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異界の狭間のシェアハウス 〜訳あり洋館でひとクセある同居人たちと始める高校生活  作者: 海野宵人


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39 住人たちの素性 (2)

 とにかく「許婚」うんぬんはさておき、アンドリューの話を聞いて少々気になることがあった。


「ねえ、アンディ。守られるためにこの家に来たなら、中学で転校なんかしちゃって大丈夫だったの?」

「大丈夫だよ。ある程度はもう自衛できるようになってたし、多少は魔法も覚えたからね」

「魔法⁉」

「うん。うちは昔『魔法伯』って呼ばれてた家なんだ。だから直系の人間は、多少なら魔法が使える」


 妖精だのエルフだのときた次は、魔法か。少々のことではもう驚かないと思っていたけど、さすがにびっくりする。


「どんな魔法が使えるの?」

「あまりたいしたことはできないよ。映画みたいにほうきに乗って空を飛ぶなんてことは、もちろんできない。せいぜい顔の印象を少しだけ操作したりできるくらいだね」


 それを聞いて、中学時代の謎がやっと解けた。髪を黒染めしてカラーコンタクトを使っただけで、どうしてあんなに日本人の中にアンドリューが溶け込んでいたのか、不思議でたまらなかったのだ。だって目鼻立ちが、どう見たって日本人とはかけ離れているもの。


 にもかかわらず、あの当時は「日本人にしては彫りの深い顔立ち」くらいにしか思っていなかった。魔法で印象が操作できると聞けば、納得だ。平和荘で会ったときに、どこか印象が前と違う気がしたのは、気のせいなんかじゃなかったわけだ。


 アンドリューの事情に納得すると、今度は残る二人、つまり松本さんとメアリーにも何かあるんじゃないかと気になる。食事を口に運びながら、ちらりと松本さんのほうを見やると、ステファンが含み笑いを浮かべて説明した。


「カルロスは、陰陽師の家系の出なんだ」

「今はそんなもんじゃ食べてけないから、手に職つけようとしてるけどね」


 ステファンの紹介に、松本さんはおどけたような表情を作ってにこにこと返す。決して謙遜などしないこういう態度が、絶妙に容姿を裏切っていて日本人っぽくないんだよなあ。顔は完璧に日本人なのに。


 なお、松本さんの言う「手に職」とは、弁護士資格のことだろう。松本さんはすでにブラジルでは大学を卒業して、弁護士資格を取得済みだ。けれどもステファンの事務所で国際弁護士として仕事をするために、日本の弁護士資格も取得する予定でいる。そのために今は、日本の大学の法学部に三年生から編入して勉強しているのだ。そんな松本さんは、ステファンからの評価がとても高かった。


「呪いの解析や、解呪の手法には、日本独特のものがあるんだよね。妖精界では手も足も出ない事件を、結構あっさり解決してくれたことがある。すごく頼りになるよ」


 サンバの国からやって来た、ノリがラテンな陰陽師かあ。何というか、見た目としぐさや表情のそぐわなさ以上に、出身と肩書きのミスマッチ感が激しい。でも頼りになりそうなのは、すごくわかる。


 納得したところで、残るひとりに自然と視線が吸い寄せられていく。メアリーには、どんな秘密があるんだろう。メアリーは私と目が合うと、楽しそうににっこり笑った。


「期待を裏切って申し訳ないけど、愛し子でも取り替え子でもないわよ。ただのアニメオタクです」


 自分のことを「アニメオタク」と言い切るメアリーに、私は吹き出した。ステファンも一緒になって笑いながら、こんなことを言う。


「でもオタクって種族は、なかなか侮れないんだよ」

「そうなの?」


 オタクを「種族」に数えているところが、何だか笑える。でも確かに、どことはなしに「異文化の人々」という感じではあるかもしれない。


「うん。こういう事態にも順応性が高いし、案を出してほしいときには引き出しが多いし、これまでずいぶん助けられてるよ」


 なるほど。


 この家の住人たちは変わった人ぞろいだと思っていたけども、私が思っていた以上にずっと変わった人たちだった。国際色豊かな住人だな、くらいは思っていても、まさか文字通り世界が違う人たちが集まって暮らしてるなんて誰が思うだろう。


 そしてふと、この家の住人にはまだ私の知らない人がひとりいることを思い出した。ずっと留守にしているという、家主のことだ。私はステファンに向かって質問してみた。


「ねえ、家主ってどんな人なの?」

「今日帰ってきた人だよ」

「えっ、お父さんなの⁉」

「まさか」


 今日帰ってきた人というから父かと思ったら、ステファンに笑って否定された。父ではないなら、誰だろう。私が首をかしげると、父が教えてくれた。


「私はこっちでは、法的な手続きが一切できないからね。登記上は美咲の名前にしてある」


 まさかの母だった。

 でも、それならそれで、また別の疑問がわく。


「だったら、どうしてここで暮らさなかったの?」

「小さい頃の千紘には、危ない場所だったからねえ」


 父の答えに、私は首をかしげる。幼いアンドリューがここで暮らすようになったのは、どこよりも安全な場所だからじゃないの? 私の不思議そうな顔を見て、父は笑った。


「アンドリューには安全な場所だった。でも、千紘には危険だったんだ」


 意味がわからず首をひねっていると、父がさらに説明してくれた。この家には結界が施されているから、妖精界からの連れ去り対策は万全だ。だからアンドリューにとっては安全な場所だった。では、どうしてそれが私にとっては危険な場所となるのかというと、私には妖精の血が流れているから。


 異界のほころびのある場所であっても、人間であれば自分から妖精界に迷い込むことはない。だから妖精界から入れないよう結界を施してあれば、連れ去られる危険はなくなる。けれども、妖精の子どもとなると話が別だ。目を離したが最後、異界のほころびがあればどこからでも妖精界へ迷い込んでしまう。しかも私は愛し子の娘でもあるものだから、本当に危なっかしくて目が離せなかったそうだ。


 だったら妖精界に入れなくするよう結界を施せばよさそうにも思うけれども、双方向の結界というのは非常に複雑で、構築するのも維持するのも、途方もなく大変らしい。たったひとりの子どものためにそんなものを作るよりは、異界のほころびのない場所で子どもが大きくなるまで暮らすほうが合理的だ。そんな理由で、両親はこの家を離れ、異界のほころびの少ない地域にある、あのマンションで暮らしていたというわけだった。

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