16:癒えよ
息を切らしながらとにかく走る。
リリス達の居る場所は昨日僕らが町を見下ろしていた屋上だ。
分かっていた事だが、教会からそこへはかなりの距離がある。
きっと、もっと良い方法があるのだろう。
しかし、僕には分からない……
僕自身、出来る事もない……
「ああ! せめてあの時、一緒に行っておけば!」
別に僕のせいだなんて自分を責めるつもりもないが、もしあそこで自分も行っていれば、こんな事にはならなかったかも知れない。
「アズサの、せいじゃないニャ……」
「レミリア!?」
期待していなかった返事をされ声を上げる。
「アズサの、せいじゃ」
「大丈夫! そんな自分卑下してないから!」
「え、えぇ」
なぜか戸惑った様な返事が返ってくる。
「あと少しだ! もう少し耐えてくれ!」
僕はレミリアを元気付けるべく叫ぶ。
当然だが道中リリスとはすれ違っていない。
リリスが変な方向に行ってなければ、まだ屋上に居る筈だ。
遂に建物の中に入り、その階段を見て一瞬たじろぐ。
あー、もう! 行くしかない!
「リリスぅー! 頼む、来てくれ!」
屋上に着くと同時、僕は目一杯叫けんだ。
「あ、アズサ!? 何かありましたか!?」
「ほ、本当に来た……」
と、それに直ぐリリスが駆け寄ってくる。
その後ろには驚いた様子で呟くエリア様も。
あぁ、本当に着いたんだ。
そう安堵する。
「レミリア! 着いたよ、しっかり!」
直ぐにレミリアを下ろし、左腕でレミリアの上体を支える。
声を掛けるも返事は無い。
レミリアはさっきと同じく、ただ脱力しているだけだ。
「リリスッ! 頼む、どうにかしてくれ!」
僕はレミリアの血の滲んだ包帯を見せて頼んだ。
リリスはその包帯を見るなり、一瞬目を見開き、そして。
「無理です。その傷は癒せません」
……え?
「んなどうして!? リリスならこれくらいの傷癒せるだろう!?」
「無理なものは無理です。人の治癒には神聖力が必要になります。私にはその傷を癒す程の神聖力は持ち合わせていません」
「どうにか……。どうにかできないの!?」
そんな……
だって、どうすれば……
「私には、どうする事も」
リリス自身も辛そうだったが、僕にはその一言が冷たく、とても遠くに聴こえた。
「ただ」
「ただ?」
不意に続けられた言葉に、僕は顔を上げる。
「もし、可能性があるとしたら」
そこでリリスは一旦区切り、エリア様の方を見た。
「え? 私?」
自分に矛先が向けられると思わなかったか、自身の顔を指差し困惑気味のエリア様。
リリスは一つ頷くと。
「治癒魔法を覚えて下さい、今」
きっとそれは、無理難題。
僕でも分かった、その頼みの異常性。
その言葉に一瞬場が白け、静寂が一度支配した後。
「ええぇぇ!? いや、無理ですよ!」
声を荒げて狼狽するエリア様。
「お願いします、エリア様! あなたしか居ないんです!」
「で、でも……陸に魔法も使ったこと無いのに」
「治癒は魔法ではなく神聖術です。神聖力溢れる神とやらならいけます」
渋るエリア様に今度はリリスが説得する。
「エリア様、お願いです」
下を向く。
エリア様の顔を仰げない。
もうそんな気力残ってないし、これでもし断られたら。
もし治癒が成功しなかったら。
僕の中で負の可能性が巡り、そして。
「やるだけ」
「え?」
とても小さな声に、聞き返す。
「やるだけです。どうなっても知りません」
前を仰ぎ見ると、そこにはそっぽを向いたエリア様がいた。
「集中して下さい。神聖力も結局は感情。『想い』が大事です。傷を癒すイメージができたらこう唱えて下さい」
レミリアの傷にそっと添えたエリア様の手を、リリスが背後から自らの手で包み、続けて説明した。
「『ヒール』、と」
「ひ、『ヒール』!」
リリスの言葉を模倣するエリア様。
しかし何も起こらない。
傷口は包帯で見えないが、何も起きてないのは何となく分かる。
「もう一度ど」
「『ヒール』! 『ヒール』ッ! ……なんで」
またも何も起きない。
こんな時に何も出来ないのがとてももどかしく感じた。
「『ヒール』! 『ヒール』ッ! 『ヒール』──ッ!」
エリア様が必死に唱えるも、やはり何も起きない。
無気力感と共に場に重い空気が漂う。
「やっぱ、無理なんですよ」
「エリア様……」
頭を垂れ、前髪で表情が見えないエリア様。
そして、頭を下げたまま続けた。
「ここは、楽に逝かせましょう」
「え、エリア様? 何を言って……」
エリア様の言葉に、聞き間違いである事を望んで訊き返す。
「意識の無い内に、苦しませずに」
ど、どうして。
分かってる、レミリアを苦しませてるのは。
でも、エリア様はそれでいいんですか?
