10:祝福と加護
依頼内容は至って単純。
人探しだ。
妹を探して欲しい、と。
妹さんの特徴は金髪に碧眼。歳は13。
助けられた身としては恩返しとして受けたいのだが、今は僕一人の問題じゃない。
結局どうしますかとエリア様に訊くと、エリア様はそれは勢い良く頷いていた。
人探しなどぴったりだと。
まあ、何はともあれ依頼を受け、各自適当な自己紹介だけ済まして今日は解散となった。
本格的な捜索は明日からでいいと。
ちなみに少年の名前はクレナと言う。
そして今、僕らは夕焼けに照らされる中教会へと帰っていた。
「よかったんですか?」
僕は歩きながら、そう思わずには居られなかった。
「何がです?」
リリスを挟んで歩くエリア様が、そう問い返してきた。
「依頼、受けてですよ」
勝手に受けてしまったが、レミリアに怒られないだろうか?
「依頼は、まあ……適当に。それより、ここに残る為の口実が作れた方が重要です!」
そう力強く語るエリア様。
エリア様にとって依頼は序でらしい。
「エリア様。エリア教については何もしないんですか?」
僕はエリア教についても、本当に無関心なのか気になりつい訊いた。
「何もしませんよ。めんどくさい」
本当に他人事なんだなぁ。
まあ、僕も知った事ではないが。
「ねぇ、リリス。エリア教ってどうゆう状況なんだっけ?」
しかし気になるものは気になり、僕は隣のリリスを覗く。
「そうですね。とりあえず、マズいです」
リリスはそう辛口な前置きをする。
「この町ではエリア教の教会しかなかったので保てたものの……。新しく他の教会ができたら一発で消えます」
うわっ、本当にピンチじゃん。
予想以上にエリア教は危うい状況だった。
エリア様は相変わらず興味無さそうだが。
「エリア教には教義が数個しかなく、神言も一度も降ず、神エリアは存在しないという説まであります」
「い、居ない説まで!?」
エリア様ー、あなた消されちゃってますよー。
「はい。歴史も長いので一応『辺教』という事にはなってますが。今は宗教と認められる最低限の数も居ない状態ですね」
信者数も危ういのか。
「その、『へんきょう』って言うのは何?」
「『辺教』というのは、信者数によって分けられた宗教の階級です」
欠伸し出したエリア様は放って置き、リリスは説明する。
「一番低いのが『辺教』。信者数二百人以下。この様に九段階に分けられ、最大で『一教』。信者数二千万人以上の宗教を指します」
に、二千万。桁がちげー。
二千万人に信仰される神ってどんな人だろ?
ちょ、ちょっと会ってみたいかも……
「まあそんな感じで、むしろ今まで消えなかったのが不思議ですね」
と、無意識に逸れていた思考がリリスの言葉で戻る。
ふむ、やっぱ教義が少ないのが原因なのかな?
「ん? でも、教義ってどうやってできるの? 信者が勝手に作っちゃうもんなのかな?」
「いえ、大体合ってますが、詳しく言うと違います。教義というのは信者が神を頼った時に神がこうしなさいと神言を渡し、それを信者がまとめて条例にしたのが所謂教義です」
「へぇ」
神言……
何かどっかで聞いたような気もするが。
「で、エリア教はその神言が届いた記録は今まで無いと」
「はい。一度も」
僕の言葉に深々頷くリリスと。
「ええ、一度も渡した覚えはないです」
御神体本人からの返事。
何て言うか、エリア様って本当にこの世界に興味無いんだろうなぁ。
「この神言ですが、一応例外もあります。まあ、滅多に無いそうですが。神言というのは神自身が強く想ったり、感情的になった時極希に、信仰心がとてもに強い人へと勝手に届く事もあるそうです」
強く、想う……?
