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また来世で会いましょう  作者: あおいあお
第一章 七日間の旅編
16/172

15:血溜まり



 ミリナさんを見失わない様、夕焼けに照らされた金髪から目を逸らさずに人混みの中を縫っていく。

 と、その娘は一人、何かのお店に入って行った。

 僕達はそれを見届けるとその正面の路地へと身を潜める。


「あれは……花屋?」


「だニャ」


 僕の呟きにレミリアが相槌うつ。

 昼間っからあの人を追いかけてはいるが、一向に怪しい動きはない。

 もしかしたら本当にクレナの見間違いなのかも知れない。

 僕は悪魔教の紋章なんて見てないし、そもそもどんなかも知らない。

 ん? と言うか。


「ねぇ、思ったんだけど、あの娘の潔白を証明したいならさっさと脱がした方が早くない?」


「う、むぅ……。まあ、確かに」


 僕の提案にか細く応えるレミリア。

 って言うか、あれ?


「あの娘がクレナの妹さんじゃないなら、本格的に僕が手伝う義理なくね?」


「ええ!? え、えぇ……」


 もしかしたら妹さんかも! と言って強引に連れて来られたが、レミリア自身がそれを否定するならもう手伝う理由は何も無い。

 僕の思わず言った本音にレミリアはわざわざ振り向いて驚き、そのあと落胆する様に肩を落とした。

 う、む……そんな反応されても結構正論だと思うが。

 あ、そういえば。


「もし、僕が今日中に天界へと帰ってたら、レミリアはどうしてたの?」


 レミリアは僕の問いに暫し考える様に頭を下げると。


「その場合は、依頼主に直接会いに行く所だニャ。顔を見たのはアズサと依頼主だけらしいし」


 うむ、なるほど。


「でも、やっぱりその場合も見限られそうだよ。例えクレナが瞳の色が変わる可能性を考慮したとしても、自分の妹が悪魔教に入るなんて微塵も思ってないみたいだし」


 僕がそう説明すると、レミリアは自信なさげに下を向いて。


「うぅ。最悪、その時は一人で」


「あ、そう」


 僕はレミリアに一つ相槌うつと。


「じゃ、頑張ってね。僕は妹さん探しに行ってくる」


「はニャー!? ちょ、ちょっと待つニャ!」


 僕が手を挙げて颯爽と去ろうとすると、服の身頃を掴んで引き止めてくるレミリア。


「な、何だよ? 一応言っとくけど嫌だよ? 悪魔教って本当にヤバい連中なんでしょ? そんなのに付き合ってやる理由無いし」


「そ、そんニャー!? ね、ねぇ一回くらいいいニャろ? お願いニャぁー!」


「ほら! レミリアがこんな必死になる何て、絶対何かあるでしょ! まだ死にたくない!」


 薄暗い路地でレミリアと二人揉め合う。


「いいじゃん、いいじゃん! 死んでも天に召されるだけニャって!」


 て、天に召されるって……


「ねぇー、仲間ニャろー?」


「ん? 仲間……?」


 腰に縋り付いて懇願するレミリアの言葉にぴたりと止まる。


「仲間? 何ていつなったっけ?」


「え? 仲間……はー、えーと。い、今ニャろ!」


 今から?


