12:とにかく逃げる!
「え! 本当に人居るの!?」
あ、バレた。
どうしよう!?
なんかピンチじゃない!?
「どうし、げぶッ!」
「逃げるぞ! あいつらヤバい!」
クレナに襟首を引っ張られる。
「ど、どうしたの!?」
「すっとぼけてるのか!? お前もあの肩見て驚いてただろう!」
走りながらクレナは一瞥もくれずに応える。
「た、確かに驚いたけど」
まさか、ね?
クレナの妹さんが既に、彼氏であろう男と、その……お、大人な関係に。
「逆に何でそんな冷静なんだよ!」
「え、えぇ。いや、お兄さんとして感情的になるのは分かるけど。その、こう言う事は他人である僕が関わるのもどうかと言うか」
荒ぶるクレナに僕は煮え切らない態度で応える。
「おい待て! ちっ、お前は適当に回り込め! 俺は奴らを追いかける!」
と、男の罵声が路地に響いた。
「……そうだな、今は逃げる事を優先しよう」
「あわわわわっ。不味いよ。彼氏さんめっちゃ怒ってるよ。ここは正直に謝った方が良いんじゃない?」
「お前バカか! 本当に状況分かってる!?」
なぜそんなに怒られなきゃいけないのか。
僕何か間違った事言った?
「ふふふ。さあここから先は通さないわよ!」
と、回り込まれたらしく、道の先に少女が立ち塞がっていた。
完全に挟み討ち。
「どうする!?」
「仕方ない。趣味じゃないが」
クレナは走る速度を一切変えず、いや寧ろ速度を上げると。
「え!? ちょ、止まっ──げゔ!?」
容赦なく少女の顔面に飛び膝蹴りをお見舞いするクレナ。
「ちょっと何やってんのーー! あっ、待っ……!」
僕は慌てて少女に駆け寄るも、クレナは悶絶する少女にはお構いなく走り去って行く。
「お、怒る事かもしれないけど! こう……もうちょっとあっただろう!?」
「こうするのが一番早い。それに、この状況であれ以外何がある?」
「い、いや。でも、やり過ぎじゃ……」
こいつちょっとヤバくないか? と思いながらも、とにかく走り続けた。
◯
「にしても、何なんだ? あいつら」
「そりゃ、その ……つ、付き合ってんでしょ」
廃墟の様な建物内にて、見つからない様に四つん這いで移動する。
「付き合う? まあ、そうなのかも知れないが。それより女の肩だろ」
「そ、そだね。まあ、でも、その。そ、そんなに怒んなくても、いいんじゃないかなぁ~、なんて」
物陰から出た先には男と目を血走らせた少女が居ると言うのに、僕達は何とも緊張感の無い会話をしていた。
まあ、場合によっては緊張感と言うか、気不味い感じにはなってただろうが。
「いや、別に怒っては無いんだが」
「あれ? そうだったの? じゃあ、さっきあの娘を蹴ったのは?」
「あれはああするしか無かったからだろ? 俺は怒ってたんじゃなく焦ってたんだよ」
ふーん、なるほど。
取られたくなかったと。
『おい! さっさと出てきやがれ!』
『そうよ!そうよ! 一発殴らないと気がすまないわ!』
僕は物騒な事を叫んでいる二人は気にせず。
「でも、蹴るはないんじゃないかな~。確かに間違いがあってもいけないし? お兄さんとして、こう……ガツンとしてやらない事もあるかもだけど」
「は?」
思わずと言った感じでこちらを振り向くクレナ。
僕は尚も続ける。
「ほら、女の子って内面の成長が早いって言うし? いつのまにか離れて自立するもんなんだって。寂しいのは分かるけど」
「すまない。何を言ってるんだ?」
あれ? 伝わらなかったか?