急にアバウトな説明に首を傾げる。
「とまあ、これが神エリア居ない説の原因の九割と言った所でしょうかね」
と、一段落終えたリリス。
「九割? 残り一割は?」
含みある言い方に僕は問う。
神さまの事など僕には検討も付かないが。
「ん~、何ですかね?」
どうやら神さまもらしい。
リリスは答えて欲しいらしく、暫しエリア様と『う~ん』と唸る。
「恩恵ですよ。祝福や加護」
「ああ!」
と、リリスの答えに納得した様に声を上げるエリア様。
祝福? 加護? んじゃそりゃ?
「分かりませんか?」
「分かりません」
リリスの問いに正直に答える。
「分かりませんか……そうですか。そうですねぇ。話すと長くなりますが」
リリスは一瞬考える様な仕草をすると。
「取り敢えず言うと、魔法です」
魔法か。
魔法もよく分からないが。
「ちなみに『恩恵』と言うのは祝福と加護の総称です。で、この『恩恵』なんですが、神々の固有魔法なんです。ちなみに全て支援魔法」
こ、固有まほ?
「種族特有と言う意味です。そもそも神々にも種類があるんです。それぞれ精神だったり、記憶だったりと、司るものによって神々の中でも属性が違ってくるんです」
一概に神様とは言えない、て事か?
「で、その神々が司るものによって、それぞれ『祝福』と『加護』の効果は変わってくるんです」
なるほど。
分かり易い説明だ。
「例えば、精神と感情を司る神の『加護』の場合、精神に感受する魔法を防いだり、『祝福』の場合は周りから無条件で好意を寄せられたり。記憶と思考を司る神の『加護』の場合、記憶に干渉する魔法を防いだり、『祝福』の場合は記憶力や知覚が上がったりと。その『恩恵』を与える神がどれだけ信仰されているかによって効力の差はありますが、いずれにせよ強力な力になるのは間違いないです」
ふむふむ。
魔法がどれほどの物か知らないが、やっぱ神さまの物ともなると凄いのだろう。
「まあ、こんな感じで、神々は信仰心が厚い人や、気に入った人に恩恵を与えることが希にあります」
んむ、何となく凄いのは分かったが。
「その恩恵とやらも、エリア様はやった事が無いと」
僕はそろそろ胡乱な物になりつつある目でエリア様の方を見た。
「え、えぇ、まあ……。ですが! これに関しては仕方ない部分もあるかと!」
「ほう」
と、エリア様が珍しく反論する。
「『恩恵』…… 実はこの魔法、解けないんです」
解けない?
「って事は、死ぬまでずっと凄い力を手にしてる……って事ですか?」
「はい。正確には、恩恵を授かった者か、授けた神さまが亡くなられるか、ですけど」
それは……まあ、凄いのかな?
一生ともなると。
「そうなると、神々は授けた者が死ぬまでずっと力を奪われ続ける事になるんです。なので私以外の神々も、恩恵なんて滅多に授けないんですよ? 悪用されたら溜まったもんじゃ無いですからね。慎重になるのは神々故にです」
なるほど。確かに。
「まあ、こんな感じで、エリア教には体にも魂にも『恩恵』が授かった記録がありません」
「ん、魂?」
「言ってませんでしたね。『恩恵』には身体に授ける物と、魂その物に授ける物があるんです」
「はぁ」
リリスに空返事する。
もう魂があるのは前提なんだな。
「さっき言ったように、この恩恵は解けません。身体に『恩恵』を授けるなら、その身体が朽ちれば『恩恵』は解けるのでまだいいですが。魂その物に『恩恵』を授けるとなると、その魂が朽ちるまで、神は『恩恵』によって力が削がれ続けます。魂が朽ちるなんて事普通はまず無いので、魂に『恩恵』を授けた場合は半永久的に力を削がれる事になります。故に、神々が『魂』そのものに恩恵を授ける事は滅多に無いのです」
