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また来世で会いましょう  作者: あおいあお
第五章 エルドラド帝国編
110/173

110:全祝の日



「久しぶりティアちゃん。お仕事頑張ってきたんだね」


 僕は前屈みにティアちゃんへと視線を同じくすると言った。

 もう日も落ち切りそうな藍色の空の頃。普段じゃ門前払いされそうな敷居が高いホテルの入り口にて僕らは集まっていた。


「あ、アズサ」


 ティアちゃんは僕の方に視線を向けて呟く。


「そうなのだ! 頑張ってた来たのだ!」


 と、途端元気に言って笑顔を見せた。

 良かった。少しは元気になってくれたみたいだ。


 武器屋街から宿へと戻ったところ、僕ら宛にクロムさんからの手紙が届いていた。

 どうやら組合ギルドの書き置きは把握したらしい。

 内容はご丁寧な挨拶と連絡が遅くなった事への陳謝、そしてティアちゃんの充電がそろそろ限界だから一度息抜きに会って欲しいとの旨が書かれていた。

 どうやらティアちゃんはここ数日、帝国の要人の方々への挨拶回りをしていたらしい。

 確かにティアちゃんそう言うのは苦手そうだ。時折り見せる丁寧な言葉遣いから教養はしっかりと教え込まれてるのだろうが。


 ともかく、せっかくなので今日の内に行こうとなり、今に至ると言う訳だ。


「ところで、今更ではあるんですが、僕らに一噛みさせる理由って何なんですか?」


 話もそこそこに、僕はクロムさんに向き直って問う。


「陛下はアズサ様が帝国の有力者との交友を結ばれる事をお望みです。それが今後の世の中の布石になるとお考えなのです」


「え、えーとー。もうちょっと分かり易くお願いできますか?」


「貴方には利用価値がある……と」


 おお、何て分かり易い。

 だけど僕に利用価値? なんて無いと思うけど。


「陛下からの御使いの件ですが、五日後にお相手の方との会合が御座いますので、その時にお願い致します」


「は、はい」


 僕は少し緊張して頷いた。

 これが僕らが帝国に来た本来の理由と言える。


「ちなみに、その相手って言うのは……」


「あなた方に会っていただくのはこの国の第二皇女、ティアラ殿下です」


「ぅえぇっ!? お、皇女様!?」


 ま、まさかのそんな大物。

 ティアちゃんに引っ付いて行く以上、上流階級だろうなぁとは思ってたけど、まさか皇族だったとは。

 しかし冷静に考えればティアちゃんも第一王女?って事にはなるのか。

 全然そんな感じはしないけど。


 何だか周囲がどんどん豪華になってきたなぁ。

 魔王さんが何を思って僕にひと噛みさせる様な事をしてるのか分からないけど、まぁせいぜい可もなく不可もないくらいに過ごせばいいか。









 翌日。

 僕は宿の近くの井戸にて顔を洗い、適当に伸びをした後宿へと戻っていた。

 この世界の井戸はだいたいポンプ式だ。手押しでギコギコするやつ。

 インフラが整っててありがたい。

 水が綺麗なのもいいな。


「きゃっ」


「わっ」


 と、軽い悲鳴。

 少女が目の前に落ちてきて反射的に受け止めた。お姫様だっこの形だ。

 靡いた綺麗な金髪。華奢な体躯。女の子にしても軽い体。

 マリンだ。


「すす、すみませんっ」


「屋根から来たの? 前世は猫ちゃんかな?」


 慌てて腕の中で謝るマリン。軽口を言いつつマリンを下ろす。


「大丈夫?」


「は、はい」


 向き直って確認する。と、マリンの手に何か紫色のハンカチの様な物が握られているのに気付く。


「あ、やっべ」


 僕の視線に気付くと、慌てた様にそれをポケットに仕舞うマリン。


「ちょ、ちょっと、洗濯しようかなぁ、なんて!」


 ピンッと屋根の方を指して言うマリン。

 二階の窓から一階の屋根に降りたのだろう。

 確かに日当たりも風当たりもいいだろうしな。


「そっか、そっか。でも気をつけるんだよ? 手伝う事あったら言ってね」


「え、へへっ」


 僕の言葉にマリンは下手くそに笑っていた。

