第4話 レベル上げをしよう
教会はウフアハンの城下町の中にあったものらしい。ということは出発して早々、半時も立たずにとんぼ返りしたわけだ。なんとも情けない。
そんなわけですぐ再出発である。
前に来た草原を再びふたりで進む。
「また魔物が出たらすぐ逃げるからな」
「はい、私もそのほうがいいと思います」
最善の提案をすると全力で肯定された。
勇者(仮)と自称僧侶。なんだこのへっぽこパーティーは。
それから俺は渡されていた世界地図と履歴書を交互に見る。
記載されているのは次なる仲間、ああ、今度こそ最強の人材だ。
性別、男性。
名前、カナン。
年齢、三十七歳。
所在地、グランラザニア城。
職業、戦士。
学歴、戦士学校、近接科を首席で卒業。
得意なもの、物理戦闘全般。
資格、死角はありません。
自己PR、我が騎士道をもってあなたを必ずやお守りします。
目的地の『グランラザニア地方』はウフアハンから北へ行った森をさらに東に抜けたところにある。
「首席で卒業か。なんだろう、既視感が……」
「どうかしましたか勇者様?」
冒険の旅に出られることがそれほどまでに嬉しいのか、ニコニコしながらソーニャが訊いてくる。
視線を下げると、白ローブから丸出しのすべすべの生足が高く上がっている。
だがこっちはちっともわくわくしない。どちらかといえば戦々恐々だ。
また誰かに騙されるんじゃないかってな。
「なあ、こっちでは履歴書に死角はありませんって書くのが流行ってるのか?」
「なんです?」
「いや……死角がないって君と同じことを履歴書に書いてあるからさ」
「死角がないなら安心じゃないですか」
駄目だこいつ早く何とかしないと。
「とにかく物理学校の近接科を首席で卒業とある」
「期待大ですね」
「だといいけど。強い戦士か。なんかちょっと希望が見えてきたかも」
「なら他の人に先を越される前にさっさと仲間にしちゃいましょうよ」
「そうだったな、勇者にはライバルがいるんだった」
まだいろいろ話したいことがあったが、前のように茂みが揺れすぐさま危険の匂いを漂わせた。
案の定ケンシシが飛び出してきた。しかも今度は二匹とエンカウントだ。
こいつには危うく殺されかけたので見た目も名前も魂の奥底に焼き付いている。
「ソーニャ、わかってるな」
「はいわかっていますとも」
勇者の俺が魔物と遭遇したらやることは決まっている。
「よし、逃げるぞ!」
そして脱兎の如く遁走する。
先の思いやられる情けない展開だが回復要員がいないのだから仕方がない。
致命傷どころか傷を受けた時点で取り返しがつかない。
加えて次の町まで距離があったら辿り着く前に死にかねん。
「しかしこんなんで本当に魔王倒せるのかよ」
「え、何か言いました?」
幸いケンシシは直進しかできないので迂回するように走れば難なく撒けた。
ほっと一安心といきたいところだったが――俺はこの世界の魔物の生息数をかなり舐めていた。
つまりエンカウント率が思ったより高かったのだ。
ちょっと歩くだけでまた別の個体とばったり出くわし、また逃げる羽目になる。
そんなこんなでずっと逃げ回る時間が続いた。
それでいつの間にか追ってくるモンスターが群れとなっている。
その最中、思う。俺は絶対に勇者じゃないと。
「こんなんで本当に魔王を倒せるのかよ」
「え、何です?」
「二回目は聞こえろよっ」
ケンシシの群れをうまく逃げ出したところでようやく長い草原を抜け出した。
第一のバトルエリアを突破といったところか。
だが一難去ってまた一難というもので、今度は先に深そうな森が待ち受けている。
「はあはあ……このままだと戦士を仲間にする前に殺されてしまう……」
「はあはあ……やっぱり戦いますか?」
「それもありだな。多少はレベル上げしとかないと、どこかで詰みかねない」
「回復魔法ならお任せを」
「どうせ言うだけだろ」
「それでも効果はあります」
胸を叩き鼻を高くする彼女に俺は目を見張る。
「なんだよ、少しは効果はあるのかあれ。ならそれを先に言えよー」
「へへへ。実は少しならあるんです。ヒーラーに回復魔法をかけられてるなぁって思うとなんだがちょっとだけ気分がよくなってくるんですよ」
「プラシーボ効果しかないっ」
ここで嘆いていても埒が明かないので俺は気合を入れる。
飾りと化していたこん棒を握り前を向く。
「もう逃げるのはやめだ。やめやめ」
「ついにレベル上げを開始するのですね勇者様」
「なんで嬉しそうなんだ?」
「生レベル上げ見てみたかったんです」
なんだこいつ。きもっ。
「たぶんそうしないとこの先の森で全滅する。草原の出入り口付近で安全に狩ろう」
「では私は影からこっそり見ています」
「頼むから何かしろ」
「私は戦闘要員ではないので」
「回復要員でもないだろ」
「回復魔法なら全て暗記しています」
駄目だこいつ早くなんとかしないと。
僧侶を名乗っていても肝心の回復魔法が使えないんじゃ話にならない。
「もし俺が致命傷を受けたらわかっているな?」
「はい。ヤスミですね」
「違うっ。俺を抱えて教会へすぐ引き返せっ」
そうして俺の過酷なレベル上げが始まった。やり方は至って姑息である。
一匹しかいないケンシシを見つけては背後から不意をつき仕留める。
仕留め損なったら逃げて、隙を見つけてとどめを刺す。この繰り返し。
要するに雑魚敵をちまちま倒して堅実に強くなろうって腹だ。
言わずもがな、これだともちろん経験値は少ない。
「知らなかったよ、レベル上げがこんなにも地味だなんて」
いや知っていたような気もするが、いざやると結構つらい。
まるでソシャゲで延々と周回している気分だ。
だが成果はそれなりにちゃんとあった。徐々に強くなっている気がしたのだ。
そう、気がした。
魔物との戦い方も効率化が進み、体感的にだんだん早く倒せるようになってきた。
「倒すまでにかかる攻撃回数が減った、ような気がする。もしやこれがレベルアップってやつか」
俺はやや逞しくなったように思える自分に感動する。
「そう感じるのは経験を積んで人として一回り成長した証拠です」
何もしないソーニャは解説役だけはしっかりやってくれる。
「自信がつくと本当に強くなれるんだな」
「人間にとって筋力の強化には限界があるので、そこから先は精神的なものによるところが大きいんです」
「意識の高さが強さか。面白い世界だな」
「だから勇者様が本当にご自身が勇者だと信じたとき、もっともっと強くなれるはずです」
「できるかな、そんなこと」
「私は信じています。勇者様こそ真の勇者だと」
負い目からもちあげられているのだろうが、言われて悪い気はしなかった。
レベルアップして気も大きくなったからか、僅かながら自分が勇者なのかも知れないと思うことが出来た。
なので俄然レベル上げに熱が入る。
「よし、やってやろうじゃないか。俺は勇者。俺は勇者。俺は勇者。今度はまとめてぶっ倒してやんよー。俺には仲間も回復も必要ねーんだよー」
「いけー、やっちゃえ勇者様ー」
俺の奮起とソーニャの応援がわいわい飛び交い――そして次の瞬間にはまた俺は教会の中にいた。
「おや、またお会いしましたね」
「仲間になってください神父様!」
目の前にいた神父様に思い切りハグしたがあっさり断られてしまった。
俺はいったいあと何回この教会に戻るのだろう?
それといつ始まりの地から出られるのだろう?
その間に神父様を仲間に出来たらいいなと、俺は心から願った。