オープニング
「おお勇者よ。よくぞ参った。うんむ」
と、いきなり兵士に拘束されて、王冠を被った国王らしき人物の前でそう言われたのがつい少し前だ。
一人暮らしのアパートを出て出社したはずが気づいたら知らない世界の草むらにいたのが、そのちょっと前くらい。
明らかに日本と異なる世界に困惑する俺とは対照的にそこでの会話のテンポはとても小気味よかった。
「この世界に仇なす魔王マクモスを倒してほしいのだ」
「あのー、そんなことよりここは……?」
「伝説では異世界より現れし勇者が魔王を倒し何もかもまるっと解決して家に帰れるとあるから頑張るのだぞ」
「いやこっちは仕事もありますし」
「そのための資金も装備も提供しよう」
「いやまだ引き受けとるとは一言も」
「仲間を三人作ったら再び戻ってくるがよい」
「あのだから、聞いてます?」
「では頼んだぞ」
「あれこの会話、一方通行なのか?」
そして来たときと同じく兵士に羽交い絞めされて、外へぽいっと放り出された。
こっちを別次元から来た勇者と思っている割にはちょっと扱いが雑すぎやしないか。
そんな不満を抱きつつ顔を上げると、金銭が入っているであろう革袋と武器防具を同じく乱暴に寄越された。
そこにも俺は強い違和感を持つ。
この国の通貨に関してはまったく無知であるものの、なんとなく少ない感じがしたのだ。音でわかる。
装備も木の棒や革の盾とか見るからにしょぼいし。
勇者なのにだぞ。
なので失礼を承知で思っていることを思い切って尋ねてみた。
「なあ、魔王を倒してこいって言う割には物資が少ないんじゃないのか? こんなので魔王を倒せって冗談だろ?」
「感謝しろ。それでも多いほうだ。ひとりひとりにたくさんやっていたら財源が尽きて国が破綻しちまう」
「えっ、勇者って俺だけじゃないのか?」
兵士から返ってきた答えに俺は素っ頓狂な声を出す。
いささか雲行きが変わってきた。
「当たり前だ。別世界からやってきた身元がよくわからんやつはとにかく勇者として認定している。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってやつだ」
「どうも説明が手慣れていると思ったらそういうわけか……」
「古くからの言い伝えでは異世界より勇者が現れ光のつるぎを持って魔王を倒し世界を救ってくれるとある。が、その実どれが伝説の勇者かわからなくなくてな、まあこうやってる。悪く思うな」
よくよく話しを聞くと、魔王を倒すために既に何人もの勇者がこの地から旅立っていると言う。
「道理で扱いが雑なわけだ。こん棒と皮の盾だもんなぁ」
「わかったならさっさと行け」
ひとり納得して落胆していると、今度は野犬でも追い払うみたいに言われた。
まさしくしっしっという感じだ。たぶん勇者なんてありふれていてみんな見飽きているんだろう。
こっちだってお前みたいな愛想のないモブ兵士から去りたい気持ちは山々だが、チュートリアルが不足しすぎててできないんだよ。
「どこに行けっていうんだ?」
「ダルーイの酒場に行け。そこで仲間を紹介してもらえる」
ということなので、俺は息つく間もなく城下町の酒場に向かわされる羽目となった。城の城門から短い橋を渡って外に出ると、すぐに町の光景。
なんだろう、妙な既視感がある。
いや町というよりさっきからいろいろなものにそれを感じる。気のせいか?
