113:夜会と悪魔憑き
その後帝国の有力者が集う夜会にも参加する事となった。
用意してもらった衣装を着て、今は鏡の前に座って給仕の方から髪型を弄られている。
元々緩く癖はあったが、今はくねくねと束感のある髪型になっている。
こんなオシャレした事ないので、何か違和感が凄い。
って言うか若干恥ずかしい。
「う~ん。何がいけないんでしょうか?」
「眉毛ですかねぇ?」
「元々整ってたので、少しムダ毛を抜く程度にしてるんですが」
と、給仕の方が鏡に映る僕を覗きながら、そう他の給仕の方と話している。
「そうですねぇ。何か締まりが無いと言うか……」
そう言って、僕の眉頭や眉尻を指で上下に動かしている。
本人の前で『いけない』だとか『締まりが無い』とか、ちょっと失礼じゃないですかねぇ?
まぁ、別にいいんですけどね。気にしてないし。
気にしてないもん。
「ま、顔付きよねぇ。あなたってば顔は良いのに、緩~い顔付きしてるもの」
と、メイクを終えたらしいリシアがそう言ってやって来た。
今の姿はリシアらしいツヤのある紫のドレスだ。元のスタイルの良さを存分に活かし、白い肩と鎖骨、切れ目から露出する生足が艶めかしい。
装飾品はピアスだけだが、それらの有り余る品質の良さが、元の美しさを何倍も引き立てる。いっそ気品すら感じる程だ。何処かのご令嬢と言われても納得するクオリティである。
そして最早当たり前に男子化粧室に居る事は誰からもツッコまれない。
「顔付きって……どうしようもないじゃん」
「あら、顔は人生の履歴書よ? クレナとか良い顔付きしてるでしょう?」
まぁ、そう言われれば。
「やはり前髪を上げてみてはいかがですか? 似合うと思いますよ」
「い、いえ、これでいいので」
と、櫛の先端で前髪を弄られながら給仕に言われ、そう返す僕だった。
なんか疲れた。
〇
「わー! かっこいいよ! 預咲君!」
夜会会場は広々として豪奢な空間であった。赤い絨毯が敷き詰められ、シャンデリアの明かりが煌びやかだ。
そして気品に溢れる紳士淑女の皆様方。帝国の有力者方がグラスを片手に談笑していた。
そんな中でエリィが早速褒めてくれた。
「あはは。ありがとう。エリィ」
僕は気恥ずかしくて、笑って誤魔化しつつもそう言った。
ま、まぁ、プロに整えてもらった以上、確かに自分史上一番良い感じだとは思っているが。
有体に言って、やっぱ褒められると嬉しい。
「エリィも綺麗だよ」
「えへへ~。どうも~」
緩い笑みを零すエリィ。
褒められた以上は褒め返すのが礼儀だろう。
とは言え世辞ではない。
今のエリィは薄い水色のドレス姿だった。肩のフリルが可愛らしい。普段の活発な印象の服装とギャップがあって、一層元の可愛らしさが際立っていた。
そしてその隣には濃い紺色のワンピースの様なドレスを着たリリスが居た。
珍しく髪も束ねてポニーテールにしている。
「可愛い~。世界一可愛いよ」
「どうも」
淡白に応じるリリス。
相変わらずのテンションの低さだ。
「にしても、これはどうにかならない物ですかね。まるで首輪です」
と、そう言ってリリスは首に一周する、黒いチョーカーを指で弄っていた。
「ああ、それね。魔法使いは付けるんだってね。嫌だよね」
リリスが付けてるのは魔法の使用を制限する道具らしい。
早い話要人の集う場所だから、得物無しでも人を殺害し得る魔法使いには着用をお願いされるらしい。
確かにリリスはこう言うの嫌いだろうな。
「魔王アルディとの謁見の場では、あの空間その物が魔法を妨害されている感覚がありました。それなら諦めも付きますが、こう露骨な物だと不快ですね」
と、そうリリスはぼやく。
ああ。ティアちゃんとの模擬戦でリリスが大人しくしてたのは、そう言った事情もあったのか。
「ま、まぁ、でも結構似合ってるよ? デザインもリリスに合ってるし」
「そうですか」
相当嫌みたいだな。
「にしてもあの二人は?」
と、早速グラスを片手に持ったリシアがそう聞いて来た。
噂をすれば、その兄弟は会場へと入って来た。
クレナは腕を差し出し、マリンはそっとそれに手を置く。見るからに作法も良く出来ていて、気づけば二人は会場中の視線を集めていた。
