21:女神と先輩女神
人々行き交う通りの端。
煉瓦状に積まれた石畳の壁に身を潜め、ひそひそと顔だけ出して何かを伺っている様子の少女が一人。
その少女はまだ成長も半端と思われる小柄な体躯で、ショートヘアの髪は鋼を思わせる鈍色。
可愛らしく幼い顔立ちに似合わず、若干の険しさを孕んでじっと一方向を見つめる瞳は深い碧眼。
服装はやたらと丈の短いパンツに、青を基調としたシャツはぴっちりと体のラインに沿って寂しい胸を誇張させる。
申し訳程度にヘソを出し、日差し避けの短いマントを羽織っている。
さながら動き易さを重視した、盗賊職のそれを連想させる。
しかし足元にはほんの少しながらヒールのあるブーツを履き、そこから伸びる白のニーソックスは膝上までしっかりと覆ってその端整な容姿に似合う可愛らしさも出していた。
その少女は視線の先、燃える様に赤い髪に、同じく燃える様に赤い瞳を持った少年。
その少年を追う様に見ていた。
「はぁ。何でこんな事に」
ふっと目線を外して、私は溜め息混じりにそう独り言ちる。
以前にも増して小さな手。華奢な脚。サイズの一つ下げた靴。
健康的な白い四肢と土の地べたを眺めながら、私エリアはつい一週間前の事を思い出していた。
青白い光に包まれ、ほんの少しの浮遊感が体を襲う。
瞼の裏にまで溢れる光も収まった頃、その余韻を漏らさぬ様閉じたまま。
一時の整理が付いた後、半ばまでゆっくりと瞼を開ける。
そこにはもう、当然の事ながら先程の光景とは違う。
汚れ、塵、埃どころか建物らしく繋ぎ目すら無い、一面ほんのり黄色に明るい床である。
きっと壁も床も同じ様に染み一つ無く、扉以外何も無い事は想像に難くない。
帰って来たのだ。
天界に。
それを理解し、今までの緊張をほぐす様に一息つく。
たった一週間なのにまるで何年も、何十年も旅した気分だ。
急遽始まってしまったあの帰る為の旅。
リリスさんと、預咲さんと。
途中でいろいろ問題もあったけれど、それも乗り越えて帰って来れた。
──預咲さん……
心の中で、一人あの少年を想って呟く。
共に過ごしたあの一時。それを思って、少し歓び難い気持ちになる。
あまり、私は役には立てなかったから。
そして次こそは、きっと力になれるように。
貰った真っ白な花を見つめ、崩さぬ様茎の部分を裾から差し入れた。
私は気持ちと心を入れ替え、やる気を出す様に自身を奮う。
「よし!」
私は気合いを入れる様にそう声を上げると、両の頬を軽く音のなる程度二度叩いた。
「切り替えて行け〜! 私!」
そして前を向き、扉のある正面へと一歩踏み出し。
「こんにちは、エリア」
「げっ!」
ずっと居たのか。
目の前で微笑み掛ける人物を見てつい端ない声が出る。
真昼の陽光差し込む海を思わせる、輝かしくも深い青の髪を持つ女性がニコニコと笑みを浮かべながら挨拶してきていた。
基本は私と同じ、着物の特徴と祭服の見た目を合わせた様な天界での一般的な服装。
露出は抑えられ、それは肩口で揃えられた髪と同じ青を基調としていた。
「ほ、ほほほ。あら、先輩ぃ。こ、こんな所で奇遇ですね〜」
私は極力顔が引きつらない様注力しながら、無難に華麗に簡潔に挨拶を返す。
そしてそ〜と横を移動しつつ。
「では私はこれで〜……」
「待ちなさい」
「げぶっ!」
横切り、走り出そうとした所で襟首を掴まれ息が詰まった。
両肩を掴まれ、強引に回れ右された所でジッと、同じ女性である身でも見惚れてしまいそうになる程端整な顔立ちが距離を縮める。
まるで吸い込まれそうになる様な深い碧眼が、こちらを丸呑みする様覗いてくる。
「何か、言い残す事は?」
「じょ、情状酌量の余地を! 断固意義を申し立てます!」
窮地に陥ってると気付いて、慌て言い繕う。
この方は育ちから学園までずっと付き合いのある先輩で、仕事上では上司の更に上司にあたる。
この人に関しては私でも何ら勝てる要素が見当たらず、関係もそうだが頭が上がらない。
と、珍しくその先輩が諦めた様に一息つき、肩に置いていた手を離す。
「一応聞くけど、何があったの?」
そう訊いてくる先輩にそっと視線を寄越した。
不味い。
せっかく天使の手から逃げてここまで来れたのに、今更面倒ごと引き受けるもんですか!