ばかりか、武器屋に防具屋に道具屋に懐かしさすら湧いてくる。
その理由を考えつつ中世を思わせる町並みを眺めていると、中にそれらしい看板を見つけ、仕方なく入ってみる。
中をざっと見渡すと、酒場と謳っている癖にテーブル席には客が誰もいない。
代わりに、カウンターの奥からバンダナを巻いた若い娘が歓迎してくれた。
「またご新規一名様ご来店でーす。超だるーい」
するとどこからか、だるーいと合唱が聞こえてくる。
なんかブックオフみたいな謎の教育がしっかりと行き届いている。
「あのー、なんかここに来て仲間を作れとか言われたんだが」
初対面かつ初めてのことに緊張しながら訳を話すと、受付嬢は頬杖をつきながらかったるそうに対応してくれた。
「ええ、まあ、作れるっちゃあ作れますよ。うちは勇者と、勇者の仲間となりたい人を引き合わせるマッチング酒場っすから」
「ここそんなマッチングアプリみたいなシステムなんだ……」
思ってたのと違う。だいぶ近代的だ。
「さてどんな人をお探しですかぁ」
これまた気だるそうに彼女は資料らしきものをぺらぺらめくりながら言う。
「どんな人……」
「年齢、性別、顔、身長、学歴、資格、細かく指定できますよー」
ほんとにマッチングアプリみたいだな。しかし仲間のタイプを選べるとはこちらにとってかなり都合がいい。渡りに船だ。
「でもあんまり我儘言うと誰もいないんじゃないのか?」
「そんなことはないっすね。世界にはいろんな人がいるので」
「でもこの酒場にはあまり人はいないようだが」
不安になってちらりと店内を再び見渡すと、相変わらず閑古鳥が鳴いている。
「もちろんここではご希望の方とは出会えるわけねーですよ。遠くの方と引き合わせるのでうちの役目なんで」
「なるほど。マッチングアプリみたいなものだもんな」
「ではどうぞ遠慮なく希望を仰っちゃって」
そんなことを言われたら最高の相手が欲しいに決まっている。誰がこれから最愛のパートナーを探したいときに妥協したいというのか。愚問である。
「うーん、どうもこれから魔王退治しなきゃいけないようだから、そりゃもちろんハイスペックがいい。なんなら俺が何もしなくても世界を救えるような選りすぐりの人材を頼む」
「はいはい、とにかくハイスペックならなんでもいいと言うことですねー」
「ただ戦士とか魔法使いとかバランスよくとってくれよ」
とにかく俺はここがゲームみたいな世界であることを前提として注文してみる。
俄か知識だが、脳筋パーティーで世界を救えるほど甘くはないだろう。
「はいはい、えーと、ハイスペックでバランスのとれたパーティーをご所望と」
「簡潔に言うと魔王を倒せる最強のパーティーを作りたい。さっさと魔王を倒して元の世界に帰りたいんだ」
「最強のパーティーと。かしこまり」
さっそく娘はかったるそうに書類をめくって検索を始めたのでしばらく待つ。
「かなり無茶を言ったけど大丈夫そうか?」
「ええ、だるいっすけどそれが仕事なんで。はい、僧侶、戦士、魔法使いの選りすぐり三名いますよ。それぞれの職業を極めたプロフェッショナルな方々っす」
ニートがハロワークを訪れたときのように厳しい現実をつきつけられ説教までされるかと思いきや、意外とすんなり決まった。
要求しておいてなんだが、そんな易々と魔王を倒せる人材がいていいのかと急に不安になる。
「ちょっと簡単にいすぎな気がするけど……本当に大丈夫なのか?」
「登録されている履歴書に目を通しましたが申し分ないっすよ」
「それならよかった。じゃあ俺はここで待っていればいいのか?」
「何を待つんすか?」
「いやだからその仲間が来るのを」
「まさか。それぞれ離れているので仲間にしに行ってください」
「俺から会いにいくんかーい!」
まあ本物の勇者かどうかわからない相手にそんな至れり尽くせりなわけがないか。
現実はそう甘くない。
「直に会って面接して、仲間にするかどうかご自身で選択してください。以上、ダルーイの酒場のダルーイが担当しました。ほいじゃがんばってねー」
いろいろ懸念や危惧は尽きないが、そう言われて背中を押されては仕方がない。ではこれから苦楽を共にする者たちを迎えに行くとしよう。
それぞれの所在地を記した履歴書と地図をもらい俺は酒場をあとにする。
突然知らない世界に迷い込み、いきなり魔王退治を命じられてしまった俺は、出入り口で振り返り、もう一度だけ念には念をと確認しておく。
「本当にこれで魔王を倒せる最強のパーティーが完成するんだろうな?」
するとカウンターの奥から軽い返事が返ってきた。
親指付きで。
「ほーい、ばっちし大丈夫でぃーす」
本当に大丈夫なのだろうか?
先に言っておくが、これが全然大丈夫じゃなかった。