「仲間に?」


「うんニャ! この依頼が終わるまで、私達は仲間ニャ!」


 そう、満面の笑みで言ってくるレミリア。

 んー、仲間。仲間かぁ……


「えへっ。いいね、なろなろ!」


「そうでなくっちゃニャ! じゃ、さっそく協力して欲しいニャ! 仲間なら、当然ニャろ?」


 満面の笑みでそう問いてくるレミリア。

 うわぁ、そうくるのか。

 ん〜。

 僕は内心唸りつつ、笑みの中にもどこか不安さを湛えてこちらを見上げるレミリアを見下ろした。

 路地を抜けた先は夕焼けに照らされて見るからに暖かく、日陰で人気もない路地とはまるで空間をずらされた様であった。


「一つ、訊いていい?」


「へ?」


 と、今質問されるのが予想外だったか、気の抜けた顔で返すレミリア。

 僕はその間抜け顔するレミリアに、一つ問う。


「何で、来て欲しいの? 僕なんて戦力にもならないのに」


 途端レミリアは考える様に顔を下げる。

 僕は何の力もない。

 魔法も使えないし、悪魔との戦闘だって何の力にもなれなかった。

 そんな僕に、何故。


「何で……だろうかニャ? 心細いから、かニャ?」


 数秒経って、不意に顔を上げると、そう疑問形で言うレミリア。

 特別悪い空気ではない。

 ただ僕も何と言っていいか分からず、暫し場に静けさが満ちた。

 いずれ、僕は『はぁ』と溜め息吐くと。


「まったく。いいよ、ついてってあげる」


「ほ、本当かニャ?」


 僕が承認すると、上目遣いで確認してくるレミリア。

 僕はそれに大きく頷く。


「本当。まったく、レミリアってば意外に寂しがり屋? 一言寂しいって言えば、文句も言わずについて行くのに」


「は、はニャあ~っ!? 寂しいなんて思ってないニャ! ただちょっと、一人が心細いだけでぇ……」


「それを寂しいって言うんじゃない?」


 僕の返しに口をむにむにさせるレミリア。


「ま、一人って寂しいしね。ついてってあげるよ。仲間だし!」


 僕はちょっとしたお返しに恩着せがましく言って、ニッと笑い掛けた。


「えっへへ」


 するとレミリアも溢れる様に笑顔を向け。


「ありがとうニャぁ」


 太陽の様な眩しい笑顔で、はにかみこちらを見上げていた。











 花屋から花束を持ったミリナさんが出てくる。

 その話は紫の花弁だった。


「花なんて買ってどうするんだろう?」


「誰かにあげるのかニャ? まあ、分かんないけど」


 軽く会話をしながら路地から出ると、僕達は尾行を再開した──







「って、教会?」


 ミリナさんを追いかけた結果、行き着た先はエリア教の教会だった。


「むむむ? まさかミリナがここへ来るとは……」


 それに対し、レミリアが不可解な物でも見るように首を傾げる。


「どうしようか? さすがに僕覚えられてると思うんだけど」


「そうだニャぁ。その真っ赤な髪で忘れる方がおかしいニャ」


「顔のつもりだったんだけど……」


「ほら、あれニャ。サブリミニャル的ニャ?」


 サブリミナルだし、使い方間違ってる。

 レミリアと二人、『う~ん』と唸る。

 ミリナさんが悪魔教前提とすると、なぜここに来たのだろう?

 一応ここはエリア様を探す天使達の拠点なので、上司であるレミリアに報告なりするのは何ら不自然ではない。

 と、思うが。


「とりあえず、私だけ行こうかニャ」


「う~、ん。そうだね。正直それしか行動ないよね」


 ミリナさんが来た理由を強いて予想するなら、やはりレミリアに何かしら報告しに来たというのが妥当だろう。


「じゃ、行ってくるニャ~」


「行ってらっしゃ~い」


 ぱぱぱーと走って行くレミリアに手を振って見送り、僕自身は教会がよく見えつつ、すぐ隠れられそうな場所でレミリアを待つ。

 急にミリナさんが来ても困るので、ちゃんと入り口も見張りながら……


「何してるんだい? アズサ君」


「わぁ!?」


 と、急に後ろから声を掛けられ、数センチ飛んでバッと振り返る。


「え? あ、クレイさん?」


「やあ」


 振り返ると、そこにいたのはエリア教助祭のクレイだった。


「ど、どうも。どうしたの? その格好」


 今のクレイの格好は前回会った時のものと随分違い、ダボダボのズボンとシャツと言う何ともラフな格好だ。


「あー、これはねぇ。作業服? かな。僕バイトしてるんだよね」


「バイト? え? 教会のお仕事は?」


「教会の仕事なんて殆ど無いよ。あっても掃除くらいだし。しかも最近は妹やレミリア達が手伝ってくれてるからほぼ無いかな?」


「な、無いの? ほら、お祈りに来た人達をどうたら~とか。入信者をどうこう~とか」


 いや、聖職者の仕事とか確かに知らないけど。


「ないない。だってエリア教だよ? お祈りに来る人何てそもそも居ないし、入信者何て来ないもの。式関係も大体はもっと大きな教会か、自身にゆかりのある宗派で皆んな済ませたがるから、隣町のロビアとかに行くの人が殆どなんだよ」


