13 入学式 (3)
家の門のところから、私はしおちゃんの手を引っ張りながら玄関の前まで小走りで行き、ブラウニー・アンに話しかけた。
「ブラウニー・アン、玄関を開けて」
「はい」
玄関ドアがひとりでに開くと、しおちゃんは目を見開いた。私が「ね」と声をかけても「うん」と生返事をするばかりで、何やら難しい顔をしてドアをしげしげと観察している。
「このおうちは洋館だから、靴のまま上がってね」
放っておくとそのままいつまでもドアを観察し続けていそうなので、しおちゃんの手を引っ張って階段に向かった。
「部屋は二階だよ」
「え、部屋まで連れてくの?」
なぜか焦ったような声を上げたのは、アンドリューだ。
「そうだよ。部屋を見せたいもん」
「じゃあ、俺も行く」
「なんでアンディまで来るのよ……」
別にアンドリューには見せたくないんだけど。私が露骨に迷惑そうな顔をすると、アンドリューはひるんだように「だって」とか何とか、ぶつぶつとつぶやいた。その様子を見て、ステファンが笑い声を上げた。
「千紘ちゃんは年頃の女の子だから、心配してるんだよ」
「えええ? だって、ちょっと部屋を見せたいだけなのに」
「なら、昼食の前に案内しておいで。でも、もうご飯の支度はできてるから、すぐ降りてこないと冷めちゃうよ」
「はあい」
私はしおちゃんの手を引いて自分の部屋に向かった。ドアを開けて中を見せると、しおちゃんは感心したようにうなずいた。
「いいねえ。映画のセットにありそうな感じじゃない」
「でしょ? でね、お風呂もすごいの。来て」
しおちゃんを引っ張ってさらに寝室への階段に向かうと、しおちゃんは驚いたような声を出す。
「え、メゾネットなの? すごいじゃん」
「メゾネットって何?」
「こうやって階段でつながってる続き部屋ってこと」
一番見せたかった浴室に連れていくと、しおちゃんは「いいなあ」とうっとりしていた。いかにもしおちゃんが好きそうな、上品でエレガントな感じの浴室なのだ。
「すごいね。本物の洋館なんだね」
「うん。最初は私もびっくりした。んじゃ、ご飯にいこっか」
「うん」
階段を降りていくと、玄関から松本さんが入ってくるのが見えた。
「松本さん、お帰りなさい」
「ただいま。お客さん?」
「うん。小学校の頃からの友だちです」
「そうなんだ。住人のカルロス松本です、よろしく」
松本さんは、相変わらずの人なつこい笑顔で挨拶する。しおちゃんもそれに「同級生の佐伯淑生です」と会釈しながら挨拶を返した。
「松本さんはね、淑英大学の学生なの」
松本さんは午前中しか講義がないときなどは、家で食べているようだ。落ち着いて食べられるし、何より学食よりおいしいからだそうだ。確かにそれは大事。社会人組も、昼食を家で食べていることは結構ある。今日は、メアリーが帰ってきていた。
ステファンとアンドリューは、すでに食事を始めている。
私はお客さまのしおちゃんを椅子に座らせて、戸棚から食事を出して用意した。平和荘の昼食は、だいたいがワンプレートの食事だ。今日は和風ワンプレートだった。大きめのお皿に焼き魚、煮物、和え物が二種類、漬物、小さな焼きおにぎり二個がきれいに盛り付けられている。それに、おみそ汁。
お昼は和風だけじゃなく、イギリス風だったりフランス風だったり、マレーシア風やブラジル風もときどき混じる。ナシゴレンやガドガドは、この家で初めて食べた。ナシゴレンは見た目がちょっとガパオライスに似たマレーシア風チャーハン、ガドガドは蒸し野菜サラダだ。どっちもカラフルでおいしい。
私が食事を出している間に、しおちゃんはメアリーと挨拶を交わしていた。メアリーは、今日は体にぴったりした黒のスーツを着ている。膝上丈だけど、仕事用だからか今日はそこまでミニじゃない。でもセクシー。しおちゃんは挨拶の後、ぽつりと「ちいちゃんから聞いてたとおりの人だ」とつぶやいた。
