117:悪魔教序列十三位
果たしてこれで合っているのだろうか……
あの少年と出会ってからと言うもの、時折この疑問ばかりが脳裏に過る。
正午の日の光に照らされ、眼下に広がるはこちらを敵視する帝国の騎士達。
場は修練場か。
満を持して迎え撃つと言った所か。
そしてその中心にはあの赤髪の少年。
その他の数、目視できる範囲に592名。
予備隊として隠れているのが287名。
遠方から機を窺っている気配が147名。
計1026名。内、危惧すべき個体は4名。
──邪魔だな……
「『衝撃を』」
修練場とその周囲は破壊され、ご丁寧に配置されていた騎士団は壊滅する。
これで、計18名。
少しはやり易くなった事だろう。
高度を下げ、破壊された修練場へと降り立った。
そこにこの惨状を前にして、絶えず戦意を、いや殺意を向ける少年が一人居た。
「お前……お前! 許せない!」
剣を持つ手を力ませ、一層と殺意を増大させた少年。
「ククッ。邪魔が入らなくて良かろう?」
展開していた騎士は床や壁と共に崩れ落ち、今や壇上の様に晒されたこの場に立つは、私とこの少年のみ。
「バティン……お前は今必ずここで殺す!」
そう気負いなく告げた少年。
──果たしてこれで合っているのだろうか……。ここに来て尚思うそれに、私はこれまでの事を振り返っていた。
〇
一番最初。
それこそ、悪魔教との関わりを持った切っ掛けで言えば、もう随分と前に成るな。
あれは四百年以上も前、今で言う氷の時代と呼ばれる時の事だった。
思えば、あの時の私が一番荒れていた。
上位悪魔と言うこの世の猛者として生まれた事を良い事に、目に着く者全てに喧嘩を売っていた。
今思えばさすがに調子に乗っていた事だろう。よもや氷の魔王の統べる魔王軍にまで手を出したのだから。
「ぐっは!」
腹を蹴ると喘ぎ声を吐き出し、目の前の男は下へと吹き飛んでいた。
黒髪を持った壮年の男。白と黒の柄の独特な仮面を付け、顔は拝めない。
身に纏う黒い軍服が魔王軍の一員であると示している。
仮面越しながら忌々しい気持ちを露わにし、怪我をした腕を抑えてこちらを見上げていた。
ここは戦場。
と言っても今まさに魔王軍が侵略する人間の町。
住民は既に逃げていて、荒れ果て廃墟と化したこの場に居るのは俺とこの男だけ。
もう次期この男を殺せる。
そう思っていた時、新手の男が現れた。
仮面の男を伴い、同じ高度まで浮遊する。
若干の緩みを帯びた白髪を左右に分け、瞳の色は赤。いや、紅い。黒い貴族服か軍服の様な物を着こなしている。
そして、腰には一振りの剣を差していた。
若い男だが、雰囲気的に只者ではない。
「てめぇもやんのか?」
警戒しつつも、敵意を隠す事なくそう凄む。
「野良の悪魔か……。この時代で我々と敵対するのはお勧めせんぞ?」
「言ってろ!」
駆け出す。
とは言え、空中なのでその表現が適切かは定かではない。
キンッ、と。耳を劈く音。
「ほう……この剣を抜かせるとは」
俺の振るった爪は男の持つ直刀によって受け止められていた。
白銀の美しい直刀だ。
「誇るがいい。私と対峙し、この刀身を見て生きているのは貴様だけだ」
そう、男は大仰に言い。
「最も、二分後は保証せんがな」
それも大袈裟でないとすぐに悟った。
「ぐあああぁぁああぁっ!」
男の振るった直刀により、俺は大きく斬撃を受けて叫ぶ。
(な、なんだ……これは、痛み!? 俺は精神体生命体。痛みなど疾うに克服している筈!)
