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また来世で会いましょう  作者: あおいあお
第二章 ロビア騒動編
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25:魂の走馬灯



「ったく、僕が言わなかったら本当に返してくれたのかなぁ?」


 僕は少し文句を垂れながら、木製の階段を登って行く。

 その手にはいっぱいにお金の入った巾着袋を持っていた。

 『いい社会勉強になったろ、次からは気を付けるんだぞ』とかなんとか言って、結局全額返してもらったけど。

 見過ごしてたら本当に返したのか怪しい。


 報酬は成功報酬だけでいいらしい。その袋の十分の一をくれと言われた。

 妥当に見えるが、額が額だけに相場より高そうだ。


「リリスも、もうちょっとお金は大事にしないと」


 廊下を歩きながら僕は後ろのリリスに向けて言った。

 なにも言われたまま素直に全部出すなんて。


「ここにも隠してたので、当面は大丈夫でしたよ?」


 と、ヒールのある黒いブーツを両足交互に出して見せてくるリリス。


「こら、またそうやって」


 ここは少し咎めようと、僕はリリスに向けて軽く詰めた。

 対してリリスはきょとんとした様子でその双眸をこちらに向けていた。


 リリスは金銭感覚が狂ってると言うか、おかしい。

 たぶん本当に道具としか見てないんだと思う。

 そこんとこずっと一人で生きてきたリリスの方がしっかりしてそうだが、リリスはその実力ですぐに冒険者として稼ぐ事ができたから、またすぐ稼げる程度の認識なのだろう。

 これは要改善、だな。


 僕は心の中でそう決めながら部屋を目指す。

 見慣れてる物より長く、先の方だけが凹凸になっている鍵を挿して扉を開ける。

 中には二つのベットとその間のテーブルと小物。

 奥には窓と小さな机と椅子がある。


 リリスのお陰でこうやって宿で泊まる事もできてるが、いい加減どうにかしないと。

 リリスに続いて既に薄暗い部屋へと入ると奥のベットを目指す。

 明日にまた来る様言われている。今日はもう寝ないと。

 ベットに腰掛け、隣のベットでも同じ様にリリスが座って一息吐く。


「今日は妙に疲れました」


「僕も」


 リリスの零した言葉に苦笑い気味に同意する。

 僕は視線をずらすと窓から覗く空を見上げた。

 まだ月入りはしていない。

 煌く星々とそれを隠す灰の雲が動き空を描く。

 それからふっと視線を逸らす。


「ごめんね。余計な事突っ込んじゃって」


「いえ」


 僕が勝手に話しを進めてしまった事を謝ると、リリスはいつもと変わらぬ様子でかぶりを振った。


「ただ、少し気になります」


 と、リリスは思慮深気に碧眼を一点に留めて呟く。


「何が?」


 僕は何の事かさっぱり分からず問い返すと。


「アズサ、私は天界の事はあまり詳しくはないですが」


 ふとリリスがこちらを向き、ほんの少しの憂いを湛えた顔付きで。


「監視役が来ても、不思議ではないと思っています」


「監視? それって僕の?」


 思わず訊き返した僕に、リリスはどこか不安さを孕んだ様な瞳でこくりと頷いた。


「ないない。僕に監視なんて要らないでしょ。異世界から来たから? でもレミリアも否定してたでしょ」


 僕はそれを一蹴した。

 確かに僕は異世界から来て特殊な存在だとは思うが、害はそうない筈だ。

 レミリア曰く同郷の人だって居る可能性もあるし、それを天界は黙認してる。


「考えすぎだよ」


 僕はリリスに向けて笑って返した。

 少しでもその不安を除けれをばと。


「だと、いいのですが」


 一笑に付した僕にリリスは憂慮を孕んだ様な瞳で呟き、その瞳は僕の胸辺りを見ていた。


 と、それもふっとすぐに逸らされると、リリスは立ち上がりベット同士の間にあるテーブルへと足を運ぶ。

 夜の静けさが、妙に際立って感じた。


「『魂馬灯(しんまとう)』……」


「え?」


 不意にリリスが呟き、僕はまともに返せず台詞を反芻する。


「という言葉を、知っていますか?」


 リリスは問うが、背を向けてこちらを向いてはいない。


「ごめん、聞いたことないや」


 恐らくそれはこちら特有の言葉であった。

 リリスは僕の返事を聴いても構わず手元で何か作業をしていた。

 テーブルの上に置いてある、30cm程もある紙製の四角い何かを触っていた。

 と、マッチを付ける音に視線を向けると、ちょうどそれを蝋燭に点けている所だった。

 そしてそれへ、紙製の四方形を被せる。


「わぁ、綺麗」


 それを見て感嘆の言葉が零れる。

 それは走馬灯であった。

 灯籠の一種である、外側の枠が気流に乗って動く洒落た灯火だ。

 薄暗かった部屋を火の夕色が優しく照らし、ゆっくりと回り出した影絵が瞳を揺らす。


 影絵は恐らく田植えをする農民と作物を荷台に乗せてそれを引く馬。

 こっちにもあったんだ。

 走馬灯。

 影絵が馬なのは流石に偶然だろうが。


「これはただの憶測なので、間違ってたら、ただの戯れ言と流してもらって構わないのですが」


「うん」


 と、リリスもベットへ、僕の対面から若干ズレた位置に座ると。


「アズサは、少し前と容姿が違うのですか?」


 灯籠から目を離し、されど灯りを宿して一層綺麗な瞳を向けてそう問うてきた。


「そ、そうだよ。どうして分かったの?」


 その神妙さと急にど真ん中を射抜いてきたリリスの言葉に全く動揺を隠さずに返した。