 マリンは洗濯が好きだなぁ。

 きっと綺麗好きなんだろう。









 僕が使ってるのは二人部屋だ。クレナと使っている。

 男女混合の大部屋でも今更女子組も気にしないのだが、今はエリィが集団に混ざっている。

 全員が『どっちでもいいんじゃない?』と思っていた中、エリィに合わせる形で男女別となった。


「って、何で僕の部屋居るのさ」


「いいじゃない。今女子部屋人多いのよ」


 そして何故か部屋に戻るとクレナでは無くリシアが居た。

 僕の文句は流して布団の中で伸びるリシア。

 しかも使ってるベットは僕の方だ。


「ん〜、広々使えていいわね〜」


「ちょちょ、なんて格好で寝てるのさ」


「下着で寝るなんて普通じゃない?」


 リシアの格好は下着姿だった。

 滑らかな白い肌と異性を惹きつけるスタイルが際立つ。


「ねぇ、これ捨てたの君? 何て捨て方してるのさ」


「ああ、それ? サイズ合わなくてなっちゃったから」


 僕は隅の方にあるゴミ箱からブラジャーを取り出し言った。

 だからってこんな堂々と。しかも男子組の部屋で。


「それにそれ上下セットなんだけど、下の方失くしちゃったのよね。まぁ、買い替えた直後だから良かったけど。あ、それ欲しいならあげるわよ?」


 僕が言葉に詰まると、リシアが『クスクス』と笑って、揶揄われているのを理解した。


「ともかく服着てよ。こんなとこ見られたら誤解されちゃうよ」


 そう言って僕がその紫色のブラジャーをそっとゴミ箱に戻そうとした時。


「預咲く~ん、入るよ〜」


 返事を待たずして開かれる扉があった。

 扉を開けたエリィは僕、手元のブラジャー、下着姿のリシア、そしてまた僕、手元ブラジャー、下着姿のリシアを固まった笑顔のまま目で追って。


「し、失礼しましたぁ〜」


 そう表情筋が固まった様な状態でゆっくりと扉を閉めた。

 なんとまぁ、ベタな。









「い、いや、だから誤解だって」


「そうよ。安心なさい。この子にそんな度胸無いわ」


 下の食堂にて6人集まり朝食を摂りながら、僕とリシアは先程の誤解を解いていた。

 そしてリシア、その答弁の仕方はどうかと思う。


「あ、あ、預咲君が……預咲君が」


 エリィは虚空に視線を漂わせて、うわ言の様に呟いている。目の焦点も合っていない。

 脳の許容量を超えたみたいになってる。


 席位置は左から僕、クレナ、リシア。僕の対面にエリィ、その右にリリス、マリンと続く。

 エリィの動揺っぷりから当然何があったかは知れているのだが、他の仲間達に動揺は無い。リシアの性格の理解と山脈で過ごした日々が今更間違いなど起きないと周知させている。

 僕も余り焦りはしなかった。リリスにはちょっと丁寧に説明したけど。


 クレナもリリスも黙々と食べている。基本二人は食事中静かだ。クールな二人である。

 マリンだけちょっと話が気になる様でちらちらと僕らを窺っていた。


「って言うか、誤解じゃなかったとしてどうなる訳?」


「え?」


 これ以上話が平行線に続くのも嫌で僕は切り出した。


「ぶっちゃけ僕が誰と過ごそうがエリィに関係無くない? って意味」


「ひぐっ」


 僕の言った本音に小さく悲鳴を上げて涙目になるエリィ。何かがグサリと刺さった音が聞こえた気がする。


「うわあぁぁぁんっ! 預咲君がぁ、預咲君がぁあっ!」


「よしよし」


 エリィは隣のリリスに泣きつき頭を撫でられている。

 朝から小煩いなぁ。

 少し鬱陶しく思っているとリリスの目がこちらに向く。


「アズサ。かつてエリア様はこう仰いました。『貴方達を見守っています』……と。そしてエリィはエリア教徒です。この意味が、分かりますね?」


「ゔっ」


 僕はその言葉に唸る。


「そうだよ! あんまおいたが過ぎると女神エリアが怒っちゃうよ!」


 ここぞとばかりに言い返すエリィ。

 僕はその言葉をたっぷりと反芻し。


「それ、マジ?」


 頷く二人。

 動きがシンクロしていた。

 エリィがエリア教徒か。エリア様がエリィの事を気にかけてたのはこれが理由か?


