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また来世で会いましょう  作者: あおいあお
第三章 竜凱山脈編
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55:殴る



 最初に踏み出したのは僕だった。

 この馬車内で相手に迫るのは二、三歩も掛からず、僕は握った右手を振りかぶった。

 それを体と両腕を使って受け止めるケイン。

 引き抜こうとするも、まるで歯が立たない。


「──あぁッ」


 掴まれたままももにケインのひざが入る。

 強烈な痛みに一歩下がるが、腕が掴まれているのですぐ止まる。


「ぐぶぅ……ッ」


 痛みに考えが纏まらない中、服を掴まれて無理やり前のめりにさせられると鳩尾みぞおちへと膝が入った。

 さっそく倒れてしまいたい程痛みを感じる中、僕は必死の抵抗としてケインを殴った。

 頭を俯かせたまま、巨軀のケインへ左手を何度も打ちつける。

 まるで痛がる気配も押される様子もなく、僕は髪の毛を鷲掴みにされる。


「あぁッ……!」


 そして後ろで足を引っ掛けられ、僕は仰向けに倒された。

 背中を床に強打する。肺が振動した。


「──ッ!」


 後、顔面を勢いよく蹴られる。

 そのまま後頭部を椅子の側面へと打つけた。

 ツンっと鼻の奥が痛む様で、鼻血を出しているのが分かった。

 きっと口も切っている。


「ぐぶッ!」


 休む間も無く、腹へと衝撃が加わる。


「ぐ……!」


 もう一発。

 僕は全身の痛みに苦悶する中ケインを見上げた。

 無表情で見下ろす大男。その先の木製の天井。それに着いたランプ。側面の窓。目の端にある長椅子。揺れる入り口の布。


「も、もういいでしょう!?」


 そしてリシアが焦燥した様子でケインへ言う。


「やりすぎよ! ね、ねぇ! あなたももういいから! 私ももう受け入れるから!」


 と、僕にまで止めに入るリシア。

 その表情は眉を垂らし、ひたすらに心配をした表情であった。

 ちゃんとこんな顔もできるんだなと少し安心する。


「ぐはっ!」


 またも腹を蹴り抜かれ、唸りが吐息と共に漏れた。


「ねぇってば! もういいじゃない!」


 リシアが必死の形相でケインへ言う。


「先程から煩いな。先にお前から黙らせておくべきだった」


 と、リシアを振り返ってケインがその元へと踏みよった。

 怯えて見上げるリシア。

 僕は鼻先から血を垂らしながら、震える四肢を突いて立ち上がった。


「ふん。意外とタフだな」


 それを長身から見下ろして言うケイン。

 僕は垂らした前髪の向こうのそれを睥睨した。

 若干の荒い息を吐きながら、左腰の剣を鋭い金属音と共にゆっくり引き抜く。

 顔を覗かせる、燃える様な赤い刀身。


「ちょ、ちょっと!」


 それに咎める様反応するリシア。


「ふん。どうせはったりだ」


 対してケインは鼻を鳴らすと一蹴する様に見下して言った。


「まあ、それを取られた以上、こちらもそれ相応に対応せねばな」


 ケインは左手側の長椅子の座板を持ち上げ、小物の入った収納空間を晒した。

 その中にはロープもあったが、それではなくケインは一振りの剣を手に取った。

 刀身を抜き、鞘は収納空間に戻して座板を閉める。

 お互いに剣を眼前へと構えて対峙した。


「うわぁあっ!」


 軽い叫びと共に踏み出し剣を構えて上段から振り下ろす。

 金属が響き、鍔迫り合いへと成る。

 と、ケインが剣先で弧を描くと上下を反転させ、柄へと引っ掛けて僕の剣を伏せる。

 慌てて僕は下がるが振り上げたケインの剣が頬を掠めた。


 痛がる暇も与えられずに次が来る。

 無理な姿勢に無理な動きを重ね、上段からの剣を下へ往なす。

 僕よりずっと身長が高いとはいえ、馬車内なのでその不利は埋まる筈だった。

 と、横薙ぎの剣を両手を上げてかわす。

 体には届かない範囲だった。


 そのまま上げた剣を振り下ろす。

 この狭い馬車内じゃ、剣を振るって一、二歩進んでは下がるの応酬であった。

 外へと出てしまいたいが、危ないのでなるべく一人で対応したい。

 ケインから振られる剣先を、僕はゆっくり後退しながら対応する。

 上段、下段からの剣を左右に避け、横薙ぎの剣は両手を下げて往なし、上げて躱す。


 ──こいつ、手先を狙って……!


