50:逆ギレ
乗合馬車を運営している商会への道のりをリリスとマリンと共に歩く。
僕はちらりと高低差のあるマリンの頭を見下ろす。
その表情は、フードに隠れて見えなかった。
「えーと。ランタン行き、ランタン行き」
木造の建物内。集合馬車の受付所にて。
僕は頭上に張り出された馬車の時刻表へと視線を流していった。
「あ、あの看板?」
「ですね」
と、指差して言いリリスが応じる。
へへへ、実はもう簡単な単語くらいなら読めてしまうのだ。
「やはり出てる様ですね。一番早いのですと、明日の早朝から昼前にかけての便ですね」
「よぉ〜し、じゃあそれにしよう」
僕は二人にも視線で確認を取ってそれに決定した。
今のマリンはマントを羽織り、フードを被るとマスクもしていた。もちろん眼帯もしてるから完全装備だ。
逆に目立ちそうなものだが幸いにも僕らと行動を共にする様になってから一度も問題は起きていない。
マリンが一番驚いていた。
なので最近じゃ、マリンは大人しく付いてくるに努めているのだ。
僕はそんなマリンの様子を見ながら、人の並ぶ受付へと移動しようとし。
「やっと見つけたわよ! このすかぽんたん!」
「うぇ!?」
聞き覚えのある高い声に振り向くと、やはりと言うべきかリシアとか名乗った少女が居た。
リシアは不機嫌さを隠しもせずに二、三メートル付近まで近付いて。
「あなたね! 私の僕がどれだけ探したと思ってるのよ!」
そう眉を釣り上げて言うリシア。
自分で探した訳じゃないのか。
そのリシアへの呆れは飲み込む。
「もう今日と言う今日は許さないんだから……!」
怒りにふるふると拳を握って震えるリシア。
僕はその様子に困って眺める。
「あの人ですか? 残念な人というのは」
「う、うん」
と、後ろに控えたリリスがいつもの平坦な目を向ける。
「一体どんな叱り方をしたんですか」
「うぅ、僕も悪かったと思うけど」
リリスにも呆れた様に言われて居心地悪くなる。
「ちょっと! 何をこそこそ話してるのよ!」
と、そんな僕らに突っ掛かる少女が一人。
「って言うか、ほーん。そうですか、そうなんですか。ほーん。お子様の癖に、ほーん」
するとリシアは僕らを見据えて何か含み気に言って。
「両手に薔薇って訳ですか! どこまでも気に食わない子ね! 本当にッ!」
猛禽類の様に鋭く睨み、犬歯を剥き出しに叫んだリシア。
控えめに言って怖い。
「あ、あの。昼間の事は謝ります。僕が全面的に悪いですし、受け取っていただけるならいくらでも謝罪を」
僕はそれに恐る恐る言った。
「な、なので、あんまり」
僕は辺りへ視線を時折り逸らして言い淀んだ。
率直に言うと事を大きくしないで欲しい。
なんだが周りの目も気になるし、あんまり目立つとマリンの事もあって大事になりかねない。
そして僕が本当に思うのが二人を巻き込まないで欲しい事だ。
僕が持ち込んだ問題で二人に迷惑は掛けたくない。
「何よ、あなた。やっぱりへたれね。あんな啖呵きっといて、今更逃げるっての? 身勝手だとは思わないんですかー?」
それに面白くない様に煽るリシア。
僕は思う所ありつつも、ここは大人しく聞き流して。
「あの、お言葉ですが身勝手なのは貴女の方ではないですか?」
「り、リリス?」
と、それに応じたのはリリスだった。
「話を聞く限りでは随分と無礼な態度だったそうではないですか。今のを見る限り、それも想像に難くありません」
僕の隣より一歩前に出るリリス。
「態度を成してない人が、人の態度を成せますか? それは随分な物言いとは思いませんか?」
リシアに臆する事無くリリスは言った。
「で、でも! だって!」
言葉を探す様に応えるリシアだが、まともな理由は出てこない。
「それに逃げるのが身勝手とは? もともとアズサに妙な絡み方をしたのは貴女ではないですか? あれが貴女にとっての普通なら、早急に直した方がいいですよ」
と、歳下の女の子に論され、怒りか羞恥か顔を真っ赤にするリシア。
何も言葉が出なくなった様子のリシアへリリスは近付いて行き。
「お詫びです」
そして軽く握った手をリシアへ差し出す。
「い、い、要らないわよ!」
それを避ける様に後退りし腕を空振るリシア。
その様子を僕や、ひいてはこの場の皆が見ていた。
「落としてやるー! 絶対に落としてやるんだからー!」
それに気付いたリシアは捨て台詞を吐くと受付所から去って行った。
一先ず何事も無く? 終わって緊張を解く。
「ごめんね? 変なの巻き込んで。あと、ありがとう」
「いえ」
リシアの出て行った方へ視線を向けたまま応じるリリス。
「少し、言い方がキツかったでしょうか?」
「うーん。そんな事ないと思うけど」
そもそもあれでキツいならリシアは何なのか。
「リリスの気に病む様な事じゃないよ」
とりあえず、僕は笑い掛けて話を流した。
「行こう」
「ええ」
当初の目的通り僕とリリスは受付に並ぶべく歩き出す。
「マリン? どうかした?」
と、同じくリシアの出て行った方を見ていたマリンへ声を掛けた。
マリンはこちらに気付くと左目を見開き、首を横に振って付いてきた。
〇
「んんん! んん~~~~ッ!」
私は唸りながら全力で枕を掴み、ベットを蹴る。
くやしい!
くやしい! くやしい! くやしい〜!
