23:妹さん
「すみません」
街並みの一角。怒鳴りつける若い男性を前にか細い謝罪が渡った。
そこにはボロ切れの様なローブを羽織り、フードを深く被った少女が居た。
少女というのはあくまで声と体格からの予測でしかないが。
身長はリリス程度と見られる。
「てめぇなんだ、さっきからその態度は!」
と、男性の方は今にも一線越しそうな程憤った様子である。
ど、どうしよう?
何かあったのかな?
辺りを見渡すが、遠くから見る者、そそくさと場を離れる者など誰も止める様子はない。
「すみません」
その少女は感情の起伏のない声音で言って頭を下げる。
それを見て、男性はまた怒りを募らせた様に眉間にしわを寄せる。
そろそろ止めないと不味そうだがどうしよう!?
さすがに焦ってまた辺りを見るが、やはり止めそうな人は居ない。
僕は最後まで迷いつつも、重い足を上げて少女の方へ近付いた。
「あ、あの〜」
「あ? なんだガキ?」
急な横槍にこちらを睨む男性から、少女を庇う様前に立つ。
心臓の鼓動が強くなるのを感じ、無意識に足が震える。
「お、落ち着いて。話し合いましょう」
「退けよ。関係ねぇだろ」
特に怒気を込めてないだろう言葉にも、今は少々たじろいでしまう。
だが退きはしない。
どんな事情があるのか知らないし、余計な事をしてるのも分かるが、よくよく見過ごせない。
「俺は今、最っ高にイライラしてるんだよ。そこをどかねぇって言うんなら、仕方ねぇなぁ!?」
と、元々我慢は限界に達していたのか、男性はそう言うやその筋肉質な腕を上げ。
僕はそれに怯み、反射的に目を閉じる。
そしてパンッ!と弾かれる様な音が響くも、僕自身には何ら衝撃は来なかった。
僕は疑問に思いゆっくり目蓋を上げ、その光景に目を見開いた。
いつの間に来たのか、リリスがその小さな白い手で男性の無骨な拳を受け止めていたのだ。
男性も驚いた様子で引き離そうとするが、まるでびくともせずリリスは動かない。
次第にリリスの手がキツく握られると男性も顔を顰めた。
そしてふっと力を抜いたリリスに男性は勢い余ってたたらを踏む。
「チッ」
一つ舌打ちすると、男性はこちらを一瞥して去って行った。
遠ざかって行く背中を見て解かれた緊張に一息つく。
「ありがとう、リリス」
僕がお礼を言うと、リリスは肩を上下に竦めさせる。
「これぐらいは別に。それより、私が居るのを忘れないでください」
「ごめん」
リリスの小言につい苦笑い。
確かに自分一人でどうにかしようとしてた。
これからはもっと頼らないと。
まあ、今はいいとして。
「えっと、大丈夫?」
僕は少女の方を振り返って安否を問う。
その少女はフードの中からこちらを呆けた様に見上げていた。
第一印象。僕はその少女を見て、天使の様な娘だなと無意識に思った。
陽光を反射する美しい金髪。
右目は眼帯に覆われてるが左の目はぱっちりと大きく、瞳の色は蒼穹の様に深く綺麗な碧眼。
童顔で可愛らしい女の子であった。
天使という存在が現実に居る事を知った今でも、それを比喩として使う程に。
って、この娘は!
「もしかして君、あの時の!?」
僕はその少女を見てある事に思い至り勢いのまま訊いた。
と、それにこくこくと頷く眼帯の娘。
あの時とは、一週間程前に街で悪魔が暴れた時、教会で倒れていた所を助けた時の事だ。
「あらー、奇遇だね。怪我は無い?」
こくこく頷く少女。
「そっか、よかった」
僕は安堵に少女へと微笑む。
「あ、あの」
と、少女は少し躊躇した様に声を発すると。
「あ、ありがとうございます! 二度までもお救いいただき」
深々と頭を下げ、なんだか申し訳なさそうに目線を下げる。
「いーえー。今回も、解決したのは僕じゃないし」
苦笑い気味に僕はそれに応える。
眼帯の娘は頭にハテナマークを浮かべた様子でリリスの方へと視線を向ける。
と、何か思い至ったか目を見開き。
「あー!あの時の! あの時は、ありがとうございました! 今回も!」
「いえ」
深く頭を下げる眼帯の娘。
そういえば、悪魔襲来の時はこの娘がリリスへ助けを求めたんだっけ。
「うん。元気そうでよかった」
と、一瞬目が合ってすぐに逸らされる。
「あの、ありがとうございました」
その娘は改めて礼を言って頭を下げた。
「うん。もし会ったらレミリアによろしく言っといて」
僕がほんの世間話程度にそう言うと、その娘はきょとんと首を傾げる。
「あれ? 知らない? ミレンさんやメリアさんは?」
僕が天使の名前を言うも、その娘は余計に首を傾げた。
あれ? おかしいな。
上司の名前ぐらい知ってると思ったのに。
「誰でしょう?」
「ほら、君ぐらいの髪の長さで、色が緑とかオレンジとか青色の」
「あ、ああ……でも、知り合いでは」
と、思い至った様ではあるが解せない様に呟く眼帯の娘。
あれぇ?
