02:赤髪赤目の少年……え?
僕は周りに注意しながら手元にあるカードを眺めていた。
鈍色の長方形のカードで、裏には丸い枠組みの中に狼の意匠が彫ほられていた。
今さっき発行してもらった身分証だ。ギルドカードとか言うんだったか。
まぁ、どうでもいいが。
どうせこの世界との付き合いも三日程度だ。
「あの、えっと……リリス?」
僕は恐る恐る、目の前を歩くリリスに声を掛ける。
「はい」
「その、これからどうするの?」
「馬車で移動しなければいけないんですが、現在あまりお金が無くて」
「え? 移動するお金ないの?」
リリスの返事に少々この先の事を不安に思っていると。
「ですので、護衛として行こうかと」
「護衛……」
護衛?
町を移動するのに、護衛?
「なるべく早く送ってあげたいですからね。ちょうどそれも作っちゃいましたし」
なんで護衛が要るんだ?
馬車でぷらーと行くだけなのに?
未だ理解できない部分もあったが、僕は先を行くリリスを追う事しか出来なかった。
〇
と思ったら迷子になった。
いや、正確にはなりかけ。
だと……思う。
焦って道を進んだり戻ったりしてたら、絶対に通ってない裏路地に来て詰んだ。
「あぁ、どうしよう」
そう途方に暮れていると、向かいから来る二人の男性を見つける。
茶髪の青年と、黒髪で体格のいい男だ。
「あのー、すみません。ちょっと道をお尋ねしたくて」
「あ? んだガキ。何ガン飛ばしてんだよ」
「え? あ、いやー」
と、二人は僕を壁に追い込むように囲った。
え? 何か嫌な雰囲気。
「とりあえず金出せよ」
「え? いや、お金は持ってないって言うか……」
「あぁ?」
「うぅっ」
茶髪の青年は服の胸元を掴むと、僕を壁に押し付けた。
「おい、この服売れそうじゃないか?」
と、体格のいい男の方が言って、僕の服を指で触る。
僕の格好を目で一周させた青年。そして。
「とりあえず、脱げ」
ぬ、脱げ? マジなのか?
「おい、さっさとしやがれ!」
僕が逡巡していると、青年は焦れたのか自身の拳を大きく上げる。
(殴られる!)
僕は咄嗟に目を瞑り両手で頭を抱え。
「ぐおっ!」
「へ?」
と、青年の呻く声が聞こえて前を向く。
そこには白目向いて倒れる青年がいた。
「え? え?」
気絶してる?
僕が状況を理解できずに狼狽していると、目の前に誰かが立っていた。
その人はきっと僕と相違ない年齢で、輝く様な金髪を持った少年だった。
「お、お前! こんのおぉ!」
同じく状況が理解出来なかったのだろう。
数秒の間の後、叫びながらその少年に殴り掛かるもう一人の男。
少年は軽い足捌きで後ろへ下がり、それを難なく躱すと。
「ぐはぁ!」
襟首を持って男の胸に膝蹴りを咬ます。
悶絶して倒れる男。
す、すごい。
思考する間も無く、あっという間に少年が制してしまった。
「クソ、ガキが……!」
「ひっ」
男はこちらを一睨みすると、気絶する青年を抱えて元来た道を戻って行った。
金髪の少年はそれを見届けた後、僕へと振り返り。
「怪我は?」
そう淡白に訊いてくる。
息を呑む様な美少年だった。
さらさらとした金髪に、透き通る様に白い肌。
そしてこちらを覗く瞳は快晴の空の如く、曇り無い碧眼であった。
「あ、だ、大丈夫です! あの、ありがとうございました!」
僕はその少年に深々と頭を下げた。
「あの、えっと。お礼とか、何にもできなくて、えぇと」
僕が感謝と申し訳なさで上手く口が回らないでいると、少年はふっと顔を緩め。
「いいさ。人助けって、そういうものだろう?」
「わー」
少年のイケメン具合に口を開けたまんまにしてしまう。
「じゃ、気をつけてな」
と、そう言うなり、彼はもう行ってしまった。
◯
その後、無事リリスから見つけてもらい事なきを得た。
そして僕らは今、服屋に来ていた。
リリスによると、僕の服装はこっちじゃ目立つらしい。
なのでこっちに合わせて服を買いに来た次第だ。
「あ、すみません」
と、人と打つかりそうになり、謝りながらその横を通る。
こっちでまた面倒事したくない。
にしても真っ赤な髪の少年だった。
顔は一瞬しか見てないが、見た瞬間飛び込んできたあの燃える様に赤い髪。
ついさっきの少年といい、こっちの人の髪はカラフルだなぁ。
そう思いながら数歩歩いて、ふと違和感。
さっきの人は素通りしたつもりだったが、横を見るとそこには通路なんて無く服が並べられているだけ。
「え?」
ふと不思議に思って振り向くも、店内には遠くをぷらぷらするエリア様と暇そうにしているリリスのみ。
そしてさっきの少年とすれ違った場所を見る。
そこには木の板が立て掛けられていた。
服屋に、板?
「いや、ないない」
僕は一抹の不安を抱えながら、さっき来た場所を戻り。その板、いや鏡を覗いた。
──そこに写るのは燃える様に赤い髪と、これまた燃える様に赤い瞳を持った少年だった……
その少年の口はポカーンと開いており、次第に頬は戸惑う様に引き攣る。
「預咲さん? 預咲さーん?」
鏡に映る人物が増えるが、正直それに応える余裕がない。
ええ? だってこれ。
……なにこれ?
僕、なの?
「エリア様!」
「は、はい!」
僕はバッと振り返り、エリア様のその見開いた双眸を見据え。
「か、髪が! 髪が赤いんです!」
自分だけでは処理しきれないその非常事態を告げた。
「し、しかも、顔まで違うんですよ!?」
何故に!?
僕はきっと憂慮気であろう顔付きでエリア様の返事を待った。
いずれかエリア様は、こちらの不安など一笑に付す様にあっけらかんと。
「あー、そっすね」
「そっすねじゃなくて!」
適当に答えるエリア様にすかさず突っ込む。
「いや、だって……今更?」
い、今更?
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕はいつから赤髪に? それとこの顔に?」
「えーとですねぇ。最初に会った時からその状態でしたね」
「さ、最初って」
天界か? あ、あの時から。
「ど、どうして……」
「んー、多分」
「多分?」
僕の無意識な呟きに、返事が来たので思わず聞き返すと。
「ちょっと分かりません」
「え、えぇ」
そう言って手を広げる降参ポーズをしたエリア様を見ると、僕もこの件に関しては一先ず思い断つ事しか出来なかった。