33:不穏な雰囲気
「なるほど。魔狼の群れが」
組合の応接室にて、僕はリリスとクレナと並んで座っていた。
そして今し方呟いたのが対面に座る組合の職員である。
少し茶っ気のある肌に白い短髪、深い緑眼に白い着物の様な服を着た中年の男性。
どこかで見た事ある人だなぁと思ったら、その人は前の街に居た組合長だった。
「あれは危険です。一時立ち入り禁止にすべきです」
クレナが代表してその人に今日の出来事を話す。
僕は証人としてついでに付いて来てる程度である。
「そうだね。危険度を一つ上げようか。調査団も送ろう。一時立ち入りも禁止にしておくよ」
と、組合長はクレナの話を真剣に聞き入れた様子。
とりあえず、僕らのできる事はした感じだろうか?
後はプロに丸投げの方がいいよね、きっと。
「ところで、ここに居る全員で行ったのかい?」
さっそく気が緩んでいると、組合長の方から質問が飛ぶ。
「はい。後一人、非戦闘員も」
それに答えるクレナ。
「あれはすぐに調査すべきです」
「ふむ」
クレナの意見に組合長は一つ頷く。
「だがすぐに動かせる人員が居ないな。君たちに頼めないか?」
と、不意にそんな依頼をされ、僕たちは顔を見合わせる。
「ど、どうする? どうした方がいいかな?」
「調査となると面倒です。時間も掛かりますし、危険度は未知数です」
「同意だ。少なくとも、あの群れがいる時点で危険度は低くはない」
と、二人とも否定的な意見。
「申し訳ないですが、見送らせてください」
「ほう。君なら戦力的にも申し分ないと思ったが?」
「嫌なので、断ります」
と、素直なリリスの言葉に組合長は目を丸くした。
「はっはっはっ! そうか、ならばよろしい」
豪快に笑い飛ばすとそれに納得してくれた様子。
「時間を取らせてすまないね。今回の件は、こちらでもしっかりと調査させてもらうよ」
「お願いします」
「お、お願いします」
頭を下げたクレナを真似て僕も軽く頭を下げた。
それを組合長は見届けて、首肯した。
◯
応接室を出て、僕らは組合のホールへと出た。
ふう、なんだか緊張した。
久しぶりの雰囲気に対する緊張を経て、僕はほっと胸を撫で下ろす。
「改めて礼を言うよ。二人とも、ありがとう」
と、クレナが僕とリリスへお礼を言ってくる。
「う、うん! なんもしてないけど」
僕は自虐気味に笑いかける。
「いえ」
リリスの方も相変わらず何でもない様に流すと。
「にしても、気になるな」
「ええ」
と、思慮深げに呟いたクレナにリリスも肯定する。
「何が? どうかしたの?」
言葉数少ないにも拘らず通じ合っている様子の二人へ、僕は首を傾げた。
「あの狼、どこかおかしい」
と、クレナは虚空を見下ろして、考えを巡らす様に言う。
「まず群れの規模だ。あの種にしては多すぎる。せいぜいが八匹と言ったところだろう」
「ええ。それに、狼はあんな雑な狩りはしません。もっと狡猾です」
リリスもそれに頷く。
僕は狼の習性なんて知らないが、リリスたち職人による意見ならそうなのかもしれない。
「ああ。だが最も気になるのが」
と、クレナは少し先を言い淀み、僕は首を傾げた。
「敵意が強すぎる」
そう、少しだけ眉を寄せてクレナは言う。
「飢えてるのかとも思ったが。あれはどうも……」
と、その先は口にはしなかった。
「え?え? 何それ? 食べる以外の理由で襲って来たって言うの?」
狼が食べる以外で狩りをするとなれば何故だ? 甚振る為か?