「あ痛った!」


 と、対応しきれなかった剣先が僕の右の手の甲を斬りつけ、思わず剣を落としてしまう。

 僕は焦ってそれを拾おうとし──


「ぐぶぅッ!」


 鳩尾みぞおちへと入ったケインの膝。

 僕は衝撃に唸り声と息を吐き出す。

 意識が飛びそうになる中、襟を掴まれると左手側の長椅子へと倒された。

 腰に椅子の角が当たる衝撃。腹の痛みも鳩尾を打たれた窮屈さも感じる中、僕はケインを見上げた。


 彼は刃をこちらへ向けて剣を掲げていた。

 今にも振り下ろされる。

 絶体絶命、そう思った時に。


 瞬間。視界の端から水の塊が飛んだ。


「ぐぁっ!?」


 頭大のそれはそっくりケインの頭に打つかり、ケインは驚き剣を手放すと御者の方へと尻餅付いた。

 冷たい水飛沫がこちらにも掛かり、意識が醒める様であった。


「な、何だ!?」


 ケインは予想外のそれに、水が飛んで来た入り口の方を見る。

 そこには布から控えめに右手を出して顔を覗かせる、リリスの姿があった。


「小娘がッ、小癪な真似を!」


 それに顔を歪ませ立ち上がろうとするケイン。

 だが既に立ち上がり剣も拾っていた僕は中腰になったケインを押し倒す。

 背中に椅子の角を打つけるケイン。轟く重い音と衝撃。

 僕はそのまま倒れるケインの胸を踏みつけた。


「ぐ……!」


 間入れずトンッと音を立て、苦渋に表情を歪ませるケインの首横に剣を突き立てた。

 目を見開くケイン。

 すぐ横に突かれた剣をちらりと見て、僕を見上げる。


「これで勝ったつもりか少年? こんな細い脚、俺の手で折る事もできるぞ!」


 と、両手を僕の左脚に翳して脅すケイン。

 僕はそれを、脚に体重を掛けたまま見下ろす。

 強気なケインの瞳を、赤髪を垂らすと瞳孔まで見返して。

 刃をずらして首筋へと当てると、ケインは顔を顰めて忌々し気に剣を見た。


「さっき、はったりだと言ったな……試してみるか?」


 僕は平静に問う。

 ケインが眉を歪めたまま、瞳だけ目を見開いてこちらへ向ける。

 僕もそれを見返す。その先の感情の揺れまで覗く様に。


「俺はつい先月人を殺したぞ」


 そう告げた。

 お互いに逸らさない視線。それに映った虚な瞳も見返して。

 剣を傾け、首筋に刃が食い込む。

 一筋の血がゆっくりと垂れる。

 それら全ても、蚊帳の外の様に瞳孔を繋ぎ続けて。


「ちょちょ、ちょっと! やり過ぎよ!」


 一人先に我へと返った様に、リシアが慌てて止める。


「もういいから! もう十分だから!」


 と、床に座り込んだままリシアはそう訴えた。

 僕はケインへ体重を掛けたままリシアを見る。


「しかし、無力感はしておかないと」


「アズサ!」


 その時、リリスの叫ぶ声が届いた。

 反射的にケインの方を見ると、右手に何かを持ってこちらへ向けていた。

 片手に収まる持ち手に、銀の筒状の口がこちらへと開いている。


「なっ!」


 それは銃であった。


 思わず驚愕に声を漏らす僕。

 すぐに入り口の方へと体を向け、いつの間にか車内へと上がっていたリリスへ覆い被さった。

 直後に響いた爆発音を背に聞きながら、布を巻き込んでリリスと地面を転がる。

 耳を穿った発砲音に耳鳴りがする様で、周囲の音が遠く聴こえるが、それを余韻と感じる心の余裕も無い。


「こいつ……!」


 剣を捨ててリリスの頭へと被せていた左手も離し、すぐさま立ち上がると車内へ飛び乗る。

