1話
キーンコーンカーンコーン
「今日の学食戦争だけは負けられねぇ!!」
俺は電光石火のごとく、教室から飛び出した。
「俺の分も頼むなぁーー、もこぴー」
後ろから悪友の声が聞こえてきたが、他人の食事まで俺の知ったことかよ。精々あまりもののコッペパンでも食べてろや。俺は月に一度のスペシャルメニューを手に入れるんだ。ほかのこのに意識を奪われてる場合んじゃないんだよ。
今日食べられなかったら、また一か月待たないといけないんだ。それに、まったく同じメニューのものなんていつになるかわからない。逃すわけにはいかねぇ。
「くそっ、学食から教室が遠いってのはとんでもねぇビハインドだよ。俺だってチャイムと同時に、先生の話の途中だってのに飛び出してきたんだぞ。それを、俺よりも学食に近いやつら共は……許せねぇ」
2年8組になってしまった自分を恨むしかない。
これが、1組であれば俺は教室数個分、階だって短縮できてたんだぞ。学校の決まりでチャイムがならないと教室から出られないなんてしょうもない決まりがなければ俺は学食が空く前から並んで待機してるってのによぉ。
俺の教室は、そもそも学食とは違う棟という大きなハンデを抱えているのに、さらにクラスの順番でさらに離されている。これは何かの陰謀だろ。
誰が見ても俺が走っているのは廊下だとは思えない程のスピードで廊下を駆け抜けている。
俺の下半身の強さがあって成立しているスピードだ。廊下なんて狭い場所で最高速を出そうもんなら角を曲がり切れず素っ転んでしまうのが普通だろう。しかし、俺は持ち前の下半身を活かして、減速することなく廊下を走っている。これがどれほど凄いことかお判りいただけるであろうか? 今だかつて俺と同じように廊下を走っている奴を見かけたことはない。もちろん素っ転んでる奴は何人も見てきているがな。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ガシャン!!
俺から逃げるように学食に向かっていた男が一人脱落した。
俺から言わせれば転ぶようなスピードでもなかったのだが、こいつに取ってはオーバースピードだったんだろうな。派手に転びやがったぜ。幸い、受け身は取れているようで目を回しているだけですんでいる。廊下で転ぶなんてのは一歩間違えれば大怪我につながる大惨事だ。こいつらは学食のことしか頭にねぇのかよ。自分が出せる限界のスピードくらい自分で見極めろってんだ。命を落とすぞ。
「お先っ!! そこで寝てな!!」
「ま、まってくれぇ!!」
横を通り過ぎる時に意識があるか確認するために軽く煽る。
この様子だと、まぁ大丈夫そうだな。
「今回はいつもよりも転がってるやつらが多い気がするな」
俺が二年の校舎をかけ降りただけでも数人が転がっているのを確認している。普通に考えて異常だ。いくら、今回のメニューが大人気のカレーパンだといってもこんなことが起きるのか?
それとも今回は単純にあほが多いだけなのか? それだったら俺も深く考える必要はないんだが。実際カレーパンの人気がすさまじいというのも何割かの理由をしめているとは思うが、ここまでなるもんか? いや、俺が気にすることじゃないな。俺は一、学食ハンターだ。俺にわからないことはほかのやつらに任せておこう。俺はただ、学食で戦うだけだ。
「よしっ、もうすぐ着くぞ」
何といっても今回は8か月ぶりのカレーパンだからな。
運悪く8か月前は食べることができなかったんだ。今度こそ、何が何でも勝ち取らなければならない。
熱々の焼きたてカレーパン。中にたっぷりと入っているカレールーは絶品という噂だ。それを包むパンも最高だと長い学食の歴史にもその名を刻んでいる。四天王の一角だ。これを食べずして学食ハンターを名乗ることはできない。
「やべぇ、俺だって最速でここまで来たんだぞ。なんだってこんなに人がいるんだよ」
俺の目の前には学食のおばちゃんに群がっている卑しい人間どもの姿が移った。それも一人二人じゃない。何十人という塊になって学食を取り込もうとしている。今から俺はこの中に特攻しなければならないのだ。
「一旦落ち着いて深呼吸をしよう。すぃー、はぁー、すぃー、はぁーよしっ、いけるぜ」
一切の躊躇もなく俺は死の空間へ飛び込んだ。
うわっ、とんでもねぇ力だ。並みのハンターじゃ太刀打ちできねぇぞ。でもなぁ、俺は一流の学食ハンターだ。この程度の人ごみ何てなんの凝っちゃねぇ!!
するすると常人には見えない、隙間の糸を頼りに前へ前へ進む。
この際、けが人を出さないように細心の注意を払っている。俺のせいで、怪我する奴なんて見たくねぇからな。目覚めがわりぃってもんだ。こいつらはこいつらなりに頑張ってるんだよ。だから、俺が買うのはカレーパン一つだけ。買い占めるなんてバッドマナーなことはしない。たとえ、それで満腹にならないとわかっていても買うのは一つだ。
「おっしゃぁぁ!! 幻のカレーパンゲットだぜ!!」
完璧な所作でお金を払い、念願のカレーパンを手に入れることができた。
もうこれで学食に要はないな。帰ろうか……あれ? 何か忘れてるような気も、いや、別いいか。