「じゃ、じゃあ、布教活動とかは?」


「しても意味ないよ。今まで偶然で残ってた様な教会だし」


 ほ、本当にエリア教ってピンチなんだな。

 今まで幾度と思ってきたが、とても身近に影響のある人を見て改めて思った。


「だから、僕が働いて少しでも教会維持の為に貢献しなくちゃね」


 と、徳がお高い。

 これが聖職者と言うものですか。


「それかまあ、あれだね。治療とか? 一応聖職者だから、初級の神聖術ぐらいなら使えるし」


「し、しんせ?」


 何の事か分からず僕は首を傾げた。


「ヒーリングの事さ。あと、軽い浄化かな? 神聖術は神聖力が無いと使えないから」


「へ、へぇ~」


 途中から話に付いていけず、適当に返事する。

 にしてもバイトかぁ。


「エリア様も、もうちょっとこっちの事気に掛けてくれたらいいのにね」


「え?」


 僕の何気なく言った台詞に首を傾げるクレイ。

 あ、不味い。

 そう言えばクレイはエリア様が本物の神エリアだと知らないんだった。


「そうだね。せめて女神エリア様が居る事ぐらい証明されたら、バイトもしなくて済むんだろうけど」


 僕が軽く狼狽する中、クレイは特に気にした様子も無くそう応えた。


「女神エリア様が居ると証明されただけで、どれだけ楽になるだろうか」


 まるでそれを想像する様に話すクレイ。

 居ると証明、か。


「クレイさんは……居ると思う? 神エリア」


 僕の唐突な質問にクレイは最初少々驚いた顔をするも、しだい真剣そうに『うん~』と悩みだす。


「居る……と、信じたいかな? 上手く言えないけど。教会育ちの僕としては、ずっと側に居た存在だから」


「ふ~ん」


 信者とは居る居ないではなく、そう信じる者か。


「じゃ、僕は行ってくるよ」


「あ、うん。行ってらっしゃい」


 最後軽く笑い返したクレイを僕は手を振って見送った。


 ……さ、待ちますか。









 瞬間。

 何か総毛立つ様な、肝を氷水にでも落とした様な、ゾッとする感覚を覚え、僕は弾かれた様に教会の方を向いた。


 ──なんだ? 今の……


 じっと教会の方を見つめるが、特に変わった様子は無い。

 既に日は暮れ始め、空は夜と夕暮れの半々に分かれている。

 何だか、嫌な感じがする。

 クレイと軽く話した後、もうずっと待っているのに一向に戻って来る気配が無い。


「大丈夫かな?」


 何だかだんだん不安になって来た。

 行ってみよう。

 僕はゆっくり教会に近づくと、まず門を入り、左右の庭を何度も首を往復して確認する。

 いずれ誰も居ない事を確認すると、両開きの扉の片方をゆっくりと開ける。


「も、もしも~し」


 誰も居ない聖堂に不気味に声が響いた。

 ロウソクやランプは一つも付いておらず、光源は窓から差す夕日のみ。

 意味を成していない両側に並ぶ長椅子はあくまで無機質な物を演じてる様で、まるでここに来るまで誰も居なかったと語っている様だった。


 こ、怖わぁ。


 正面の祭壇最奥にあるのはエリア様と思われる肖像画。

 少し癖のある、緩く肩に掛かる程度の濃い紫の髪。

 目は薄い紫で、特別怒っている表情という訳ではないが、整った顔立ちだからかこちらを向く顔付きはどこか少しキツく感じる。


 言われてみればエリア様だが、言われないと分からない。確かに面影と言うか、見覚えが無い事も無いが。

 そんなエリア様の肖像画も、今は少々不気味に見える。


 って、不敬だ不敬!