「ククッ。この攻撃を受けるのは初めてか?」
戸惑いを隠せない俺に、男は不敵に笑う。
「貴様、何をした!」
「精神体を直接傷つける、一種の技術だ。貴様らには致命傷であろうな」
俺は男に苦渋の表情で返す。
くっそ。
こいつは今までの相手とどこか違う。
「塵へと返してやろう」
そう言って、男の手に破滅の炎が点る。
(奥の手のつもりだったが……)
「『スキル・ブレイク』!」
俺の唱えたその魔法により、男の手の炎は掻き消えた。
「スキル・ブレイクか……その魔法は東洋のエルフが独占していた筈だが」
そう抑揚なく呟く男。
だが有効だ。
〝浮遊する技術〟を乱してあの澄まし顔を屈辱に染めてやろう。
「『スキル・ブレイク』!」
「『スキル・ブレイク』」
だが、俺の発動した魔法は掻き消えた。
「なっ。ぐあっ!」
蹴り飛ばされて地面と衝突する。
「こんな感じか? ……思ったより難しいな」
男は悠然と目の前に降り立った。
「はっ……はは。見て覚えられるなんて……初めてだな。それも、俺の魔法に重ねる様に扱うなんて」
こいつは次元が違うな。
ここまでか……
「何の真似だ?」
と、男が不快そうに問う。
気づくと目の前に、俺を庇う様に立つ新手の男が居た。
青髪の壮年の男。同じ悪魔の気配。青い貴族服。
「これはこれは。彼の〝鮮血の覇王〟、アルディ=フェイトと相見えるとは幸運だ」
その新手の男の言葉に、アルディと呼ばれた男は眉を顰める。
「悪魔教共が我ら魔王軍に何の用だ?」
「何、用があるのはこいつだ。同胞としてちょっと躾てやろうと思ってな」
そうアルディに答える新手の男。
「それともやるか?」
からりと言った割に、かなりの殺気。
アルディは真剣に男を見返し、一度ちらりと仮面の男の方を見た。
「いや、いい。私はこれでも、部下思いな方でね」
ふっと緊張は解され、アルディは直刀を収めた。
◯
「奴は魔王軍幹部の一人だ。つまり最も恐れられている将軍の一人。続けていれば負けていたぞ」
地獄と呼ばれる別次元に移動し、そう俺を庇っていた男は語る。
「だから何だ。助けたつもりか? 何が目的だ!」
「まぁ、そう警戒するな。少し気になっただけだ。貴様、あの魔法をどこで手にした?」
その問いには少し間を開ける。
「昔の知り合いが使っていた」
「ほう。そいつは誰だ?」
「てめぇに関係あんのかよ」
俺はそう睨みつける。
「魔法は正しく扱える者のみが独占すべきだ。その思想の元、その魔法を独占する東洋のエルフ共の考えには賛成でね。まぁ、早い話その魔法を無闇矢鱈と使うなと、忠告しに来た」
「へぇ~。そりゃご親切にどうも。で? 俺が泣いて感謝する様に見えるか?」
「見えんな。だがそれなりに利口である事は分かる。今後その魔法を広められぬ様、私が貴様を殺すと言えば、貴様は私の軍門に下る筈だ」
その男の真剣な瞳を受け、それが本気の言葉であると悟る。
暫し頭を回した後、俺は跪いた。
「何なりと、我が主」
「ふっ。やはり、利口だ」
全く気持ちが籠っていないのも含め、目の前の男は満足した様だった。
「貴様、名前は何という」
「名は……棄てた」
「そうか。ではいずれ考えよう。私の名はバティンだ。悪魔教序列十三位、〝俊敏なるバティン〟とは私である」
そう、男は名乗った。
これが、私と悪魔教、延いては先代バティン様との出会いであった。
〇
悪魔教。
当時悪魔として100年近く生きていた私としても、今一何の組織なのかは分かっていなかった。
世間では悪魔を崇拝する者共の事を言っている様だが、では悪魔教に所属する悪魔は一体何なのか。
先代バティン様との出会いで、その疑問は少しずつ解かれる事となる。
「我々はある程度のルールを共有している。代表的な物で言えば、無闇に他者の魂を食らわない事だ。これは我らにとって絶対的な物だ。他者の魂を食らう行為は同意の上で行わなければならない」
「何言ってやがる。お前等は人間を誘惑し、堕落させ、口を上手く回して契約し、その対価に人間の魂を食っている。世間の言う〝悪魔教滅すべし〟とはその様な行為を繰り返し行っているからだ。悪魔の狡猾で卑怯な印象も、貴様等悪魔教が広めていった物に他ならない」
「その通り。我々は契約し、その同意の上でしか魂を食らわない。多少口を上手く回す事は咎めないがな。無法的に魂を奪い食らう者共よりずっと理性的だろう?」
確かに、理性的。