そう説明したリリス。
そして、続いた言葉に僕は驚く事となる。
「そして、魂に恩恵を授かった者は何度転生しても、『恩恵』を授かった状態で産まれるのです」
「えぇ!?」
その説明で漸く、『魂』に『恩恵』を授かる事がどれだけすごい事か理解した。
「って事は、一度魂に恩恵を授かれば、産まれた時点で既に強力な力を? しかも一生。じゃなくて、生まれ変わっても……」
「はい。どの一生でも強力に産まれます。力を半永久的に奪われると言う理由ももちろんありますが、神々が魂に恩恵を滅多に授けないと言うのは転生先では人が変わってしまう可能性があるからです」
な、なるほど。
しかも解けないときた。
魂に恩恵を授かるのは本当に凄い事なのだろう。
「『魂』に『恩恵』を与えると言う行為は、その人の『今世』も、『前世』も『来世』も全て認める……。そういった意味があるんですよ」
と、そう最後にエリア様が話を締めた。
前世も来世も認められる、か……
「そんなすごい人、会ってみたいなぁ」
◯
「うおおぉりゃぁぁぁーー!」
と、どこか遠くから、叫び声の様な、雄叫びの様な声が聴こえてくる。
まだ年若い、女性の声だった。
得体の知れないその声は、疑問に思う間も無く近くなって行き──
「確保ー!」
「ぐぶぅっ!?」
橙色の物体が横切ったかと思うと、それは一目散にエリア様へと打つかった。
そして抵抗無いエリア様を羽交い締めにする。
「ったく、探したぜ」
そう言って犬歯を剥き出しにするのは一人の少女だった。
緩く丸みを帯びた明るい橙色の髪を肩口で揃えた、齢十四前後と見られる少女。
瞳の色も橙色である。
身長はエリア様より低く、羽交い締めにされたエリア様が少々たじろいでいる。
「な、何ですか!?」
「この魂! この髪色! これだけで要件は分かるだろ!」
と、慌てた様子のエリア様に、その娘が頭を粗く撫でて返した。
なるほど。
レミリアの所の娘か?
服装もレミリア達と似通った物で、白の基調に所々橙色の刺繍があった。
「い、いや、私もう捕まってるって言うか、その」
「え?」
と、エリア様の言葉に虚を衝かれた様に勢いを失くす橙髪の娘。
「れ、レミリアさんって分かりますよね? その方に」
「何それ聞いてない!」
「今日の事なので」
エリア様は苦笑する。
「あ。失礼しました」
「いえ」
と、大人しくエリア様を解放する橙髪の娘。
そして改まって向き直り。
「私の名はミレンです。以後、お見知り置きを」
「どうもー」
片手で服を摘み、優雅にお辞儀した橙髪の娘改めミレンさん。
僕らも軽くお辞儀する。
「ん。じゃあ行こう」
そんな事もあり、僕らは教会へと戻った。
◯
この世界に来て三日目。それももう終わろうとしている。
そして僕達は一日か何日か、教会に泊まる事となった。
何でもエリア様ではなく、僕の処遇をどうするかで迷っていると。
異世界人ってのはそんなに異端視されるものなのかな?
そこの所よく分からないが、天界からの処遇によっては行動が制限されるかもと。
情報入り乱れる組合への立ち入り禁止とか。
……もう行っちゃった上に依頼まで受けたんだけど。
僕達の間では依頼を受けてしまった事は秘密にしておく事に決まった。
もしもの時の切り札にすると。
怒られても知らんぷりしよ……
「ふぅ~」
そう一息吐きつつ、僕は浴室から出た。
教会に設備されていた風呂へと入っていたのだ。
ちょっとのぼせた。
適当に用意された下着を着る。
寝間着もレミリアから渡されたが、寝間着と言うより何か制服っぽい。
白地に所々緑の刺繍があって、ちょうどレミリアが着てた様な……って、レミリアのかな?
