44:騒動の終わり
見晴らしの良い晴天の下、今回の召喚騒動のあった一角の酒場。
破壊被害を受けて露店へと舵を切ったその店の卓や長椅子が、瓦礫で境界の無くなった道路へと並ぶ。
日除けの傘もちらほらあり、昼間から営業して人も疎らながら居る。
いっそ出店の休憩所の様に、開放的な空間であった。
「ふーん。じゃ、一件落着って事でいいんだ!」
そんな卓の一角にて、隣のエリィが言った。
ローブを羽織って座する俺とエリィ。
目の前の卓にはそれぞれのジョッキとグラス、立てられた小さな手鏡、濃い紫の液体が入った小瓶、そして紙束が置いてあった。
「ガキは気楽でいいな」
「ガキじゃないもん! 君の何倍も生きてるんだから!」
「はいはい」
向きになるエリィは適当にあしらう。
ジョッキを手に、一時最後になるだろう事を自覚してゆっくりと中の液を飲んだ。
まあ実際、あれから三日経って一旦は落ち着いた感じではある。
その後の現場は憲兵に委ね、アズサは被疑者として、俺達は参考人として三日間の勾留、事情聴取があった。
逆に言えばたったの三日だ。
というのも相手が相手だ。アズサが相手した支部長は悪魔教徒であったのだ。
ただの悪魔信者ではなく悪魔教徒だ。肘の印が証拠だ。あの印を悪戯に入れる様な阿保は居ない。そもそも彫るのは違法だ。
状況証拠も鑑みて、アズサの正当防衛と討伐義務が認められた。
更にいろいろと調査があって、正式にルンバス支部の冒険者組合支部長が悪魔教徒であり、今回の元凶であったと発表されたのが今朝の事である。
それにしても三日で完全に解放されるのは、やはり早いと思うんだがな。
どうやら裏で何かが動いたらしい。
「で? お前はその裏について何知ってんだよ」
「い、いや〜。だから何も知らないって」
そして不可解な事に、それは何かしらエリィが知ってる様子なのだ。
全く吐いてくれないが、どうやらエリィの知り合いが動いたのは間違いないと見ている。
「なぁ、言えよ。それかあいつにお前の余計な噂流すぞ?」
俺はエリィの方を向いて今日何度目かも分からぬ問いをする。
「な、なんて言うか、私も聞いた話だよ? 私の知り合いって言うか、言うほどの関係でもない人達ではあるんだけど。とにかく悪魔退治は本来ならその人達の仕事であって、それを預咲君が代わりにした形だから、せめて無罪放免になる様働きかけたって言うか」
とうとう根負けした様に語ったエリィ。
「まぁ、どっちにしろ預咲君が裁かれる事はなかったと思うけどね? なるべく早く解放してあげようって事で、そうなったらしくて」
俺は暫くその話をじっと聞いて。
「お前の知り合い官僚か何かか?」
「え? ま、まぁ。そうだよ」
嘘だな。
目が泳ぎまくりのエリィを見て思った。
こいつはアズサ並みに誤魔化すのが下手だ。
しかし、憲兵や警団に圧力を掛けられるならそれなりの組織だろう。こいつの服装が良いのもそうかもな。
今は軽いローブで身を包んでいるエリィを見て思った。
にしても今回の騒動は不可解な点が多い。
まず支部長の行動だ。
アズサを特別に呼び出し、わざわざ武器庫で待った。
これじゃまるであそこで死ぬつもり、言い換えれば殺されるつもりだったみたいな物だ。
まあ、もちろんそんなつもりも無く、さっさと国を出るつもりだったのかもしれない。
しかしそうなるとそもそもアズサを呼びも待ちもしないだろうし、これじゃあアズサを殺すか、殺されるのが目的みたいなものだ。
全くもって、意味不明だ。
支部長の行動に関しては首を傾げる事ばかりである。
そして肝心の魔物の召喚である。
未だ調査中ではあるものの、殆ど謎のままだ。
この召喚騒動について、はっきりと分かっているのは被害情報だけである。
幸いにして死者はいない。
火災も一件起きたそうだが、すぐに消火されたと。
まあ、思ったより被害が少なくて僥倖と言った所だろう。
クレナの依頼の件ももちろん突かれたそうだが、お咎めは無しだ。
なんせ巻き込まれた立場だし、何より実はあの魔晶石は使われてなかった。