そう内心で叫ぶ私。
怒りや悔しさで感情がごちゃ混ぜになる。
「あーもー! 何なのよー! あ~ん~もぉぉぉお!」
ついに堪えきれず、私はシーツに皺を付けながら激情を吐露した。
何なのよ!
まさかあの娘も私の祝福が効いてないって言うの!?
そんな筈……
いくら何でもそんな筈は……!
二人も祝福の効果が無いと言う未曾有の可能性が受け入れられず、私は一人眉を顰めた。
「監視役によりますと、あの赤髪一行はランタン行きの馬車へと乗る予定の様です」
と、いつの間に居たのか、壁際に控えたケインが報告する。
「ふ~ん」
それを聞いて鼻を鳴らす私。
ランタンね……
「すぐに馬車を用意して! 待ち伏せするわよ!」
立ち上がり身の支度をするのは、そのすぐ後の事だった。
〇
翌日、僕は馬車の窓から外壁を通るのを眺めていた。
今回は乗合馬車の方に身分の証明はしてるので、馬車に揺られていればいつの間にか街中である。
停車場に着くと僕らは馬車から降り、新たに付いた街へと歩いていく。
乗客達が疎らに行き交う中を進んでいると、視界の隅で突っ立った誰かが居るのは分かった。
視線を感じて僕がその方を向くと、木陰に体を隠してるのか隠してないのか微妙な位置に立つ少女が居た。
僕はその少女──リシアに目を向ける。
「え、ええっ!?」
思わずそれに驚嘆を上げた。
と言うか普通に引いた。
すると『あ』とでも言いたげな風にリシアは目と口を開けて、ゆっくり日陰へと体を出した。
う、嘘でしょ!? わざわざ町まで跨いで来たの!?
暇なのか……?
「ふ、ふふん! どーよ。私を怒らせた事、後悔させてあげるわ!」
疾うのリシアは堂々と胸を張るとそう言い放った。
り、リリスの目が冷たい。
リリスもこんな表情するんだ……
「こ、ここは任せて二人とも。先に行って待ってて」
それに、というより両方に頬の引き攣る思いをしながら、僕は二人へ促す。
「ですが」
「僕が持ってきた問題だし。それにほら、ちょっと話し合った方がいいかなって」
留まってくれるリリスに僕は説得する。
「何かあれば、すぐに呼んでください」
「うん。ありがとう」
マリンを共らって離れるリリスを見送って、僕はリシアを振り返った。
「おやおや、意外と素直じゃない? やっと私に従僕する気になったの?」
と、それに一人調子良く言うリシア。
「あの……何ですか?」
僕はそれに表情を変えずに問う。
「な、何がよ」
リシアは少し調子を崩された様に問い返す。
「いえ。ですから、何の用ですか?」
「なっ。言うに事欠いて何の用とは何よ! 理由がないと会っちゃいけないって言うの!?」
「そ、そういう訳じゃ……」
言い返したリシアの物言いにさすがに言葉に詰まる。
「でも、僕に何かして欲しいから来たんじゃないんですか?」
「ふふん。それはね、もういいの」
と、それを聞いて欲しかった様に、リシアは得意げに顔を澄ますと。
「もっと、もーと! イタい目合わせてあげるんだから! その宣戦布告よ!」
リシアは背伸びすると両手一杯に広げて表現し、片手を腰に当てるとぴしりと僕を指差した。
「安心なさい。もちろん怪我とか負わせようって話じゃないから。ちょちょちょ~っと、大人の女性を揶揄ったお仕置きをするだけよ」
そうリシアは調子良く、楽しげに言って。
「そうですか」
「反応、薄っす~」
一応返事した僕に、彼女は不満気である。
薄いも何も、そうですかとしか言いようがない。
もっと『やめてー』みたいなのを期待してたんだろうか?
だが如何せん美人なだけで迫力はあまりない。
というか、寧ろその言動が邪魔をして幼稚にすら感じる。
子供を相手してるみたいだ。
「もう行きますね?」
「あっ、ちょ、ちょっと!」
「まだ何か?」
「いい、言いたい事があったのよ。この前の、件で」
半ばで止めた足で振り返ると、リシアは視線を横に逸らして言った。
僕はその様子に首を傾げる。
「う、うちのケインが迷惑かけちゃったみたいだから、その……謝りに」
と、言い淀み、最後に上目でこちらを窺うリシア。
「ケイン? もしかして、あの男の人の事?」
「多分そうよ。あなたに怪我させちゃったみたいだから。本当は謝りに来させようかとも思ったけど、怖がらせるかと思って」
そんなわざわざ。
律儀な人だなぁ。
「だから、私が代わって……」
と、リシアは言葉を詰まらせ。
「代わって」
言葉を反復して、俯くと。
「何で私があなたなんかに頭下げなきゃいけないのよ!」
「えぇ!?」
バッと顔を上げるや、また鋭い目付きで憤ってきた。
す、少し見直したのに。
そんな胸の内の言葉が虚しく響く。
「それよりあなた! あの二人の女の子は何よ! 私を差し置いて両手に薔薇って訳!?」
「え、えぇ? さ、差し置くも何も、ほぼ初対め」
「何よって訊いてるの!」
「な、仲間です」
尋問されてる気分だ。
「ふーん、そう。じゃ、遠慮は要らないわね」
と、僕の返事に、何かを決めた様頷くリシア。
「覚悟なさい! 私を振った事、絶対後悔させてやるんだから!」
「い、いや。振るも何も」
……行ってしまわれた。
僕が言い終える前に、リシアは指差して一方的に言うと背を向け去って行った。
なんだか、また変な事に巻き込まれそうだなぁ。
と、そう一人取り残されて僕は思ったのだった。




