13:悪魔教
「そちらはどうでした?」
「いえ、それがまったく」
僕の質問にエリア様は首を横に振る。
既に夕陽も沈みかけている頃、クレナとも別れて三人で帰っていた。
あれからクレナとは更に探し回ったが、僕達も結局見つける事はできなかった。
「本当に居るんですかね?」
「一応目撃情報はあるみたいですよ」
と、エリア様の言葉に答えている中、通りがかった人の持つ新聞紙が目に入る。
あ、そういえば。
「今しがた思い出したんですが、エリア様がバレる云々(うんぬん)はどうなったんです?」
「んー、大して反応無いみたいですね」
「え! 無いんですか?」
絶対騒ぎになると思ったのに!
「まあ、エリア教ですので」
と、リリスの一言が全て表していた。
「何か神言があったとか新聞に書いてありましたが、まぁそれは風説として……。所詮はエリア教です。長年居ないとされてきた物は変わりません」
「そう」
リリスの説明に短く返事する。
エリア教が不味い状況なのは分かってる。
それによって本物のエリア様が救われたのも分かってはいる。
それをリリスも分かっているのだろうが。
何で……
何でリリスが、寂しそうにするのだろう?
◯
教会の目の前にミレンさんが居た。
そしてその周囲には何十羽と言う真っ白な鳩が群がっていた。
「あ、お帰り」
と、ミレンさんが簡潔に挨拶してくる。
その手にはパンくずの様な物が持ってあった。
「ただいまです」
「ど、どうも」
エリア様に続き軽く会釈。
鳩達は僕らに構う事無く、地面に撒かれた餌を突いている。
その白い鳩の目は全て黄色い瞳をしていた。
「また何かやったの? レミリアさん怒ってたよ」
「えっ」
と、少し呆れた様子のミレンさんに言われ、エリア様が軽く狼狽する。
「わ、私、ちょっと用事が〜」
「無いでしょう?」
「うぶッ」
踵を返して去ろうとするエリア様の後ろ襟を掴み、軽くえずく。
「ああ、すみませ」
「あ、預咲さん! 裏切りましたね!?」
「もともと仲間か何かでしたっけ?」
大して何も思ってない癖に、オーバーにショックを受けたと胸を抑えるエリア様。
「依頼はどうするんですか。それに、今更逃げるだなんて無理ですよ」
「だ、だってぇ」
駄々っ子の様に呟き、不満げに唇を尖らせるエリア様。
そんな顔されてもなぁ。
「あ、そうだ! 妙案です! リリスさんは召喚魔法が使えるんです! それでリリスさんだけ外に出て、後は、ね! ほら、ちゃちゃちゃっと!」
期待に目を輝かせながら語るエリア様。
た、確かに、リリスがそれを可能なら行けそうな気もするが……
「ま、まあ。それも依頼を完遂してから」
「レミリアさぁーーーーんッ!」
「「あ!」」
僕が言い終わる前に、ミレンさんがレミリアを大声で呼び、エリア様と二人して声を漏らした。
大声に驚いたか鳩達が一斉に羽ばたき、白い羽が宙へ舞った。
◯
「いくらなんでも遅過ぎるニャぁ」
教会の扉の前に仁王立ちし、少し怒った様子のレミリアが問い掛けてくる。
「ま、ま、待ってよ! 確かに遅くなったのは謝るけどさ! 次からはちゃんと門限守るって事で、ね!」
なるべく笑顔で話しかけ、レミリアの説得へ掛かるも。
「私の部下が、組合で見かけたって」
「ゔッ」
まるでぽいっと投げかけた様なその言葉に、僕は受け止めきれず唸りを漏らした。
最早これ以上は見苦しい。僕は大人しく首を垂れ、判決を待つ格好へと……
「はい、そこ! 逃げない!」
「ひっ、ひえぇ〜。御慈悲を〜!」
レミリアの厳しい声と共に、後ろの方では情けないエリア様の声。
次いでジタバタと人の動く音が。
門で待ち構えてたミレンさんに捕まったのだろう。
「説明、してくれるニャよね?」
レミリアがずいっと顔を近付けて訊いてくる。
怖い。
◯
「──まあ、そんな……感じです。はい」
客間に全員上がり、奥側のテーブル前にレミリアが正座、僕達はその正面に正座している。
空気は張り詰め、完全に説教されている絵面だ。
「はぁ~~、まったく。目を離せば面倒くさそうな事に首突っ込んで」
僕が組合での事の流れを説明すると、レミリアは長い溜め息を吐いて文句を垂れた。
「面倒な事してくれたねぇ~」
と、後ろからも追撃。
今のミレンさんは廊下に足を出して座ると、ただ僕達の話を後ろで聞いていた。
「あれニャよ? 一応これでも、観光ぐらいはさせてよろうって思って、融通を利かせてる方ニャんだよ?」
そんな思いがあったとは。
善意を利用する形となってしまい、さすがの僕らも俯いて言い返せなかった。
いずれレミリアが『はぁ』と溜め息を吐くと。
「まあ、いいニャ。上は君の処遇を決めあぐねてるみたいだし。どっちにしろ今日一日、長くて数日は下界で待たされるだろうしニャ」
レミリアは少々疲れた様な口調でそう話した。
数日か。それくらいあれば、この町から人っ子一人見つけるくらい間に合うかな?
