27:飲みの場の喧嘩はご愛嬌
「遅い!」
「ごめん、ごめん」
開口一番。
教会前で待っていたグレンの元に着くと文句を言われる。
「ここはもう手遅れだったよ。既に依頼を完了してる」
「そ、そう」
と、グレンは端的に報告してくれる。
そして彼は片手を上げると既に煙を上げるタバコの様な物を咥えて一口吸った。
「えっ、ちょ! 君何歳!? 吸える年齢!?」
「んなの知るか。関係ねぇ」
飄々と言葉を躱すグレン。
本当に君って奴は……もう!
「距離的に、次はこれだな」
と、軽く地図に目を通すグレン。
何となく僕も後ろから覗き込もうとすると、彼は手際よくそれを仕舞ってしまった。
そして吸い終わったタバコをポイっと用水路に捨てると歩きだした。
「あ、もう!」
それにまた憤りつつも追いかける。
「よっと」
当然の様に走る客車に飛び乗るグレン。
また馬車か。
「はぁ」
どうせ乗らなきゃならんのだろう。
僕も小走りで馬車を追いかけると、『えい!』と一声掛けて後面へ飛び乗る。
「30点」
「突き落としてやろうか?」
「上等だ」
「う、嘘です」
間入れず前言撤回。
こいつならマジで落としかねん。
なんだか負けた気がして恐縮しながら馬車に揺られる頃には、レミリアからの忠告は頭の片隅だった。
◯
幾つか曲がった路地の先、人気のない場所にその店はあった。
「ざ、雑貨屋?」
僕はその店内を見渡して呟いた。
グレンは店の奥へと進み、会計場を目指す。
「店主よ、話がある」
古びたテーブルで首を垂れるお爺さん。
店主らしきその人は寝ている様だった。
「ど、どうする?」
僕が少し困ったなぁとグレンの方を見ると、彼は握った拳を振り上げ──
ドンッ!
こいつは本当に……
「あやぁ? なんじゃい」
グレンが机を叩き、衝撃に目覚めた老店主。
すかさずグレンは依頼書を翳す。
「この依頼を受けた少年を探している。金髪碧眼の少年だ。来なかったか?」
「あぁ、彼なら昨日来たよ」
ここも遅かったか。
僕らが少々の落胆を感じていると、グレンの視線はテーブル隅の水晶の様な物に止まる。
研磨もされていない大きな透明の結晶だ。
「もしかして、これが納品されたやつか?」
「おや、よく分かったね」
と、グレンに頷くお爺さん。
「魔晶石だよ。もしかして、君が使う予定だったのかい?」
「違うが、逆に何と言って置かれたんだ? 組合から直接個人にこれを送る理由が謎だ」
「さぁねぇ。ワシも知らんのだよ。急に届いたからねぇ」
「はぁ? ダメだ。ボケてやがる」
「ちょっ」
グレンは踵を返すと行ってしまった。
「す、すみません。僕の連れが」
今度仕返ししてやろうと思いながら、僕は忌々しくグレンの出て行った方を見た。
「ワシはてっきり君が用があるのかと思ったよ」
「え、えっと、違いますけど……。なぜそう思ったか聞いても?」
「雰囲気じゃよ。雰囲気」
「は、はぁ」
「冒険者かい?」
「はい」
「いや実は、ワシの孫も最近冒険者になったばかりでね。その割、怖がって外には出たがらんのじゃ」
と、お爺さんは語る。
「せめて外へ出て稼ぐか、諦め職を見つけて欲しいのだがねぇ。悩みどころだよ」
きっと誰かに聞いて欲しかったのだろうその話を。
「た、多分、そのお孫さんも悩んでると思います。僕も同じ様な立場なので」
どこか他人事には思えず、僕も半ば独り言の様に言った。
「まあ、なので。もし会ったら、頑張ってくださいって、よければ伝えてください」
僕の言葉を聞いて、目を合わせるお爺さん。
「伝えとくよ」
そう言って、お爺さんは目を細めた。
◯
その後も幾つか配達先を回ってみたが、どれも既に完了していた。
夕焼けに照らされ馬車に寄生しながら僕らは最後となる配達先へと向かっていた。
「ねぇ、思ったんだけど、クレナを見つけるだけなら組合で待てばよくない?」
「今更か。お前が早く見つけたいって言ったんだろ?」
「うっ。そ、そうだね」
さすがに今日一日でしがみ付くのも慣れてしまい、会話をするくらいの余裕はあった。
「すれ違いにならない様、組合の方には俺の連れを残してるよ」
と、グレンは肩を竦めて言った。
「意外だね。ただの僕の我が儘に付き合ってくれるなんて」
少し驚き感心しつつ彼を見ていると、彼は視線と表情を下げた。
「別……俺も少し気になっただけだよ」
そしてそう零す様に言った。
◯
夕焼けは外壁の向こうに沈み、空に掛かった分厚い雲が藍色を更に濃くする。
見上げると、濃い雲が何時もより早く空を移動していた。
空は前の世界と同じ物の一つだ。
「よっと」
僕は視線を戻し、軽い掛け声と共に馬車から飛び降りた。
「50」
「はいはい」
少しは上がった採点を軽く受け流し、酒場らしき建物を目指す。
店内は夜に差し掛かったこの時間でも電球に照らされ明るかった。
ジョッキを片手に騒ぎ、談笑する。豪快な雰囲気だ。
そういえば、酒場と言うのは初めてだ。
組合はそれも兼任していたが、当然リリスも飲まないので利用した事はなかった。
店内を進み店員らしき女性を目指す。
「店員よ、少し聞きたい」
「あいよ。なんだい?」
「この依頼に関する金髪碧眼のガキが来なかったか?」
「いや、来てないね。依頼もまだの筈さ」
お、最後にして追いついたみたいだ!