ま、いっか。
気にせず袖を通した。
何か、ちょっといい匂いした。
◯
脱衣場から出ると、こちらの壁に腕を組んで凭れ掛かる人物が居た。
レミリアだ。
「どったの? レミリア」
気軽に声を掛けると、レミリアは腕組みと壁に掛かるのをやめ。
「二つ程、訊いておきたかったニャ」
そう真面目な表情で言ってくる。
この表情はあの時、夜間の見張り中に質問して来た時と同じ表情だ。
「何?」
正直僕にそんな気負う様な質問は無いと思うが、向こうが真剣なのだ。こちらも真面目な態度で応えよう。
「異界出身、なんだよニャ?」
「そう、だけど」
やっぱ不味いのだろうか。
「天界には、包み隠さず報告するけど、いいニャ?」
「う、うん」
僕に隠さなきゃいけない事があるのか、そこから疑問だ。
第一にあったとしても、それが不味い事なのか僕には分からない。
「もう一つ質問ニャ。向こうでは、どうやって死んだニャ?」
僕はその問いに対し、少しの間沈黙した。
「ねぇ、レミリア。その質問の前に、一つ聞いてい?」
「ん? なんニャ」
「僕って、やっぱ死んでるの? 何と言うか……死んだ心地しないと言うか」
僕は自分の右の手の平を見ながら告げた。
風呂上りで赤みも増している。
感触があれば食事の味だって分かる。痛みだってあるのだ。
本当に死んだとはとても思えない。
「あー、まぁ。そう思っても仕方ない、か……。一応言っておくと、ほぼ間違いなく君は死んでるニャ。そもそも、死んでないと普通天界なんて行けないニャ。君の居た第二世界なら尚更」
「そう……」
「で、どうやって死んだニャ? 辛い事訊く様だけど」
「あ、ああ。それが──」
僕はレミリアに自身の死因が不明だと伝えた。
更にエリア様すらも、把握はしてないだろう事を。
「──そう、かニャ……。ごめん、もう一つ質問ニャ」
と、レミリアは思慮に耽る様に眉根を寄せ。
「自覚は無いって事で、いいんだニャ?」
そう、問うた。
僕はその質問に、意図が分からず首を傾げた。
「いや、何でもないニャ……。私からは以上ニャ。じゃ、おやすみニャ」
と、踵を返しそそくさと離れて行くレミリア。
最後の質問は何だったのだろう?
「あ、レミリア。これ、ありがとね」
僕はふと思い出し、自身の右手を上げて服の袖を見せる。
恐らく、レミリアの制服。レミリアはこちらを振り返り、チラリとそれを見ると。
「あ、ああ……ニャ」
覇気無くそう応え、レミリアは行ってしまった。
◯
乾いた音を立て、ドアを閉める。
ここは奥行き幅共に二、三メートル程の手狭な部屋。
全面板張りで左手には小さなベットがある。
右奥にはこれまた小さな机と椅子。
奥の壁には窓があるが、夜の今には関係無い。
僕は暗い部屋の中を進み、ベットに腰掛ける。
……静かだ。
今思えば、こうやって一人で居るのはこっちに来て初めてだ。
僕は壁に背中を預けて膝を抱える。
そのまま何秒、何十秒と過ぎていった。
何も音の聴こえない空間で、何もせずただ過ごした。
──一応言っておくと、ほぼ間違いなく君は死んでるニャ……
頭に残ったあの言葉。
僕はこの先どうなるのだろうか?
お家に帰る為に今まで行動してきた。
正確には天界へ。そこに行けば何とかなると思っていた。
いや、本当は分かっていた。考えない様にしていた。自分が死んでいると。もうどうしようもなく戻れないと。
その大きすぎる可能性から目を逸らしていた。だってどうしようも無かったから。
(天界に戻っても、天国か転生かを決めるだけ。僕は、何の為にエリア様と行動を共にしているのだろう?)
いつの間にか頭を下げ、僕は丸まっていた。
「お母さん……」
またあの日々に戻りたい。
両親が居て、友達が居て、飼っていた動物が居て。
まだ何も、命の尊さも知らなかったあの頃に戻って、過ごしたい。
皆に、また。
「会いたいなぁ」