『まぁ』
『何と』
周囲からそんな吐息混じりの声が漏れる。
この会場には僕らと同じくらいか、何なら若い人達も居る。その中の特に女性方が、クレナに熱い視線を送ってる様だった。
クレナの恰好は貴族服? とでも言えばいいのか。ベストやらロングコートやらで着飾っている。
大体僕も同じ感じの筈なのに、何か着こなし方が違うな。様になってる。
髪型は珍しく分けていた。七三分けで前髪を上げている。
そんなクレナはマリンをエスコートしてこちらにやって来た。
やば。
やっぱかっこよ。
メイク室で十分見てたから分かってたけど、同じ男としても見てると何か来る物があるな。
いや別にえっちな意味じゃなくて。
「わ~。綺麗だね、マリン」
そして当然マリンもおめかししている。
ワンピースの様な淡いピンク色のドレス。露出は少なく、ふわふわした印象を受ける。マリンに似合う可愛らしいドレスだ。
金髪は片方耳に掛け、髪飾りで止めている。
元の可愛らしさを前面に出した衣装である。
「あ、ありがとう、ございます」
マリンは緊張した様に俯いていた。
頬が赤い。
薄い桃色に塗られた唇が明かりを反射して輝き、思わずドキリとした。
(な、何を意識しちゃってるんだ僕は。まだマリンは子供なのに)
そう自分に言い聞かせる。
にしても、先ほどからちらほらと視線を感じる。
若い集団ってだけで大分目立っているのだろう。
そしてティアちゃんとティアラ姫だが、中央の方で代わる代わる挨拶されて身動き取れなくなっていた。
大変そうだな。
『ティア・ラミリィ=ラヴ……。これはこれは、アルディ陛下の御息女でありしたか。失敬』
と、聞き耳を立てていたらそんな声が聞こえて来た。
知ってるのか?
ティアちゃんを連れて来たのは外交目的だろうが、ティアちゃんの存在自体は公ではない筈。
だが一部上流階級の人達にとっては周知の事実なのだろう。
そもそもアルヘイム魔王国は表向き外交は無いとかって話だった筈だ。裏でエルドラド帝国との繋がりがあるのは驚く程の事でもないのだろうが、それでもこうやって堂々とティアちゃんを連れて来ているのを見るに、何かが動きだしているのかも知れない。
冷静に考えて、400年国王をしている魔王さんの娘だ。第一王女。
その存在を徐々に広めていっている様に思う。
もしかしたら、今は一つの時代の転換期なのかも知れない。
まぁ、全部、かも知れないだけど。
「お初にお目に掛かりますわ。私──」
と、いつの間にか周囲に人が集まりだしていた。
特にクレナに女性方が集まっている。
男性方も女子組へと話しかけていた。
「これはこれは、何と麗しい。その瞳の美しさは千日に一夜のみ咲くと言う、千日香すら霞む様だ」
「あらあら。ふふっ。お上手です事。こう注目されては緊張してしまいますわ」
紳士な口説き文句を言う男性の言葉に、のらりくらりなリシア。
相変わらず流すのが上手いな。
祝福の事もあって、リシアはこう言った場では特にモテるのだろうな。
「ほう。リリス様とはよもや隣国の町を悪魔から救った英雄の名ではありませんか?」
「何と。あの齢14にしてBランクになった、リリス殿ですか」
と、リリスも注目されだしている。
苦手そうだが事務的に返していた。
「これは可愛らしいお嬢さんだ。本日の夜会は楽しんでおられますか?」
「えっ。あ、はい」
と、マリンも話しかけられていた。
警戒しつつも精一杯返している。
こうやって普通に他人と話している姿を見るのも、何気に初めてかも知れない。
呪いを解いた甲斐があったと言うものだ。
って言うか、あれ?
気づけば一人になりつつある。
いや、落ち着け。まだ一人居る。
「何と美しい碧眼でしょうか。世界で最も月光の降り注ぐ野に咲くと言う、凛月花も褪せてしまいそうだ」
「え? あはっ。どうもぅ~」
エリィもか……
まぁ、可愛いもんな。
でも何だろう。負けた気分。
現状に気づく頃には既に何となくの話の輪ができていて、態々混ざりに行く勇気も無く、僕は立ち尽くした。
そうですか。
僕だけ用無しですか。
クロムさん。魔王さんの言う僕の利用価値とは何処へ?
