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また来世で会いましょう  作者: あおいあお
第二章 ロビア騒動編
34/172

30:仲間



「っという事で、これ」


 場所は戻ってまた酒場。

 僕はグレンの対面に着くと重ねた銀貨を卓の上へ差し出した。

 先程僕らに絡んできた茶髪達は何故かお店の隅で伸びているが気にしない。

 気にしたら負けだ。

 グレンは視線を下げてその銀貨を一瞥し。


「ふん。よかったな、見つかって」


「うん!」


 鼻を鳴らして労うグレンに僕も少しは戻った元気で返事する。


「喧嘩もほどほどにしなよ?」


「うっせ」


 余計なお世話だと軽く流すグレン。

 言われ慣れてるんだろう。


「今回の依頼は半分しかしてねぇからな。もう半分は返すよ」


 と、グレンは卓にある銀貨の半分を摘むと僕へと返してきた。


「いいの?」


「ああ、俺流だ」


「そう」


 ならばと僕も素直に受け取った。


「じゃあこれ。今日は僕の奢りで」


 代わりに僕は小さな巾着袋を取り出すとそれをグレンへ差し出した。


「ふん、ガキに奢られる趣味はないんだがな」


「まあそう言わずに。じゃ、またね!」


 最後まで嫌味なグレンに一方的にそれを押し付ける様卓に置くと、僕は席を立ち上がった。


「毎度あり。ご贔屓に」


 リリスと共に歩き出した僕らにグレンは手をひらひらと振って意を示した。


「それからアズサ。俺からも一言ある」


「ん? 何?」


 と、改まって呼び止められたので振り返る。


「お前は、もう少し喧嘩しろ」


 彼の濃い藍色の瞳が覗いた。


「少しくらい慣れとかないと、肝心な時に守れねぇぞ?」


 本当に忠告として言ったのだろう。

 彼は真剣だった。


「うん! 分かった!」


「ふん」


 それなりに気には留めておこうと返事すると、彼は鼻を鳴らして体を卓に戻す。


「ほら、しっし。ガキは出てけ」


 そしてまたいつもの調子で手を払う様な仕草をすると、僕らも今度こそ酒場を後にした。









 雨上がりの静けさ漂う道をリリスと並んで歩いていた。

 隣ではリリスがクレナから貰ったメモへと目を通していた。


「ねぇ、リリスぅ」


「はい」


 と、メモをローブのポケットへと仕舞ってこちらを向くリリス。


「その、ありがとね」


 僕が突拍子もなくお礼を言うと、リリスは何の事か分からない様に首を傾げた。


「いろいろだよ。手伝ってくれたり、さっきの事も。お金の事だっていろいろ」


 纏めて一括りにするつもりなんてないが、一先ずはお礼を言いたかった。


「ん」


 リリスはいつもの調子ながら、少しだけお礼を受け取れなかった様に声を漏らした。

 もしかしたら言われ慣れてないのかもしれない。

 最初は混乱してたのもあってよく分からない子だと思ってたけど。

 それこそ一番最初なんて迷惑掛けて来た側としか印象がなかったし。

 揺れる真っ黒な髪を頭一つ分高い視線で僕は見下ろした。

 優しい子だ。

 本当に。


「リリス。絶対いつか、ちゃんとした職ついて、お金稼ぐから!」


「はい」


 でも、それじゃダメなのだ。

 それじゃただの都合の良い相手なのだ。

 僕はリリスについ後回しにしつつある目標を宣誓した。

 ダメだ。これじゃあ口だけだ。


「少なくとも、十日以内には! バイトだけでも見つけるよ!」


 せめて期限をつけて、リリスをがっかりさせる事のない様に。


「だ、だからさ。リリスも、あんま危険な仕事とかはさ」


 途端勢いを失くして僕はリリスの顔色を窺いながら言った。

 リリスはこちらを向き少し苦笑する。


「まあ、必要なくなったら」


 これはきっと、当分先だと思われているなと。


「うん!」


