第5話 勇者の娘
人間は慢心するとつい舐めプをして雑魚敵にも死ぬことがある。これは過去からの教訓だ。
あと回復は大事。めっちゃ大事。みんなも気をつけよう。
反省を生かして今度は慎重に森を進む。
「ヤスミッ。さあどうですか?」
道中の木の幹で休憩しているとソーニャが何か言っていた。
「いやどうですかって言われても」
「ちょっとだけ気分がよくなった気がしません?」
「まあなんとなく、そうかな」
「ザ・ヤスミ」
「ザをつけても変わらないと思うぞ」
ようやく森の奥まったところまで来ていた。
結局あの神父様はパーティーに加わってくれなかった。非常に残念だ。
しかしレベル上げの甲斐あって戦闘もだいぶ苦でなくなってきていた。
もうケンシシも一撃で倒せるくらいだ。
フィールドも順調に踏破していて、辺りはすっかり暗くなりはじめている。なんとこの世界にも地球と同じく昼と夜が切り替わるシステムあるようだ。
「もうすぐ夜ですしここで一拍したほうがいいですね」
「まだだいぶあるのかこの森?」
「あと半分ってくらいでしょうか。闇の中で戦闘は危険です」
「っていっても寝袋なんか買ってきてないぞ」
「私、勇者様と森の中で野宿するって夢だったんですよね」
またソーニャがひとりで舞い上がっている。二言目には勇者勇者と困った子だ。
「地べたで寝るのはいいが、寒さがなぁ」
「すみません。私は火の魔法だけは使えません」
「回復もだろうがっ」
「あはは……とりあえず薪になるようなものを集めてきましょう。火はそのあとです」
天を仰いでいても日が暮れるだけなので燃やせそうなものを俺はかき集めてくる。
ソーニャも材料集めイベントにせわしなく動き回っている。なんだかひとりだけ楽しそうだ。
こういうときひとりでないだけましかなとふと思わされる。
一人より負担が減るし、何より寂しさや不安をまぎらわせることができる。
ひとりだけで野宿、できただろうか。
たぶん怖くて無理だっただろうな。眠れなかったはすだ。
そういう意味で彼女は少しくらい役に立っているのかもしれない。
「さて次は火を起さなきゃいけないわけだが。どうせ何も策はないんだろ?」
こんもりと盛られた薪を前に俺は嘆息する。
ところがソーニャは口許に手をやって変な笑いを漏らした。
「ふっふっふ。私を誰だとお思いですか?」
「そこらへんにいるただの一般人」
「ちなーうっ。勇者様の真の仲間ですよ。火くらい起こせます」
「魔法も使えないのにか?」
「使えなくてもです」
そういうと彼女は懐から取り出した何かで本当に火を作ってしまった。
やがて根気よく待っていると材料からゆっくりと煙が昇りはじめた。やがて炎が生まれて順調に燃え始める。
ソーニャが使用したものは、なんとライターだった。
「それをどこで……?」
しゃがみ込んで火に息を吹きかけている、ひょっとこみたいな彼女に俺は問う。
「もらったんです」
「それ、こっちの世界のものじゃないだろ?」
それは、どこからどう見ても煙草を買うともらえる百円ライターだった。
「『福神エビス』により違う世界から人が現れるとき、時おり知らないものが一緒にこちらに持ちこまれることがあるんです。みんなそういうものをオーパーツと呼んでいます」
「アウトオブプレイスアーティファクトの略語か。直訳すると場違いな工芸品。まあ俺の服とかもそれに含まれるのかな」
俺は自身の服を見下ろす。白シャツに黒ジャケット、スラックス。いかにもこちらで言う現代風のファッションである。
そういえばこれのせいで拉致されて勇者にされてしまったのだ。
「これは父からもらった大切なものなんです。久しぶりに使いました」
「父から? ひょっとしてお前の親父さんって――」
主人公的な勘の良さで俺は口走る。
「はい、勇者様候補のひとりでした」
「つまりは俺の先輩か。いまは何をしてる?」
「みんなと同じように魔王を倒す旅に出て、そのまま帰って来ませんでした。だからこのライターは父の形見なんです」
彼女は悲しむわけでもなく、どこか誇らしげに語る。
「形見なんて……まだどこか戦っているかも知れないだろ?」
「冒険の旅に出たのは私がまだ幼かったずっとずっと昔のことです。さすがにとっくにやられてしまっていますよ」
「寄り道とかお使いイベントとかやってるのかもよ」
「生きているのに父が私を置いて帰ってこないはずがありません」
下手な慰めを言うとはっきり首を振られた。それは絶対的な信頼による否定だった。
野暮なことを言ってしまった。彼女はとっくに父の戦死を受け入れているのだ。
そしてそれを心から誇りに思っている。
「そうか、だからお前は勇者の仲間に拘るのか」
「勇者が魔王を倒す冒険。今度こそ私が成し遂げたいんです」
実に壮大な夢だ。
やはり魔王を倒すため命を賭す以上、みんなそれぞれ事情や願いがあるのだろう。
対して俺はどうだろう。何があるのか。
少なくともソーニャのような大層な野望は持っていない。
きっと絶望が立ちはだかったらすぐ諦めてしまうような、そんな脆弱な意思しか持ち合わせていない気がする。
ただ成り行きでこうなっただけ。単に他に道がなかっただけ。
王に命令されるがまま旅に出されただけ。
俺なんて空っぽだ。
そう思うと少しだけ彼女のことが羨ましく感じた。
「初めて役に立ったな。僧侶の癖に火の魔法を使えるなんて大したもんだ」
俺が素直に褒めてやると、彼女は照れたように微笑んでえくぼを作って見せた。