「つまり、そっとしとこう! って事」
「端っからそのつもりだ。あんなのに付き合ってられるか」
「あ、あれ? そうなの? ま、まあ、賛成だけど」
呆気なく答えたクレナに僕も相槌打つが。
「って、ダメだよぉ! いろいろ思う所もあるかもしれないけど、そんな簡単に絶縁なんて! お兄ちゃんならしっかり見守ってあげて!」
と、声を控えつつも力説する僕に、クレナは呆れた様な目でこちらを見ていた。
「ああ、そうだな」
そうナレクは流しつつ。
「それより、あの女に付けられていた模様」
その表情を真剣な物へと落として呟いた。
「お前も見ただろ? 悪魔教の」
「へ?」
な、何のこと?
「見たんじゃないのか? あの女の肩に悪魔教の紋章が付けられてた。それを見て、お前も驚いたんだろう?」
えぇ!? いや、何の事!?
何? 悪魔教ってそんな物騒そうな組織!
あれ? もしかして緩めな会話してると思ってたの僕だけ?
「あ、あぁ。アレね」
僕の返事にクレナは少々胡乱な物を見る目を向けてきたが、すぐ前を向いて前進を再開する。
「一応言っとくと、あの女は妹じゃないぞ。うちの妹は悪魔教なんかに身をやつしたりする様な子じゃないし、そもそもあの女は瞳が紫だ」
あれ? そうだっけ?
よく見る暇がなかったから瞳の色なんて気付かなかったな。
と言うか悪魔教ってそんなにヤバいのか?
今って実はピンチなんじゃ……
「それに、お前が考えてた様な事もしない」
僕が考え込んでいると、わざわざ振り返ってそんな事を付け加え……
「べ、別に考えてないし!」
『そこか!』
鳴り響く怒声。
「あ、ヤベ 」
「あーもー……。さっさと行くぞ」
僕らは立ち上がってまたも走りした。
ちらりと男の方を見る。
「ぜってぇ、このまま帰さねぇ」
うわぁ。
男がまたも物騒な事を叫んでいるのを聞き流しながら。
「ねぇ。ちなみにあの人達に捕まったらどうなる?」
「命の保証は無いと思え」
え? 本当に?
「しゃがめ!」
「え? わっ」
クレナが何か指示を出すも、反応できずに無理やり頭を下げさせられる。
途端、今まで僕の頭があった場所を何か通り、鋭い金属音が響いた。
「ひいぃっ!?」
頭上を仰ぐとそこには小さなナイフがあった。
刃が壁に突き刺さり、砕けた壁がぱらぱらと頬を掠る。
あいつら、マジだ!
僕は遅蒔きながら、今の状況による危機感を覚えた。
◯
「たっく、手間取らせやがって」
ある廃墟の中の壁際で、到頭僕らは追い込まれてしまう。
各角息を上がらせて対峙する。
遅れてふらふらとバテた様子でやってくる少女。
「一応訊くが、知り合いか?」
男に問われた少女は呼吸の片手間に首を横に振る。
「お前らは天界からの回し者だろう。ここいらで最近天使共が彷徨いてるのは分かっている。やはりグゼン様の言う通り我らは攻略対象になった様だな」
後半は一人言ちる様に男は言った。
「とにかく! 事情を訊かないとね!」
と、息も絶え絶えな中、無理した様子で声を張る少女。
「攻略対象になったのが本当なら時間が惜しい。余り手間は取れないぞ」
「わ、分かってるよ」
肩で息をし弱った様子で頷く少女。
僕も息を整えるのに必死で会話が頭に入らなかったが、一つ聞き捨てならない単語があった。
「まま、待った。いや、待ってください! 今天使がどうとかって聞こえたんですけど」
「ああ。お前らが最近ここらを彷徨いてるのは分かっている」
「ご、誤解です! 僕ら天使とかじゃないんで!」
勝手知ったると言う男の言葉を否定する。
それに男は怪訝な顔で僕の胸辺りを見る。
「どうだ? 癪だが俺の目ではぼやけて見えない」
「わ、私も……あながち彼の言ってる事も間違いじゃないかもよ?」
そう少女も僕の胸辺りを見て、男の様子を窺う。
「だが状況が揃い過ぎている。今はお前からの情報も役に立たない事だしな」
男の言葉に少女が微妙な表情をした。
「あ、あの。盗み聞きしてたのは謝ります。ごめんなさい。だけど、本当に天使とかじゃないんでマジ勘弁してください」
僕は下賤もかくやと言う様な謙りで男へ言った。
我ながら三下過ぎるな。
「少年よ。仮に貴様が本当に通りがかっただけだとしても、そいつは自分の悪運を恨む他無いな。今は有事ってやつでね。全てを疑う時なのさ」
男は言いながらゆっくりと距離を詰める。
「つ、つまり?」
「何、命までは取らないさ」
そして男が勝利を確信した瞬間だろう、手振りを交えて僕らから目を逸らしたその時に。
「ッ!」
クレナが男に向かって何かを投げた。
その何かは破裂するやもくもくと赤い煙りが広がり……
え、煙幕!?