 僕は思いつつ、我がままを聞き入れてくれたリリスに応えられる様なるべく元気に返事した。


 道は更に進み、商店街を離れて喧騒を置き去りに静けさが増していく。

 雨上がり特有の野暮ったい匂いが鼻を擽り、僕の気を留めてくる。


「ねぇ、リリスぅ」


「はい」


 そんな中で、僕は話を切り出さなければならない。


「その、話変わるけど」


 これからの共通知識として。

 そして、確認の為にも。

 凄く言いづらい事ではあるが。


「呪いとかって、知ってる?」


 僕は問うた。

 リリスは少しだけ反応を示したが、また何の話か分からない様に首を軽く傾げた。


「その、あの子の事なんだけど」


 その様子を見て、僕は言葉を選びながら。


「リリスは、何ともない? あの子を見て、イライラしたり」


 先ずはこれが心配だった。

 曖昧に問う僕をリリスは見上げると首を傾げた。

 それを見てほっと一息付く。

 しかしまだ安心するには早い。僕は目の前に気を引き締める。


「あの子、呪われてるらしい……。嫌われる呪いだって」


 僕はその言葉を二人で歩く夜道にそっと置く様に言った。

 少し緊張して、今後に関わる大事な話しをしてると自覚した。


「そ、そんな呪いなんてもの、存在するのかな?」


 僕は先ずその存在自体の確認を、半信半疑のそれを、リリスに問う。

 リリスはまたいつも通り。

 淡白な表情で青い瞳が真っ直ぐ道先を向く。


「一応、呪い自体は数多に存在します」


 そして、その解を語る。


「しかし自身ではなく周囲に精神作用のある呪いとなると、なかなか強力なものでしょうね」


 その説明を聴きつつも、僕には呪いがあるという事実を受け止めるのに今は精一杯だった。


「リリスは大丈夫?」


「ええ」


 一応念押して訊く僕に答えるリリス。

 よかった。

 この一言に尽きた。


「そうですか。呪いですか」


 と、リリスは華奢な手を顎に当て、虚空を見つめると考えるように、そしてどこか腑に落ちる様に呟いた。

 恐らく、酒場での反応を見て合点がいったのだろう。

 僕も街灯に照らされる、雨に濡れた石畳みの地面を見つめた。


「に、にしても、なんで僕らは何ともないんだろうね?」


 僕は大して気には留めずに、されど首を傾げてしまうその事に、雑談程度に話を振った。

 一時いっときリリスは黙って、僕らの足音だけが響いた。

 やがてリリスは、相槌だったのだろうか? 一言返した。


「さぁ」


 と。









 こんこんと歯切りよい木製の扉を叩く音。

 次いで軽い足音が近付いてきた後、扉が控えめに開かれ綺麗な金髪が覗く。


「え?」


 そしてこちらに気付いたその少女はまん丸な碧眼を大きく開いて見上げてきた。


「ごめんね、急に」


 取り敢えずは夜に押し掛けた事を謝った。

 と、マリンはすぐに視線を下げ目を泳がせる。

 今のマリンは眼帯を付けていなかった。


「その、さっき。偶然クレナに会ったんだ」


「お、お兄さんに?」


 さすがにこの話題は無視できなかったか、マリンは思わずと言った様子で扉を押し、僕を見上げてきた。

 僕はそれに視線を合わせて頷いた。


「少し、お話ししよう」









「お、お兄さんが、狙われてる!?」


 場所は宿屋から変わって路地の一角。

 街灯も窓から溢れたランプの光も差さない中、マリンの可愛らしくも素っ頓狂な声が響いた。

 雨上がりと言うのもあるが、夜は少し肌寒い。

 マリンは路地の段差に座っていて、その前に立つ僕を見上げて青い瞳を向けてきた。

 それに対し僕はこくりと頷く。

 今のマリンはしっかりと眼帯は付けているものの、ローブは羽織っていなかった。


「巻き込みたくないから、この宿に放っておいてるって」


 僕はクレナから聞いた事情を掻い摘んで説明した。