「姿見を見る姿が、いつもどこか怪訝気だったので」


「あはは。そうだったんだ」


 と、そんなとこまで見てたのか、小っ恥ずかしい所を突かれて笑って誤魔化した。


「それに、私がアズサを召喚に巻き込んだあの日。鏡を見て随分と慌てていましたね」


「あー、あれね」


 と、二週間前の、この世界へ降り立った日を思い出す。


「そうだねー。あの時は焦ったよ。急に知らない所に来たと思ったら姿も違うんだもん。それに、髪色も違うんだよ? もうびっくりだったよ」


 あの時の衝撃と言うのは本当に筆舌に尽くし難いものがある。


「もしかしたら、アズサのその容姿は『前世還り』かもしれませんね」


 と、リリスは僕の知らない、いや知ってはいる。知ってはいる二つの単語を組み合わせた、聞き覚えの無い言葉を言った。


「『前世還り』? 先祖返りじゃなくて?」


「ええ」


 それっぽく僕の知ってる言葉を言ってみるがリリスは否定する。


「言葉は似てますが、本質はまるで違います。もっとも、先祖返りの可能性も十分にありますが」


「先祖返りって、ご先祖様の形質が突然孵るってやつ? でも、それって先天性の物だけじゃなかった?」


「稀にですが、こちらでは後天性の物も」


「ああ、そうなんだ」


 同じ事を話してるつもりでも、こちらではズレがある事を認識する。


「血縁の方に、赤髪の方が居たりは?」


「う、う〜ん。こんな赤髪は居ないかなぁ」


 僕は元の世界の歴史を少し遡って、苦笑い気味に応えた。


「となると」


 リリスはすっと視線を下げ、その瞳に確信を宿した様に。


「『前世還り』、でしょうね」


「……なんなの? それ」


 その知らない単語に僕は首を傾げる。


「文字通りです。前世の姿や、記憶が還る事です」


「ほえぇ」


 なんか凄そうだ。

 口には出さないが、幼稚な感想しか出てこなかった。


「前世での強烈に残った記憶や体験が、危機や何かの切っ掛けで思い出す。まるで走馬灯の様に記憶や感覚が駆け巡る、魂の走馬灯。世には、『魂馬灯しんまとう』などと言われています」


 なるほど。

 神の存在や転生、魂といった概念の認知されているこちらの世界では、前世の記憶という一見妄誕な事も認識されてる事なのだろうな。


「これの『走馬灯』と違うのは、走馬灯は命……つまり体の危機の時に駆け巡るのに対し、『魂馬灯しんまとう』は『魂』そのものの危機に駆け巡るという点です」


 走馬灯。本来は灯籠の一種だが、ここでは死の間際に垣間見るというフラッシュバック現象の事だろう。


「中には、技術的な事を思い出す人も居るとか」


 と、リリスは灯籠を眺めて説明を続けた。


「最近ですと、隣国の剣士などが有名です。なんでも前世でも剣士を志した者らしく、剣を振れば振るほど前世の感覚を取り戻して強くなるとか」


「へぇ〜。技術的な記憶かぁ」


 戻るのがただの記憶だけではないと知って、こちらの『しんまとう』とやらにも興味を持つ。


「いずれにせよ、前世ではとても強く思い、想った記憶の筈です」


 リリスの透き通る様に白い肌が揺れる灯籠に照らされる。


「もしくは」


 ふと、リリスは続く言葉を止めた。


「もしくは?」


 思わず僕も続きを促した。

 そしてまた、その思慮の深さを瞳に孕んで。


「想像を絶する、トラウマ」


 そう話す様は、無表情である。

 いつもの。淡々と。


「正直、前世を思い出す大概はこれが原因でしょうね。人は良い思い出より、トラウマをよく思い出す物です。今世だってそうなのですから」


 なんというか、達観してるな。

 リリスは。


「そうだね」


 一体どんな人生を歩んできたのか、肯定しながらそう思った。


「きっと、アズサの容姿の事は前世絡みの事だと思います」


「はぁ、前世ねぇ」


 と、リリスに推察され生返事で返す。

 そう言われてもピンと来ないものだな。

 この姿は前世の物なのだろうか?

 でも、僕には僕の今世という人生がある訳で。前世には前世の、この姿で過ごした人生があって。

 果たしてそれは僕と言えるのだろうか? そして言えた場合、前世の僕は今世の僕も自分だと言うのだろうか?

 それに何をして、どう生きたのだろう?

 もし犯罪者なら、僕は前世の責任までは負いかねるが。


「なんだか、難しい問題だね」


「ええ」


 少々頭を悩ませ、笑い掛けた僕にリリスは肯定した。

 でも確かに、記憶が戻ったら他人事ではなくなるかもしれない。

 その時は、前世も自分だと自覚するのだろう。

 果たしてそんな日が来るかは分からないが、僕は多少の理解と共に、この容姿と髪色も少しは受け入れられる様な気がした。


「いずれにせよ、来世にまで思い残す記憶となると、それはきっと大切な事なのでしょう」


 と、不意にリリスは視線を合わせた。


「そう」


 もう一通り話は終わったと理解し、僕も相槌を返すと少し思慮に耽たくて視線を下げた。

 もし仮に、僕にも前世での因果があるのなら、それが〝業〟というやつなのだろう。


「でも、なんで急にそんな事を?」


 僕は視線を上げると、今更ながらこの話を始めた理由を問うた。


「いえ。ただ、何か因果はないのかなと」


 それにすっとリリスは視線を離すと、それを走馬灯へと移し、そっと置く様に言った。


「昼間の、話の続きです」



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