04:二日目
一夜明けた翌日の昼。
捨てられた廃村の様な場所を三人で回る。
と、正面から二人の男性が向かって来てくる。
その二人はこちらに気付くと僕を睨んだ。
こ、怖い。
今はリリスとエリア様も居る。
無関係な人を巻き込みたくないが。
「ふひぃ」
お互い無言で通り過ぎ、張り詰めていた息を吐いた。
何も無くて良かったが、絶対良くは思われてないよなぁ。
昨日の件は向こうの自業自得だと思うんだけど。
そう思いつつ、僕は人の居ない村を眺める。
「見回る必要なんてあるの? 何も居ないけど」
僕は隣のリリスに問う。
人が居ないだけで危険そうな雰囲気は全く無いが。
「偶にですが、魔物が出るので」
「ふーん、魔物」
魔物ねぇ。
なんのこっちゃ。
「主にゴブリンなどですね」
「ごぶりん……? ゴブリン!?」
僕はぎょっと驚く。
「小鬼の事ですよ〜。預咲さんの居た国にも、鬼の事は多少伝承されてるんじゃないですか?」
「あ、あんなのが本当に居るんですか!?」
間伸びしたエリア様の説明に驚き慄く。
ゴブリンってあれか?
緑で……なんか緑の奴?
「ええ。居ますよ。緑色で……えーと、緑色の奴ですよ」
僕と同じく安易なイメージがエリア様から齎される。
そんな空想上の生き物もこちらには居ると言う事か。
確かに昨日のスライムは強烈だったが。
せっかくならちょっと見てみたい気もするなぁ。
『グガアァァ!!』
途端、こちらを威嚇する様な不快な声が届く。
弾かれた様に前を向くと、物陰からぞろぞろと何かが向かって来ていた。
「うわっ、本物ですよ!」
なぜかちょっと嬉しそうなエリア様の声。
だがその表情も段々と焦燥のそれに変わり。
「リ、リリスさん! 来てる! めっちゃ来てる!」
ばしばしとリリスの肩を叩きながら指差すエリア様。
その間もこちらに向って来る人型の何か。
醜悪な顔付きに、緑の肌と汚れた歯。
背丈は一メートル程ととても低く、比較的貧弱そうなのだが。
「もしかして、あれがゴブリン!?」
遅蒔きながら僕はその正体と状況を理解する。
その数二十は居るだろうと言う大群。
しかも斧やら棍棒など各々が武器を持っている。鎧の様な物を纏った者まで居た。
「リ、リリスぅ! や、ヤバいんだけど! もうそこまで来てるんだけど!」
僕もエリア様に続き、リリスの肩を揺さぶる。
って言うか、僕の想像してたかわいいゴブリンと何か違う!
もっとふわっとしてて、丸くて小さくてマスコット的なの想像していた。
リリスは僕とエリア様の板挟みでゆらゆらと揺れ、乗客達もこちらの騒ぎに気付いた様で僕らと大して変わらない様子と化している。
そしてゴブリン達はそんな事にお構い無く、どんどん近付き。
「「ひいぃぃ~!」」
エリア様と共に両サイドからリリスへ抱き着き、もうまさに目の前まで来たと言う時、リリスが左手を上げると同時に何か唱えた。
その途端に、ゴブリンの大群が氷漬けにされてしまった。
氷漬けだ。
ゴブリンが全員氷の中に閉じ込められたのだ。
何が起こったのか理解できず、一時呆然とその光景を見る。
乗客達もそうだった様で一時波打った様に静かになり、そして理解と共に歓声が上がった。
それを聞いて僕もハッと意識を目の前に戻す。
すごい。
これが、魔法……?
リリスは手を下ろすと、数歩前に出てゴブリン達を眺めた。
僕もリリスに近づきそれを見る。
幅だけで五メートル以上ありそうだ。奥行きはもっとある。高さは一番高い所で二メートル程。
ゴブリンを一纏めに氷漬けにしてしまった氷塊。逆氷柱が何本も立っていた。
と、とりあえず、合掌。
南無南無……
ちらりと隣を見ると、完全にゴブリンの氷漬けに引いている様子のエリア様。
と、こちらを向き。
「ゴブリン見放題ですね」
誰が得すんの?
「そ、そうですね」
とりあえず無難に返事しておく。
「リリス、行こう」
そう先ほどからゴブリンを凝視して動かないリリスに声を掛ける。
「おーい、リリスー? リリスさーん?」
と、リリスはまるで今起きたかの様にハッとなると。
「あ……はい」
今一度、目の前の氷漬けにされたゴブリンを見て、さらに辺りを見回し、やっと返事をしてくれた。
◯
「あ、消えちゃった」
馬車に揺られる中、ランプの灯りが消えて車内が暗くなってしまう。
「えっと、どうする? 御者のおっちゃんに言う?」
「もうすぐ着くと思うので、このままでいいでしょう。灯りなら、一応魔法でも作れますし」
「え? 魔法でできるの?」
リリスの言葉に僕は乗り気になって訊く。
「ええ、例えば」
好奇心が隠せてなかったか、リリスはそれに応える様に右手を広げるや、何か意味の捉えられない言葉を短く唱えた。
途端、リリスの手の上から光が発生する。
「おぉ~」
感動して呟く僕。
空中にふんわりと浮いた光の球。その光は白く、光源が物体として存在してなさそうなのが不思議だ。
光の波長その物を作りだしているのだろうか? 光子その物なのかな?