「ちょ、ちょっと、下界に買い物したくなっちゃって〜」
「嘘おっしゃい。下界の事なんてまるで興味なさげだった貴女が急に、それもあんな辺鄙な場所に降り立つ理由がお有り? それとも、正規の手続きも踏まずに降臨した言い訳を聞かせて貰えるのかしら?」
私が下手な言い訳をすると容赦なく切り込んでくる先輩。
ぐうの音も出ない正論だった。
言葉でこてんぱんに殴られ、反論の一つもできずに口を揉む。
ん? というかこの人は。
「し、知っているのですね? 私がどこに居たか」
「ええ、何してたかも」
然も有りなんと答えると、先輩は襟の中から一枚の新聞を取り出し広げる。
は、早い! 早すぎる!
私だって昨日見たばっかなのに!
天界の情報収集力に軽く引きつつ内心驚嘆である。
「いろいろ大変だった見たいね」
と、新聞に目を通しながら言う先輩。
「それはもう! すっっごく大変だったんですよ!」
やっと貰えた労いの言葉につい愚痴を溢す。
思えばいきなり召喚されてたり、悪魔に襲われたり、天使に見つかったり、悪魔に襲われたり……もう!
軽く振り返っただけでも内心悪態ついてしまう。
「向こうに居る貴女の捜索班長は優秀な人ね。態と貴女を見つけた事を遅れて報告してる。こちらと下界じゃ、連絡するだけでも時間が掛かるから判断が遅れる。悪魔に襲われる万が一を考慮してさっさと街を追い出したんでしょう」
先輩が新聞を畳んで直しつつ、語った考えに少々目を見開く。
れ、レミリアさんが。
あの陽気な緑髪の天使の言動を思い出し合点がいく。
確かに街を出るように勧めたのは彼女だ。
願ったり叶ったりだったのですぐ乗ったが、そういう考えもあったのか。
まあ、その後ちゃんと悪魔に襲われたんですけど。
あの悪魔の再来を思い出し頬を引き攣らせつつ先輩を伺う。
しかし、どうやらその事は先輩も知らない様子。
って事は、知っててもせいぜいがレミリアさん、もしくはその部下の知ってる情報だけか。
「あの、私はどういった風に処理されてるのでしょう?」
と、こちらでの事が気になって先輩に訊いてみる。
「まあ、最初はただの行方不明で、それからは下界の班長からの報告の内容をそのままね。召喚されたんですってね。下界の、それも年端もいかない少女に」
まあ、勿論そこも知ってるか。
「お恥ずかしい限りです」
「責めてないわよ。貴女は何も悪くないんだから。ただ、誤魔化そうとしたのは減点ね」
首を垂れ、先輩の言葉を聞き流す。
「まぁ、話は後で詳しく聞くわ。それより、ここからが本題よ」
と、話はひと段落したと先輩は言葉を区切らせ、私は下げていた頭を上げようとし。
「あの少年について」
続いたその言葉に私はつい息が詰まる思いをした。
動かそうとしていた目線と思考を止め、続く先輩の言葉を待つ。
「何でも、祝福が六つも掛けられてるそうじゃない。それも魂に」
知っていたと。知られていたのだと。予想しつつも、ここではっきりと理解する。
「班長さんからの、報告ですか?」
「ええ」
止めていた頭を動かし、傾げて問うた私に頷く先輩。
レミリアさんが言ったのだろう。
と言うか、レミリアさんは預咲さんの祝福の事を知っていたのか。
あれは並の眼では視れない筈だが。
そもそもの話、私はレミリアさんが預咲さんの事を異界出身でそれも私の案内途中の方だからあれ程動揺していたのかと思っていた。
だからこそ、私はまだチャンスがあると思って逃げようとしていたのだ。
結局は私の事を報告して無い事が五日目で分かり、こっそりと帰る事自体は半ば遂行された訳だが。(ま、ここで先輩が待ってた以上、あの後爆速で報告したのだろうが)
どうやらこっそりと帰って預咲さんをこそっと転生させちゃう計画は大分早い内から詰んでた様だ。
「所で貴女、花を愛でる趣味なんてあったかしら?」
と、不意な話の変更に首を傾げると、先輩の視線が私の胸の花へと向いていた。
「あ、これですか〜? えっへへ〜、実はこれ、例の祝福の子に貰っちゃったんです」
私は裾から花を取り出すと、自慢げに見せつつ自身も眺めた。
少しシワのある六枚の花びらが垂れた、手の平程もある真っ白な花。
「そう。死願華なんて、縁起でもないわね」