そんな嗜虐趣味をお持ちなのだろうか。この世界の狼は。
それとも冬越し様の備蓄か? 冬はまだ遠そうだけど。
「いや、考えすぎだな。魔獣も縄張り争いで気が荒れてるんだろう」
と、この話を終わらせた。
僕もその意見に納得し、運がなかったのだろうと話は落ち着いた。
でも確かに、痩せ細ってる様ではなかったな。
◯
「何なんだよ、あいつら」
「さぁ」
人混みに目立たぬ様紛れて、俺は組合を後にするアズサ達を見ていた。
向かいで相槌打ったのはエリィである。
「っていうかお前、あいつらと知り合いじゃなかったのかよ」
先の狼に囲まれていたのを助けた時にて、アズサ達とまるで他人の様に接していたエリィを見て言った。
「ま、まあ。いろいろあるんだよ」
と、当のエリィは誤魔化していた。
俺はそれを怪訝さを隠さずに眺める。
「お前もよく分からん奴だな」
エリィから目を逸らして、今日とて昼間から騒がしい組合をぼんやりと眺める。
「に、にしても、急にあの子を調べるなんて、どうしたのさ?」
と、エリィがぎこちなく質問してくる。
話を逸らしたのを分かりつつも、引き留めても無駄そうなので乗ってやる。
「少し、気になってきたんだよ」
俺は昨日のでき事を思い出しながら言った。
そして今までの依頼の事も。
偶然だろうか? あの面子で、魔狼の群れに出会したのは。
それも依頼主から依頼達成の報せが来てだ。
偶然エリィからの依頼で深追いする事になったが、俺が来なかったらどうなってたか。
「あ、そうだ。お前、依頼達成の報酬は?」
「え? ああ、あるよ」
と、俺は考え事でつい忘れそうになっていたそれをエリィへ急かす。
エリィは腰に付けた巾着袋の中を弄ると。
「はい!」
そう平気な顔して五枚の銀貨を差し出した。
俺はそのまるでまだ未使用の様に輝く銀貨を眺め。
「いや、これだけでいい」
二枚だけ頂くと後は返した。
「え? いいの?」
「ああ」
虚を衝かれた様にエリィは目を丸くする。
「それから、あんまほいほい金は出すな」
あんまり理解してなさそうだったが、ついで程度に忠告もしておく。
そしてまた思慮へと耽った。
依頼と言えば、つい先程俺へと依頼された物も気になる。
若い男性からの〝金髪碧眼の少女〟を探して欲しいとの依頼。
その少女の特徴を聞けば聞くほどに、アズサと行動を共にしている、あの金髪っ子へと重なるのだ。
さすがにこれ以上話をややこしくしたくなかったので、依頼は断ったが。
その男性は明らかに素人だった。
もしかしたら金で雇われた橋渡し役かもしれない。
そうなれば、何かの組織があの三人か四人を狙ってるという事になる。
それがこの町の秘密に繋がるのなら、俺の求める〝あの情報〟も、もしかしたら……
「取り敢えず、少し追ってみたくなった。お前は?」
俺は考察を止め、エリィへ目でどうするかと問う。
「じ、事情があってさ。私もいいかな?」
と、遠慮がちに上目で訊いてくるエリィに俺は肩を竦める。
今まで見た感じ、大した害になる事もないだろう。
少しぐらい行動を共にしても、まぁいいか。
◯
組合で諸々の報告も終わった後、よく晴れた青空の下、僕らは町の中心から少し離れた道を歩いていた。
隣にはクレナが居て、一緒に大量の荷を乗せた荷車を引いている。
「わざわざ来なくてもよかったが」
と、クレナがつれない事を言う。
「いいの、いいの。マリンの分のお礼」
「それに関しては俺から礼を言いたいぐらいなんだが」
僕は何でもない事と流すが、クレナはその事に関して思う所もある様子。
「ま、助け合いって事で」
僕は周りの人を真似て肩を竦めてみた。
カッコよく見えるかも。
「この依頼で終わりなんだっけ?」
僕は話を変え、隣のクレナを見た。