そこらの悪魔よりずっとマシだ。
「ルール、か……。悪魔教とはよく言った物だな。お前等はルールを共有するだけの理念体系でしかなかったと言う事か。言わば同好会だな」
少し皮肉も込めて言った。
それにバティンは口角を上げ、だが目は鋭くなる。
「ふっ。だが勘違いするな。我々は盲目的に崇拝する対象なら持ち合わせている」
「何の冗談だ。悪魔が何を崇拝すると言うのだ」
「それはもちろん、この悪魔教の創設者であり、悪魔教首領であらせられるあのお方だ。お前も悪魔なら名を聞いた事くらいはあるだろう」
俺は当然にそれが思い至った。
そしてそのお方を頂点とする組織に自分が所属すると言う事実に、歓喜を覚えた。
今まで自分が満たされていなかったともこの時知った。
これは本能だ。悪魔に元来備わっている、より上位の者に従いたいと言う欲求が満たされたのだ。
「そう言えば、序列がどうとかと言っていたな。それなりに組織としての形があると言う事か?」
「左様。しかし少し違う。実際の悪魔教とはどの様な組織体系をしているのか、順を追って説明しよう」
そう言ってバティンが説明したのは以下の通りだ。
一つ、悪魔教徒。
世間で言われている悪魔教とは大体こいつらの事である。
悪魔教の悪魔、若しくは後述する『深部』の者達を崇拝し、その言いなりになる。
二つ、悪魔教の悪魔。
バティンの様な悪魔教に所属する悪魔の事である。
共通するルールの元、理性的に生きようと努める者達だ。
そして、後述する『深部』の者達を崇拝し、その言いなりになる。
三つ、『深部』。
『深部』とは通称であるが、元祖元来の悪魔教とはこの者達を指す。
あのお方を含める悪魔教創設時の面子だけで構成された組織である。
世間ではこの三つ纏めて悪魔教とされているが、正確には後ろの二つが悪魔教である。
とは、自分が二つ目に属するから思っているのだろう。
真の悪魔教と言う意味では、やはり『深部』のお方々以外は紛い物なのかも知れない。
「私の知る限り悪魔教と言う組織が最も排他的な組織だ。悪魔教徒はともかく、悪魔教の悪魔からも、『深部』の面子に加わる事が叶ったなどとは聞いた事もない」
そう語るバティン。
「相当潔癖なお方々なのだろう。私ですら、会った事も無いのだから」
「何? あんたでもか? だが序列十三位なのだろう? 俺は悪魔教に序列がある事すら知らなかった」
「ああ。あのお方も含め、『深部』の方々には強さによって序列が付けられているとの話だ。私も十三位の地位を賜っては居るが、正確には『深部』の一員ではない」
「どういう事だ?」
「この序列十三位と言う地位と、『バティン』と言う名は襲名制だ。私も先代のバティン様より譲り受けたのだ。私の代で六人目になる」
さすがにその話は驚いた。
「初代バティン様は紛れもない『深部』の一員であった。故に序列十三位の地位も譲り受けたが、それは『深部』の方々のお情けに過ぎん。故に序列の数字を冠しながらも、私は『深部』の一員ではないのだよ」
「排他的な組織か……その様だな」
『深部』にこれ程所縁のあるバティンですら、顔を合わせていないとは相当だ。
「いや、待て。であれば何故だ? 何故態々襲名制など作っている。どうせ『深部』から外されるのであれば、襲名などに何の意味も無い」
と、今更話に引っ掛かってそう問う。
それにバティンは少し驚いた顔をした。
「分からないのか? ……いや、いい。どうせいずれ分かるさ」
その時はそう誤魔化された。
〇
バティンは『深部』の方々より命を賜っていた。
それは主に魔法の収集と、特定の魔法を行使する者への尋問と抹消。
俺が偶々知っていた魔法が『特定の魔法』とやらの一つであり、要はバティンの検閲に俺は引っ掛かった訳である。
だが軍門に下る事で見逃された。
精神体を直接傷つけて彫る、消えない悪魔教の印を付けて、俺は悪魔教の一員となった。
バティンには他にも部下が居た。
俺と同等の上位悪魔も三体居た。
そしてそれを束ねるバティンは更に上位の悪魔君主であった。
伝説的な大悪魔である。
「俺はここ数年ずっと考えていた。『深部』の方々が何故悪魔教を創設したのか。悪魔教のルールには人間のする宗教と同じで、自身を律する事が主軸となっている。であれば、これは個人主義な悪魔を巨大な思想で統率する事により、他種族との共存を目指している……のではなかろうか、と」