どうやら今回の召喚騒動は触媒を使わずに行ったと。
更に言えば、街の魔法陣を使うほどに大規模でもなかったらしい。
ただの俺の勘違いだった訳だ。
だが陣の要点と、実際に召喚のあった地区、そしてクレナの依頼の場所が被っているのも事実。
そうなるとクレナの依頼はその場所を回る事自体が目的となり、何か別の意図があったと言わざるを得ない。
すると何故だ? 誰かへの目惹きか? いや、分からん。
今回の事は何かと謎が多い。
組合長の動機も、果たして政治的理由があったかも。
まあ、なにも。情勢が分かるのは新聞の見出しだけじゃないがな。
俺は卓に置いていた紙束を手に取る。
「何それ?」
「ん? 株券だよ。主に建設関係のな」
エリィに問われ、ぱらぱらと弾きながら答える。
それは幾つかの有価証券だった。
「へぇ〜、株なんてやってるんだ」
「まあな。いつか何かが召喚されたら必ず都市改革が行われると思ってたからな」
まさかこんな早くに売る事になるとは思わなかったが。
興味あり気に覗くエリィに渡して見せる。
ここの地価は高い。それを維持する為には町の魔法陣なんてさっさと壊すだろう。
しかし本当に何か召喚される時はその前に貴族連中が有望な株を買い占めると思ったんだがな。
その日が来るのを待って株価は逐一見てたが、ついにそんな事はなかった。
暫くはそのいつかは来ないと思ってたんだが。
俺は暫く思慮に耽る。
もしかしたら今回の召喚は計画の内ではなかったのか?
この町を作った筈の領主や貴族連中でも、予期せぬ事だったのか。
……まぁ、考えても仕方ないな。
「あいつ、大丈夫か?」
俺は一度考えを止める為にもエリィへ訊いた。
犬っころ一匹殺しただけでギャン泣きだったのだ。
それが人を殺めたとなるとどうなるか。
俺はエリィの表情を覗く。
「さぁ、どうだろ」
それにエリィは変わりない様子で応える。
さぁって。
「お前は平気なのかよ」
「え? 何が?」
と、きょとんと聞き返しやがる。
「あいつが人殺して」
俺は言った。
その問題を。
「ん~、何か事情はあったんだろうけど……。まあ、考えものではあるかな?」
少し、複雑そうに笑うエリィ。
意外に思慮深い奴とは見ているので、それなりに悩んではいる筈だ。
相談なんか乗る気は微塵も無いが。
「そ」
結果俺は無難に返した。
肘を突いて頬を乗せると、少し寂し気にも見える表情のエリィを目尻に捉えて。
「師匠! 探しましたよ、師匠!」
と、その時隣の方からこちらへ向けてだろう声が聞こえてくる。
振り返ると先日共闘とも呼べない様な尻拭いをさせられた、ピアス付きの茶髪野郎が居た。
「師匠!」
「師匠!」
その後ろには追随する様に言う短髪とデブも。
「お、お前らまだそんな事言って」
つい呆れ果てる俺。
それに目をキラキラと輝かせる茶髪三人。
「師匠! 僕ら、師匠に付いてくって決めたっす! 沢山修行して、強くなるって決めたっす! そうだよな!?」
「そうなんです! 爺ちゃんからも許可貰いました! 優しく迎えてくれたっす!」
「誰かからも『頑張れ』って言ってもらえて、俄然やる気っす!」
ピアスの茶髪に続く短髪にデブ。
「いや知るか! 勝手にしてろ!」
「師匠! そんなぁ!」
俺は付き合ってられずに荒々しく断る。
くっそ、誰だよその誰かって。
俺への仕打ちが目的なら大成功と言ってやりたい。
「師匠!」
「師匠!」
と、餌を求める雛鳥が如く、膝を突くと縋って来る三人。
「あーもー、洒落せぇ! そんなに何かしたいなら適当に復興作業でも手伝っとけ!」
面倒になった俺は立ち上がると適当に指示した。
「はい、師匠!」
「行ってきます! 師匠!」
「行ってくるよ! 爺っちゃん!」
「いやだから、俺はじじいじゃ……って」
俺が文句一つ言う頃には既に三人は走り去っていた。
俺はその背中を見送る。
若い男手が三人も居ればだいぶ捗るだろう。
俺は何故か感心した様な表情で三人を見送るエリィの隣へと戻る。
「師匠だってね」
「うっせ」