「せめて、安らかに」
ちょっとばかし、仲良くなってたでしょう?
こんな時もエリア様はやはりどこか、気が遠くにあって。
どうして……
どうしてそんなに、他人事なんですか?
「エリア様、ふざけないでくださいよ」
不穏な空気を察してか、顔を上げた彼女を見据えると。
「人一人死かけてるのに、他人事で済まさないで下さいよ! なんで……なんでそんな、他人事行儀なんですか……!」
そう感情の赴くまま言う。
エリア様はまたも顔を俯かせると、黙りしてしまう。
「もう、いいですよ」
僕は呟くとレミリアを抱えて歩き出す。
僕はその間もレミリアをどうするか考えを巡らせていた。
そして数歩歩いた所で。
「エリア様、時間がないんです。冗談なら顔面蹴り上げますよ?」
誰かに後ろから服を掴まれる。
僕はそれをエリア様だと断定し、忠告だけしておく。
「もう、会えない気がして……」
それに対して、とても小さな呟きが返ってくる。
会えない気がする?
「何会える前提で考えてるですか。もう会えなくなるから……会いたいから、必死なんでしょう?」
またも返事は無く、再び歩き出そうとする寸前。
「会いたいです」
そう聴こえた。
「やっぱ、もうちょっとやっときます」
後ろを振り返ると、エリア様は半笑いで言っていた。
彼女の神経は分からないが、僕はゆっくりとレミリアを置いた。
「ありがとうございます」
「いえ……」
一言応じる。
「これで死なないとも限りませんし、よく考えたら今って急場ですからね」
そう独り言を言い、エリア様は優しい顔付きでレミリアを見下ろした。
「レミリアさん、戻って来て下さい」
そして傷口に手を翳し。
「また会いましょう」
その魔法を唱えた。
「『ヒール』」
と。
◯
エリア様が魔法を唱えると同時に、傷口と手の間がふわりと黄色に光る。
「すごい」
これが、治癒魔法。
いや、神聖術?
僕がそれに魅入っていると、やがてエリア様が『ふぅ』と息を吐き、添えていた手を戻す。
これで、本当に治ったのだろうか?
恐る恐るといった具合にエリア様が包帯をずらす。
「本当に、治ってる……はぁ~」
僕はその場にへたり込りだ。
レミリアに付いていた大きな斬傷は、辺りの血で見えにくいが確かに塞がっていた。
とりあえず、よかったのだが。
レミリアは起きる様子も無ければ顔も青いまま。
「リ、リリス。もしかして、死んでないよね?」
と、リリスはハッとした様に顔を上げると、レミリアの首に手を当てる。
「生きてますね。一応」
「はあぁ~、よかったあぁ」
僕はリリスの返事を聞くなり、上体を後ろに倒して仰向けになった。
緊張が解けて一気に疲労が来る。
「だいぶ血が抜けてると思うので、数日は安静にした方が良さそうですが」
「そう。でもよかった」
僕がレミリアの容態にとりあえず安心していると、さっきから黙りしているエリア様に気付く。
「エリア様?」
こちらの呼び声に対し、エリア様はゆっくりと顔を上げると。
「なぜ、そこまでできるんですか? 他人の為に」
「え」
エリア様の質問につい考え込む。
確かに、相手が赤の他人だったら僕はここまでするだろうか?