 僕は首をぶんぶん振って中へとゆっくり入り、聖堂の奥を目指して歩きだした。

 その時、バタンッ! と扉が閉まる音が響き、心臓が張り裂けんばかりに跳ね上がる。

 その勢いで足音立てずに一気に扉まで走ると。


「ふひぃぃ」


 取っ手へ寄り掛かって一息つく。

 僕は一つ深呼吸し、ぎいぃと軋む音を立て扉を開けた。

 またもシンっと音一つしない空間。

 なぜか無性に怖く感じる。

 僕はそ~と足音立てずに大広間の扉まで行くと扉を開いた。


 またも誰も居ない。

 もしかしてレミリアは居ないのか? 裏口から出てったのかな?

 でも僕に一声掛けるだろうし……

 もういいや、声出そ。


「おーい、レミリアさーん。どこですかー?」


 何だかさっきまで緊張してたのがバカバカしく感じてきたな。

 最初っからこうすればよかった。

 僕は更に奥へと続く扉を開き──


 なんか……臭う。

 なんと言うか、生臭い?


 僕は鼻を燻る臭いに足を止めた。

 左右に分かれた廊下の内、左手の厨房の方へと向かった。

 ここもランプは点いておらず、薄暗い空間に無機質なテーブルが置いてあるだけだった。

 予想通りと言うか、やはりここにも誰も居ない。


 何の臭いだ?

 僕はこれをどこかで、何度も嗅いだ事のある気がする……

 僕はどうしてもその臭いが気になり、厨房へ足を踏み入れた。

 そして、気づく。

 テーブル越しに、その下に──


 足が見えた。

 うつ伏せ状態で、生気の感じない、無気力な足。


「レミリア!?」


 叫びながらテーブルを回り確認すると、そこに居たのはうつ伏せたレミリアだった。

 それだけじゃない。


「これは……血!?」


 うつ伏せたレミリアの腹部からは大量の血が流れ、この部屋に大きな血溜まりを作っていた。


「れ、レミリア! しっかり!」


 手が血で濡れるのも構わず、レミリアを仰向けにすると軽く揺さぶる。

 レミリアの顔は既に蒼白で、力無く頭を落とすと喉仏を向けてきた。

 ──何だよこれ? 何なんだ……!?

 数秒待つも、一向に起きる気配は無い。


「ど、どうすればいいんだ!?」


 とりあえず、止血か?

 僕は中に着たシャツの身頃を力ずくで破ると、レミリアの服を上げ傷口を出す。

 僕は血の出るそれを見て息を飲んだ。

 レミリアの左横腹には、幅五センチはあろうかと言う大きな切り口があったのだ。

 こんな傷も、こんな血も見た事無い。


 ──急げ、急げ……!


 僕は自分を急かし、レミリアの腹部に千切ったシャツを包帯する。

 幸いと言うべきか、レミリアのウエストは布の長さより細かった様で、一周だが後ろで結ぶ事ができた。


 つ、次はどうする!? 病院か?

 しかしこの世界の医療技術なんて期待できない。

 僕は必死に頭を巡らせながら、レミリアの腕を掴むと背中に乗せた。

 レミリアを乗せると同時、テーブルの下にそっと添えられた花束が目に入った。


 ──この花は、アイツの……!


 いや、今はそんな事どうでもいい。とにかく、傷を癒さなければ。

 傷を、癒す?


「魔法だ!」


 僕はレミリアをおぶったまま、未だ考えを巡ららせつつ大広間、廊下、そして聖堂を抜け、バンッ!と扉を蹴り開けて教会から出た。

 魔法。

 そうだ。この町に来る時も一瞬で治ってたじゃないか。

 じゃあ、どこへ行けばいい?

 クレイの所か? しかしどこに居るか分からない。

 ここはやはり病院へ──


「いや」


 きっと、リリスなら。


「レミリア、ちょっと待っててくれ」


 どうせ病院がどこかも分からない。

 聞こえない事は分かっているが、僕は気休めに背中のレミリアに声を掛けると、リリスの居る場所目指して全力で走り出した。



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