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勇者ですが、契約した仲間が経歴詐称しててもう遅い!  作者: メメント
第一章 回復してくれない僧侶
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第3話 よくも騙したなアアア!

 俺は悪夢を見ていた。

 人事部のせいで電話対応すらまともにできない新人を押し付けられている中間管理職の夢だ。

 最近の若者は叱るとすぐにやめる。ひどいと初日でいつの間にか消えている。

 それで採用活動における広告費やら会社説明会の会場費やら面接官などの人件費やら、もろもろ飛ぶ。

 何より忙しい中いろいろ熱心に教えている俺の労力が全てパー。

 部下を持つのは苦手だ。こっちは当たり前のことを言ってるのに何故か切れてくるし、何故か親まで出てくる。

 最後にはパワハラだのなんだのと訴訟をちらつかせて俺が詰め腹を切らされる。

 本当にひどい夢だ。

 もし二度目の人生があるなら部下に恵まれたいと心から思う。できれば完璧で手のかからない有能な部下がほしい。

 でも夢なのにさっきから痛みがある。それも鮮明だ。

 おかしい。そういえば俺は――


「はっ、ここは?」


 目を覚ますと高い天井がまず見えた。

 それから横に首を傾けると長椅子がずらりと並んだ礼拝堂のような光景があった。

 思い出した。俺は僧侶に詐欺られて見殺しにされたのだ。


「なんだ、やっぱり死んだら教会に戻るんじゃん」


 ほっと安堵していると反対側から声をかけられた。


「よかった。お気づきになられましたか」


 見ると隣に神父様がいた。

 厳かな法衣を纏っていていかにも優秀そうなオーラを放っている。

 しかし糸のような細目で終盤に裏切りそうな顔をしている。あ、これは偏見だけど。


「神父様、自動的に教会に飛ばされるっていいですね」

「自動的? いえ、さきほど担ぎ込まれてきたんですよ」


 俺が呑気な感想を述べていると呆れたようなリアクションをされた。


「あ、じゃあまだ死んではいないんだ」

「当たり前です。人は死んだら終わりですから」


 やはりリスタートは駄目らしい。

 ということはどうやら俺は一命を取り留めたということのようだ。


「ならどうして俺はここに……それより傷は?」

「私は僧侶の職をマスターしています。僭越ながら私の回復魔法で治癒させていただきました」

「なんてあなたは有能なんだ!」


 なんでか涙が溢れて仕方がなかった。


「死ねば終わりですが、逆を言えば死んでいなければ私の魔法で大抵の傷なら治せますよ」

「お願いしますっ。俺の仲間になってください!」


 気づけば俺は痛みも忘れてすがっていた。

 もしこの場にこういうのでいいんだよおじさんがいたなら、『こういうのでいいんだよ』と絶対に言ったことだろう。


「仲間、ですか?」

「俺は勇者候補のひとりなんです。いま猛烈に僧侶の仲間がほしいんですぅ」

「なるほど、そういうことですか。しかしそうしたいのは山々ですが、私には多くの人の心を救うという使命があるので」

「多くの人よりまず俺を救ってください!」

「まあまあ落ち着いて」


 しまった。神父様が若干ひいている。


「す、すみません。つい。あまりひどい目にあって取り乱してしまいました」

「それにしてもいったい何があったのです? 見たところこちらの世界に来てから間もない勇者様のようですが」

「これには深いのっぴきならない事情がありまして」

「差支えなければお聞かせ願いますか?」


 いいですとも。聞くも涙、語るも涙の冒険譚を。


「さっき初めて遭遇したモンスターと一騎打ちをしまして」

「ほう」

「で、やられました」


 話してみたら壮絶に短くひどかった。恥ずかしい。


「初めてなのにおひとりで? どうしてまたそんな無茶を」

「いやね、聞いてくださいよ。仲間に回復専門の僧侶がいてそいつを信頼して全力で戦ったのです。回復任せたぞーって。そしたらそいつが職歴詐称、いや学歴すら詐称しててこんな目にあったんです。騙されたんですよ。信じられますか?」

「ああ……」


 とんでも話をしたのに何故か反応が薄い。もっと同情してくれてもいいのに。


「ああってなんですか? もっと親身になってくださいよ」

「これは失礼。よくあることなので」

「よ、よくあることなんですか?」

「詐欺なんてどこの世界にでもあるものです。特に勇者の仲間となれば、それなりの恩恵がありますし、冒険を続ける限り職に溢れることもないですからね」

「つまり詐欺をして勇者の仲間に永久就職する輩がいるって話ですか?」


 お見合いのときはめっちゃいい子だったのに、結婚した途端に態度を変える糞女のみたいな話これ?