いや、さすがに死にかけの人はほっとけない。
でも今回の様に色々な障壁があったとして、僕はそこまで必死になっただろうか?
……多分、ならない。
今回は上手くいったし、余計な邪魔も無かったからきっと他人でも助けられただろう。
だがレミリアならそんなの関係なく意地を通し続けた筈だ。
何故か?
それはきっと不明確な物で、言葉で表せれる様な物でも無くて。
もし、理由を付けるなら。
「仲間だから、でしょうか?」
そう、仲間。
きっと数日限り、もしかしたら今日限りの、暫定的なものだが。
「仲間なんです、僕とレミリアは」
僕の返事にエリア様は俯いて。
「少し、羨ましいです」
そう、ぽつりと独り言の様に呟く。
「じゃあ、なります? 仲間」
僕が流れる様にそう訊くと、エリア様は一瞬何を言われたか理解できないと言う様に呆け。
「え、ええ!? いや、その」
先程以上に狼狽しだすエリア様。
「嫌ですか?」
「い、いえ! その、私なんかが、迷惑かなぁ……と」
今度は急に生真面目な事を言い出すエリア様。
う~ん、迷惑なんて事無いんだが。
「まぁ、好きに決めて下さいな。それより、どうしましょうか」
僕は今の件は保留にしつつ、寝転がるレミリアを見て呟いた。
「まず第一に、どうやってこんな状況に?」
リリスの言葉にハッと今までの経緯を思い出す。
恐らく、レミリアに手を出したのはあのミリナとか言う人だろう。
では何故?
一番しっくりくるのはミリナをつけてたのがバレて、口止め?としてだろうか。
となると、多分僕も狙われてる。
昨日で完全に顔が割れてるだろうし、レミリアとだって関わりがある。
もしこの推理が合ってるなら、ミリナもといその連中が次に取る行動は──
「アズサ? アズサー」
「あ、ああ、ごめん。話すと長くなるだろうけど、一から説明するよ」
リリスの呼びかけに考察を止め、僕はこれまでの経緯を説明した。
「そちらもでしたか」
「え?」
説明し終えた所で、リリスによる返事に呆けて声を漏らす。
「ついさっきの事なんですが。実はレミリアさんの部下の子が襲われてましてね。私が居たので助かりましたが、犯人は上手く逃げられてしまいました」
な、なんで部下まで襲われる……?
まさか──
「どうやら天使達の事は既に知られてる様ですね。天使達は教会へ緊急招集されるとか」
「なぁ!?」
──マズい、不味い……!
「どうしました?」
焦りが顔に出てたか、リリスが疑問顔で問てくる。
「恐らく、敵は僕達が知っているという事を知っている。レミリアとリリスの言う娘が狙われた理由が口封じの為ならば、奴らが次に取る行動は──」
その時。耳を撃つ凄まじい破壊音に、皆が一斉にある方向へ顔を向ける。
「な、何!?」
エリア様の驚倒する声が遠く聴こえる。
血の気が引いていくのが自分でも分かった。
「ま、不味い」
だって、あの方角は……!
「あ、アズサぁ」
「レミリア!?」
今の音で気づいたか、レミリアが掠れ声で名を呼んでくる。
僕はすかさずレミリアの腰に手を回して上体を上げさせると。
「あの子達、任せるニャぁ」
「ああ、分かった」
その言葉に僕はなるべく頼もしく見えるように頷いた。
「リリス、エリア様。レミリアを頼みます」
「え! ちょ、預咲さん!?」
僕は投げやり気味に二人へレミリアを預けると、返事を待たずして教会を目指し走りだした。
◯
──先の爆発音に何事かと騒ぐ人達を置いて、教会の方へ足を進める……
辺りは既に暗くなり始め、藍色の空が覆っていた。
さっきの爆発音は間違いなく教会方面。
何が起きてるか分からないが、もう嫌な予感しかしない。
やはり一番考えられるのは、天使の溜まり場がバレて一気に片付けようとした事か。
敵の目的が情報を得た天使達の殲滅なら、護衛も無しにそれらを一箇所にまとめるのは恐らく最悪の行為。
先の爆発が本当に天使を狙ったものなら、敵が既にこそこそと動くのを諦めてるのは明白。
これでもし、敵の目標を一箇所にまとめたりしたら──
……とにかく、急がねば。
それもそうだがさっきの爆発はどうやって起こしたのか。
火薬か何かか?
