49:好まれる祝福
宿の一室にて、両手を広げてもまだ余る程大きなベットに横たわる。
地味だが調度品の揃った部屋で、天蓋付きのベットからもその品等が窺える。
そんな一室で赤いシーツのベットに俯せになると、私はバタバタとそれを蹴って埃を立てていた。
「~~~~ッ、もうっ! 何なのよ! あいつ!」
枕に顔を蹲るとそう唸る。
そしてバッと顔を上げて。
「どうしてっ!」
そして内心とも外面とも区別が付かない程に文句を叫ぶと。
(――どうして、私の『祝福』が効かないのよ……!?)
そう溢したのは幸い内心だった様だが、それすらどうでもいい。
私、リシアは精神と感情を司る神によって『祝福』が掛けられていた。
それも魂に、である。
祝福の効果は特定の感情の無償譲渡。
私の場合、それは好ましく思われると言う物。
つまりは“好き”と言う感情。
これによって私は産まれた時から皆に愛され、好かれて育ってきた。
どんな男だって振り向かせたし、女だって私の『祝福』の前では嫉妬も消えて好意的になる。中には本当に好いてくる者も居た。
生憎女性に興味はなかったけれど。
誰もがこの『祝福』の影響を受けた。
老若男女、等しく。
初対面だって、好意的にくらいにはなる筈なのだ。
それなのに……
それなのに!
私はあの赤髪の少年との対面を思い出す。
話しかけた時の、少し怯えた様な目。
警戒しきった様な。その後も一定の距離を保ってる様な。
(あの少年ときたら、まるで影響が無いみたいじゃない!)
名前を訊いた時もあれは確実に躊躇していた。
こんなのあり得ない。
あっていい筈がない。
神の力なのに!
いつの間にかまた俯せていた頭を上げて、何も無い先を睨む。
あの少年、どうしてくれようかしら。
今まで妻子持ちか邪魔をしてはさすがに罪悪感が湧いてきそうな人以外、どんな男だって僕にしてきた。
それをたった一人。あんなお子様に屈するのは気に食わない。
それに、私をコケにしてくれた報いだって与えたい!
どうしよう……
一人悩みながら、枕を下に親指の爪を噛む。
「あの男でしたら、既に報復はしてあります」
と、部屋の端の方から届いた声に私は振り返る。
そこには私を真正面に捉え、壁際に控えた黒髪の大男が居た。
「け、ケイン。居たのね、驚かさないでよ」
私はちょっとびっくりしつつその男へ言う。
「って、報復って? もしかしてケイン。ダメよ? 痛いのは」
私は寝っ転がったまま、相変わらず無表情のケインへ少し咎めた。
もう許してもいいかなとも思うが、揶揄われたのだから揶揄って仕返ししたい。
ケインの分は取り敢えず謝って、私が別でまたお灸を据えてやりましょう。
と、その時妙案が浮かんだ。
そうだ! 振ろう!
あのお子様をメロンメロンのベロンベロンに惚れさせて、そして盛大に振るのよ!
いや、でもそれじゃあちょっと可愛そうかしら……?
うん。別にそこまでしなくてもいいわね。
ただ別れが惜しくなる程度には少々揶揄いに行ってやりましょう。
「ふふ、ふふふ」
私はこれから起きるその一幕と少年の困り顔を想像して、一人でに部屋へとほくそ笑みを零していた。
――そしてそんなリシアの様子を無表情で見下ろす、ケインであった……
〇
「ありがとう。時間作ってくれて」
ベットの一つ置かれた一室の中、僕は閉じた扉を背にお礼を言った。
「いえ」
それに短く応じるマリン。
瞳を下げて、視線は合わない。
「マリン」
僕は部屋を進みながら。
「マリンは、やっぱり旅には反対?」
ベットの端に腰掛けて、マリンにも同じ事を促して言った。
「そ、そういう訳では」
二人分程開けて隣りに座るマリン。
「正直に言って欲しいんだ。やっぱり、呪いの事はマリンの抱えてる物だから、マリンの気持ちを確認したくて」
「わ、私は……」
顔を俯かせるマリン。
眉の端を弱々しく垂らす。
「僕はね、マリン。やっぱり解いてあげたいよ。呪い」
僕は正面を向くと、躊躇してる様子のマリンに代わって気持ちを言う。
「仲間だから、て言う義心からだけじゃない。それがマリンにとって、良い事だと思うから」
そう、それが偽らざる思いだ。