「まあそんなところです。いまだに魔王が倒されないのは、その甘い汁を啜ってみんなだらだら寄り道しているからとも言われています」

「みんな寄り道なんかしてねーでさっさとクリアしに行けよ!」


 心からの絶叫だった。

 なんとも許せない話だ。まっすぐボスまで行け。最短距離で行って死ね。


「なので仲間と契約するときはくれぐれも慎重に」

「そんなこと言われても、もうひとりしちゃったんですが……」

「ならば本人と話し合いをするべきですね。一方的な契約破棄はできませんが本人から離脱することは可能なので。さてそれでは私はこれから用事があるのでこれで」


 超絶有能神父が一礼して去っていき、その背中を名残惜しく見送っていると、ふと視界の隅で何かがひょこっと動いた。

 椅子の影から椅子の影へサササっと。

 一瞬見えたのは目にすると無性に怒りが湧いてくる白フードだ。

 半目でじっと凝視して待っていると、ようやく長椅子の影から彼女が恐る恐るそおっと顔を出した。

 しかし申し訳なさそうにもじもじしているだけで何も言わない。

 新入りよ、謝罪くらいちゃんとしろ。


「おい、何か言うことがあるんじゃないか?」

「や、ヤスミ」

「それじゃねえよ!」


 効かねえんだってそれ。


「じゃあヤスミマ」

「どうせ効かないんだろうがそれも」

「どうもずびまばぜんでじだああ」


 そこでようやく全力で謝ってきた。天高く飛びジャンピング土下座をかましてくる。


「一応聞くがよ、お前は僧侶じゃないのか?」

「僧侶……志望でした」

「回復魔法は得意じゃないのか?」

「まったく使えません」


 俺は唖然を通り越してしばし絶句する。詐欺をするってレベルじゃねーぞ。


「魔法学校主席って話は?」

「途中退学です」

「じゃあ履歴書に書いてある何が本当で、何が嘘なんだ?」

「名前と性別意外は嘘です」

「全部じゃねーかっ」

「ひいい、ごめんなさいっ」


 激怒すると、ソーニャが額でくい打ちをするみたいに首を振る。


「はあ。なんでこんなことしたんだ?」

「そ、それは」

「さっき神父さんが言ってた勇者一行の特典目当てってところか?」

「いえっ。どうしても勇者様の仲間になりたかったんです」


 弾けるような熱い眼差しを向けられたが、とても信用する気になれない。


「恥ずかしくないのか、こんなことして」

「子供の頃から夢だったんです。そのために学校まで通って一杯努力したんです」

「でも退学だろ」

「はい、まあ、それで仕方なく……」


 すっかり意気消沈している彼女を見てなんとも言えない気持ちになる。

 悪い子じゃないのはわかる。いま述べたことはたぶん嘘じゃない。

 頑張ったけど夢を叶えられたなかったことは同情する。よくあることだ。

 努力は裏切らないというのが成功者が作り上げた偽りなのも俺は知っている。

 だが経歴詐称で就職はよくない。

 そのせいで俺は危うく死にかけたのだからなっ。


「解雇できないのか?」

「できません」

「嘘じゃないだろうな?」

「本当です。解雇が簡単だと勇者様が仲間をとっかえひっかえして人権を無視してしまうので、法律が出来たんです。そのためこの世界では解雇がすごく難しいんです」

「っていうことは過去にそういう糞野郎がいたってことか」


 俺は溜息をつく。

 まったく前任者がろくでもないと後が苦労をする。


「法律が出来る前はトラブルが後を絶たなかったみたいで」

「たとえばどんな?」

「いきなりパーティーを追放されたりとか」

「なんかどっかで聞いたことがある話だな」

「それで勇者様が復讐されてザマァされたりとか」

「それもどっかで聞いたことあるような」

「実は解雇した仲間が有能で泣きついてもう遅いって言われたり」

「やっぱりどっかで聞いたことあるな!」


 さっきからデジャヴがすごい。


「とにかくいろんな問題が起こるので制限がついたみたいです」

「どっちかというと身勝手な勇者が身を滅ぼさないために作られたルールのような」

「一方的な理由で解雇されるといきなり無職になって大変ですから」

「なんかそこらへん会社と一緒だなぁ」

「会社?」


 ソーニャが赤い前髪を揺らして小首をかしげる。

 よくよく考えたら最初からいろいろ似ているところがある。


「こっちの世界にあるものだよ。働く場所があって、そして面接を受けて就職する。経営者は一方的に解雇できない。解雇された人は公共職業安定所に登録して次の職を探さなくちゃならない」

「へー、なんか似ていますね」

「経歴詐称するやつがいるのもな」

「……」


 ソーニャに皮肉を言ったらウッ……と涙目になってしまった。

 はっきりいうとそんな彼女は可愛い。顔だけなら百点だ。

 可愛くなかったら目を覚ました瞬間にビンタしていたところである。

 つまり異世界でも可愛いは正義ということがいま証明された。証明完了。QED。


「とにかくすぐクビにはできないってことか。ならそうなると、自分からやめてもらうしかないな。つまり自主退職だ!」

「ひいいいいいっ。頑張りますからどうかこのままお願いしますっ」


 戦力外通知をしたらゴキブリみたいな動きで這い寄られ俺は抱きつかれた。腰に。

 よほど勇者一行というブランドに執着があるらしい。


「……頑張るっていってもお前は他に何ができるんだよ?」

「えっとぉ、この世界についてとかご案内とかできますぉ?」

「ナビゲーターか。でもそれって他の人でもできるんだよなぁ」


 ソーニャの涙がみるみる増えていく。


「そ、そこをなんとかぁ」

「ならお前を連れていったら得られるメリットを教えてくれ。何なら任せられる?」

「お色気担当ならできます!」

「お色気担当って。そんなの……それならいるな」


 最大のメリットを提示されて俺は納得してしまった。

 まあまだ色気を出せるような年ではないが先行投資というものは必要だ。


「まあ荷物持ちとかならできんだろ」

「しょ、しょれじゃあ仲間にしてもらえるんですかあ私? このまま傍にいてもいいんですか?」


 途端、濡れた彼女の顔がぱあっと輝く。たとえるなら雨上がりの虹。

 うん、やはり悪い子ではなさそうだ。すんごく無能だけど。

 こんな彼女が隣にいる冒険も悪くないかもしれない……し、悪いかもしれない。

 いずれにせよ、


「良いも悪いももう契約してしまったしなぁ」


 こうなったら次の仲間に期待するとしよう。

 ひとりめの仲間が盛大にハズレでも他の三人が超絶有能ならなんとかなるっしょ。

――そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

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