「やっぱリリスちゃんなら信頼できるよ! これから部屋割りは二人で一部屋が良いと思うな!」


 エリィが決定するかの様に言った。

 ちなみにそれは賛成です。









 帝都の中央の方へと宿を変える事になった。

 昨日で理解したが、同じ街内を移動するだけでもかなり手間だったからな。


 幾つか部屋を押さえて、さっそく観光したいと言い出したリシアに連れ添い街へと出た。

 地上からでも遠くに聳える王城を見る事ができた。霞みそうな程遠いが、この世界の空気は綺麗なのではっきりと見える。

 その威容は遠方からでも伝わってくる様だ。この国の、帝国のシンボルに相応しいと思える贅を尽くした姿である。


「何だか活気があるね」


 城もそこそこに、僕は街を見て言った。

 人の多さもそうだが街中が旗で着飾られ賑やかだ。


「ああ、そう言えば今日は『全祝の日』じゃなかったかしら?」


 と、リシアは思い出した様に言う。


「全祝の日?」


「ええ。誕生日が分からない人の為に一斉に祝う日よ。元々は孤児院での祭事を纏めて執り行うことで、経費を抑える為に始めたのが発祥だって説もあるけど」


 なるほど。この世界の祝日か。


「って事は今日はリリスちゃんの誕生日ね! いっけない。忘れちゃう所だったわ。何かしてあげなくちゃ」


 と、そうリシアは言っていた。

 そっか。リリスは教会育ちだったな。それも孤児。









 リリスの誕生日かと言われると少し気になったので、一人宿へと戻った。

 今回はリリスと相部屋だ。何だか懐かしい感じがする。

 リシアとプレゼント選びでもしようかとも思ったが、リリスの趣味が全く分からなかった。

 リリスは服装も持ち物も落ち着いた趣向の物が多い。自分への散財をする印象も無い。趣味で何かを買ってる所を見た事が無いと言ってもいい。


「ん? もう帰って来たんですか?」


「うん」


 部屋に入ると、リリスが机に着いて何かと向きあっていた。


「手紙書いてるの?」


「ええ。クレイと約束してしまったので」


「クレイって……ああ、エリア教の人か」


 僕はお世話になったエリア教会を思い出す。

 最早ルンバスでの出来事が懐かしいまであるな。


 僕は失礼のない様にしたためている手紙の内容は読まず、リリスの手元を見た。

 便箋の上を小さな白い手と羽根ペンが滑る。

 橙色の煌々と輝く様な美しい羽ペンだ。文字を書くたび羽の尾がふわりと揺れて煌めく。

 万年筆などもっと使い勝手の良い物はあるが、僕の知る限りじゃリリスはずっと使い続けてるお気に入りだ。

 ブーツやローブや羽ペン。お気に入りの物一つを使い続ける。

 リリスの気質が表れていた。


 なんだ。意外と趣味を分かってるじゃないか、とも思う。

 だがやはり拘りが強くて難しい。

 無難に消耗品でも買っておこうかなと思う。そもそもそんなお金ないし。


「ん」


 と、ベットに腰掛けたまま物音一つしないのが気になったのか、リリスが振り返る。


「どうかされました?」


「いや、何でも」


 僕は目を逸らす。


「ああ、そう言えばティア姫にお土産でも買ってあげようと言っていましたね。どうぞ」


「あ……うん」


 差し出されたお金を僕は受け取り、そのまま暫し手元を見つめた。


「そんな端金では姫を満足させられる様な物は買えないでしょうが……。まぁ、下賤の者が取り扱う品が寧ろ物珍しくて気に入ってくれるかも知れませんね」


「そんな事」


 物言いについ言葉を返す。

 ティアちゃんは我が儘だけど純粋な子だ。きっと何だって喜んでくれる。

 僕が気落ちした様にお金を見ていたから誤解させたのかも。

 リリスは肩を竦めてまた机に向き直ってしまう。