直属の部下の筈だから知ってると思ったのに。
いや、もしかして。
「あの、天使の知り合いとか……居る?」
僕は恐る恐る、探る様に訊いた。
と、その娘はとうとう意味が分からない様に眉を寄せる。
まじか。
もしかしてこの娘、天使じゃないのか?
金髪碧眼だったからすっかり天使だと思い込んでいた。
「ああ、ごめん。冗談だよー」
僕が適当に誤魔化すと眼帯の娘は不可解気に首を傾げていた。
そうか。天使じゃないなら噛み合わないのも納得だ。
ん? 普通の女の子ならそれはそれでいいが。
「君、一人? この前も一人だったよね?」
今度は別の事に引っ掛かり、そこを問うやその子は気まず気に視線を漂わせる。
「ダメだよぉ。怖い人も居るんだから」
さっきの事もあり、ついつい小言を溢してしまう。
「ちょっと事情があって」
と、まるで責められてる様に眉を下げて言う眼帯の子。
家出か何かか?
何にしろなんだかほっとけないな。
「送るよ。どこまで?」
近場ならいいが、と思いつつ僕が声を掛けると、眼帯の子は驚いた様に目を見開いてこちらを見上げてくる。
「え、あ」
次いで戸惑った様に視線を漂わせながら狼狽しだす。
「い、いえ。大丈夫、です。行き先はないので」
「そう?」
含みのある言い方に疑問を抱きつつも、無理強いはよくないと引き下がる。
「探してる人が居るんです」
「えっ」
と、続いた眼帯の子の言葉に僕は一瞬思考が止まる。
なぜならこんな事が前にもあったからだ。
「ね、ねぇ。それってもしかして、君のお兄さん?」
そう問うや驚いた様に目を開く。
「はい。どうして分かったんですか?」
少々僕の中でも情報を整理し、眼帯の子の疑問は一旦流す。
「その人は、金髪碧眼?」
「はい。すごいです! 占い師さんですか?」
「い、いや」
その子の純粋無垢な疑問も今は応える余裕が無く、ついに僕はこの応酬に決定的なそれを訊かんと口を開いた。
「ちなみに、その人の名前は?」
「クレナです!」
その少女の言う探し人。
完全に知り合いだった。
◯
なるほど。
どうやら少し前に共に妹探しをし、ついでに言うとこの世界に来た初日に助けてくれた恩人でもあるクレナの、その妹さん本人にばったり会ってしまったらしい。
いや違う。前にも会ってたのだ。
だが天使の娘なのだとすっかり思い込み、確認などしていなかった。
僕は目の前の階段に座る眼帯の子を見やる。
ここは表通りから少し外れた路地の突き当たり。
そこで眼帯の子はフードを取り、視線を落ち着かせて思慮に耽けった様子であった。
「そ、それで、兄はどうしたんですか?」
と、続きが気になった様に顔を上げて話の先を促す眼帯の子。
「ここには居ないだろうからって、出て行っちゃったよ。次はロビアを探すって」
「本当ですか!?」
眼帯の子は驚いた様に、それでいて期待する様に僕の言葉の食いついた。
「う、うん。ずっと君を探してたらしい」
大人しいイメージがあったのもあり、その子の食いつきに少々気圧されながら答える。
「お兄さん」
と、そっと両手を胸に抱き、目に涙を滲ませる。
僕の知る限りのクレナについての事を話したのだ。
馴れ初めから別れまで。
「だから、まだこの町に居るんじゃないかな?」
僕のその考えを言うと眼帯の子は視線と顔を下げる。
「たぶん、居ます」
そう、どこか物憂げな表情で呟く。
「実は、一度この町に来る前に会ったんです」
「え? そうなの?」
と、今更齎された新情報に呆けて返す。
「はい。えっと」
眼帯の子は少し躊躇する様にこちらを窺い見上げ。
「あの、お名前訊いても?」
「ああ、預咲だよ。雨斗 預咲」
問われたので少し今更ながら自己紹介をする。
