11:四日目
翌朝。
「思ったより面倒くさいですね。何なら今からでもこっそり帰っちゃいます?」
「何言ってるんですか。依頼を受けたのはあなたでしょうに」
エリア様とリリスによる会話を上の空で聴きながら、僕はその後ろをとぼとぼと付いて来てていた。
下を向き、石畳の道をぼんやりと眺める。
外出許可が下りた訳では無いが、散々うろちょろした以上今更外へ出ても変わんないと言う事で、レミリアが融通を利かせてくれた。
レミリアには適当に町をぶらぶらしてくるとだけ伝え、実際は組合に向かっている。
もちろん、クレナからの依頼があるからだ。
「預咲さん。何だか元気無いですね」
「えっ」
と、不意にエリア様に顔を覗かれ、僕は顔を上げる。
見ると、何故かリリスもこちらを若干の憐憫の表情で見ていた。
「朝から元気無かったですけど、どうかしましたか?」
朝から……
確かに、朝から余り喋っていない。
正直そういう気分でも無い。
「朝ご飯は……残さず食べてましたね。んー、寝不足ですか?」
「まぁ、そんなとこです」
そう言う事にしておく。寝不足は事実だし。
と、エリア様は頼もしそうに胸を叩くと。
「悩みがあるなら言って下さい! 実は私、天界の仕事では心理療法も兼任してたんですよ? 私は精神と感情を司る神と言う事もあって、事故死や未成年の人を案内してたんです」
──事故死……
死。
「一つ確認なんですけど……。やっぱり、死んでるんですか? 僕って」
「はい」
即答か。
まあ、覚悟はしてたが。
でも、だとしたら。
「この体は? どう見ても人の物と言うか」
「あー、それはですねー」
僕の質問に、エリア様は少々考える素ぶりを見せると。
「んー、詳しく話すと長くなるんですが……。ざっくり言うと、あなたは人じゃないです」
「はい?」
人じゃ、ない?
「と言うより、生物かどうかも疑わしいですね。今のあなたは全身が魔力でできています」
「魔力? この身体が?」
って言うか魔力って何?
「はい。いわゆる精神体生命体ってヤツですね。言葉が通じるのはこれが影響してます。まあ、私もそこの所詳しく知らないので何とも言えませんが」
「精神体、生命体……ですか」
「はい。完全に魔力でできてる生物です。悪魔とかもそうですね」
「えっ、悪魔?」
この前出会ったのと同じ?
「まあ、この前のは受肉を果たしてた様ですが……。ほら、噂をすれば何とやら。預咲さん、これ見て下さい!」
すててててーと先へ小走りで行くと、どこから持ってきたのか一つの紙束を見せてくるエリア様。
「新聞?」
「はい! それのここ!」
そう言って新聞の一面を飾る絵を指差すエリア様。
そこに書いてある絵は筋骨隆々の化け物で、下半身には大量の毛が生え、丸っこい頭と目を持った……
「悪魔? もしかして、この前の?」
「はい! どうやらもう新聞に載ったみたいですね」
「へ~」
やっぱ一大事なのねぇ。
それより、新聞まであったとは。
相変わらず文字は読めないが、この世界の印刷技術はどれ程なのか。
って言うかエリア様?
それどこから持ってきました?
「お姉さん。それ、買う?」
僕が疑問に思っていると、売り子の少年がエリア様を見上げて訊いてきた。
「あ、えーとぉ……すみません!」
少年にぺこぺこ頭を下げながら新聞を返すエリア様。
そそくさとその場を離れ一息つく。
「私達の名前も載ってましたね。悪魔退治の功労者として」
「「えっ?」」
リリスと二人、声を揃えて聞き返す。
「あれ? 気付きませんでした? 結構大きな文字で書かれてましたけど」
きょとんとこちらを見て的外れな事言うエリア様に、僕とリリスは目を合わせる。
恐らく、今僕が思ってる事はリリスのそれと同じだろう。
新聞の一面を飾る様な一大事。
更にそれを解決してしまった人達。
そして、エリア様が自力で帰る理由。
「いや、えぇと……めちゃくちゃ目立っちゃいますけど、良いんですか?」
つまりそう言う事だ。
エリア様はこそーと帰るために馬車を使った訳だが、何故か新聞に載る英雄になってしまっている。
そこの所大丈夫なのかと訊くと。
「げっ、そう言えばそうですね……。まあ、どうせレミリアさん達に見つかっちゃってますし」
そう楽観的に言うエリア様。
相変わらずと言うか、何と言うか。
この人は本当に爪が甘い。
「そこはいいんです。けど、エリア様? ここは貴方のお膝元ですよ?」
「お膝……? あ、ああ!」
やっと気付いたか。
「もしかしたらバレるかも知れませんよ。いえ、もう気付いている人も居るかも知れませんね」
そう。きっと、天使に見つかるよりよっぽど面倒な事。
つまり。
「女神エリアがご降臨なされたと」
◯
結局、エリア様がバレる云々の事は話半分で終わってしまった。
まあ、あの話を続けた所で何か解決できるとも思えないが。
「神さまなぁ」
「どうかしたか?」
「いや」
僕の呟きに反応したクレナに、適当に誤魔化す。
今はクレナとの二人で行動して、件の妹さんを探していた。
ここはとある建物の屋上で、この町を一望できる。さすがに中央の棟ほど高くはないが。
「ねぇ。妹さんの特徴、もう一回言ってくれる?」
と、僕は隣のクレナへとそう問う。
「髪色は金髪。瞳は俺より深い碧眼。以上だ」
簡潔過ぎる応答である。
情報が少な過ぎだ。
「背丈とかは? あと服装とか」
「分からない。数年会ってない」
「え? 数年、会ってない?」
「ああ」
クレナはこちらを見ずに素っ気無く返事する。
これは、訊いてもいいのだろうか?