面白くて暫し眺めていると。
「わっ」
急にその光が強く発光し、一瞬馬車内を眩く照らすとゆっくり消えた。
「言い忘れてましたが、消える寸前に強く発光します」
「そ、それ早く言ってよ」
目を瞬かせてそんな会話をしていると、不意に馬車が止まった。
「ふあぁ」
揺れに今の今まで寝ていたエリア様が欠伸して起きる。
次いで御者のおっちゃんがどこかへ行った。
「何あれ?」
そして窓から外を見ると、疎らに広がって焚き火を囲っている人達が見えた。
「被ってしまいましたね。長距離移動はどうしても予定通り行かないので、こうして休息場所が被ってしまうんです」
リリスの説明に納得する。
そりゃゴブリンとかに出会ったら予定通り行かないか。
と、エリア様がその場で立ち上がり、まだ眠そうな顔を寄せて迫って来る。
「え、エリア様?」
エリア様は僕の声掛けにも構わず、顔を近付けて……
「天使」
「へ?」
僕の後ろにある窓から、外を眺めて呟いた。
と、姿勢はそのままこちらを向き。
「天使が居ます!」
そう力強く言ってくるエリア様。
天使?
「天使ってあれですか? 羽の生えた感じの」
「そうです、それです。緑の髪の娘がそれです。まあ、羽は生えてない様ですが」
席に戻りつつ、そう頷くエリア様。
天使って。
ちょっと信じられないが、目の前に神様居るしなぁ。
「恐らく、私を探しに来た天使です」
「探しに?」
「あ、あれ? 最初に言ったじゃないですか。私を探しに来る人達が居るって」
んー、言われてみれば言ってた様な。
「でもどうするんです? バレたくないんですよね? 引き篭もってますか?」
「そうしたいですが、護衛ですからねぇ」
ああ、そうだった。
面倒なもん受けちまったな。
「バレるとしたら、やっぱ髪色ですかね」
と、エリア様がそう訊いてくる。
確かにエリア様の特徴は第一に髪色だろう。
輝く薄桃紫の銀髪。
目立ち過ぎる。
「リリスぅ、何かないの?」
当てもなくリリスに頼ると、リリスは暫し自分のローブのポケットを漁り。
「インクならありますけど」
そう言うなり、煌々と輝く様な美しい橙色の羽ペンと共に、小さなインク瓶を出してくる。
「それでいっか」
「ええ!? そ、それ被るんですか……?」
と思ったら当人が嫌らしい。
「エリア様が嫌ならいいですけど、多分バレますよ?」
エリア様がバレてもいいなら構わないが。
元々エリア様がこっそり帰りたいと言うからこんな事してる訳で。
「うぅ。でも私が被ったら、恐らくそのインク浄化しちゃいますよ?」
「え? じょ、浄化?」
「多分、私の神聖力で水になっちゃいます」
なんじゃそりゃ。
「ちなみに、どのくらいで?」
「んー、私の神気だと……五時間くらい?」
ご、五時間。
この時間で綺麗さっぱりだと思うと、早いのか遅いのか。
「それじゃあ朝には戻ってますし、インクも無くなるだろうし……。リリスぅ、何とかならない?」
多分リリスに頼れば大体の事は解決すると思う。
「まぁ、魔法で何とかしますか」
おお、やっぱ出来るのか。
僕が内心で流石だと頷いていると、エリア様は嬉しそうにしながらも若干引き攣った顔で。
「それ早く言って下さいよ」
今回はエリア様に同感した。
◯
リリスに続き馬車から降りる。
草原が広がっていた。
僕は焚き火に照らされた人達を見渡していく。
と、一人。乗り合い馬車から降りる人達を険しい表情で見渡す少女が居た。
その娘はやがて視線を僕達の方へと止め、その双眸を見開いてくる。
緑の髪。
あの娘が天使か。
と言うか、何だか驚いている様に見えるけど気のせいかな?
一応ここは使ってもいいらしいけど。
休息場所が被る場合は一緒に使うのが普通らしい。
御者のおっちゃんがどこか行ったのは挨拶をしに行ったからだと。
そして護衛役も顔合わせするのがマナーだそうだ。
できるだけ仲良くなって、協力し合う様にとの事。
怖い人達じゃなかったらいいんだけど……
と、問題のエリア様がその白髪を靡かせて馬車を降りてくる。
今のエリア様はリリスの魔法により、綺麗な白色の髪へとなっている。
エリア様は現在、天界の人達から捜索される立場にある。
どう言った風に処理されてるかは分からないが、捜索されてるのは間違いないと。
そして、エリア様は面倒くさいと言う理由でそれに見つかるのを拒んでいる。
さっさと天界に帰りたいのなら、クリューの森?までリリスに送ってもらうなど面倒な事せず、天使に身を委ねればいいのに。
エリア様がそこまで面倒くさがるのは何故なのだろう?
まあ、ともかく。
エリア様的には道中天界の使者に見つかってしまうのは堪えられないらしい。
なので、なるべく目立た無いのがいいのだろうが……
ま、正直接点無いだろうし、髪色も変えたから大丈夫だろう。
と、御者のおっちゃんが先に休んでいた人達を数人引き連れてやって来た。
そこには騎士風の格好の男性が三人と、件の天使の娘も居て。
「この度一緒に護衛する事になった者ニャ。どうぞよろしくニャ~」
そう、その少女は挨拶してきた。
……護衛になってから、良い思い出が一つも無い気がする。