「え〜、そうですかぁ〜?」
先輩の言葉は軽く流しつつ、私はまた優しく裾へと茎を通した。
「っと。脱線しちゃったわね。ごめんなさい」
先輩も軽い謝罪を通してから。
「その祝福の子の件、皆んな半信半疑よ。もちろん私もね。実際どうなの? 貴女も見たんでしょう?」
と、話を戻し、少し怪訝気に問うてくる先輩。
私も少々緩んでた気を引き締め。
「た、確かに、六柱の神々から祝福を受けてました」
「そう。まさか、本当にね」
私が答えると思慮に耽ける様呟く先輩。
「天界は今この話でもちきりよ。悪魔が街を襲い、六人もの神に祝福された異界出身の少年に、あまつさえ神の召喚。妙に上層部が騒いでるのも気になるわ」
こう改めて聞くと、確かに無視できない問題ばかりだ。
悪魔は神々の敵。古来よりこの相場は変わっていない。
そんな敵対者が下界の街で暴れたのだ。更には預咲さんの事もある。
そりゃもうお祭り騒ぎだろう。
悪い意味で。
「でも、貴女が無事でよかったわ。貴女の居た場所と、悪魔に襲撃された場所が同じだと知った時は、血の気が引いたもの」
と、そう言って肩を竦める先輩。
「すみません。心配掛けて」
「本当よ。もう」
と、先輩は少し困った様に、されど優しい目つきで軽く悪態つく。
私もそこに先輩の、いや姉としての愛を感じて、ここ最近で擦り減っていた心の疲れも癒される。
「あ、あの」
そんな、大好きな先輩へ、おずおずと。
「か、彼の、預咲さんの処遇はどうなってるんでしょうか?」
話の腰を折るとは分かりつつも、聞きたかった。
レミリアさんから何もないとは聞いてるが、一応。
「噂の祝福の子? 何もないと聞いてるけど? 何も悪い事してないんだし」
当然の事の様に言われ、ほっと息を吐く。
まあ確かに、冷静に考えれば天界が動く理由も無いが。
強いて言うならあの世界の者ではない事だけど、それも天界は許している。
となると罪人でもない彼が干渉される謂れは無い、か。
天界は不測の争い以外は、下界への不干渉を是としているから。
「私も貴女に聞きたかったのだけど」
「はい」
と、先輩の声に顔を上げる。
「いつ、下界へと召喚されたの?」
「え? 一週間前の事ですけど」
改めて問われたそれは、予想にせず簡単なものだった。
それぐらい、レミリアさんが報告してると思ったけど。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないのよ」
つい訊き返すと、いつもの微笑みに戻る先輩。
「所で、さっき彼への処遇は無いと言ったわよね? でも、それではちょっと語弊があるの」
「え?」
と、今度は表情を引き締め真剣さを増す先輩。
「あまりに異質。誰も聞いた事のない、六人の神による祝福。魂の質も最上位。この意味が、分からない貴女ではないでしょう?」
問われ、つい私は押し黙る。
「だって貴女、聞いた事ある? 六人の神が魂へ祝福なんて。どんな英雄譚でも、まして比喩ある創作物でさえも、そんな滅多な事書かないわよ」
そう、少々の手振りを交えて話す先輩。
差物先輩でも、祝福の事はなかなか納得できないのだろう。
「だからね、天界は干渉はせずとも監視はする事に決まったの。隠密性を重視して、派遣する人員は適任者一人」
「はあ」
そう言い、人差し指を立てる先輩。
理解はするが趣旨が掴めず空返事してしまう。
「貴女の事よ。エリア」
「え?」
と、先輩は特に口調も変えず、そう言って。
「えええぇぇぇーー!?」
その事を理解したと同時、私は驚き声を上げた。
私が驚愕に頭が回らない中、先輩はそそくさと裾から封筒を取り出す。
そこから一枚の紙を出し、広げて私の方へ向けてくる。
「貴女の転勤、いえ転属が決まったわ。明日から現地調査官として働いてもらうから」
「なっ……!」
そのあんまにもあんまりな急な展開に、私は言葉を失くして差し出された紙を凝視した。
そこには私の転属に関するあれこれが書かれていた。
現地調査官は下界各地の重要拠点や注意地点の調査を主とし、六年程の専門的知識や技術を学んだ上でなれる、本来は資格の要る超エリート職なのに。
と言うかこれは最早、転属ですらなく転職では……?
