29:クレナのメモ
「あ、アズサ?」
クレナは驚きの後、怪訝気に僕へと首を傾げた。
相変わらずの艶があって綺麗な金髪に、端整な顔立ちとそれを引き立てる碧眼。
「クレナぁ! 探したよ〜!」
短い関係とは言え、この世界の数少ない知り合いに会えた事に安心感を覚える。
「探した? どうかしたのか?」
と、今の言葉が気になった様に問うクレナ。
「それがね! 君の妹さんにばったり会っちゃってさ! ああ、それも実は初対面って訳でもなくて、前の街でも会った事あって。あ、でもその時は知らなかったんだよ? その時はなんだかバタバタしてたのもあって、全く気づかなかったんだけど実は」
「待った、待った」
勢いのまま話し出した僕にクレナが手を翳して制止させる。
「ゆっくりでいいから、一から説明してくれ」
「あ、うん」
まずは落ち着けと言った風なクレナに僕は勢いを落とした。
僕は今にも走り出したい様な気持ちを抑え、クレナに説明を始めた。
〇
「なるほど。それで探しに来たって訳か」
僕の説明を受け、クレナは納得した様に言う。
どうやら上手く伝わった様だ。
「確かに、馬車で偶然会った。ルンバスでのいざこざで、よもや天使かもと疑ったがな」
と、その言葉につい苦笑いする。
勘違いしたのは僕だけじゃなかったみたいだ。
「そう。でもよかったね! 会えて!」
「ああ。アズサの協力のお陰だ」
「い、いや〜、僕なんて〜」
とは言ったものの、本当に僕がした事って無い気がするが。
「って、今はそんな事いいんだよ!」
途端我に帰ると話を戻すべく声を上げた。
「どうして妹さんほったらかしにしちゃったのさ! さっきも言ったけど、マリンちゃんクレナをずっと探してたよ!? 今だって……いぃ、今さっきまで一緒に探してたんだよ!」
若干の言い淀みもあったが、概ね伝えたい事は言葉にした。
と、それを聞き、驚いた様に目を見開くクレナ。
「お、お前」
クレナはまるで感情が先行した様に言葉を溢すと。
「一緒に、居たのか?」
「え?」
「いや、だから。その」
目を泳がせ珍しく言い淀むクレナ。
そして、彼は言いにくそうにしつつも。
「の、呪いは、どうした?」
言葉を探しつつも、結局それしか出てこなかった様に彼は訊いてきた。
その瞬間、また僕は現実に引き戻された様な感覚に落ちる。
とぼとぼと一人歩いていた先程に。
呪いの事と行き詰まりだった現状に。
もう全く、何から話していいか分からない。
「答えろ! お前は、呪いが効かなかったのか?」
と、少し意識の遠くにあった僕に声を上げて訊くクレナ。
「う、うん。全く。これっぽっちも」
それに若干気圧されつつ僕は答えた。
「そ、そうか」
僕の返事を聞いて、クレナは勢いと肩を落とす。
「クレナ?」
「い、いや。すまん」
彼の様子に僕は首を傾げると、彼は軽く詫びて誤魔化した。
「あの子を置いた件は、単純にお金を稼ぐ為だ。あの子が不自由ないくらいのお金を、一気に依頼を受けて」
「嘘」
クレナを僕は遮って断言した。
「それだけが理由なら、わざわざマリンを避ける様な事しなくてよかったでしょ? 同じ宿に泊まるくらい、できた筈じゃん」
クレナは僕の言葉に暫し押し黙った。
特に表情を変えないクレナを僕も真っ直ぐ見つめた。
やがてクレナは諦めた様に僕から目を逸らすと。
「はぁ〜、面倒ごと巻き込む様な真似したくないんだけどな」
片手で顔を覆い、疲れた様に呟く。
「な、何かあったの?」
その様子に僕は心配になって問う。
クレナは指の間から僕の方をちらりと見ると。
「お前、俺が命狙われてるって言ったら、信じる?」
そして答えたその話は、随分と突拍子もない事で。
「ほえ?」
僕を呆けさせるには十分過ぎるほど、事足りた。
「まぁ、そういう反応だろうな」
僕が気の抜けた声で返すと、クレナはそれも予想の内と変わりなく返す。
「だが事実だ。元々、そのせいで俺達は離ればなれにもなったしな。ルンバスで襲撃があった時、あれは俺も一噛みしてるんじゃないかと思った。あの子が襲われたのも知って、尚更な」
い、いやぁ、それは悪魔達が天使の娘達を目の敵にしてるからじゃあ。
内心首を傾げる所もありつつも、クレナは自信を持った風に話した。
「だから、俺が側に居ては危ないと判断した。あの子は兵舎の近くの宿に泊め、俺はなるべく一人で行動した。あわよくば、返り討ちにしたいと思って」
か、返り討ち。
とても僕じゃ思いつかない発想だな。
「まあ、結果は何もなかったがな」
と、目を瞑って言うクレナ。
これは何事も無くて良かったと思うべきなのか、判断に迷う。
「そ、そう」
結果僕は無難に返した。
あまりクレナに無茶して欲しくない。僕はこれ以上言及しなかった。
「いろいろ世話してくれたみたいでありがとうな。でも、もういいから」
「それは僕とマリンが決める事だ」
何か勘違いしてる風のクレナに僕ははっきりと告げる。
「そうだな」
と、一瞬軽く目を見開いた後、微笑んでクレナは頷いた。
「ね、ねぇ、マリンに会いに行ってあげなよ」
話もひと段落した所で、僕はそもそもの本分を思い出してクレナに頼む。
と、クレナは眉を寄せて難しそうな顔をする。
「まだ安全とは言えない。それに、依頼も終わってない」
なるほど。そういえばまだ途中か。
「じゃあ手伝う。何が終わってないの?」
「無理だ。巻き込めない」
「いいから言ってみて!」
渋るクレナに僕は詰め寄って促した。
クレナは難しい表情を変える事は無く、されど口を開くと。
「魔狼の討伐だ」
え? 何それ、聞いてない!