「あー、あと、一応言っとくけどあれニャよ? 組合等の主要施設には私の部下が居るし、この街から出ようなんて事も思わない事ニャね。当然、出入り門には監視員を置いてるし、変装してもダメニャよ? 魂見れば神さんなんて一発で分かるニャ」
と、僕の思慮に何か勘違いしたか、そう注意してくるレミリア。
それを聞いてエリア様は悔しげに頬を膨らませていた。
これあれだな。
詰みってやつだな。
エリア様、逃げるのは無理そうですね。
「そ・れ・よ・り、何で知らない所で依頼を受けてるのか」
レミリアは呆れた様に言うと。
「その金髪碧眼の娘、多分うちの天使達の事ニャよ?」
「……へ?」
その言葉に僕は気の抜けた声で返えした。
「だから、私んとこの娘達の事ニャよ、きっと。最下級の天使ってのは、大概皆んな金髪碧眼ニャ。目撃証言が多いのはそのせいじゃないかニャ?」
レミリアはそう説明すると、湯呑みからお茶を啜りだす。
え? 目撃情報が、全員天使?
じゃあ、今日の苦労は?
と言うか、依頼自体……もしかして、妹さんも本当はこの町には──
「まあ、あれニャ。冒険者ごっこするのが悪いとは言わないけど」
そこでレミリアは湯呑みを置き、至って真剣な顔付きで。
「見限るなら、早い方がいいニャ」
その返事は、誰もできないでいた。
レミリアは黙りしてしまった僕達を暫し見つめると。
「ま、数日ニャ。それまでに、何とかするんだニャ~」
そう言って立ち上がり、靴を履きだすレミリア。
と、僕はふとある事を思い出す。
「ねぇ、レミリア。悪魔教って知ってる?」
ぴたっ……と、ドアに手を掛けていたレミリアが止まる。
そしてそのままゆっくり振り返ると。
「それが、どうかしたニャ?」
そう、いつもより幾分低い声音で訊き返す。
僕はレミリアの変化に少々たじろぎしつつも。
「ええっと……僕は分かんなかったんだけど、さっき話した依頼主が紋章を付けた人を見たって」
「どこで?」
「どこで……? う、裏路地?」
語調を少し強めにして聞いてくるレミリアに答える。
「特徴は?」
「えっと、金髪で紫眼の女の子……。男の人も居たけど、確か黒髪赤眼だった気がする」
レミリアは僕の言った特徴に暫し黙り込むと、再び元の位置に座る。
「あー、こほん……ニャ」
一つ咳払いをし、レミリアは話す。
「悪魔教ってのはニャ。まあ、簡単に言うと、教義を信仰する人達の事ニャ」
教義を? 信仰?
「ただ、その教義がちょ~とマズいと言うかニャ~」
やっぱ怖めな教義なのかな?
「世界各国で指名手配されている」
「せ、世界各国!?」
世界中から!?
手を突いてぷらぷら脚を動かすミレンさんから齎され、心底驚き慄く。
「ま、大体の国でニャ。ちなみに言うと、天界も指名手配をしてるニャ」
て、天界も……
と言われてもぴんと来ないが。
「まあ、かなり危険な人達ってのは分かったと思うニャ」
レミリアの言葉にコクコク頷く。
「で、だニャ」
そこでレミリアは、ここからが本題だと前のめりになると。
「その人探し、私も混ぜてはくれないかニャ?」
そう、訊いてきた。