 あんまり詳しい事情は僕も聞いてないから話してあげられないけれど。


「それから」


 と、僕はマリンの考える様に下げていた頭が再度上がるのを待って。


「ごめん!」


 手を合わせるや、僕は勢いよく頭を下げた。

 目を丸くするマリンの姿が目に浮かぶ。


「ほんっとごめん!」


「え? ど、どうしたんですか?」


 脈絡無く謝罪をする僕にマリンは困惑した様に訊いてくる。


「君を連れてくるって勝手に約束しちゃった。ごめんなさい!」


 僕は素直に白状する。

 完全なお節介で、鬱陶しい事この上ないかもしれない。

 これで断られたら一人でクレナに謝りに行こう。元々一から十まで僕の我がままなのだし。


「え、えぇ? ど、どうしてそんな事」


 僕が頭を上げるとそこには心底困惑した様子のマリンが居た。


「えぇっと、なんて言うか」


 そもそもの根本的な事を訊かれ、僕も少し頭の中を探ってみてから。


「会いたがってたから? お互い」


 僕自身疑問形で、少し言い訳の様に理由を言った。

 それにマリンはまだ解せない様に眉を困らせた。


「普通、そこまでしませんよ」


「まあ、確かに」


 僕もこれが赤の他人だったなら、さすがにここまで首突っ込んでないだろう。

 それは偏にクレナから助けてもらった恩もあるし、二人とも情が沸いてるのもある。

 本来なら一週間そこらで終わる筈だった、異世界の旅でできた数少ない知り合いだから。

 普段なら放っておく筈だ。


「どうする? 一緒会いに行く?」


 僕が訊くとマリンは少しの間考える様に視線を下げた後。


「いえ、ありがとうございます。もうこれ以上、迷惑はかけられません」


 しっかりと目を合わせ、はっきりとした声でそう言った。

 僕はそれに心底呆れてしまう。


「あのね、マリン。僕は迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないから!」


 僕はまだ遠慮がちな彼女へ、僕もまたはっきりと断言してやった。


「僕が勝手にやってるだけだもん」


「で、でも、悪いです。お礼なんて全くできませんけど、せめて見つけてくださった事だけでも、何か私にできる事を」


「いいよ、お礼なんて」


「でも」


 飄々と流した僕にマリンはまた難色示す様に眉を下げた。

 僕は今の会話に、まるで逃げる様な雰囲気を感じて。


「もしかしてさ、一人で行くつもり?」


 僕がまさかと問うと、マリンは視線と体を止めた。

 僕はそれにびくりと肩を震わす姿を幻視する。

 けっこう分かりやすい。


「ダメだよ! 危険な場所なんだよ! それに、もし君を一人で行かせなんかしたら」


 僕はそれを想像し、ぶるりと身震いした。

 その時は僕がクレナに怒られる。

 あのシスコンならまじでシャレにならん。

 と、内心の語彙力が下がる中、僕は困った様にして僕を見上げるマリンを見下ろし。


「付いていくよ」


「で、でも」


「でもはなし」


「しかし」


「しかしもなし」


「されども」


「それもなし」


「それでもなお」


「それも!」


 くだらない応酬を何度か重ね、僕は気持ちを一歩前に踏みだした。

 マリンが不安気にこちらを見上げてくる。


「少なくとも、一人でなんか行かせない!」


 そして僕の頑として動かない意思を表明する。

 マリンの不安気な表情はまた困った様な物に、いや違う。

 その表情は、悲しみであった。


「おかしいですよ。迷惑じゃないなんて」


 そして視線を下げ、細々とした声で弱々しく言った。


「私は、呪われてるんですよ? アズサさんは平気そうですけど、今後掛からないとも限りませんし、私と居るとアズサさんまで嫌われちゃうかも知れませんし、いざこざも起きちゃうと思いますし。さっきだってほら。たった数分一緒に居ただけで迷惑掛けちゃったじゃないですか」