 銃口をこちらへ向けるケイン。僕はケインが引き金を引く前にその銃ごと手を蹴り上げた。

 轟く爆発音。幸い弾は明後日の方へと飛び、この場の誰にも当たらずに済んだ。

 蹴った銃はケインから届かない位置へと転がる。

 それが落ち着くのも見届けずに、僕はケインの顔面を殴った。

 硬い頬の骨に、こちらの手まで痛くなる。

 だが構わず、僕はひたすらにケインの顔面を殴った。

 左右両方の手で絶え間なく。

 右の手の甲の血がケインに付くが、それもすぐ紛れる様に鼻や口から血が滲む。

 まだ殴る。

 血と傷口の境目が分からなくなる程に。

 腕を振りかぶって。

 抵抗しようと上げたケインの手を掴み、それを許さずに膝も使って。


「もうやめて! やめてって!」


 と、リシアが泣きながら僕の脚に縋り付いて言った。


「私が悪かったから! ごめんね! ごめんなさい! お願いだから! もうやめて!」


 そう懇願するリシア。

 さすがにその様に手を止める。

 というか、もうケインからも抵抗の意思を感じない。

 ぐったりと力を抜き、顔は血だらけだ。


「お、おい。分かったって。危ないし離れろよ」


 僕は腰にしがみ付くリシアへ言う。

 リシアは目元を手で覆って啜り泣きながらも離れた。

 と、リリスが左側の座板を開け、中のロープを取り出すとケインを後ろ手に縛り始めた。


「僕がするよ」


 危ないので代わる。

 リリスは代わりにケインの首元を抑えていた。


「さっきはごめんね? 怪我ない?」


「ええ」


「よかった」


 手首に巻いて縛りながらリリスと軽く話す。

 あの弾が当たってたらと思うと中々ぞっとしない。


「ごめんなさい」


 と、リシアが傍らで俯き泣きながらそう零す。


「ありがとう……っ」


 ケインを縛り終えた頃に、リシアはひくつかせる呼吸の合間に言って。


「ありがどゔぅ〜!」


「だ、だから」


 一際大きく唸ると僕の腰に抱き付いた。

 とは言え邪険にするのも気が引け、一瞬リシアの頭に手を翳すと逡巡する。

 ど、どうしたらいいんだろう。


 結局手は引っ込め、僕は対応に困ってしまった。

 いや、それもそうだがケインもだな。

 リシアは肩を持ってやんわり離しつつ、僕は縛られたケインを見た。


「さて、どうしたものか」


 床に両膝付き、気力無くこうべを垂れたケインを見て呟く。


「け、ケイン!」


 と、リシアが目元を拭いながら鋭く叫んだ。


「謝って! この子に乱暴した事謝って! ほら!」


 赤い目で無理やり前を見ながら僕を指差して言うリシア。


「悪い事したなら謝りなさい!」


 潤んだ瞳で眉を釣り上げ厳しく言う。


「手荒な真似をしてしまい、申し訳ございませんでした」


 ケインはこちらを向いてその場で頭を下げた。

 後ろ手だが土下座に近い格好だ。


「え、えーと、リリス。この世界、っていうかこの国の法に則るとして、この人はどうした方がい?」


 僕はそれに応じきれず、とりあえずとリリスへ正しい判断を仰いだ。

 リリスはケインへ近づくと袖をたくし上げて二の腕を確認した。

 と、それもすぐにやめ。


「まあ、証人も状況証拠もありますし、次の街の警備団にでも突き出しますか。少し時間は取られますが」


「まま、待って! お願い!」


 リリスが結論付けた時、リシアが慌てた様に止める。


「そ、その、あなたも被害者な訳だし、無理なお願いなのは分かってるんだけど……どうにか、許してはあげてくれない?」


