第7話 会心の一撃
うっかり勇者狩りしている中ボスとばったり出くわしてしまった場合、やることはひとつだ。
俺が勇者でないことをはっきり伝えて見逃してもらう。ふたりが助かる方法はもうそれしかない。
俺が選ばれしもの、プレイヤーではないなら、わざわざ戦う必要はないし、殺される謂れもない。正直にちゃんと話そう。向こうだって無駄な手間は嫌だろう。
「なあ聞いてくれ。はっきり言うぞ。俺は勇者なんかじゃあない。強くもないし、世界を救うとか正義感もないし、人間のクズだ。だからわざわざ四天王みたいないいポジションにいる幹部が手を下すまでもない男だ」
身振り手振りを交えて俺は必死に無為無能さをアピールする。
「むむ、そうなのか?」
「そうとも。俺はちゃーんとはっきりくっきり勇者じゃない」
「ではなぜ旅をしている? 魔王様の元を目指しているのではないのか?」
「旅? はてなんのことだべぇ。オラはただ都会に観光をしにきた田舎者でさぁ」
「なんか急に話し方が変わってないか?」
「そんなことねえっぺよ。元からこうだっぺよお。やだなぁ」
苦しいが、これも仕方がない。
自分が悪くなくても頭を下げることくらい社会人にとっては当たり前のことだ。
そう、これくらい。なんのことはない。
「ふむ。確かに勇者ではなさそうだな。こんななまった話し方をする勇者などいるはずかない」
「ささ、お帰りなすってぇ。どぞどぞぉ」
「では帰るとするか。いや待て。観光ならばなぜ仲間を連れている? その女のローブは僧侶特有の法衣だろう」
俺は音が鳴らない程度に舌打ちする。魔物の癖になかなか賢い。
知能が高いなら、恐らく姑息な嘘をついてもさらなる矛盾点を突かれ窮地に陥る公算が高い。
ならばいっそ正直に話すのが吉だろう。
幸いなことにこれかから打ち明けるのはほぼ真実だ。
「この子が勝手に俺を勇者だと勘違いしてついてきているんだべぇ。まったく何を勘違いしているんだかなぁ」
「なるほど。俺様と同じというわけか。しかしこんなへこへこする情けない小物を勇者だと勘違いするとはな。わっはっは」
クイコンドルが腰に手を当て愉快そうに笑い、俺も合わせて笑う。
強い者に下手に出るなんて惨め以外の何物でもないが、生きるためには必要なことだ。
が、ようやく作り出した生還のムードをぶち壊す声がした。
「違います!」
和やかな空気を裂いたのはソーニャだった。
彼女は両拳を振るわせ顔を険しくしている。俺が初めて見る表情をしていた。
「お、おいソーニャ」
嫌な予感がして制止しようとしたが彼女は止まらなかった。
「この人は本物の勇者様です。私は初めて会ったときそれを確信しました。勇者様を馬鹿にすることはっ、この私が絶対に許しません!」
この馬鹿野郎、と言ってラリアットしてやりたかった。
せっかく生き延びるために恥をさらしてまで一芝居打ったというのに。
だけど、この子は本当に俺が勇者だと信じているのだ。
いや信じようとしているのだ。
小さな体から生まれた威勢はよかったが、その代償はとても大きかった。
「ほう。本物の勇者か。それを聞いたならここで殺しておかなければならないな」
クイコンドルが顎を上げ、殺傷能力の高そうな鉤爪を構える。
恐らくまともに食らったらオーバーキルされるタイプのやつだ。
いや俺と回復魔法を使えない僧侶じゃ恐らくではなく確実に全滅する。
力強くボスが前へ踏み出してきた瞬間に俺はそれを悟った。
絶体絶命のピンチ。
朝露の一滴が葉の先から零れ落ちるのがわかってしまうほどの緩慢な時間――俺は恐怖に固まるソーニャを見た。
そして神父に言われたあることを思い出していた。
「契約してしまった仲間とどうしても別れたい場合、ひとつだけ方法があります」
「な、なんですか。教えてください神父様」
「死です。通常、瀕死の状態であれば教会で生き返らせることもできますが、それを行うかどうかは生き残ったものが決めること。旅に死はつきものです。あとは、言わなくてもわかりますね?」
この世界の神に敬虔な彼は勇者の命こそが最優先すべきという至ってシンプルな思想哲学を持っていた。
