魔術師
雲ひとつない空からはギンギンに輝いている太陽を阿修羅に直であててくる。阿修羅の家の方角から通う学校へ行くものはいない。
同い年のやつは誰もいないがここは住宅街とまでは言えないがそれなりに多いと思う。そのため主婦達がいつものゴミ置き場に溜まって話をしている。阿修羅は静かにコンクリートを踏み聞き耳を立てる。
「今日で一年が経ったのねー」
案の定中国消滅事件の事の話をしているらしい。
「ほんっと不思議でしょうがないわよね」
「ええ、どうやったらあんな事が出来るのかしらね」
そんな中身のない話をしている主婦達の前を俺は静かに通り過ぎた。誰がこの話をしてもそう変わらないのだろう。当然のことだ、こんなこと一体誰ができるのだと言うのか。
たが…
もし、もしこれをやった人間がいたとする。言葉をどう変えたって中国は敵を何十国と作っていた。他国に核爆弾を放ったり他国の人間を捕まえ公開処刑をしたり、とにかく一般的に考えて最悪な事を幾度となくやってきていた。
もし、それをやった人間が自分の正義を貫いたとする。みんなを救おうとしてそれをやったとする。すると間違いなくその人は称賛されるだろう。よくやってくれた、と。
しかしどうだろう。中国にも無罪の人は何千万以上いる。その無罪の人まで手に掛けているのにそれは正義と言えるのだろうか。
否、それは言えないだろう。
――正義とは全てを救う事。
――正義のヒーローとは全てを救う者。
何かを守るのなら、自らを犠牲にして救う。
それが本当の正義だと
阿修羅は思った。
まああくまでこれは自分の見解だ。そう、阿修羅とは真逆の意見を持っている人だって存在する。結局何が正解なのかは全て謎なんだ。
そんな事を考えながら一歩一歩進みながら学校へと向かっていった。
校門をくぐると阿修羅が歩いてきた静かな道とは違い多勢の人が集まっている。
掲示板でクラス表を見ようとする人や友達と固まって校舎に入っていく人。
阿修羅は自分のクラスを確認して校舎の前にいる教師に一礼をして学校に入った。
階段をのろのろと歩いていると後ろから名前を呼ばれた。
「よー、熱田!相変わらず朝は元気がねぇなぁ!!」
そう元気よくニヤニヤと笑いながら去年も同じクラスメイトが寄ってきた。
「せっかくの休みが消え去ったんだぜ…。
わかるだろ、この絶望的感情──」
「確かにこの休みが無くなるのは悲しいな!」
にしし、と笑い俺の肩を何度も叩いてきた。
春休み何やってたんだ?!とかそんな雑談を交えながら階段を上がって行き三階にある教室へと入った。
少したつとクラス担任が扉をガラッと開け入ってくる。軽いホームルームをやり体育館で始業式を終え今日の授業は終わった。
教室であいさつを交わし早々と学校を後にする。
来た道とは真逆の方向へと足を向け、鞄を片手に走った。住宅街に入ると俺とは真逆に向かって家が流れていった。
10分程同じペースで走り大きな山の下まで来た。山を覆う木の間にある、頂上に続く階段を上り目的地まで駆け上がった。
息は少しあがり制服の下のシャツは汗で体に張り付いている。なんというか、少し気持ち悪い…。
「もう少し楽なとこに建ててくれよな…」
そんな愚痴を誰に言うでもなく、その場ではいた。
「誰かに見られても困るだろう?」
すると気付かぬ間に目の前に見慣れた顔が映る。
その女は悪戯に成功した小さな女の子のような顔をして阿修羅の前に現れた。
「まあ、そうだな」
「だろ?」
そう言うと声に出して笑い俺の頭をペシペシと叩いた。この女は俺の師匠で七瀬 静ななせ しずか。名前の静という字が似合わない人ランキング1位をもぎ取るほど、よくバカをやる。…師匠なのに。
「それ、いい笑いもした事だし中入んぞー」
七瀬はそう言うと数段の階段を上り寺の中に入る。阿修羅もそれに続いて階段を上り寺の中に入った。
阿修羅の師匠、七瀬 静は特別な力を持つ、いわゆる魔術師と言うやつだ。
魔術師と言うのは親から子へ受け継がれてきた貴重なもの。そんなものが魔術師ではないものに見つかれば一発アウト。科学者達の人体実験のモルモット。
魔術というのは殺しに最も最適な技術。
人を殺すために作られたとも言われている。
──それが魔術であり、魔術師である。
そして俺もその一人
幼い頃父を亡くし、自分のある力が目覚めた。それを見計らったように七瀬が俺の元に現れ、今に到る。
「──さあ勉強の時間だ」
前にいた七瀬が消え、後ろに気配を感じた。
床を蹴り後ろを振り向くと七瀬の拳が目の前を空ぶった。
「ちっ…」
俺はそのまま距離をとり息を整える。
「ふぅ…」
──体中から魔力を掻き出す
集中、集中、集中
──魔力神経、増幅
七瀬が疾風のように鮮やかに飛んだ。
一瞬で目の前に現れ七瀬はもう一度振りかぶる。
「シャラァァァ!!!」
その声も俺には届かない。
──完了
「身体強化」