「あずさ、さん?」
こっちでは少し珍しかったか、口ずさむ眼帯の子にこくりと頷く。
「リリスです」
続いてリリスに視線が向き、リリスも淡白に名を名乗る。
「あ、えっと。私は、マリンです」
俯き、何故か自信無さげに名乗る眼帯の子改めマリン。
「よろしくね。マリンちゃん」
「は、はい」
まだ警戒されてるのか、なるべく微笑み掛けて言うもマリンは目を合わせず視線を泳がせる。
「そ、それで、話の続きなんですけど。アズサさんと少し話した後、ロビア行きの馬車で会ったんです」
「おお、よかったじゃん!」
「はい」
と、マリンはまだどこか躊躇した様子で話す。
「私が声を掛けれずに悶々としてた時に来てくれて……。でも、この街に来てから別れてしまったんです」
「ええ!? 何で!」
僕はマリンの話に心底驚いて思うまま口に出す。
「た、たぶん、嫌われちゃったのかも」
「え? いや、そんな訳ないよ!」
まるで自分を卑下してる様な物言いに僕は思わず声量を上げた。
「クレナ、ずっと君を探してたんだよ!? 心配してる様だったし、君……マリンちゃんを優先してた!」
思うまま、感情の起伏のままに僕は言った。
クレナは僕が何故妹を探してるのかと訊いた時、ただ会いたいからだと答えた。
あの迷い無い目と直向きに探す姿に兄妹愛を感じた。
それはきっと、間違いじゃない筈なんだ。
「それに、そんな好き嫌い程度で動く人じゃない! ……って思、う」
僕は力説はするものの、実際は三日程度の浅い関係だった事にだんだんと勢いを無くしていく。
マリンはそんな僕を暫し呆けて見上げ、そして段々とその藍色の瞳を滲ませ頬から涙が溢れた。
俯き、時々息をひくつかせて静かに泣くマリン。
それに僕はあわあわと意味も無く手を空振った。
「ご、ごめん。気に触ったみたいで」
焦って顔色窺う僕にマリンは涙を拭きながら首を横に振る。
「違うんです。嬉しくて」
涙を零す中、マリンは声を詰まらせながらも否定した。
と、リリスが隣に座ってそっと背中に触れる。
途端、驚いた様に顔を上げリリスを見るマリン。
「嫌でした?」
リリスが問うとマリンは首を横に振った。
そして耐えかねた様にマリンは嗚咽を漏らしながらリリスへと頭を預けた。
リリスはマリンの頭を抱き、その美しい金髪へくしを通す様に優しく撫でた。
僕はその光景を暫し呆けて見下ろした。
そして決意する。
ここまで首を突っ込んだ以上、見捨てる様な真似は忍びない。
何と言うか、言い方は悪いかもしれないが情が湧いた。
それに、元々あの依頼は完遂すると決めていたではないか。
「マリンちゃん。僕、探すよ。お兄さん探し、手伝うよ」
僕は今胸に決めた事を告げ、マリンを見下ろす。
と、マリンは泣くのも忘れた様にこちらへ目を見開いて見上げた。
「さっきも言った通り、クレナとは知り合いだからね! 僕も偶には会いたいし!」
潤み、大きく、そのまん丸な蒼の瞳に僕は努めて笑顔で応えた。
「で、でも」
「ダメだった?」
「そ、そういう訳じゃ」
と、僕の提案に視線を漂わせ難色示すマリン。
少し意地悪だが、有無を言わせない訊き方をする。
正直、リリスと同年代か下回る様な女の子を放っても置けない。
それに僕が言うのもなんだが、マリンは巻き込まれ体質でもあるのかどこかで問題起こしそうである。
「でも、どうやって探すんですか? その、手掛かりとか、まったく」
もっともだ。
「う〜ん。それは」
マリンに痛い所突かれ、一人唸って悩む。
「少し」
と、リリスが。
「知り合いではないですが。物知りな人には、心当たりが」
そう淡々と告げた言葉に、この行き先も見えない暗雲の様な会話に光明が差した。