エリィの揶揄いには軽く返す。
「あの弟子君達はどうするの?」
「あ? もう街出るから関係ねぇよ」
「うわぁ」
と、質問に答えただけなのにこちらを引いた目で見るエリィ。
理不尽な。
「って、この街出るの?」
「ああ。まあ、あいつら次第だけどな」
「あいつら? って、預咲君達?」
こちらを見て問うエリィに俺は虚空を見ながら頷く。
「あいつの事を探れば何か分かりそうだからな。少し様子を見る」
「へぇ〜」
感心した様にエリィは相槌を打つ。そして。
「じゃあさぁ、私も混ぜてよ!」
「はぁ?」
「私だってあの子の事追いかけてるもん! でも私一人じゃ限界があるって言うかさ? 私ってば温室育ちだから、ちょっと厳しいんだよね〜」
「んなの知るか。俺に利点がない」
「まあまあ、そう言わずに!」
手揉み肩揉みでもするかの様に、しかしながら堂々と言い放ったエリィ。
こいつ、居座る気満々だ。
「ったく、結局お前はあいつの何なんだよ。ストーカーか何かかぁ?」
「失敬な! 違うよ! ……い、いや、そう言われてみれば、違う事もない気が」
と、自覚を始めてしまったか、段々と勢いを無くしたエリィ。
可哀想に……
「っと、来たぞ。フード被れ」
俺はエリィの私物である卓に立てた手鏡を見て言った。
よく目立つ赤髪が映ったのを確認してフードを被る。
「ねぇ、何でわざわざ隠れる様な真似するのさ」
と、同じくフードを被りながらエリィが問う。
「俺はあいつを探る気はあるが、共に行動するつもりはないんだ。それはお前もと思っていたが?」
俺は手鏡へ注意しながら問い返す。
アズサは広場と化した酒場の端の方でリリスと突っ立っていた。
「まあ、そうなんだけど。でもどうして? なになに? もしかして私に気使ってる?」
「な訳あるか。しばくぞ」
「ひっどい!」
調子に乗ったエリィの勘違いはすぐに正す。
「もうちょっと言い方ってもんがあるでしょ!」
「静かにしろ。聴こえん」
エリィの悔しげな表情を見ながら、俺は後ろへと耳を傾けた。
この距離ではぼそぼそと聴き取る事はできず手鏡を見る。
「で? 結局なんなのさ。一緒に行動しない理由って」
「あ? ああ」
二人が卓に座る様子は無く、多少心得のある読唇術もこの距離では読めなかったので諦めてエリィに応じる。
「正確にはアズサじゃなくて、その側に居るマリンって娘にはなるべく近くなって言われたんだ」
「言われた? 誰に」
首を傾げるエリィ。
俺は思い出したそれについ苦々しく思う。
「レイナだ」
「レイナ? ああ、あのすっごい別嬪さん?」
アズサを探していた時に顔も合わせたのでエリィは思い至った様だ。
「どうして?」
「知らん。聞こうにももう無理だった」
無邪気に訊くエリィに俺はぶっきらぼうに答える。
「ふーん。って、その子は今どこにいるの?」
と、やめろと言ったのにきょろきょろと辺りを見渡すエリィ。
俺はそれを注意するのも忘れて虚空に焦点を合わせた。
「もう、居ない」
「え?」
一言答えた俺にエリィの呆けた声が返った。
「昨晩今言った事だけ書き残して出て行きやがった。寝ずに探して回ったが、見つからなかったよ」
俺は仕方なくエリィに説明する。
その時の事や、あいつ自身の事を思うと何だか言い知れぬ感情に考えを邪魔される。
ったく、あいつがこの街に固執したから今まで出てこなかったってのに。
そしてそうやってまた、悪態つく事で誤魔化していた。
「何それ振られてんじゃん」
と、そこに空気を読まないガキが一人。
「あっはは! やーい、振られてやんあいだだだだだ!」
余計な事口走るエリィの手の甲を抓た。
痛みに苦悶するエリィ。
「うぅ、預咲くぅん。グレンが苛めてくるよぉ」
自分の抓られた手を摩りながら、エリィが弱気にそう独り言ちる。
俺は半ば呆れて一連の事を思いながら、これからの事へと憂慮した。
と、その時一人の若い男性が目に入った。
その男性はまるで声を掛けるのを躊躇するかの様に、遠巻きにアズサの方を見ていた。
ん? あいつは……




