いとか関係なく、君の持った個性だと思う。その自問自答の矛先が呪いを持ったマリンへ向いてしまっただけで。きっと、それ自体に悩んだり、直そうとするものでもないんだと思う」
うん。そうだ、僕の言いたい事は。
「だから、君が自分の事が信じられないなら、僕が代わりに君を信じるよ。君の分まで」
僕はその思いを言った。
「ううん。もう既に、君のマリンに対する思いは信じてるよ」
そして自分でも一度頭を振るとクレナに告げる。
クレナは以上の事を瞳で受け止め。
「そうか。客観的な意見は、非常にありがたい」
下に逸らすと、様子変わりなく応じた。
ただの思いを言っただけなので、特別何かが変わる様期待した訳ではないが。
それなりに反芻はしてくれてる様だった。
「でもさ、クレナ。話を戻すけど」
と、話も区切りがついたところで今一度呼ぶ。
「君は、大丈夫なの? 半年も、同じ馬車で」
「別で行けばいい。今まで通り」
まぁ、そうか。
「自由に使える馬車を得た今、この経路も現実味を帯びてきたから言ったんだ」
と、クレナは付け加えるが。
「ま、待った。じゃあ山脈はどう行くつもりなのさ。一、二ヶ月も付きっきりで大丈夫なの?」
僕は今更だが引っ掛かり覚え、そこを問うた。
「恐らく、大丈夫だ」
と、それに呟く様答えるクレナ。
「自分でも不思議なんだが。アズサと居ると、呪いが少し和らぐ気がするんだ」
「え? 僕と?」
瞳を見返して言われ、僕は疑問のまま首を傾げた。
「何で?」
「分からない」
思慮深く瞳を下げ、呟いたクレナ。
その様はひたすらに思索を続けている様だった。
まぁ、心の持ち様でも変わってくるのかもしれないしなぁ。
「とにかく、この不思議と呪いの和らいでいる状態でなるべく早く解いてしまいたい。この気持ちや、状態がさめてしまう前に」
クレナは少し思いを晒して言う。
「だから……まぁ、そういう意味では。俺も、山脈へ行くって言う意見に……なる、のかな」
そう、クレナは途切れ途切れに言った。
珍しく自信なさ気に、視線を下げて吐露する様に。
「うん。そうだね。一度話し合おう」
僕もそれに頷く。
顔を上げたクレナへ。
「山脈に行く、と言う議題で」
そう、告げた。