「そうか、助かった。ついでにこれとこれと、あといつもの二つ頼む」
「あいよ!」
「ちょ!」
お礼ついでに何やら注文した様子のグレン。
まるで流れる様に店員に言いつけ、僕も止めるのが遅れてしまった。
「な、何してるのさ! ここで道草してる場合!?」
「いいだろー、もう今日できる事終わったんだから。雨も降りそうだし、ゆっくりしようぜー。それとも余った時間闇雲に濡れながら探すか?」
そう言いながら卓へと着くグレン。
確かに一理ある話に僕も少し押される。
「で、でもリリス達は?」
「大丈夫だろ。あいつらには日の落ちた頃ここ来る様に伝えてある。さっき金髪碧眼のガキが来なかったかって訊いたろ? もうそろあいつらも来るんじゃないか?」
な、なるほど。
「意外に策士だな」
「意外とは失敬な」
その言葉をお前が使うのか。
言い返されたグレンの言葉に呆れて見返してしまう。
というかこいつ、最初っからここに居座る気でいたな?
今日一日じゃ見つからないと分かっていたのか。
「あいよ! 桃のリキュール!」
と、先ほどの店員から二つのジョッキが卓へと届く。
それにすかさず口を付けるや、大仰にジョッキを呷るグレン。
「ぷはー!うめぇ! ほら、幸い腹膨れる程度には金もあるんだからよ、お前も飲めよ」
と、もう片方のジョッキを僕の方に差し出してくる。
「それにまだクレナとか言う少年も来てねぇんだったら、ここで待つのもいいじゃねぇか」
確かに。
「分かったよ」
「そうでなくっちゃ! 酒は大人数のがうめぇからな!」
歯を出し豪快に笑い掛けるグレン。
なんだか丸め込まれてる気が拭えないが。
楽しそうにジョッキを呷るグレンを見ると、僕も特に言い返す気は無くなり……
「って、てかそれお酒!?」
「あぁ、なんだ? 飲めねぇのか?」
「飲んだ事すらないよ! 君ってば、ほんとにもう!」
随分的外れな事訊いてくるグレンに僕は上手く言葉が出なかった。
さすがに憤ってるのは伝わってるだろうに、グレンは気にせずお酒を旨そうに飲んでいる。
なんだかその様子を見ると僕もつい苦笑して勢いを失くしてしまった。
僕も座ろうかと思いながらも視線を遊ばせる。
と、入り口の方に立つ、黒いローブ姿の少女を見つける。
「あ、リリスぅ!」
僕はこちらへ歩いて来るリリスの元へ駆けた。
リリスの後ろにはぽつんと目立たぬ様ローブを被って視線を下げているマリンも居た。
「お疲れ様! どうだった?」
リリスは首を横に振る。
「そっかぁ。こっちも」
僕が同意しつつ肩を落とすと、リリス視線が僕の後ろへ向く。
「あ、ああ。もう今日できる事はないそうだから、ちょっと休憩。リリスもどう?」
「そうですね」
リリスは僕の隣を横切るとグレンの元へ歩いて行った。
「お疲れ様。おいで」
どうしていいか分からない様に一人じっとしていたマリンにも声を掛けた。
マリンは手を引かれる様に付いて来る。
グレンの隣に座ったリリスに、その対面に僕が、そして隣にマリンが座る。
「ほら、お前らも飲めよ。こいつの奢りだってよ」
僕らが席に付くのを見ると、さっそく二人にもお酒を勧めるグレン。
全く。
また無責任な事言いよって。
「お金なんて持ってましたっけ?」
「ちょ、ちょっとね」
と、正面のリリスが疑問気に問うて来る。
僕が適当にはぐらかすと黙ったリリスからの視線がじーと横顔へと刺さる。
ただずーと平坦な視線を感じ続け、僕が耐えかね視線を正面へ戻すと。
「ダメですよ?」
「はい。ごめんなさい」
僕は素直に謝った。
リリスに隠し事は無理なのだと悟った瞬間である。
「あ! 狂犬!」
と、その時。この卓の、それもグレンに向けてであろう声が渡った。
「あぁん? 誰だ今俺を犬呼ばわりしたの!」
それにすかさず食って掛かるグレン。
声のした方を見ると昼間裏路地で絡んで来た茶髪の三人組が居た。
「あ! それにてめぇはさっきの!」
「あっ」
と、こちらにも指を指してくるピアスの青年。
僕はバツが悪くなりすぐに顔を逸らす。
「お前、今度こそは!」
「おうおう! 懲りてねぇみてぇだな! 犬呼ばわりする割には学習能力それ以下じゃねぇのか!?」
「な、なにを!?」
「ちょ、ちょっとグレン!」
僕はやたらと血の気の多い彼を慌てて止める。
「お、なんだなんだ? 喧嘩か?」
「あれ狂犬じゃん。便利屋してるって言う」
「女の取り合いだろ。若いねぇ」
と、この卓がお店中央なのもあってか、辺りの客達が酒の肴に好き放題言い出した。
やたらと声のでかい二人のお陰で、あっと言う間に店内注目の的だ。
「やんのか、おい?」
「見境ねぇな、狂犬の名は伊達じゃねぇみてぇだ」
一触即発。グレンは卓へ手を突いてゆっくりと体を乗り上げ、二人は目線を逸らさずに顔を近付ける。
「と、取り敢えず、こっちおいで」
なんだか危なそうなので、二人の視界に若干混じるマリンへ言う。
「てめぇもだぞ! 仔犬野郎!」
「こ、仔犬?」
「だっはっは! 仔犬だってよ!」
「うっさい!」
途端こちらを指差して笑うグレン。
お前はどっち側だ!