とある日、俺はバティンと話していてそう零した。
それにバティンは無表情のまま、驚いた様に目を開いていた。
「『深部』の方々の目的を知っているか?」
そしてそう問う。
「何だ?」
「私も知らない」
問い返すもそう返されてしまう。
「だが世間ではこう言われている。貨幣制度の撤廃、宗教の崩壊、既得権益の終焉、延いては──」
一拍。
「全知的生命体の、滅亡」
大きく出たそれに、さすがに驚きを隠せない。
「天上に居る神々と真っ向から対立する思想だ。故に、天上の神々は我々を駆逐しようと躍起になっているのだよ」
そう、バティンは説明していた。
『深部』の方々は、一体何を考えているのだろう。
〇
氷の魔王軍の敗戦に伴い、我々は拠点をアストリア大陸から、東にあるリニア大陸へと移る事となった。
〝俊敏なるバティン〟と呼ばれているだけあり、バティン様の行う空間転移の魔法は海すら越えた。
サングマリア王国の位置する座標の地獄を拠点とし、これまでと同じ様に命を熟す。
そして二百年程経ったある日の事だ。
「ん。何だこれは」
気づくと置手紙があった。
恐らく逆召喚でどこからか送られて来た物。
問題はそれを誰も知覚できなかった事だ。
それもバティン様の眷属として、空間系の魔力に開花している我々がだ。
そして、その置手紙に添えられた一つの羽根。
煌々と輝く様な、橙色の美しい羽根であった。
ゾッと、恐怖を覚えた。
「な、何だこれは……!」
その羽根を一目見て、私は警戒態勢を取った。
「化け物! 何かが封じられている……!?」
同じくバティン様の配下である、フェイズが叫ぶ。
黒髪を持った男の姿で、前髪の一部と瞳が赤い。恰好は黒いタキシード姿である。
「落ち着け。これはあのお方の羽根だ」
そうバティン様が言って置手紙を取る。
「なっ。ただの羽根……! ただの羽根に、我々は恐怖したと言うのか? 上位悪魔たる我々が!」
珍しくもフェイズが取り乱していた。
「あのお方直々の指示と言う事でしょうか?」
「そうなるな」
目線は手元に、バティン様は答える。
「それで、内容の方は?」
「シラント王国で行われている内乱に関して、王国側の味方をしろとの指示だ」
「何故我々が人間共の戦争に……」
私の問いにバティン様は答え、フェイズが呟いた。
フェイズは不満そうである。
「興味深い。この戦争は神々の思惑が絡んでいる様だ。つまるところ、神々との戦いの前哨戦と言う訳だ」
「ほう」
だが続けたバティン様の言葉に、フェイズは感心深げに呟いていた。
しかし、更にバティン様は顔を上げると告げた。
「ただし、向かうのは私のみの様だ」
〇
「どう思う?」
「何がでしょう」
地上に居る悪魔教徒の者に召喚される手筈となっている前日、そうバティン様に問われた。
「国取りゲームに関して、我々は神々と比べて圧倒的に不利だ。『深部』の方々も十分にそれが分かっているのだろう。悪魔教が国を乗っ取ろうとした例は無い」
そう語るバティン様。
話の意図が見えず、ただ見返した。
「『深部』の方々は悪魔教徒の連中を頻繁に使い捨てにしている」
「聞き及んでおります」
無言でこちらを見るバティン様。
まるで今のが話のヒントだとでも言いたげである。
「まさか……」
私は目を見開いて驚く。
「私には、分からない……。ずっとだ。『深部』のお方々が、何を考えているのか」
そう、バティン様は落ち込んだ様な表情で語る。
「お前が代わりに、続きを考えてくれないか?」
「代わり、とは……」
「まだ名が無かったな。『バティン』の名はお前に譲ろう。序列十三位の地位もな」
私は驚きのあまり言葉を失くす。
「昔、何故襲名制を作っているのかと聞いたな? それは魂の力を代々継承してきたからだ。私の魂を糧とすれば、お前も悪魔君主として覚醒するだろう」
今ならその話が十分に理解できる。だが。
「しかしそれでは」
「どうせ、私は滅ぶべくして地上に向かう。まぁ、やるだけやってみるがな。『深部』の方々が願っているのは、そう言う事ではないのだろう」
私の言葉を遮り、バティン様は言った。
「それに、私は既に400年以上生きているからな」
その言葉と遠い目が決め手となった。
私は跪く。あの時と違い、敬意を込めて。
「拝命致します」
「頼んだぞ」
いずれ、私は悪魔君主としての力を継承する。
同時に『バティン』の名を襲名し、悪魔教序列十三位の地位に就いた。