誰しも聞かれたくない事はあるだろうし……
「おい、あれ金髪じゃないか?」
「え?」
と、クレナが指差す。
あ、本当だ!
細道を通る一人の少女。その娘の髪は輝く様な金色で。
「行こう!」
「ああ」
塀に寄っ掛かるのをやめて階段の方へ行く。
「ってあれ? 行かないの?」
と、僕はクレナを振り返った。
クレナは何を思ったか、跳躍して塀の上へと立ち登った。
「ちょっ! あ、危ないよ!」
「来ないのか?」
クレナは僕を一瞥した後、隣の建物の塀へと飛び移ってしまった。
「な!?」
ここは生半可な高さじゃ無い筈。
僕は塀に駆け寄り地面を見下ろした。
遠くにある日の当たらない路地。端っこを歩く抹茶色の猫がとても小さく見える。
「怖いのなら階段で来るといい。見失うといけないから俺は先に行く」
「えっ、ちょ!」
な、何てマイペース野郎だ。
いや、僕も僕を置いていくのが最善とは思いますけども。
〇
やっぱ見失っちまったか……
僕は荒い息をしながら一人思った。
裏路地を奥へ奥へと進んで行くも、金髪の娘は見つけられなかった。
「迷子になる前に戻ろっと」
そう呟いて、僕はその場に立ち尽くした。
あ……これ、あれだ。
迷子だ。
「どうしよう」
打ち拉がれていると、どこからか話し声が聴こえてきた。
よし、道を訊こう。
そうだ、そうすれば良かったんだ。散々走ってもこの路地に人っ子一人見かけなかったから、そんな簡単な事も思い付かなかった。
しかしこの前みたいに恐い人達だったら嫌なので、先ずは見た目で判断してからにする。
その為には。
「こっちかな? いや、こっちだ」
聞き耳を立て、こそこそと音を立てずに移動する。
段々近づいて来た気がする。
「いやー、なかなか撒けなくてね。何とか来れたよ」
と、角を曲がった先に人が居て、慌てて頭を引っ込める。
ここまで来れば声もハッキリと聞こえた。
今のは女性の声だった。
とりあえず、優しそうな人か恐そうな人か判断しなくては。
僕はもう一度道を覗く。
「にしても、ここ数日定期連絡も遅れてる。何かあったのか?」
「ん? ちょっと仕事が重なっててね。時間が取れないんだ」
そこに居たのは男性と女性の二人だった。
緩く丸みを帯びた金髪を肩口で揃えた少女と、壁に寄っかかる様にして居る黒髪の男。
少女の方は背中を向けて瞳の色までは分からなかったが、男の方は赤い瞳をしていた。
にしても黒髪とは案外この世界じゃ珍しい。
それも男の人の黒髪は何と言うか……こう、ドス黒い。
リリス並みだ。
僕は一旦首を引っ込める。
男の方は何だか強そうでちょっと怖かったが、女の人も居るし大丈夫だろうか。
って、あの人僕とクレナが追いかけて来た人じゃないか?
じゃあどっちにしろ声は掛けるべきか。
よし、行こう。
「あ、んっ!?」
声を掛けようとしたその時、急に何者かに口を塞がれた。ハンカチ越しに手で。
振り返ると、そこには人差し指を上げて静粛の合図をするクレナが居た。
ど、どう言うつもりだ?
って言うかエチケット完璧だなぁ。
「おい、今何か聴こえなかったか?」
「ん? そう?」
あ、気付かれたか?
って言うか、気付かれたら不味いのか?
「お前、人に付かれて無いだろうな?」
「そんな訳ないじゃん! ちゃんと『錯乱の魔法』も『人払いの魔法』も使って来たし、ここまで付いて来れる人なんてそう居ないよ!」
「そうか」
よく分からないが、少女の説明に納得した様子の男。
向けられた緊張から解かれ、クレナと二人息を吐く。
僕がこれはどう言う事かと目で問うと、クレナは小声で。
「あれは多分妹じゃない。しかし、妹ならよくよく見逃せない」
との事。
「そう。じゃ、少し様子見よっか」
ふむ。やはり妹かも知れない人が男性と密会してたら、兄として見過ごせん物があるのか。
僕も下の子が居たらこうなるのかなぁ。
「一体最近のこの町はどうなってる。急にここらを彷徨き出した奴らと言い、お前のその用事とやらが関係してるのだろう? まぁ、いい。とりあえず、印を見せろ」
「はいはい。分かってますって」
と、何やら男の指示で少女は自身の服に手を掛けると、それを肌蹴させていき。
「「な!?」」
その白く艶めなかな肩を露出した所で、クレナと二人つい声を出してしまった。
「誰だ!」
あ、ヤベ。