これはまた随分と古典的な。
「行くぞ!」
「え、ちょっ」
途端僕の腕を引っ張り走り出すクレナ。
クレナは走りながらも次々と煙弾だろうそれを地面へ打ち付けていた。
仕方ない。話し合いは無理そうだったし。
って言うかなんつー煙の量だ。
室内であった事が幸いと言うか禍いしたと言うか、その煙は今やこの場に溢れんばかりだった。
「緊急用の煙弾……! 次期に人が来るよ! 私達もづらかった方がいいよ!」
「ッ……!クソッ! 我々は座して駆逐される気など無いぞ! お前らの崇める管理者気取りの奴らにそう伝えておけ!」
煙の中を走る中、背中に向けられたその言葉が一抹の不安を残した。
◯
「所でさ、一つ訊いてい?」
クレナと屋上で涼みつつ、落ち着きを取り戻した頃に僕は問う。
「ん? 何だ?」
塀に腕を置いて町を眺めていたクレナが振り向く。僕はそれに。
「何でさ、妹を探してるの? それと、何で数年も」
会ってないの?
僕はこの言葉の重みが分からず、それを口にはできなかった。
クレナは僕の問いに視線を町に戻すと。
「今回の依頼だが、あれは二年程前からここらの組合にずっと貼ってある物なんだ。正確にはこの町ルンバス、隣町であるウルヘス……そしてロビアだな。目撃情報だけでもいいから、見かけたら報告してもらう様に」
そう話したクレナ。
今回が初めてじゃなかったと。
「それで、この町が異常に目撃情報があったんだ。その事をこの町の組合長経由で教えてもらった」
組合長って言うと、昨日会ったあの人か。
「あの人は色々と良くしてくれる。本来四類以下の依頼は掲載費も掛かるしな。それを見逃してくれてる。まぁ、あの人の影響の及ぶ今言った三つの町だけだが」
「ふーん」
何となく話を聞いていると、クレナは話を区切る様に少し間を置く。
「探してる理由、は」
と、ぼんやりと町を眺めながら言い。
「会いたいから……じゃ、ダメか?」
「え?」
僕が問い返すと、クレナは塀に寄っかかるのをやめて、その青い瞳で僕の目を真っ直ぐに見つめる。
「妹に会いたい。そんな理由じゃ、ダメか?」
そう確認する様に言う彼に、やっと僕は理解した。
「んーや、全然ダメじゃない」
きっと、それ以外で気持ちを表現出来なかったのだろうと。
僕はそんな自分の気持ちに素直な彼へ、一度頭を振ると。
「人に会う理由なんて、ただ会いたいって理由で充分だよ」
ただ僕なりの、その答えを言った。
そして同時に思った。
この依頼は、絶対に完遂させようと。