「ねぇ」


 それを呼び止めて僕はまたリリスを振り返らせた。


「何も、これまでの事を忘れたつもりもチャラにするつもりも無いんだけど……。僕は、何かリリスに返せているのかな?」


 リリスはいつもの平坦な碧眼で見返してくる。


「仲間は貸し借り無しだと、かつてマリンに諭していたではないですか」


「そ、そうだけど……。それは貸す側だから主張できると言うか」


「では貸す側とて私が主張しましょう」


 その返しにはこちらも黙るしかない。


「それに、そんな事言えば……」


 と、何かリリスは言い淀んでいた。


「いえ、とにかく。貴方の気にする様な所ではないです」


 それっきり、リリスは机に向き直ってしまった。









 お金関連が僕の気にする所ではないのなら、僕の気にする所って何処だろう?

 人で賑わう露天商を回りながら考えていた。


 まだまだティアちゃんに会う予定日は先だが、せっかくならいい子にしてた分のご褒美にお土産でも買って行ってあげたい。

 先日のティアちゃんとの別れ際を思い出す。

 あのしゅんっと大人しくなっちゃったティアちゃんの表情。

 子供は生意気くらいが可愛いとも思っている。

 連日の堅い挨拶回りにきっと疲れているだろう。


 もしかしてこう言った所かなと思った。

 人との交友関係を広めていったのは大概が僕だ。

 リシアもエリア様も僕の人を見る目に関しては太鼓判を押してくれている。

 きっとリリスも信頼してくれてると言う事だろう。

 僕らのグループのリーダーはクレナの印象が強いが、クレナは身内意外の人間に全くと言っていい程興味が無いからなぁ。


 そんな事を思いながら物色して回る。

 今は珍しく一人だった。

 場所が近いのもあって皆んなからは『行けたら行く』くらいの返事だけもらった。


 リリスへのプレゼントを買ってあげたいのは山々だが、リリスから預かったお金でそれを買うのはどう考えてもおかしい。

 リリスは受け取ってくれるだろうが、気持ちの問題だ。プレゼントは気持ちが一番大事だ。つまりは一番の問題だ。

 物を送るのは諸刃だと思っている。一定のコストと引き換えに誠意や感謝を表現できる。できてしまう。

 それは詰まるところ気持ちが無くても形にはなってしまうと言う事だ。

 それに物一つで何かと釣り合いを取ろうとする浅ましさもあまり好きではない。


 とまあ、ここまで難しく考えてはないが、少なくとも本人のお金でプレゼントを買うのは『コストと引き換えに気持ちを表現できる』云々の話すら根底から覆す。

 個人的には論外だ。

 そもそも気持ちと言うのは偶に纏めて伝える物では無く、常日頃から伝える物で……


 いや、もうよそう。

 結論から言えば個人的なお金が欲しい。

 それに限るし今はティアちゃんのお土産選びだ。


 僕は思考に専念してしまって見流してしまった品々を戻って見直す。


 ティアちゃんはどんな物が喜ぶだろうか?

 やっぱお土産と言えば消耗品が良いよなぁ。

 消耗品と言えば食べ物だ。ティアちゃんは周りの生活品に困ってはないだろうし。

 それで言えば吸血鬼にアレルギーってあるのだろうか? ティアちゃん我が儘で偏食だったからなぁ。


 野菜を代わりに食べてあげていたのを思い出す。

 きっと僕の血をあげるのが一番喜ぶのだろうが、それはダメだと思考を振り払う。

 味を占められては困るからな。文字通り。


(もう占められてるけど……)


「えっ、ご主人!?」


 と、喧騒の中一際大きな少女の声が響いて僕は顔を向ける。

 そこには三人の少女が居た。



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