エピローグ:約束
「えー、こほん。話があります」
僕は一人卓の前に出ると、皆んなの注目を集めた。
食事も終えて寛いでいた中、僕へ視線が向く。
左手側にリリスが居て、その向かいにマリン、そしてその奥に今回新たに仲間に加わったクレナが居た。
「目標ができました」
僕は皆んなの注目を浴びてから、そう公言した。
続いて。
「二つ程。一つは、魔王の所へ行きたいと思います」
そう宣言する。
至って簡単に、分かり易く。
それに一人目を丸くするマリン。
あと何故か遠くの方でガタンと音がしたが、偶然だろう。
構わず続ける。
「理由はもちろん、マリンの呪いを解くためです。マリン、お母さんは呪いを解きたければ、魔王を頼る様言ってたんだよね?」
僕は姿勢良く背筋を伸ばしたマリンの方を見る。
「は、はい。でも、まさか本当に?」
「もちろん」
僕を窺う様に見上げたマリンにしっかりと頷く。
「で、ですが、とても遠いですよ? 道中はとても過酷な旅になりますし。それに、魔族領には一体どんな危険があるか」
マリンは自信無さ気に声を上げつつも、そう伝えんと言い切った。
僕はそれを真正面から受け止め。
「それでも、僕はマリンの呪いを解きたい」
マリンへ素直な気持ちを伝える。
僕はマリンの方を真っ直ぐと見て言った。
「お気持ちは、嬉しいですけど」
それにマリンはオドオドと視線を逃しながら言った。
今にもフードを被ってしまいそうだ。
「それに、少し聞きたい事もあるんだ」
「聞きたい事? もしかして、魔王にですか?」
僕がついでに零した言葉に顔を上げて傾げるマリン。
それに僕は頷くも、今は話しても仕方ないとそれだけに留める。
「ここまでで、何か異論か提案はある?」
僕は話を一段落させ、皆を見渡した。
特には無いみたいだな。
と言っても、リリスとクレナには先に話してるので、実質マリンへの問いなのだが。
「うん。まあ、訊きづらい事とかあったら、後でこっそり言ってね」
マリンは控えめな子なので、あくまで皆んなへの呼び掛けとして話はこの辺にしておく。
「それから……今回の旅で、クレナとは別行動をする」
「え?」
と、前屈みに両手を卓へと突いて続けたその話に、マリンがつい零した様に声を発してクレナの方を向いた。
僕もそちらを向いて目を合わせ、二人で頷き合う。
そして解放されたつい今朝の会話を思い出していた。
◯
「僕はこれからも。リリスと、そしてマリンとも行動を共にしようと思ってるよ」
拘束から解放された朝、リリスには席を外して貰って僕はクレナと話していた。
「ああ」
石畳みの壁を背に、そう対面で相槌打つクレナ。
僕らは会話を聞かれまいと、人気の無い路地へと来ていた。
「それで、後でまた話すと思うけど、旅をしようと思う。マリンの呪いを解く為の」
僕はそうクレナに告げて。
「その、君は……どうする?」
クレナの出方を窺った。
僕を真っ直ぐに見るクレナ。
「無論、付いて行く。だが」
と、それもふっと下げて。
「すまない。その、一緒には行けそうにない」
そう気持ちと落とした様に言うクレナ。
「やっぱり、そうなんだね」
僕はそれを見て確信した。
「ああ。多分、アズサの察してる通りだ」
クレナもまた、僕を見て悟った様に言って。
「──俺は、マリンの呪いを克服できていない……」
そう告白した。
その表情は、悲痛気に顰められていた。
まるで今、その呪いの本質を受けているかの様に。
僕はその様子に、憐憫して思う。
ずっと、効いてない振りをしてたんだ。
目を見て会話するだけで、喧嘩になる事もあるあの呪いを。
ずっと、何も感じてない様に。マリンに悟られない程に、演じ続けて来たんだ。
その表情は苦渋に彩られ、細めた瞳は下げられている。
「俺は、ダメな兄だ。アズサを頼ってしまって」