「ああ。この肥やしを指定された古屋へ届けて終わりだ」
クレナは後ろの荷を振り返って応える。
そこにはいっぱいに詰まった白い土嚢袋の様な物が大量に乗せてあった。
「こういう依頼って報酬少ないんじゃなかった? クレナなら他の事した方が良さそうだけど」
誰でもできる依頼は当然相応の物だ。クレナなら選択肢も広いのではと問うと。
「これは相場より割の良い依頼なんだ。そういうのを今回グレーさんが優先して紹介してくれた」
「グレーさん? あの組合長だっけ?」
「ああ、いろいろと良くしてくれる」
僕は今朝も少し話したその人を思い出した。
なんだか掴みどころの無い人だった。
そういえば、マリンを探す事にも協力的だったんだっけ。
「まぁ、これが終わったらゆっくりするかな。アズサの言う通り、マリンにも時間作るべきだろうし」
と、クレナが半ば独り言の様に言った。
「うん。それがいいよ」
僕は虚空をぼんやり見るクレナの横顔へと頷いた。
この時ばかりは多少の可能性も鑑みたそれを忘れていた。
「アズサはこれからどうするんだ?」
「僕?」
と、不意に問われ少し考える。
またバイト探しかなぁ。
やっぱあんな大きな狼とかと渡り合う冒険者は向いてない。
それを改めて確認できた。
そういえば立派な図書館があるのも知った事だし、勉強して資格を取るのもアリだろう。
「ん~、決めてないかなぁ。あ、そういえばクレナはどうするの? 解く方法探すって言ってたけど」
「あの時はそう言ってみたが、実際解ける見込みは少ないだろうな」
と、どうやらあまり楽観視はできない様子。
「父がいろいろ試していたが、どれもダメだった。最終的に神頼みだったよ」
クレナは真っ直ぐ前を見て言っていた。
その当時の事を思い出していたのかもしれない。
神頼みか。
藁にも縋る思いってやつだったのだろう。
「本当はどうにかしたいんだがな」
と、少し視線を下げてクレナは呟く。
不意に発したそれが、偽らざる本音である事をその瞳が物語ってる様だった。
悲しさや、哀しさ。いや、きっと他人の僕には計り知れない。
「着いたぞ」
と、すぐにその憂慮を払う様に顔を上げるクレナ。
僕も立ち止まって見上げた先に、目的だろう古屋があった。
◯
あまり人気のない寂しい場所にある古屋。
一軒家程度はあるが、だいぶ使い古されてる様に見えた。
僕は肥やしの入った土壌袋を荷台から一つ取り古屋へと向かう。
土壌袋には小さく、稲かねこじゃらしの様な物が三束になった紋章が入れてあった。
僕はそれを片手に持つと、入口の扉をこんこんと叩く。
「すみませーん!」
声を張って返事を待つ。と、荷車を止めてきたクレナが扉へと鍵を挿し開錠した。
クレナに続いて入っていく。
「ここってなんなの?」
飾りっ気のない廊下を進みながらクレナへ問う。
「武器庫だ。組合の保有する非常時用の」
「へぇ~」
感心しながら先へ進む。廊下を進んで更に奥の扉を開き入る。
中は雑多に物が置かれている状態だった。
壁に掛けられた弓や槍。大量に纏められた剣はもちろん、他にも用途は不明な道具類。
正面には裏口の扉があって、天井は吹き抜けになっていた。
一時人も入ってないのだろう。埃っぽい。
クレナも続いて入り、後ろの扉が自然と閉まる。
僕は木箱やら甲冑やらで少ない足場を縫って進み。
「待て! アズサ!」
「へ?」
クレナの叫んだ制止の声に僕は呆けて振り返る。
その時足元で糸の様な物が引っ掛かり、それを起に上空から何かが降ってきた。
「ふぇえ!?」
間一髪の所で避ける僕。
それは振り子の様に振り下ろされた物の様で、そのまま後ろの壁へと刺さった。
それは斧であった。木とかを切る為の、あの。
ぼ、防犯!? にしては過激じゃない!?