他ならいくらでも代わりがいるが勇者の変わりはいないと。
でもそれは、俺が本物だった場合の話だ。
俺はまあ仕方がない。勇者候補なのだから狙われて当然だ。
王に命じられるまま我が身可愛さに魔王を殺そうとしたのだから殺される。因果応報ってやつだ。
でも、彼女は別だ。
俺なんかを信じついてきてしまったばかりにその有望で若い命を落とすことになる。
俺がもっと勇者らしかったら死なずに済んだ。
だからせめて最後に勇者らしく――彼女だけは守ろうと思った。
「ソーニャ、狙われてるのは俺だ。逃げろ」
彼女は意図を察して泣きそうな顔で俺を見る。
「悪いな。俺は勇者様なんかじゃない。お前を楽しい冒険に連れてってやることも、楽しいエンディングを見せてやることもできない。いままでこんな俺に付き合ってくれてありがとう」
返事を聞く間もなく俺は走り出す。
せめてこの命で時間稼ぎさえできればいいと思った。
誰かひとりくらい守れたら立派なものだろう。
誰しも勝算はなくとも、戦うことならできる。
俺が勇者じゃなくてもそれくらい。
それにどれほど格が違ったとしてもヒットポイントの百分の一くらいは削れるはずだ。
俺は決死の覚悟でこん棒を繰り出す。
「捨て身の一撃!」
だが刹那、何もかもが甘かったと思い知った。彼我の力量差は俺の想像を遥かに超えていた。
クイコンドルの腕の一振りで俺のこん棒はそれを握り込む全身ごと弾かれ左の木に叩きつけられる。
防御したはずだが胸から腹まで深くえぐられていた。
まさか時間稼ぎすらできないなんて情けなくて笑えてくる。
「くっくっく。やはりこんなに弱いなら勇者であるはずがないな。だが俺様に牙を剥いた以上は死んでもらうぞ」
鷹の顔をした化け物がぼやけた視界の中でにやけている。
「ゲームオーバー、だな」
空を見上げて俺は諦めの呟きを漏らしたが、悪い気はしなかった。
目的は達せられた。たいしたことはできなかったが仲間の命だけは救えた。
悔いはない。本望だ。
そう思い死を受け入れようとした時、その仲間がまだ傍にいた。
庇うように両者の間に立ちはだかっている。
なんとソーニャは逃げていなかったのだ。
「なんでだ。なんで逃げなかった。せっかく俺が……」
「勇者様を置いて先に逃げる仲間がどこにいますか? 仲間とは、そう真の仲間とは、全滅するときは必ず一緒なのです」
全滅するときは一緒。それが彼女が己に課した最初のルール。
何やら格好いいことを言っているがそのせいで俺の苦労も無駄に終わった。彼女も死んでしまう。
「偽勇者に続いて今度は偽僧侶が俺様の相手か? くっくっく。つくづく笑わせる」
「早く教会に連れていきたいんです。どいてください!」
ソーニャが精一杯に虚勢を張っている。
だが現実は漫画のようにはいかない。
いきなりここぞというときに覚醒して強敵をあっさり倒してしまうことなどないのだ。
「愚か者にはこの四魔将の恐ろしさを教えてやらねば――」
「だからどいてっていってるでしょうがあああああ!」
刹那、ソーニャの姿がかき消え、クイコンドルの腹部に拳をめりこませていた。
そのままボスがたたらを踏む。
加えて吐き出される吐瀉物と血塊。
「な、なぜこのオレ様がたった一発のパンチでこれほどのダメージを……」
だが彼女の攻撃はそれだけに留まらなかった。
「僧侶パンチ! 僧侶キック! 僧侶エルボー!」
格闘による流れるような凄まじい連続攻撃だ。だがしかし。
「さっきから僧侶の要素が一個もない!」
俺のツッコミも虚しくソーニャのさらなる渾身の一撃が炸裂する。
「ギガ僧侶ブレイク!」
昇り竜のような華麗なるアッパーカットが天へと上り、一緒に打ち上げられたボスキャラが木っ端微塵に砕け散った。
圧倒的武力による制圧。すべてがあっという間の出来事だった。
ふう、と一息ついてるソーニャへ、俺は深手のダメージなんか完全に忘れて忍び寄る。
そっと近づき、そして背後から肩をがっしり掴んで詰問した。
「さあて、訳を話してもらおうかな?」