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02 卒業式 (2)

 私の地獄のような中学生活は、そこから始まった。


 一応、衣食住は与えられていたから、本当は「地獄のような」と表現するのは言い過ぎなのかもしれない。でも、つらくて何とかして逃げ出したいと思う程度には、きつい環境だった。


 私を引き取った母方の伯父は、隣の県に住んでいる。電車で一時間くらいの場所だ。ただし母とは折り合いが悪く、ずっと没交渉だった。簡単に言うと、伯父は私の父のことが気に入らなかったらしい。


 母の相手が外国人なのがそもそも気に入らないし、結婚せずに同棲していたのも気に入らないし、その環境で母が子どもを産んだのも気に入らなかった。はっきりとそう伯父が言ったわけではなかったけれども、いろいろな言葉をつなぎ合わせればそういうことだ。中学生にだって、それくらいわかる。


 祖父母は他界していて、すでにいない。

 だから伯父は「私生児を産んだ挙げ句に育児放棄して出奔した妹の娘」の唯一の親族として、義務を果たすために引き取ったのだそうだ。この言葉は私の推測なんかじゃなく、はっきりと面と向かって伯父に言われたことだ。そんなことを、両親とも行方不明になって傷ついている女の子に向かって言っちゃうような人だから、母は付き合いたくなかったんだろうと思う。


 伯父の家は、3LDKの一軒家だ。私を引き取る前提の家ではないので、私の部屋なんてない。客間である和室に布団を敷いて寝ていた。あくまで客間であって、私はそこに寝かせてもらってるだけ。だから、起きたら布団を上げて、きれいに片付けておかないといけない。


 私物は納戸にカラーボックスとハンガーラックを置いて、そこに置かせてもらっていた。部屋がないくらいだから、自分の机ももちろんない。勉強するならダイニングテーブルを使うか、市立図書館まで出かけて学習室を使うしかなかった。おかげで、宿題は家に持ち帰らずに、学校の休み時間に手早く済ませてしまう習慣がついた。何というかこう、居候であることをこれでもかと実感させられる日々だ。


 伯父の奥さんは、伯父とは違って私に対する当たりが強かったわけではない。「こんな場所しか用意できなくて、ごめんなさいねえ」と申し訳なさそうな顔をしながら、納戸に私物置き用の場所を作ってくれたりもした。


 けれども、かといって伯父が嫌み三昧のときに止めたり、かばったりしてくれるわけではない。食事を作ったり洗濯をしてもらっているのは間違いないので、その点については感謝していたけど、逆に言えば、それ以外にはあまり好きになれる要素のない人だった。


 伯父の家には、私と同い年の従姉妹がいた。美奈みなという子で、私と同じくひとりっ子。おしゃれが好きそうな、いかにも女の子らしい子だ。そして好きになった男子の話や、芸能情報が大好きな子。


 正直まったく話が合わない。でも、最低限の友好関係は築いておきたかったから、慣れない愛想笑いを駆使して頑張ってみた。その甲斐あってか、最初のうちはかなりかまい倒された。美奈の所属する女子グループを紹介されたりもした。でも、学校帰りにどこかに遊びに行こうと誘われても、お小遣いをもらってない私は断るしかない。何度か断り続けたら、やがて誘われなくなった。


 そう、伯父は美奈にはたっぷりお小遣いを渡しても、私には一円たりとも渡さない。「ふしだらな妹の娘なんかに金を渡したら、どんなろくでもないことに使うかわからないから」だそうだ。


 いや、もう、嫌みを言わないと死んじゃう病気か何かなんだろうか。私の両親が事実婚だからって、ふしだらと言われる理由にはならないのに。本当に腹が立つ。お小遣いがないのは不自由だったけど、こんな人にねだるくらいなら、お小遣いなんていらないと思った。


 ついでに、美奈にはスマホを持たせているのに、私には持たせてくれない。いわく「ふしだらな妹の娘にスマホなんか渡したら(以下略)」だそうだ。


 そんな事情で美奈のグループから誘われることがなくなったら、放課後だけでなく普段も距離を置かれるようになってしまった。その上、何だか美奈の態度までそっけない。何か気に障ることをしてしまったのかと思って、腫れ物を触るような気持ちで接していた。


 でもある日、知ってしまった。彼女が「同居している従姉妹にいじめられている」と学校で言いふらしていることを。


 もちろん、私はいじめたりしていない。人づてに聞いた話では、美奈は「周りに人のいないときを見計らって、意地の悪いことを言ったりしたりする」と言っているらしい。「証人を作らないよう計画的に意地悪するところが陰険」なんだそうだ。私にしてみたら、その言い分のほうがよほど陰険なんだけど。


 美奈のグループの子たちに距離を置かれた私は、それ以外の子たちからも何となく距離を置かれるようになった。触らぬ神に祟りなし、という感じなんだろう。それだけでも十分に学校生活はギスギスしたものになったのに、さらに追い打ちをかけられた。


 いかにも頭の悪そうな男子コンビにつきまとわれ、しつこく罵倒されるようになったのだ。隣のクラスから、わざわざうちのクラスまでやってきて罵倒する。この男子たちのボキャブラリーは哀れなほど貧困で、「ブス」「不細工」「化け物」の三つしかない。小学生だって、もう少し悪口にバリエーションがありそうだ。ブスと不細工はまだわかるにしても、化け物って何だろう。まったく意味がわからない。


 もっとも、どれほど意味不明だろうと、たいした害がなかろうと、しつこすぎて苦痛だった。休み時間に廊下に出ると、必ずと言っていいほどつきまとわれる。特に月のものが来たときに、トイレと教室の往復までつきまとわれるのは、本当に勘弁してほしかった。


 この男子たちは頭が悪そうな割に狡猾で、先生たちの目があるところでは、絶対にやらない。でもこれ、中学校内だから「馬鹿な男子」で済まされてるけど、校外で同じ事をしたら通報案件の変質者じゃないかと思う。 


 その上さらに気の滅入ることに、嫌な場面を見てしまった。この男子たちをたきつけていたのは、実は美奈だったのだ。私のほうを指さして「ほら、あそこにいるよ。ブスって言っておいで」と小声であおっているところを、ばっちり目撃してしまった。


 どうしてそこまでするんだろう。私の存在が気に入らないなら、それはそれで仕方ない。でも、せめて放っておいてほしい。


 こんなときには、無性にしおちゃんに会いたくなる。会って話して、「あいつら馬っ鹿だよねー」と笑い飛ばしてほしかった。でも、ここにしおちゃんはいない。伯父の家に引き取られるときに、転校してしまったから。引き取られると急に決まったときには、バタバタしていてしおちゃんに連絡先を知らせることができなかった。


 だから、伯父の家に落ち着いてから手紙を出してみたのだけど、待てど暮らせど返事は来ない。郵便事故を疑って、その後も何度か出してみたものの、残念ながら一度も返事が来ることはなかった。

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