 マリンは首を垂れて、表情を窺えない。


「思い返してみてくださいよ。最初会った時だって、私絡まれてましたし。いえ、もっと前。アズサさんと初めて会った時も、私は助けられて、リリスさんにも助けられてて……」


 半ばそれは、独白だったのだろう。

 今まで誰にも言えず、吐き出せもせずに溜まっていた感情が、流水の如く感激によって流れ出る。


「それを全部、なんとも無いなんて言えますか?」


 そしてマリンは、僕を見上げて訊いてきた。

 その瞳はいつも以上に潤んで、自分から訊いたくせに、その声は今にも折れそうなほど細々くて。

 その割僕の気持ちを聞こうと断固とした意思を感じて。心に踏み入ろうとしていて。


 確かに、思い返してみれば散々だな。

 よくこんな短期間に問題を起こしているものだ。


 僕はマリンに言われた通り、ここ最近であったいざこざを思い出す。

 これら全部を通して全然平気だなんて言えない。

 そこまで僕は強くない。


 だから、その問題を全て解決するには、僕の中で割り切るしかない。

 そしてそれらを丸っと解決するには、これしかない──


「ねぇ、マリン」


 いつの間にか、諦めた様に頭を下げていたマリンの綺麗なつむじを見下ろして。

 僕はその美しい金髪の女の子に声を掛けた。


「仲間にならない?」


 ──と。

 象徴的で、突拍子も無い事を。言った。


「仲間……?」


「うん」


 案の定か。マリンの問いも、話の流れも無視して返って来たのは、困惑疑念たっぷりの少し傾げたまん丸の瞳だった。

 僕はそれに、一つ頷いて。


「なろうよ、仲間」


 微笑む。


「お互い困った時は助け合うんだ。お節介でも信じ合って、問題があったら乗り越える!」


 僕は多少の手振りも交えて、そう演説気分で語った。


「素敵でしょ?」


 僕はぐっと握っていた拳を下げ、明後日の方に上げていた視線をマリンへと落として笑い掛けた。


「だから、君と仲間になったら、僕が君を助けるのは当然の事。苦労であっても迷惑なんかじゃない」


 僕はそうこんこんと語っていった。


「どう?」


 そしてその場にしゃがむとマリンの顔を覗き込む。


「そ、そんなの、私に都合良過ぎます」


「そう? でも助け合うんだから、貸し借りなんてないし、損得もないよ」


 急に正面に来られてびっくりしたか、マリンは視線を泳がせていた。

 そんな可愛らしい反応を一通り見た後、立ち上がり、次いで僕はくすりと笑う。


「それにね、こう言っちゃなんだけど」


 僕がタメでもつける様に一拍置くと、マリンも釣られてこちらを見上げ。


「僕の方が、迷惑掛けると思うんだ」


 あははと、後髪掻きながら僕は笑った。

 それを見てマリンもくすりと笑う。


「その時は、お願いする事もきっとあるだろうけど。お互いに気兼ねなく頼り合う。そんな仲間が居るって、なんか……こう」


 僕はその場で歩きながら説明し、少し言葉が出なくて手振りも交え。


「すごく、良くない?」


 振り返って出た言葉は安易な、されどきっと気持ちの伝わる、そんな言葉だった。

 ふと、振り返った拍子にリリスと目が合った。

 特に気にせず、僕はマリンへ視線を戻す。


「あ、ごめん。途中から自分語りになっちゃって」


 マリンは金髪を揺らして首を横に振る。


「素敵だと思います」


「だよね!」


 共感してもらい、単純に嬉しくなって気持ちが舞い上がる。


「なろうよ。一緒にさ」


 そう言って僕は右手を差し出し、待った。

 マリンはその手を躊躇するように視線を往復させる。


「こんな私で、いいんですか?」


 途中まで自信無さげに上げた手を止め、上目で訊いてくるマリン。


「そんな君だから、だよ?」


 僕はマリンの白くて華奢な手を両手で包んで微笑んだ。

 その手は誰も取った事がない様に冷たくて。夜気の下、されどその手を暖めるのにそう時間は掛からなかった。



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