「そんな事ないよ」
兄妹揃って自分を卑下する兄に、僕は首を振る。
「君はすごいよ。ずっと我慢してきて。僕には、呪いがどう影響してるか分からないけど、それでも尚側に居続けて。本当の愛だよ」
本当に素直な思いを言う。
残酷な呪いだ。本当に。
当人だけじゃない。その本質は周囲にある。
「正直、そう言って貰えると……少し助かる」
クレナは躊躇いながらもそう応える。
その表情は先程よりかは少しだけ、力が抜けてるかの様だった。
「本当は、あの時のメモに書いてたんだけどな。『俺は呪いを克服できていない』って、一言一句違わずに」
「え? メモ? って、あの時の!?」
次いで齎されたそれに僕は驚愕に声を荒げた。
それは恐らくマリンの居場所が分からなくなった時の、宿の住所を書いてもらった時のだ。
「文字、読めなかったんだな」
「う、うん。勉強中でさ。ごめん」
「いや、口に出して言えなかった俺が悪いんだ。すまない」
そう瞳を閉じて謝り返したクレナ。
僕は謝罪を受け取りながら、メモで宿へと向かっていた時を思い出す。
じゃあリリスは逸早く気付いたのか。
後で話さないと。
そう頭の隅で考えた時。
「呪いを治すってなると、行くんだろ? 魔王の元へ」
「うん」
と、確認をするクレナに頷く。
「反対はしない。万策は既に尽きていた。ここで協力してくれる人がアズサで本当に良かった」
そう言ってクレナは軽く微笑んだ。
それはまるで、その荷を初めて下ろした様だった。
そして、彼は深々と頭を下げて。
「──マリンを、よろしく頼む……」
◯
そう頼まれた後、僕はリリスの所へ戻って、クレナはマリンの元へ迎えに行った。
そして無事ここに集まって、今に至ると言う訳だ。
「お兄さん?」
「すまない。少し、用事があるんだ」
所在を問う様に見るマリンへ、クレナは微笑んだ。
僕はその兄妹の様子を眺める。
この席を設けたのはクレナだ。
一度話し合いをしたいと言ったのは僕だが、また一時の間会えなくなる前に、こうして最後の面会をしてるのだ。
「大丈夫。定期的に会えるさ。すぐ追いつくから。なんなら、先に行って待ってやる」
と、マリンを安心させる様にクレナはマリンへ笑い掛けて言った。
マリンの頭へ手を置いて、ゆっくり撫でながら。
それにされるがまま、金髪を揺らしてじっとクレナを見つめていたマリンは次第にこくりと頷いた。
僕はその一連を見てから。
「ま。とりあえずは、話も終わりかな?」
ふっと卓に突いていた手を離し、僕は姿勢を正すと話を締めに掛かった。
「二つ目は、何ですか?」
「え? ああ、うーん」
と、不意に飛んだリリスからの問いに僕は唸った。
そういえば、さっきそんな事言ったんだった。
「二つ目は、いいかな。とりあえず」
僕はその話は一旦濁した。
今は言っても仕方ないと思ったからだ。
その様子に不思議気に首を傾げたリリス。
僕はそのもう一つの目標を内に秘め、皆へ背を向けた。
そして今一度、目を瞑ると自分の中で想う。
二つ目の目標。
それは人探しだ。
あの時、不意に過った光景を思い出す。
腰まで届く様な白髪の女性がこちらへと手を向ける光景を。
偶然なんかでも、妄想なんかでもない。あれはいつかの記憶なのだ。
そしてあの言葉を。
あの人との約束を。
僕は目を開くと、その内心で決意した。
(例え、この世のどこに居たって。いや、この世に居なくたって、世界も超えて必ず探し出してやる!)
僕は自身の腰に差した剣へ視線を下げる。
この剣と!
それを引き抜くと、紅の刀身が存在を主張する様に輝いた。
澄んだ金属音と共に剣を突き立て、僕は空を仰ぎ見た。
──だって、きっと『前世』で約束した筈だから……
その先に待つであろう旅路と蒼穹を睨み、その約束を思い出した。
『また来世で会いましょう』と。




