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03 卒業式 (3)

 そんな中学生活も、やっとこれでおしまいだ。卒業できてうれしい。本当に、うれしくてたまらない。


 自分の心が晴れやかだからか、卒業式で涙ぐんでいる子を見ると、何だか不思議な気持ちがした。そんなに泣くようなことが、本当に何かあるんだろうか。「感動して泣いている自分」に酔ってるだけじゃないの、なんて辛辣なことを思ってしまう。

 泣いている子のひとりが従姉妹の美奈だから、よけいにそう思うのかもしれない。


 卒業式が終わった後、同級生たちはみんな体育館付近でたむろしていた。でも、その輪の中に入ろうとは思わない。どうせ卒業したら接点のなくなる人たちだ。ただし同級生はどうでもいいけど、お世話になった担任の先生にだけはきちんと挨拶しておきたい。それで、先生を囲む生徒たちの数が減るのを待ってから声をかけた。


「先生、今までどうもありがとうございました」

「お、千紘か。卒業おめでとう!」

「ありがとうございます」


 同じクラスに佐藤が二人いるので、後から転入してきた私のほうが名字でなく名前で呼ばれることが多い。ただ単に「佐藤」と呼んだら、たいていは美奈のことだ。

 先生は祝いの言葉をかけた後、家の心配をしてくれた。


「進学先のこと、伯父さんにはもう話したのか?」

「はい。散々文句は言われましたけど、最後は認めてくれました」

「よかったな。進学先でも、千紘なら心配ないだろうさ。頑張れよ」

「はい」


 この先生には、本当にお世話になった。希望の進学先に入れることになったのも、先生のおかげだ。いろいろな感謝の気持ちを込めて、深々と頭を下げてから、私は体育館を後にした。


 体育館を離れると、学校内はしんとしている。みんなまだ体育館で名残を惜しんでいるようだ。


 誰も戻ってこないうちに、さっさと帰ろう。そう考えて教室の扉を開けたら、中に人がいた。情緒なくとっとと引き上げてくる人なんて自分くらいだろうと思っていたから、びっくりした。教室にいたのは、北川きたがわ雅人まさとだった。


 実を言うと、私はこの彼が少し苦手だ。まあ、しおちゃんを除いて男子全般が苦手なんだけど、北川君はその中でも特に苦手な部類だった。なるべく接触しないよう、気をつけていたくらいには苦手だった。


 なぜそんなに苦手かというと、彼は目鼻立ちが整っていて背が高めで、誰にでも人当たりよく人気者だから。要するに、女の子たちの間で「好きな人」に挙げられる男子の筆頭だからだ。


 そういう人と下手に接点を持つと、やっかみから女子グループの反感を買いやすい。だから女子に人気のありそうな男子なんてものは、私にとっては基本的に敬遠すべき対象なのだ。何もしなくたってすでに私の中学生活の質は底辺なのに、これ以上、追加で嫌な思いなんてしたくなかった。


 その北川君は、窓際の机の上に腰を下ろし、窓枠に腕をかけて窓から外を眺めていた。他の誰かがやったらキザったらしく見えそうなのに、不思議とよく似合っている。そういうところが苦手なんだけど。


 扉が開いた音に気づいて振り向いた北川君は、私と目が合った。別に彼と話すことなど何もない私は、小さく会釈して帰り支度を始める。そのままさっさと帰ろうと思っていたのに、彼のほうから声をかけてきた。


「千紘さん、早いね」

「うん」


 北川君からかけられたのは、何ともコメントのしようのない言葉だ。だから適当に相づちを打って、そのままフェードアウトして帰ろうとした。なのに続けて、「千紘さんはさ」と話しかけられてしまった。仕方なく足をとめて、振り向く。


「俺のこと、きらいだよね……」

「え?」


 思いもかけない言葉に虚をつかれ、思わず間抜けな声をもらしてしまった。北川君のことはずっと苦手に思っていたけど、別にきらいではない。同級生の他の男子たちみたいに子どもっぽいところがないので、話すのが楽な相手だと思っていたくらいだ。ただ単に敬遠していただけで。


 それに、例の男子コンビにつきまとわれていると「もうじき予鈴が鳴るぞ」とか「日直が宿題のドリル集めてたぞ」とか、さりげなく声をかけて助けてくれることも多かったから、感謝はしている。


 だけど私のほうに苦手意識があるせいで、嫌な思いをさせていたなら申し訳なかった。だから、はっきりと伝えておこうと思った。どうせもう最後だし、卒業したらこの学校の子とは付き合いもなくなる。


「別に、きらいではなかったよ」

「本当に?」

「うん」


 なぜか北川君は、パッと顔を輝かせた。


「じゃあ、高校でもよろしく!」

「あー……。うん、機会があればね」


 そんな機会なんてないんだけど。と思ったら、ほんの少しだけ罪悪感がわいた。その小さな罪悪感を押し殺し、「バイバイ」と手を振ってから教室を出る。北川君は笑顔で「またね」と手を振り返した。


 私は、地元の高校には進学しない。一応カムフラージュのために、県立高校も願書だけは出してある。模擬試験では余裕で合格圏内だったから、受ければきっと合格するだろうけど、受けるつもりがない。だって地元で進学してしまったら、美奈と同じ高校に、伯父の家から通うことになるではないか。それだけはもう、これ以上とても耐えられなかった。


 だから私は県外受験をした。伯父の承認なしに受験するには、担任の先生を始めとした大人の協力が不可欠だ。そうした大人の協力者たちのおかげで、無事にこっそり受験ができた。受験して、合格さえすればこっちのものだ。伯父の説得はさほど難しくない。何しろ極度に体面を気にする人だから、進学させないと体面に傷がつくと納得させればいい。そのために名門私立校を選んだのだから。


 県外に進学することは、二日前に伯父に伝えた。案の定、思ったとおりの言葉で反対された。


「こんな学費の高い学校に、うちからやれるわけがないだろう」

「特待生なので、お金の心配はいりません」

「家から出て通うなら、かかるのは学費だけじゃないんだぞ」

「この学校の特待生には生活費の支給がありますから、仕送り不要です。県立高校に進学するより、ずっとお金はかかりませんよ」


 費用面の口実を封殺すると、不機嫌な顔で黙ってしまった。悔しいらしい。別に伯父を言い負かすことが目的じゃないので、一番大事なことを伝えておく。


「中学の先生方はみんな、『うちから特待生枠で合格するなんてすごい』って褒めてくださったんですけどね……」


 大事なことは、二つだけ。

 ひとつは「中学校の先生方はみんな、特待生枠で合格したと知っている」ということ。もうひとつは「先生方から『すごい』と言ってもらえるような進学先」だということ。


 超名門校に合格し、しかもお金の心配はする必要がない。にもかかわらず、私をそこに進学させなかったら、それが周囲の目にはどんなふうに映ることか。この伯父なら、それをとても気にするはずだ。


 伯父は眉間にしわを寄せて黙り込んでいたが、やがてうなるような声で許可してくれた。


「──わかった。好きにしなさい」

「はい。ありがとうございます」


 もちろん私は、満面の笑顔でお礼を言った。


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