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勇者ですが、契約した仲間が経歴詐称しててもう遅い!  作者: メメント
第一章 回復してくれない僧侶
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第1話 ダル~イ酒場

 ひとりめの仲間は幸い城下町からすぐの目と鼻の先にある村の中にいた。

 四人分を紹介されたが、こういうのは近しい順から行くのが正攻法というものだ。

 しかも、嬉しいことに彼女は回復魔法を得意とする僧侶のようだった。

 パーティーを作っていく上でもっとも気がかりなのは道中の事故や怪我なので、かなりついていると言える。もしこちらの事情を汲んでこういう順番にしてくれたというのであればダルーイの酒場、名前に似合わずなかなか有能なマッチング酒場である。

 そんな賛辞をこぼしながら俺は整備された石畳の道を歩み、受け取った履歴書の写しに目を通す。


 性別、女性。

 名前、ソーニャ。

 年齢、十八歳。

 所在地、ウフアハン王国の隣村。

 職業、僧侶。

 学歴、魔法学校の回復魔法科を首席で卒業。

 得意なもの、回復魔法全般。

 資格、死角はどこにもありません。

 自己PR、私を仲間にすればどんな負傷も怖くありません。是非ともお仲間に!


「いきなりよさげな子だなぁ。間違いなく当たりの予感だなぁ」


 俺は期待に胸を膨らませつつ、朝日に顔を上げる。

 改めて景色を確認すると、日本とは違う風景が続いていて不思議な気分になる。

 知っているどの国とも僅かに違う。でも馴染み深い。

 建物はありがちな正方形だが最大でどれも二階までしかない。ビルのような近代的なものは一切ないようだ。

 あと、ありがたいことにあちこち看板が立てられていて一切迷うことがない。

 どこか何屋なのかすぐわかるようになっているのは、言い伝えにある勇者をお迎えするためなのかも知れない。もしそうだとしたら素晴らしい気遣いだ。どこが一般家庭でどこが何を経営しているのかシンボルマークのあるなしで一目でわかる。

 通りにいる人々も似たようなもので、一目でどんな身分をしているのかわかった。

 一般人はいかにも一般人らしい服装をしていて、兵士は兵士で、冒険者は冒険者で、身なりも親切設計だ。

 無言の案内に従って町を抜け村に到着すると、目的地の番地にぼろい民家がぽつんと建っていた。すすけたワンルームという印象。

 履歴書に記載されている住所に間違いがなければここのはずだ。

 魔法学校を首席で卒業しているらしいのにあまり経済的には豊かではないらしい。意外と苦労人なのかも知れない。

 まあ野暮ことは置いていてさっそく感動の対面だ。

 木製のドアをノックすると、しばらくして応答があった。


「ふぁーい、どなたですか?」


 出てきたのは白いローブを纏った少女だ。外でもないのにこれまた白いフードを被っていて、内側からクルンと癖のある赤髪が覗いている。

 しかしもっとも注目すべき点は口の周りにご飯粒が大量についていることだ。いきなりちょっと残念な姿を見てしまった感が否めない。

 だが侮って礼節を欠いてはいけない。こんなに若く頼りなくとも魔法学校を首席で卒業した希代の天才なのだ。


「俺の名前はスメラギイサム。成り行きで魔王倒しに行くことになって、そんでダルーイの酒場で仲間を紹介されて、それでえっと……」


 ひとまず自分のことどう説明すべきか苦慮していると彼女は途中で仰天した。


「ももも、もしてかして勇者様なのですか?」


 まだ口の中にもあったのか食事のカスが飛んでくる。

 というか俺のまつ毛についた。


「……どうやら勇者候補のひとりらしい」

「どっひゃー。それじゃわざわざスカウトしに来てくれたんですね?」

「直に面接に行けって言われて、まあそんな感じだ」

「やったあああ。ひゃっふぉーい」


 見ると彼女は飛びあがり全身で喜びを爆発させていた。

 この子、初対面なのにいきなり仲間になる気満々である。

 むしろ俺が面接される側くらいの気持ちで来たので少し戸惑う。


「君がソーニャでいいのか?」

「はい、私がそのソーニャです。どうぞ中にお入りください。さあさあ」

「え、ああ」


 なかなかの歓迎ぶりに俺は促されるまま屋内へお邪魔する。

 内部の調度品は日本の生活圏とあまり変わりがないようだった。壺に、箪笥に、ベッド。寝床がひとつしかないところを見ると一人暮らしらしい。

 ありがちなテーブルセットに座らされると、すぐ湯気を立てる飲み物を出された。


「どうぞお茶です。つまらないものしかお出しできませんが」

「これはご丁寧にどうも」


 せっかくなので出されたものを一口すするとひたすら苦い味しかしなかった。

 何の飲み物だろう。薬草を煎じたような味だ。

 カップから視線を上げると、ソーニャが期待に溢れた目をこちらへ向けていた。

 手をふとももに挟んでもじもじしている。


「ん、何だ?」

「どうぞ何なりと面接してください」

「ああ。でも面接と言ってもむしろこっちがお願いしにきたくらいなんだよ。面接なんてえらぶるつもりはない」

「じゃあ本当に私でいいんですか?」

「君がよければ是非」

「やったー。これで私も勇者様の仲間だー」


 彼女は両腕をつきあげてパワー全開で喝采する。

 なんだろう、とてもすごくいい雰囲気だ。いきなり相思相愛な空気。

 仲間を作って冒険を始めるってこんなにも気持ちがいいものなのか。順風満帆で、わくわくする。


「そうしてもらえると助かる。一応確認するけど、確か君は僧侶で回復魔法のエキスパートなんだよな?」

「はいそれはもう!」

「ならありがたい。いきなり魔王を倒すための仲間を作れって言われて困ってたところなんだ。仲間を作るにも道中でやられたんじゃ身も蓋もないからな。最初の仲間が君でひとまず旅も安心だ」