と、教会の方向から闇夜を照らす赤い光が迸る。
そしてまたも凄まじい破壊音が耳を撃つ。
──火薬……? いいや違う。
いい加減慣れろよこの世界に!
自身の愚鈍さと焦燥に内心叱咤する。
あれは化学兵器なんかしゃない。
魔法だ!
〇
いよいよ教会に近付いてくると、見覚えのある髪色が二つ見えた。
「メリアさん! ミ、ミレンさんの容態は!?」
そこにはあったのはミレンさんの肩を持ち、半ば引きずる形で歩くメリアさんの姿。
ミレンさんの方はその橙色の髪を埃で汚し、首を垂れて眠るように脱力していた。
そして何より目を引くのがミレンさんの右腕。
そこから滴る大量の血。
「う、腕の怪我だけです……。恐らく、命に別状は」
そう答えるメリアさんのその青い髪も、チリや埃を被ってボサボサの状態である。
「ん……あ、あぁ。あの赤髪?」
起きてたのか。
本当に大丈夫そうで何よりだ。
「とりあえず、止血しないと」
「で、でも、止血なんてどうやってするのか」
「僕も知らん」
わたわたするメリアさんに一言だけ返す。
今思えば、確かに止血の予備知識なんてない。
きっと専門的な何かあるのだろうが、僕にはこれしかできない。
僕は両手を上着の中に入れると中のシャツを破り始める。
レミリアの時もそうだったが、教会のボロい布だからできる事だ。
今はそれに感謝である。
「ミレンさん。痛いだろうけど、ちょっと我慢してね。それから今どういう状況?」
僕は声を出さずに耐えているミレンさんに包帯しつつ、メリアさんに問う。
「急に、爆発音が聞こえて……それで、逃げて来た」
「怪我人は?」
「数人居たけど、多分ミレン程度」
うむ、ミレンさんも充分な傷だと思うが。
命に別状がないなら、いくらでも治るだろう。
「教会は? 今どうなってる? っと言うか、何でこんな事になってるか分かるか?」
「分からない……。気付いたら周りが瓦礫の山だった」
「え?」
メリアさんの説明に僕は絶句した。
どうやら、敵は本当に自重しないらしい。
「はい、終わり!」
と、ミレンさんへの包帯が終わったので最後に軽くキュッと結んで叩く。
「うんぎゃぁぁーッ!! 痛いわ阿呆!」
なんだ、元気じゃないか。
「それで、皆んな逃げれたの? と言うか、誰かから追われたりした?」
「追われては、ない」
追われては無いのか。
じゃあここはもうミレンさんを運んで撤退するか。
「でも……皆んな逃げれた訳でも、ない」
「え?」
僕は続くメリアさんの言葉を聞いて。
「ごめん……一人見捨てた」
教会の方へ走り出──
「待って!」
と、走り出そうとした所で袖を思いっきり掴まれ失速する。
メリアさんもそれに寄り掛かるミレンさんも各々たじろぐ。
僕が振り返ると、メリアさんは消え入りそうな声で。
「今行くと……危ない」
そう一言。
とても簡潔に忠告する。
分かってるとも。正直行きたくない。
誰かに頼りたい。
でも──
「約束したんだ。レミリアと。君たちを守るよう」
僕はそう、言い聞かせる様に言って。
「行ってくる」
僕はメリアさんの手を解くと教会へ走り出した。
その途中、ふと思い僕は振り返ってメリアさんへ叫んだ。
「人を呼んでくれ! ほっといても来るだろうけど、なるべく強そうな人!」