「本来なら貴女の導く『迷い人』って事で決定されたそうよ。貴女の『案内人』の階級も、充分現地調査官をするに足るって事で、転しょ……転属が決まったそうよ」
今転職って言いかけましたよね?
「いいえ」
心読まないでください。
にっこりと笑顔で誤魔化された。
って、それよか決定事項ですか。
これは相談でなく、報告だった。
この案内人の仕事だって現地調査官程にないにしても、ちゃんと勉強して資格の要る仕事だ。
確かに仕事の格的には同程度かも知れないけど。
私は腑に落ちない感覚を覚えて頭を悩ませる。
なんだか面倒ごと押し付けられた気がしてならない。
「にしても、急ですねぇ」
しかしどうする事もできなそうなので、私は小言を呈しつつも紙を受け取った。
「意外ね。貴女なら、もう少し嫌がるかと思ったけど」
「へ?」
と、少し驚いた様子の先輩に私は呆けて返す。
ふむ、確かに。
「まぁ、すこ〜しだけ? 世界に対する見方が変わったと言いますか」
「壮大ね。ふふ、でも。そう、よかったわ」
何か面白そうに目を細める先輩に、私は首を傾げる。
「前は何にも興味なさそうだったから。貴女が下界に召喚されたのも、本の少しだけ。良かったのかもね」
と、何か見透かした様に言う先輩。
まるで我が子でも見るかのようなその優しい眼差しに、私はきょとんと視線を返す。
「さてと、一通り話は終わったのだけれど、ここからは私個人の意見よ」
先輩は話を変え、私は読んでいた本を綴じられた気分になる。
「あの、リリスって子」
と、先輩はまるで今見てるかの様に、魅惑的な青の瞳を妖しく細めて呟いた。
「貴女を召喚した理由や方法はこの際置いておいて。気にならない? 悪魔の襲撃に、あの黒髪」
と、秘密話でもする様に声音を幾分下げて言う先輩。
「えっとぉ、何が言いたいんでしょう?」
私は先輩の言わんとしてる事が分からず、問い返すと。
「あの子がエンプカパル出身かも知れないって事」
「えぇ!?」
余りに急なその話に私はつい声を荒げた。
「い、いやぁ。先輩ぃ、それはさすがに飛躍しすぎでは?」
「そうね」
と、案外すんなり認める先輩。
「でも、気を付けてね。下界は危険よ」
私への注意を促したのか。それとも単なる冗談だったのか。
ただ心配してるというのは伝わって来た。
「もう一つ。貴女自身は彼をどう見てるの?」
「え? 彼って、祝福の子ですか?」
「ええ」
不意な質問に、少し彼の事を考える。
「ま、まぁ。そのぉ。す、素敵な方だとは思」
「そうじゃなくって」
と、ついつい脱線し始めた私を先輩が遮り。
「誰も聞いた事がないのよ? 六人に祝福されてるのに。おかしいと思わない?」
そう、恐らくは話の核心たる部分へ触れた。
「もし剣を取った人なら大英雄として語り継がれてもいいし、その一人を追った冒険譚だって出てもいい。なのに、どこにもそれらしき人は出てこない」
真剣な眼差しに私も気持ちを正す。
「どう? 学園に居た頃は恋路にも全く興味を示さず、常に成績一位だった貴女でも、さっぱりでしょう? きっと」
先輩は今まで以上に真剣に。
否。少し、何かを疑っている様に。
「──隠してる、そうは思わない……?」
そう、その考えを話す。
「どういう事でしょう?」
私は首を傾げ、それを問い返した。
「天界の上層部は彼の事を隠したがっている。それはきっと、彼の『前世』の事よ」
更に先輩は既に確信を持っている様に言った。
「それが何か?」
「いいえ、これはただの忠告よ」
先輩はそう一度頭を振ると。
「最近の事なのか、それとも大昔の事なのか」
そしてまた、その思慮の深さを瞳に孕んで。
「どうしたら六人に祝福なんて受けるのか。大罪か、美徳かも」
多少の険しさの浮かぶ表情で、先輩は口を開き。
「それはとても暫定的で、朧げな事。しかし、それでも言うとしたら──」
──彼は、『前世』で何かをした……
そう先輩は締め括り、自身の考えを告げた。