「ガキだからって手加減してもらえると思うなよぉ?」
ドンっと机を拳で叩くピアスの青年。
グレンに負けた青年だが、喧嘩慣れしてない僕としてはただ凄まれるだけでも大分怖い。
場にピリピリと緊張が走る。
「おー、やれやれー!」
「賭けしようぜ! 俺は三人側だ!」
「ばっか! 狂犬だぞ? 俺も金毟り取られた事あるから分かる!」
「お、俺も。あいつ容赦ないよな」
辺りの野次馬は好き勝手言い合い、中には賭け事まで行う始末。
「ほら」
フードの中で縮こまってしまっているマリンを軽く急かす。
恐る恐ると言った様子で席を立つマリン。
「あ? 何だお前?」
「ひっ……いや、私はっ……別に」
と、こちらに移動しようとするマリンをピアスの青年は睨んだ。
マリンは言葉を詰まらせながら後退り。
「きゃっ!」
「マリン!?」
そのまま後ろの卓に打つかり、転がってしまった。
しかも卓に打つかった拍子にその上の料理も巻き込んで盛大に溢してしまっていた。
食器の割れる耳障りな音が響き、皆そちらへ注目する。
野次馬も囃すのを忘れ、しんっと静寂が降りて場が白けた。
後、卓に座っていた大柄な男性が立ち上がる。
「あ、ああ。す、すみませんっ」
その人の影に呑まれ、マリンは怯え切った様な表情で謝る。
「すみません! 僕の不注意です!」
慌てて僕は椅子から立ち、マリンに対峙する男性へと頭を下げた。
果たしてこれで丸く収まるか。
「おい、何だよ邪魔しやがって!」
と、奥の卓の方から野次馬の一人の罵声が飛ぶ。
「そうだ!そうだ! 横槍すんなぁ!」
「せっかく盛り上がったのによぉ!」
それに追随する形で他の人達もマリンへと文句を言い出した。
酒場で一人浮き、中心で非難を浴びるマリン。
周囲の目は敵意に満ち、まるでこの中で味方は居ない様に見えた。
な、なんだ? この雰囲気は?
「そーだ! 台無しだぁ!」
と、野次馬の一人がマリンへとジョッキを投げた。
「なっ!」
幸いマリンには当たってはないが、その言動に思わず目を向いた。
「そんな責められる様な事したか!? あんまりだろ!」
僕はジョッキの来た方を向いて、そしてこの場全員にも向けて抗議する。
「なんだぁ? お前も邪魔すんのかぁ!?」
と、それに逆上するジョッキを投げたと思われる男。
なんだ。
なんなんだ?
こんなのおかしいだろ!
マリンは座り込んだまま、顔を俯かせていて表情は窺えない。
「おうおう、嬢ちゃん。折角の舞台どうしてくれるんだよ」
と、それに全く何も思わないのか、青年はさらにマリンを詰める。
そしてそれを誰もが寛容してる様だった。
「や、やめろ! そんな、そんな酷い事してない筈だ! あ、マリン!」
僕はそれに抗う様に青年へと対峙すると、マリンは立ち上がって僕を横切った。
走って酒場から出て行くマリン。
僕はこの場での揉め事に対する未練もあって、咄嗟にマリンを追いかけられなかった。
理不尽な仕打ちにもそうだが、何よりマリンが心配でこの場との逡巡により顔を顰めた。
──そ、そいえば、マリンはこういう所苦手だって言ってたじゃないか……!
それを思い出し、後悔と共に忘れていた自分が心底嫌になる。
「アズサ、ここは任せて行って下さい」
「り、リリス」
と、やはりここで助けてくれるのはリリスであった。
そのいつもの頼もしく、平坦な目を僕は見返し。
「ごめん、任せた!」
全て放り投げ、マリンを追いかけた。