「言っちゃなんだが、アズサは来ない方がいいんじゃないか?」
と、あくまで僕の戦闘能力を鑑みて言った様子のクレナ。
「そ、そうだね。でも、そんな依頼いつ受けたの?」
クレナは少し疑問顔になったが、いずれ合点がいった様子で。
「支部長本人から直接承った依頼だ。確かに、表には依頼が出されてなかったな」
そりゃ知らない訳だ。
「荷物届けるやつは?」
「なんでそれを知ってるんだ?」
ぎくりと心臓を摘まれた様になる。
「か、風の噂で」
怪訝そうに訊いてくるクレナに軽く誤魔化す。
「もう全部完了したよ。今さっき酒場の方で渡したのが最後だ」
あれ? 入れ違いになってたか。
「その時誰かに声掛けられなかった? 僕の連れが居た筈なんだけど」
「偶々外に居た店主に渡したからな」
「あ、なるほど」
ここで偶然会って良かったな。
じゃあクレナの残る依頼は魔狼討伐だけか。
僕はクレナの表情と話の段落を見計らいつつ、再度。
「ど、どうにか、さ。作ってあげられないの? 時間」
「諄いぞ。アズサ」
話を戻した僕にクレナは眉一つ動かす事なく、されどその視線で場を制する様に瞳が動いた。
煩わしいという感情がほんのり吐露し、久しく感じるクレナの露見した感情につい僕も気圧される。
でも、引けない。
「その、余計なお世話だって分かってる。君の事情は計り知れない。だけど、会ってあげてよ。会いたがってるよ」
僕は今精一杯の、これしかできない、されど僕にしかできないはずの感情で訴えた。
「しかし、今は危険で」
「じゃあ尚更じゃん!」
さすがのクレナも眉と視線を下げるなか、僕は機を見て畳み掛けた。
「もしかしたら会えなくなるかもなんでしょ? だったら尚更だよ! 危険だとしても、人は人恋しくなる。会いたくなる……。少なくとも、マリンは会いたがってる!」
マリンは、ずっと宿に篭る事だってできた筈だ。
呪いの事だってある。
だけど、危険を承知で外へ出た。クレナを探しに出たのだ。
いったいそれが、どれだけ心細かったか。
そしてそうさせた感情は、どれだけの寂しさだったか……
「君もそうだったじゃないか!」
マリンの胸の痛みを思って、僕はつい感情的にクレナの瞳を覗いた。
クレナもそうだ。組合にまで依頼を出し、時には頭も下げて、ずっとマリンの事を想っていた。
危険な事もあったけど、それでも諦めずに。
こちらを見返すクレナの瞳が、ほんの少し揺れる。
「ごめん、つい」
随分一方的で図々し気な物言いを自覚し、僕は視線と首を垂れた。
感情と声の波の差か、降りた静寂が酷く煩く感じた。
だからだろうか。
「分かったよ」
一言根負けした様に零れ出たクレナの声が聞こえた瞬間、バッと笑顔で顔を上げたのは。
「ただし、アズサ。お前が連れて来い」
「へ?」
そして続いた条件に、僕は一瞬呆けた。
「外なら人目もなくていいかもしれない。だから、明日俺が受けた依頼の場所まで来るといい。それが許容範囲だ」
「わ、分かった」
急な依頼に戸惑いながらも、僕はもちろん承諾した。
「後、俺は警戒地帯に入る。入るのに報告義務があるから、ちゃんと言うんだぞ」
「分かった!」
クレナの忠告にもしっかり返事し、心にメモする。
急に目標は半分達成された様なものだから、既に僕の気持ちは高揚していた。
「じゃあ、俺はもう組合の方に行くぞ」
「あ、でも待って」
「どうした?」
と、さっさと行こうとするクレナを、僕は現状を思い出して引き留めた。
「マリンの居場所、知らないや」
僕は困った様に言った。
事実、クレナに会わなければ大人しく身を引くか、苦労が倍になる所だった。
「一緒に居たんじゃなかったのか?」
「い、いやぁ、その。なんてゆうか……け、喧嘩しちゃって」
「喧嘩?」
答えが予想外だったか、クレナは眉を少し寄せつつもなんとも感情の読めない表情で首を傾げた。
「そうか、分かった。じゃあここに行け」
と、それもすっと戻すと、自身のポケットからメモとペンを取り出すクレナ。
すらすらと何かを書くと、クレナは一枚紙を千切って僕へと差し出した。
受け取ったその紙を見ると、そこにはこちらの文字で何か書かれていた。
数字ぐらいは読める様になった僕が見るに、おそらく住所か何かだろう。
だいぶ長い気もするが、まぁ宿の名前でも書いてるのだろう。
「じゃあ、今度こそ行くぞ」
「う、うん。ありがと」
と、背を向けたクレナの横顔に、僕はお礼を言った。
一時の間背中を見送った後、僕も酒場に戻るべく踏み出した。