私はその時の事を思い出しつつ、ぼんやりと遠くの預咲さんを見つめる。
預咲さんはリリスさんと共に物珍し気に並んだ露店を見ていた。
異界出身の彼からしたら、日常的な風景も新鮮だろう。
私はそれを見ながら半ば諦めた様に肩を落す。
これからの事を考えると、正直憂鬱な気分だ。
あれからいろいろと事情聴取的なのを受けた後、一週間の準備期間やら休養含める各所挨拶回りをし、こうして遥々下界へと戻って来たのだ。
まったく、ついこの前まで天界に帰るための旅をしたと言うのに。
今度はずっと下界で暮らす羽目になるとは。
お金は充分な程貰ってるし、定期的に下界の銀行にも振り込まれるそうだ。
身分証も冒険者の組合会員としてのものならある。
これなら国家間の移動手続きも安易だから、預咲さん達が国を出ても追える様にだろう。
そんな事を思いながら、私は自身の体を見下ろす。
にしても、この身体である。
私はポケットから手の平サイズの手鏡を取るとそれを覗いた。
宝石の様な青の瞳に、耳が隠れるくらいで整えられた鈍色の髪。
まるで人形の様とはこの事だろう。
一見可愛らしいながら、顔立ちは完成された物の様に整っている。
安全の為か、潜伏の為か、今回の任務にあたって用意された体である。
憑依させられたのだ。転生とはちょっと違う。
この体自体も人の物ではかなり強い部類らしく、そこら辺の族には負けないと。
と言っても、使いこなせそうには無いけれど。
見た目もそうだが、なかなか上等な物をくれたらしい。
そこはまあいいだろうと、納得する。
ただ背が低いのが少し残念だ。
それに胸もない。
気にした事なかったが、いざ無くなってみると一人の女性として思う所もある。
「はぁ」
一人、いや独り溜め息を溢す。
良い事がほぼ無い。
偵察?監視?任務なんて。
たった二週間程度で人生もがらりと変わるものだ。
逸れていた思考を少々修正しつつ、私は再度石畳みの壁から頭を覗かせる。
相変わらず彼の魂はとても人の物と思えぬ程神聖で、何度見ても見間違いと疑いたくなる様に六つの『祝福』が掛けられている。
しかしその祝福はたった一つを除いて、まるで飾られているだけの様に大した神聖さを感じ無い。
なんと言うか、実際に力を与えているのは一つの祝福だけの様に見受ける。
祝福なんてそう何度も見掛ける事ないが、今まで二度だけ見た事ある物と比べ、能力の元たる神聖力の奔流がまるで無い様に感じる。
これはこれで異常だった。
その唯一輝いている祝福は、『戦神』からの祝福。
戦いと力を司る神で、祝福の効果は確か……
確か、何だったかしら?
途中まで出かかった答えを頭の中でぐるぐる追いかける。
と、預咲さんがこちらを振り向き、私は慌てて頭を引っ込める。
やっぱバレてはだめなんだろう。
実際、天界へと情報を流してる事を言うのは御法度だと言われてる。
これは極秘任務ってやつなのだ。
だから残念ではあるが、預咲さんの側には近づけない。
顔も体も違うとは言え、もしかしたら雰囲気でバレるかもしれないので最大限注意は払う。
口調でも変えてみようかな?
ふと、そんな偽装工作を思いつく。
やっぱ見た目通り盗賊っぽく?
よし、世の中舐めてる感じで行ってみよう。
真逆の私を演じてみよう!
序でに、もし預咲さんに会っても呼び方も変えてみましょう。
『さん』とか、そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、『君』とか……
途中まで考え、私は悶々と言い知れぬ感覚に襲われた。
謎の羞恥に両の手の平で顔を覆い、それを払う様に顔を振るう。
まったく、こういうのはプロに任せればいいものを!
無理やり脱線しだした思考を戻し、顔を大通りの方へと戻す。
ま、まぁ、預咲さんをずっと見られるのはそれはそれでいいかもしれないけど〜。
あれ?
と、首を傾げる。
いつの間にか、預咲さんが居なくなっていた。




