銀行の中身
銀行の前につくと他の店とは違うところがあった。出入口がないのだ。目の前にあるのはざらざらとしている扉のない壁だ。
「…どっから入るんだ?」
阿修羅はキョロキョロ周りを見て言った。
「この場所は他の店とは違って数えきれない程の高価なものを預かっているので、簡単には開かないようになっているんですよ」
エルはそう説明すると阿修羅の手をとった。
「な、なんだよ急に…!!」
「今日は貴方の用事ですので…」
どういう事だ?と思っている阿修羅をよそにエルはその手を何も無い壁に置いた。
途端、阿修羅の手は光に包まれる。
その光は手から肩へ、そして全身へと流れ、最後はエルまでも包み込んだ。
『──今日のご来場、何用でしょうか』
頭の中に聞いた事もない声が英語で聞こえてくる。
もちろん英語がからっきしの阿修羅は聞き取れるはずもなく、助けを求めるようにエルの方を向いた。
「今日、ここに来た理由を心の中で言ってください」
「金を取りに来たって?」
「そうです」
阿修羅は心の中で「金を取りに来ました」と言った。
一体こんなことで中に入れるのか、と阿修羅は疑っていた。
『──承知いたしました。
熱田阿修羅様、エル・アルトリウス様、ご来場致します。』
また心の中で知らない英語が流れた。
唯一聞き取れるのは二人の名前だけだ。
英語が流れた途端、阿修羅とエルの目の前の壁がパッと消えた。
中は真っ暗で先が見えない。
阿修羅が入るのを躊躇しているのを尻目にエルはコツコツと硬い地面を鳴らしながら暗闇の中に進んだ。
中に入ればあら不思議。
真っ暗闇が続いていると思っていた壁の中は、大勢の人で溢れていた。
両側と正面には長い机がコの字の形をしている。椅子は何個も並べられていて、何人も座っている。銀行員だろう。
「すっげぇ…」
阿修羅はキョロキョロと周りを見ながら言った。
「ここに来てから子供のようにはしゃぎますね阿修羅」と少し笑いながらエルが。
阿修羅はそう言われるとハッとしたのか、キョロキョロする首をピシッと止めた。
阿修羅は恥ずかしそうに
「…そんなに子供っぽかったか…?」
と恐ろしい事を聞くかのように聞いた。
「ええ、それは可愛らしい子供のように」
エルは少しいじわるを含み言った。
阿修羅は顔をボッと赤くして「やめてくれ」と顔を隠した。
エルと阿修羅は奥にいるでかい机と椅子に座った老人の場所へ足を運んだ。
どの席よりもでかいことを見ると、この中では一番偉いのだろう。
エルは阿修羅の前に出た。
「彼の口座のお金を下ろしに来た」
「紙はありますでしょうか」
かすれた声で阿修羅にはよく聞こえなかった。これもまた日本ではない他の国の言語だろう。なんて言ってるか検討もつかない。
「阿修羅、日本でお母様から頂いた紙を出してください」
エルは老人の言葉を翻訳する様にで言った。
阿修羅はポケットを探り、紙を出した。
なんて書いてるかは分からないが、必要なものらしい。
エルは紙を受け取り、老人に渡した。
老人は虫眼鏡の様な物を机から取り出し、紙をくまなくチェックし始める。
虫眼鏡で見終わったのか、次は何もない空中で本をペラペラとめくるように手を動かし始めた。
その作業が1分を経った。
老人はピタッと手を止め、シワシワの顔にもっと線を刻むように眉間にシワを寄せる。
「あぁ…ありましたありました。
貴方…?ではありませんか。そこの方が熱田阿修羅様でお間違いないですか?」
何やらエルと話しているかと思えば阿修羅の方を大きな目で見てきた。
言っちゃなんだがちょっと不気味だ。
「阿修羅、杖を出してください」
「お、おう…」
阿修羅はまたポケットから杖を出した。
エルに言われるがままに杖を白紙の紙に向けてさした。
「こう唱えてください。
──べルームノーメン《我が真の名》」
「わかった」
何気に初めて魔法を使う。
魔術と魔法はどう違うんだ…?
阿修羅は少しだけ興味が湧いてきた。
杖をギュッと握り直し、紙の方をじっと見る。
「──べルームノーメン!!《我が真の名》」
心臓から腕に、腕から指先に何かが流れ込む感覚が襲ってきた。
初めての感覚に顔を歪めるが、杖は手放さない。
杖からはエルが使っていた時同様、オーラのような物が噴出し、紙を包み込んだ。
紙に文字が浮かび上がってくる。
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『熱田 阿修羅』
─────────
「確認、完了致しました。
では、こちらへお入り下さい」
老人がそう言うと、でかい机の間が割れた。
内側に入り、さらに奥へ老人について行った。
『ブワォン』
何か膜のような物を通り抜けた。
「!?…なんだこれ…」
「これは結界でございます。私たち職員がついて居なければここを通る事はできないようになっております」
阿修羅たちの前を歩きながら老人が説明する。
段々と狭くなっていく道の壁には何個もの人物画が金色の額縁に入って飾られている。
「ここに飾られているのは全て歴代の頭取とうとりを務めてきた者たちの人物画です」
阿修羅が不思議そうに見ていたのを感じたのかそう説明した。
それからも人物画は両側に等間隔で飾られていた。
ピタリと老人が目の前で止まった。
阿修羅は老人に当たるギリギリで止まり、身体を仰け反らさた。
「うぉ…!…危ねぇ」
老人に文句を言うかのように呟いた。
しかしその瞬間、阿修羅の言葉は目の前の異様な物に呑み込まれる感覚が心をどよめかせた。