『面倒と、言いつつ寒い、この夜会。構ってくれても、良いんですよ?』。そんな短歌を脳内で歌いつつ、気まずくなって一人バルコニーへと出た。
(あ、一つ字余りだな。でもいいか。零れる本音と、この夜会で一人余ってる僕を表現できて)
「ふふっ」
さすがに自虐が過ぎるかと、一人で可笑しくなりながら塀へと腕を預けた。
「……はぁ」
笑っても一人とはこの事だな。
星が散る夜空を見上げたが、月は出ていなかった。
と、この会場は二階でバルコニーの眼下には庭園が広がっているのだが、一人庭園のガゼボに腰掛ける人物を見つけた。
深い青髪をした壮年の男性である。騎士風の男性で、軽装ながら銀の鎧を着ている。
そして長槍を自身の肩に立てかけていた。
男性はグラスを片手に一人夜を楽しんでいる様だったが、僕に気づくとグラスを軽く上げてきた。
思わず少し姿勢を正し、僕も軽く会釈を返した。
男性は僕の存在を気にせず、また一人の時間に戻った様だった。
何か、かっこいい人だな。
と、そうぼんやり眺めていると、後ろから人の近づく気配を感じる。
「ん。マリン。涼みに来たの?」
「は、はい」
それはマリンだった。
マリンは隣に並んで、暫し一緒に風景を眺めた。
「あの……一応、これで用事は済んだ訳ですが、今後の予定って何か決まってるんですか?」
と、こちらを見上げてマリンは訊いてくる。
「んー。そうだねー。魔王さん推薦の人には合いたい所だけど……。まぁ、今後はゆっくり人探ししつつ、仕事も見つけて安定していけたらな、とは思っているよ」
風景を見たままそう答えると、マリンは何も言わずに視線を前に戻した。
「どうかしたの?」
何か言いたげな様子に問うと。
「えぇと。私、天使……様と、人間のハーフだって話だったじゃないですか?」
「うん」
「それで、天使様の得意な魔法って何だろうって調べてみたら、それは治癒系や支援系を始めとした神聖術だったんです」
マリンは両手をそっと塀に置き、視線を下に漂わせながら話した。
「だ、だから、今後は神聖術を学んで、皆さんのお役に立てたらなぁ……って。そう、思いまして」
ちらりと上目に、こちらの様子を窺ったマリンだった。
「そっか。勉強頑張ってね。応援してるよ」
「は、はい」
微笑んで言った僕に、若干硬く応じるマリンだった。
物足りないと言った表情だ。
僕がもうちょっと喜ぶの思ったのだろう。
しかし神聖術は僕にはあまり関係のない話だし、剣術は引き続き練習していくとは言え、今後は戦闘の機会なんて減っていくだろう。だからぶっちゃけあまりピンと来ない。
でも。
「マリンも何か、目指したり、頑張りたいと思う事ができたんだね。素直に嬉しいよ」
そう、心からの感想を言った。
マリンは嬉しそうに微笑んでいた。
「にしても、さっきはモテモテだったね」
「なっ。そ、そんな事はぁ」
と、マリンは目を泳がせていた。
次第僕が揶揄っていると気づいたマリンは、こちらを見て『ふふっ』と笑った。
「何だか最近、楽しいんです」
マリンはそう、自然な笑みで言って。
「いえ。アズサさん達と出会ってから、ずっと」
夜空を見上げると、そう零していた。
〇
一先ずの予定は終わった。
一泊だけティアちゃんの付き合いとして城で過ごして、色んな挨拶回りもするともう夕方だった。
疲れたが、これで本当にもう終わりだ。
「またなのだ。寂しくなるのだ」
城の玄関口にて、そうティアちゃんが素直に零す。
ティアちゃんはまだ公務が残っているらしいので、ここで暫しのお別れだ。
「お仕事頑張ってね。良い子にしてるんだよ」
「言われなくてもするのだ」
「本当かなぁ~?」
「するのだ!」
両手を上げて強い口調で言ったティアちゃん。
ま、元気なら何でもいっか。
相棒や適当な荷物も返してもらい、後は帰るだけとなった時に。
「皆さん、少々お時間よろしいでしょうか」
「え? はい」
と、衛兵の人に声を掛けられた。
僕ら六人は数人の衛兵に案内されて、城の周囲を歩く。
いずれ、白い石材でできた、非常に大きな広場が見えた。
いや、まるで何かのステージ。それも良く見れば紋様やこの世界の文字が彫られ、陣になっている。
ぱっと見でも20メートル程ある。厳格な雰囲気で、何かの祭壇の様である。
そして周囲には何十人と言う衛兵が集まっていた。その視線が、僕らに集中する。
(な、何だ?)