「ふへ、ふへへっ」
と、この場にいない筈の第三者による笑い声に僕は勢いよく前を振り向いた。
そこに、一人の青年がいた。
「い、今の。ひ、引っかかる奴とか、居たのか」
その青年は思わず寒気だってしまう様な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
黒い髪に一、二束青い髪が混ざり、瞳の色も深い青だった。
酷い猫背で何故か顔は角度を変え、更に明後日の方を向いているのに視線はこちらに寄越している。
こちらを見ているのに何故か目が合わない。体も微妙にこちらを向いておらず、身体の節々から不自然に向きを変えている。
失礼ながら一目で不気味と感じてしまう青年だった。
「何者だ?」
と、クレナが剣呑な視線で青年へと問う。
「ふへへっ」
青年は不気味に笑う。
三日月の様に口を裂き、目に皺が寄る。
な、なんだか不味そうだ。
僕は何か不穏な物を感じ、すぐに出ようと扉の方へ振り返り。
「なっ」
──ドアノブが、無い……!?
その持ち手だけ取られた扉を見て驚愕に声が洩れる。
「クソッ……やられた」
それを見てクレナも悔しげに呟いた。
僕は視線を青年へと戻し、状況に混乱する。
「え。あ、あの」
「アズサ、下がれ」
と、クレナの声に僕は二、三歩下がった。
僕を庇う様に前に出て、青年に対峙するクレナ。
え、え?
何?
何この雰囲気?
「ふへ」
と、青年は首を垂れ。
「ふへへへへ」
大凡まともじゃない様子で笑い、肩を揺らしていた。
「グゼン様の言った通りだぁ。綺麗な魂だなぁ。フヘヘッ」
裏返った声で笑う青年。
なんだ? こいつ。
一人で盛り上がってる様子の青年へ、さすがに一歩引いた目で見る。
「ぶっ殺させてよ。ねぇ、いいだろぉ? ぶっ殺してぇ。ふへへ」
冗談か、へらへら笑いながら物騒な事を言う青年。だがそれをどこか無視できない空気と目だった。
荷物が物陰になって今気付いたが、青年の腰には剣が差してあった。
更にはその後ろの扉も、こちらと同様ドアノブが無かった。
つまりは密室である。
と、その言葉を機に剣を抜くクレナ。
「えっ」
さすがの状況変化に戸惑う僕。
「何者だ。答えろ」
と、クレナは剣を構えて青年へと問うた。
「ふへっ。何者ぉ? ふへ、ふへへへ。ふへぁああーー!」
途端、叫びながら剣を抜いて向かってくる青年。
「ひぃ! ちょ、あのっ」
鋭く耳障りな金属音が響き、クレナが青年の剣を受け止めた。
「ふへへ、ふへへ。この手応え。ふへへ」
狼狽する僕は他所に鍔迫り合いへと成る二人。
それに青年は面白そうに肩を揺らす。
クレナが青年を蹴ろうとして、青年はそれを避けるとクレナから距離を取った。
「あ、あ、あ、あの! ひ、人違いとかじゃ、ないですかね?」
「ふへへ。魂が、ふへへ。魂が」
僕の問いに青年は笑みを深めて笑っていた。
答えにならず、こちらを細めた目で見て。
「ふへへへへへはァああぁ」
青年は衝動を抑えられなかったかの様に、自身の体を抱きしめ顔を上へと向けていた。
かつて見た事もないような言動をとる青年に不安と不気味が一層煽られる。
ま、まともじゃない。
誰もがこの状況に置かれたら思うであろうそれも、もはや話し合いも無意味であろう事も、この時察せられた。