「あら。何て聞いてたの?」
「美女だって」
「やだ、二人ともいい子じゃないのー」
しおちゃんの言葉に、メアリーはご機嫌だ。
私は「アニメオタクのセクシー美女」と言ったはずなんだけど、いろいろざっくり割愛して最後の部分だけ切り取って伝えるところが、さすがしおちゃん、世渡り上手。しおちゃんは学校では同級生たちになじんでなくて、一匹狼っぽく過ごしていたけど、勉強ができてしっかりしているから、先生がたを始めとして大人の受けはとてもよかったのだ。
のんびりおしゃべりしながら食べたので、食べ終わったのは私としおちゃんが最後だった。空になった食器は、挨拶しながら戸棚に戻す。
「ブラウニー・アン、ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
ブラウニー・アンの返事を聞いて、しおちゃんは目をパチクリさせながら辺りを見回す。そして、首をかしげながら不思議そうに質問した。
「ねえ、スピーカーはどこにあるの?」
「え、スピーカー?」
「うん。スマートホームなら、スマートスピーカーを使ってるってことでしょ。どこに置かれてるのかな」
それは私にもわからない。スピーカーなんて、見たことがないような気がする。わからないときは、質問だ。
「ブラウニー・アン、スピーカーはどこにあるの?」
「すみません。その質問にはお答えできません」
ブラウニー・アンに答えられないなら、私にわかるわけがない。私はしおちゃんに肩をすくめてみせた。しおちゃんは首をひねりながら、理由を考えている様子だ。
「セキュリティ上の関係なのかな」
「かも」
スピーカーの位置問題にはあまり興味のない私は、しおちゃんを引っ張ってリビングに向かった。ステファンから、友だちを呼ぶなら自室ではなくリビングにするように言われていたから。たぶん、みんなの居室のある二階で騒がしくすると迷惑になるからだろう。
「ここにはプロジェクターがあるんだよ。あっちの壁に映せるんだって」
「いいなあ。高精細のゲーム画面を映したら、迫力ありそう」
「あると思う。映画も迫力あるって松本さんが言ってた」
「抽選が当たって新型ゲーム機が買えたんだけどさ、今度持ってきてみてもいい?」
「うんうん。私も見てみたい」
その後はソファーに座って、ひたすら近況報告をし合った。しおちゃんが詳しく聞きたがるので、伯父の家での暮らしや、中学生活について、悲しかったあれこれを余すことなく話して聞かせた。思ったとおり、しおちゃんは伯父や同級生たちの仕打ちに怒ってくれた。
「ほんと、そいつら馬鹿だよねえ。中学生にもなってさ」
「ねー」
「気になる女の子にちょっかい出すにしても、最悪の出し方だな。小学生だって高学年になれば、もうちょっと知恵を使うだろ」
「え?」
しおちゃんに言われた言葉にびっくりして、私は固まった。しおちゃんは笑いながら「そういうことだと思うよ」と言った。本当にそうなのだろうか。
そういうことなのかと思ったら、なおのことあの男子たちが嫌いになった。嫌いというか、気持ち悪い。ストーカーの卵みたいなものじゃないの。震えが走って鳥肌が立った腕をさすっていると、しおちゃんが申し訳なさそうな顔で「ごめん」と謝った。
「気づいてないなら、気づかないままでよかったね」
「ううん、教えてくれてありがとう。どのみちもう、二度と関わることはないだろうけどね」
近況報告がひと区切りしたところで、しおちゃんは帰って行った。お互いに明日の準備があるから、名残惜しいけどあまり遅くまでは遊んでいられない。明日はコミュニケーションキャンプなのだ。