「リリス様。こちらをお願いします」
と、衛兵が言ってチョーカーを差し出す。
「え? 待ってください。今着ける必要があるんですか?」
すかさず僕はそう抗議した。
リリスはただでさえこれ着けるのを嫌う。この異様な雰囲気で訳も分からず付けさせられるのは納得いかない。
「お願いします」
が、衛兵はだた同じ事を言うのみ。
リリスは無言でチョーカーを着けた。
「どうぞ。リリス様はこちらへ」
そして衛兵の案内で、祭壇の様な壇に登る。
「何? 何なの? 何か物騒じゃない?」
僕は不安に思いながらそう愚痴ってみるが、クレナは険しい表情で見守るのみ。リシアも不快そうな顔をしているが、何も言わない。
こう言った公的機関が絡んでいる時、この二人は大人しい。
「こ、これは」
と、壇上の紋様を見てリリスが呟いた。
「一目見て理解するとは造詣が深い。さぁ、神に従いし高潔なる信徒であると自称するならば、何ら問題は無い筈です。自身の潔白を証明してください」
少し遠くに、そう語りかける男が居た。
6、70代と見受けるご高齢の方で、白い髪と青い瞳の人物である。
青いローブを羽織り、手には人の丈程もある木の杖を持っていた。
どう考えても魔法使いだろう。
そのご高齢の方の言葉に、リリスは少し間があったが、次第覚悟を決めた様に進み出す。
「ご安心ください。人体には然程の影響はありません」
今にも駆け出しそうな僕へ、そう衛兵は告げた。
リリスは壇上の中央で止まる。
そして、魔法使い風のご老人が何かの詠唱を始める。
「あ、あれってもしかして」
「知ってるの!?」
と、呟いたエリィの言葉にすかさず反応する。
「あの陣の事じゃなくて、この国の歴史の事なんだけど……。二百年前に悪魔が暴れて大変だったって話じゃない? 悪魔はね、人に憑くの。人の体を乗っ取ったり、潜んだりもする。二百年前の大変な時期にね、その悪魔を見つけ出し、討伐する為の強力な魔法陣を作ったんだって。所謂悪魔祓いの。そして、その陣はまだ文化財として王城の近くにあるって話で……」
そう語るエリィ。
じゃああれが? 悪魔祓いの?
でも何でリリスに!
僕がそう憤っていた時に、長い詠唱を続けるご老人が最後に手を翳すと言った。
「『サンクトゥス・ロンジスィマス・エクソシスム』」
陣全体が強烈な青い光を放った。でも不思議と目が痛くなる類の光では無く、そこで何が起きているのか見届けられた。
陣の中心、一際青い光が集中する部分。つまり、リリスが居る場所にて。
「ひぇ~っ!」
え……
「出たぞ! 殺せ!」
指示を出すご老人の声が遠くの様だ。
目の前の光景が理解できない。
「ま、待って! 待ってください! この子は違います!」
「リリスちゃん!」
リリスが必死になっている。
手や膝を突いて、見るからに体力を削がれている様だが、それでも『何か』を庇っていた。
「惑わされるな! そいつは悪魔に魅了されている! 娘ごと串刺しにしろ!」
「は? ふざけるな殺すぞ!」
誰かがご老人の声に怒鳴った。
あ、僕か。
気づくと左手に相棒を持っている。
そして周囲にはこちらと対峙する衛兵達。気の所為じゃなければ、ご老人や衛兵達は僕の剣幕に顔を引きつっていた。
「まぁ、少し待ちましょう。実際、あの悪魔は最下級の魂です。偽装の気配もない。ここは捕らえて情報を吐かせた方が有益でしょう」
と、そうご老人へと助言する男が居た。
青髪の壮年の男で、眼鏡を掛けている。白い着物の様な服を身に纏う。見るからに頭の切れそうな人物だ。
「何? ではあの小娘の方は?」
「分かりません。一見するとただの魂ですが、悪魔君主ならば私の目をも掻い潜るかも知れない。やはり念の為捕縛にし、あの悪魔から事情を聞きましょう」
「えぇい! そんな悠長な事を言ってられるか! 二百年前の再来の可能性があるのだぞ!?」
悪魔君主? 二百年前?
あいつらは一体は何を言っているんだ。
「り、リリス! 逃げて……!」
多勢に無勢。
抵抗空しく、僕は取り押さえられた。
そして顎を蹴り飛ばされて気絶する寸前。
「大悪魔、バティンの悪魔憑き。リリスを捕らえろ」
その男の声だけが頭に残り、僕の意識は一度途絶えた。