「ではさっそくサインを頂けますか?」

「わざわざそんなもの必要なのか?」

「雇用契約なので口約束では困りますからね。あとあとやっぱり他の人がいいとか解雇されたら困りますしぃ、んねっ」


 不安げながらもしたたかに彼女は上目遣いで俺をちらっと見る。


「そんな、どこかのクズじゃあるまいし、使えない奴だから勝手にパーティーから追放したりなんかしないって」

「それでもやっぱり保証が必要ですからね。そういう決まりですし」


 安心させるために優しい口調で述べたが、そもそも信用自体が築かれていないので警戒は緩まない。今日が初対面なので当然と言えば当然か。


「まあ書けって言うならいくらでも書くけど」

「じゃあ契約書を持ってくるので少々お待ちを」


 ソーニャがせわしなく立ち上がり奥の部屋でタンスをあさり始めた。

 なかなか見つからないのかお尻をふりふりしてがさごそしている。

 その背中から喜びが滲んでいてこちらまでつい嬉しくなってしまう。きっと面接自体がかなり久しぶりのことなのだろう。

 こちらも一段落したので、つい愚痴を零してしまう。


「いやあまいったよ。気づいたら違う世界にいてさ、いきなり兵士に拉致されて、城まで運ばれて王から魔王を倒せだなんて。冗談きついよ」

「だって勇者様ですから」

「の、ひとりなんだろ。聞いたぞ。そういう違う世界からの迷い人は他にもいるって。こんなことを言うのもなんだけど、君もよくそんな得体の知れないやつの仲間になりたいと思ったな」

「魔王を倒すと地位も名誉も報奨金ももらえますからね」

「なるほど。納得した」

「だからみんな勇者様の仲間になりたくてダルーイ酒場に登録してるんです」

「じゃあなんでみんな他の勇者についていかないんだ? もちろん俺より前に何人もそういう輩がいたんだろ。たくさんで行ったほうが勝率高くなると思うんだが」


 いまさらだが、魔王を倒すなら五人とか四人じゃなく団体で倒しに行け、というのは至極当然の疑問である。


「それももっともなんですが、パーティーにはやっぱりそれなりの維持費というものがかかるので」

「それは、生活費とか旅費のことを言っているのか?」


 おっと、非現実的な世界でいきなり現実的な話が飛び出してきた。


「仲間といっても装備代や宿代とかは勇者様持ちで全て出してもらわないといけないので、あまりたくさんいると資金繰りが厳しくなるんです」

「勇者候補に与えられる資金は限られているから、仲間の人数にも限られているってわけか。世知辛いな」


 俺は最初に渡された革袋の感触を確かめて返す。

 相変わらず魔王を倒せというなら強力な武器とか無限の資金をくれよと言いたくなるが、そうもいかない事情があるわけだ。


「だからひとりの勇者様に対して仲間にしてもらえる人の数は自然と限られていて、みんな仲間にしてもらおうと必死なんです」

「ソーニャがなんでそこまで喜んでいるのかようやくわかったよ。有効求人倍率とかあるんだな」

「はい。ようやく私にもチャンスが巡ってきたんですっ、と、あった!」


 やっと契約書が発見できたようで彼女が足早にテーブルに戻ってきた。


「お待たせしました。ではこれにサインを」

「おうけー。そんな重要なな契約ならきちんとサインをしてあげないとな」


 提示されたは変哲のない羊皮紙と筆ペンだ。

 特に説明されたわけではないが下の方にある空白にフルネームを書いておく。

 スメラギイサムと。


「これは魔法を込めて作られた紙で、書いたもの文字がそのまま転送され王国にデータベースに記録されるんです。だから勝手に契約破棄はできません」

「そりゃあ確実だ」

「書いたらもうなかったことにはできませんからね?」

「そんなに念を押さなくても大丈夫だ。絶対に後悔なんかしない。君と直に話してそれを確信してる」

「私ちゃんと説明しましたからね」


 何度もしつこく言ってくる彼女に俺は首を傾げる。


「どうしてそんなに心配するんだ?」

「え……いえいえ別に」

「じゃあこれで俺たちは仲間だな」

「はいっ。僧侶のソーニャです。どうぞこれからよろしくお願いします!」

「こちらこそよろしく。頼もしい僧侶ちゃん」


 つつがなく、滞りなく、俺はひとりめの仲間と無事に契約を完了した。

 これでいよいよ俺の冒険の幕が上がるのだ。

――そう思っていた時期が俺にもありました。

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