 僕の方を見上げて不安そうな顔付きでお願いするリシア。


「ご、ごめんなさい。急にこんな事言って……! で、でも、元々私の注意不足なんだし、監督責任でもあるのよ! だからっ」


 そう主張しつつも、気を落とした様に顔を下げ。


「私が、悪いの……。私が、我が儘ばかり言うから」


 半ば独白の様に言うリシア。


「私が、彼と出会ったばっかりに。彼の人生を、狂わせちゃったから」


 そう話す様は、少し寂しそうだった。


「いや、だからと言って犯罪者に成り得る人を野放しにもしたくないぞ。今回は御免しても、また次があるかもしれない。それが君じゃないという保証はできないし、君という保証もできない」


 僕はくまで実利的に言った。


「そ、それは、多分……大丈夫。相手が私だから、ケインもこんな事しちゃったと思うから」


「こんな時に自慢か?」


「ち、違うわよ!」


 少し揶揄うと眉を釣り上げてこうしたリシア。


「でも、本当。きっと、私と離れて一時過ごせば、元の彼に戻るから」


 リシアは勢いと視線を下げ一人零した。


「ま、待てよ! こんな別れ方があるかよ! 俺がどれだけあんたに尽くしてきたと思ってる!」


「それは……ごめんなさい」


 その時、ずっと黙っていたケインが叫びリシアは眉を垂らす。


「でも、もう忘れて? あなたのその気持ちも、きっとすぐに溶けて無くなるから」


「何なんだよ! あんたはまたそうやって! 美味しい所だけ取ったらすぐに捨てて!」


 ケインはそんなリシアへ膝を床に突いたまま感情を露わにする。


「最後に報われたいと思っただけだろ……。もう、戻れないから」


「……ごめんなさい」


 こうべを垂れ、呟いたケインにリシアはただ謝る。


「返せよ! 戻せよ! あんたに会う前に!」


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 顔を上げて怒鳴るケインに、リシアはじっと耐える様に謝り続けた。

 それを見て何かを諦めた様に、ケインは次こそこうべを垂れた。

 それを一歩引いた目線で見下ろしていた僕ら。


(こっちの世界でも、美的観点は一緒だと思ってたんだけどなぁ)


 ついそんな感想を、必死の形相だったケインを見て思った。


「ごめんね? ごめんなさい、ごめんなさい」


 世間から閉ざした様に俯くケインへ、弱々しくリシアは謝り続けた。

 何か重い物を背負った様な、それは償う様だった。


 ──ああ、そうか。この人も……


 僕は彼女を見て、内心で思った。


「リシア」


 そして僕は呼んだ。


「な、何よっ。急に呼び捨てにして」


 それに不意を突かれた様にツンっと強気に返すリシア。

 僕はとりあえず無視して。


「当てはあるの? この後。君の友達が一人減る訳だけど」


 そうリシアに今後を問う。


「そうねぇ。まあ、生活の事となれば適当にまた捕まえればいいだけだし? ただ一時遠出でもしたい気分ねー。鬱気な気分が溜まっちゃいそうだから」


 そうリシアは、遠くを見る様に語った。

 こいつ懲りてねーとは思ったが、僕はその様子を見て。


「ねぇ、リシア」


 今一度、彼女の名を読んでこちらへ向かせた。

 そして僕は言う。


「仲間にならない?」


 ──と。



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