第8話 職業診断
次の目的地のグランラザニアまではもう少しのようだったので、負傷した状態のまま俺たち引き返さずそのまま先を進む。
といっても俺はソーニャにおぶられた状態でだが。
そうとも、いま大の男の俺が年端もいかぬ少女に軽々と抱えられている。
「なあ、いい加減に話せよ」
およそ女の子とは思えない力強い足取りが生み出す揺れに身を委ねつつ、俺はソーニャの後頭部あたりで催促する。
さっき起こった奇跡のわけを話すには心の準備がいるようだ。
ようやく覚悟が決まったのか、前から酸素を早く吸う音が聞こえた。
「学校に入るとまず職業の適性検査をされるんです。『夢見式』っていうですけど」
「夢見式?」
なんだろう、そのハンターハンターに出てくる水見式のパクリみたいなのは。
ナルトでもそういうの一瞬だけ出てきたよな。
「えっと、視聴覚室で催眠に掛けられて夢うつつの状態でテストを受けるんです」
「視聴覚室って久しぶりに聞いたな」
思いもよらない懐かしい響きに俺は笑う。
俺の世代ではまだ僅かに現存していたが、いまではあまり残っていない学校設備の部屋名だ。日本ではプロジェクターがあり教育番組を見せられたりした記憶があるが、こちらの世界ではどういう使い方をしているのだろう。
「そこで幻覚を見せられていろんな場面を体験させられるんです。洞窟とか街とか塔とか、あと岩運びする場面とか。その架空の条件の中でどんな行動をとるかで職業の適性を調べるんです」
近代の表現でたとえるなら、VR空間で選択肢を選ばされるみたいなものか、と俺は勝手に解釈する。
「日常で岩運びする場面ってあんまりイメージできないけど。変わったテストだ」
しかしどんな過程を辿ったらそんな場面と出くわすのかよくわからない。
「岩のせいで道を進めないおじいさんが困っていて……とにかくいろんなシチュエーションに連れていかれて選択肢をいっぱい答えさせられるんです。で、私めっちゃ正直に答えていったんです。僧侶になる気まんまんで」
「んでどんな診断結果になったんだ?」
「一点の曇りもなく格闘家向きでした」
「おっほっ」
失礼だが吹き出してしまった。そのせいで痛みがぶり返す。
いや笑ってる場合じゃない。出血で死ぬ。
「ちなみに岩はどれくらいどけてやったんだ? その数というか、量で判断されたんだろうと思うけど」
「拳で破壊しました。正拳突きで」
「なにしてんの自分」
たぶん前例ないぞ。押して、どけてやれ。
「それで僧侶の素質は欠片もなしに。それでも無理矢理に回復魔法科に通ったんです。でもやっぱり才能は開花せず最終的に退学に……とほほ」
「なるほど。どおりで回復魔法が使えないわけだ」
そこで遅ればせながらあることに俺は気づいた。
どうやってこれまで瀕死になった成人男性を、誰が、教会まで運んでいたのか、という疑問と答えだ。
気づいたときには教会にいたので毎度不思議にも思っていなかった。
でも彼女の素質ならそれくらいできたのだろう。伏線回収終了。
「でもさ、なんでそれを隠してたんだ? というか別に格闘家でもいいだろ?」
「お母さんの遺言なんです」
「お母さんはなんて?」
「この世界は女の子がひとりで生きていくにはあまりにも厳しい社会だから、早く勇者様を見つけて、結婚という永久就職をして、勇者手伝いとして扶養家族になるのよって」
「いいお母さんじゃないか。でもそれと僧侶はどう関係してくるんだ?」
「僧侶のほうが勇者様と合コンしたとき有利だって」
「ん?」
なんて?
「むきむきの格闘家より、か弱い僧侶のほうが絶対にモテるからって、あなたは絶対に格闘家になっちゃいけないわよ、と母は言い残して死にました」
「なんて遺言を残して逝くのお母さん」
話をまとめるため、俺は一度だけ確認する。
「つまり格闘家としての天賦の才を持ちながら僧侶をやっているのは」
「お嫁にいけなくなるからですっ」
「しょうもなっ」
だがそういった差別はこちら側にもあるのであまり強く言えないのが悲しいところだ。高身長より低身長。利発よりお馬鹿。自立よりちょっと頼りない。そのほうが確かに男好きはするだろう。
そう考えてみればソーニャはその可愛いヒロイン像を体現していると言える。
ちんちくりんの体、呑気なのほほんとした顔、天然な性格。
総じてヒロインレベルは高い。
ただし、さっきの鬼のような脳筋プレイを目にしていなければだが。
そんな俺の心を見透かしたようにソーニャは俺をどすんと落っことし、顔を覆いながらしくしく泣き始める。
俺を落とすな。怪我人だぞ!
「だからそのことは隠しておきたいんです。どうかあれは見なかったことに」
「……別に助けてもらったからいいけどさ。でもあんなに強いならもっと早く助けろよな」
かっこつけた俺めっちゃかっこ悪いじゃん。
あれは絶対に俺の見せ場だったじゃん。
「私、誰が何と言おうと僧侶ですから。あとお嫁にも行きますから」
「にしても死にかけたんだぞ。もっと早く本気出せよ」
「そうしたいのは山々なのですが、自分でもうまくコントロールできないんです」
「なんで。すごい素質があるんだろ?」
「それが、その、ずっと回復魔法科に通っていたもので……」
あぁ、という残念な声が俺の口から出た。
つまり才能はあるがその方向に伸ばそうとしたことがないというわけだ。
また伸ばすつもりもなしと。
「才能があるのに使い方を知らない、か。なんとも難儀な」
「さっきだって無我夢中で自分が何をしていたか憶えてないんです」
「僧侶パンチとか僧侶キックとか言ってたぞ」
「よかった。ちゃんと回復魔法を使えてたんですね」
「いや使えてねーって。しっかりしろっ。気をしっかり持てっ」
だってあれ純粋に殴ってただけじゃん。
「勇者様ごめんなさい、こんな使えない僧侶で」
ソーニャは再び俺を軽々とおんぶして申し訳なさそうに謝る。
そんな健気な姿を誰が責められようか。
「いいよ。どうせ俺も使えない勇者だし」
それからしばらく無言が続き、ようやく森の外側まで出た。
緑が絨毯がそよそよと揺れる広い野原がどこまで続いている。その先、遠くに巨大な城と尖塔が見えた。
怒りも何もかも忘れて、ひたすら新しい土地に訪れたとき特有の高揚感に包まれる。
ようこそ新しい地形。
「いよいよつきましたね」
「ああ、あそこに新しい仲間がいる」
「二人目の仲間がどんな方なのかわくわくしますね」
「少なくとも俺らよりはましだろ」
ひとりめの仲間、僧侶ソーニャ。
回復魔法が使えない僧侶。
適正に難あり。
まあ次の仲間に期待しよう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――