「マリンは、今いくつ?」
「え、えと。十三です」
「そっかぁ。じゃあ、まだまだ生きていかなきゃね。って、僕も二つしか変わんないけど」
そう自嘲して笑いかけるとマリンも目を細めた。
「まあ、何が言いたいかって言うとね。マリンには呪いなんかさっさと解いてしまって、普通に生活して、普通に友達を作って、普通に恋したりして欲しいんだ。お節介だったかな?」
「そう言う、訳では……」
その問いにさすがのマリンも困った様に言葉を濁す。
「聞かせて? マリンが悩んでる理由。仲間なんだから、一緒に悩ませてはくれない?」
僕はマリンの瞳を覗いて問うた。
「そ、その」
それにマリンは視線を漂わせながらも。
「危険だと、思って。皆さんを、危ない目に合わせるのは。なんだか」
「あー」
そして語ってくれたそれに納得する。
「まあ、そうだよねぇ。気は使っちゃうよねぇ」
気持ちも分かるそれに僕も悩まし気に言う。
「まあ、大丈夫! とまでは行かないけど、確かに安全な方がいいし。ん〜、でもなんだろう。何て言ったらいいんだろう」
僕は唸りながら答えを探し。
「そういった危険でも、承知で飛び込んで、一緒に乗り越えるってのが、僕らの関係じゃないの?」
そう、マリンの方を窺う。
「あ、それともマリン自身が危ないのは嫌だった? それなら確かに考え直すけど」
「い、いえ」
と、マリンはまだ解せない様に表情を曇らせ。
「ごめんなさい。本当は、他に理由があります」
そう若干視線を下げて告げたマリン。
「訊いてもい?」
そんな彼女に、僕は泡にでも触れる様に問う。
「こ、怖いんです」
そしてぽつりと零した。
「魔王が?」
首を横に振るマリン。
「そ、それもですけど、もしそれで呪いが解けなかったらって思うと」
そこでマリンは続く言葉を止めた。
「思うと?」
と、マリンがこちらを向く。
「ど、どうしたの?」
マリンの伝えたい事が分からず困惑する。
「い、嫌じゃないですか。そこまでして、呪いが解けなかったら」
まあ、確かに。
一応は理解するが、マリンが悩む程なのかとあまり納得はできない。
「もしかして、面倒だった? 魔王さんの所行くの。危険もあるし」
「え」
思いついて言ったそれに、虚を衝かれた様言葉を零すマリン。
「そ、そうではなくて。あ、アズサさんは、です。呪いが、解けなかったら」
マリンは困った様に眉を垂らしながら説明した。
なるほど。恐らくはこう言う事だろう。
わざわざ魔王の所へ赴き、危険と時間を費やして向かったのに結局何もなかったでは僕達に申し訳ない、って事か。
「そっかぁ」
僕は頷き、下げていた視線を上げ。
「マリンは優しい子だね」
そう微笑み掛ける。
「仲間想いだ。僕らの事を思って悩んでくれてたなんて」
今そんな話すると思わなかったか、マリンは少し恥ずかし気に顔を俯かせる。
「でも大丈夫だよ。それで呪いが解けなくても、また別の方法を探すだけだから。まあ、多少の落胆はあるかも知れないけど、それがマリンに向くなんて事ないよ」
そう優しく諭す。
「うん。きっとない。クレナも、リリスも、マリンを責める様な事すると思う?」
金髪を揺らして首を横に振るマリン。
「僕もしないと思う」
そう言って笑い掛ける。
マリンもそれに応じて微笑み返す。
一時、場の空気が緩んだのを感じた。
「悩みは解決した?」
「ありがとう、ございます」
ぎこちなくお礼を言ったマリンを見届けて僕は立ち上がる。
「じゃ、ランタン行きの便も再開したそうだし、席取りに行こう」
そしてそう言ってマリンを見下ろした。
しかし、実際そう簡単な話でもないのだろう。
悩みは悩んでるから悩みなんだ。哲学ではない。
いろいろ考えが絡んでるから、悩みと言う物になるんだ。
一度他人に話した程度で解決する物ではきっとない。
ただの劣等感からくる物とは違う。
きっと悩みは悩んだ分だけ、それを忘れる時間が必要だ。
じゃなきゃ解消されない。
僕も悩みに関しては一家言ある。
だから。
「はい」
ああ、これは。
他にあるんだろうなと、こちらを見ずに返事したマリンを見て、この時思った。




