魔法の世界
「こ、これが本場のイギリスかぁ…!すっげぇなぁ!!」
日本とはうってかわった街並みに興奮した阿修羅は、目を輝かせながら右往左往に首を動かして見ていた。
今の今までずっとエルの後ろをついてきていた阿修羅は今、エルを引っ張るように前にでている。
「…阿修羅、興奮するのも構いませんがまずは買い物をしなければなりません」
「あ、お、おう…悪い」
エルに咎められるように言われ、自分の行動に少し羞恥心を感じた阿修羅は冷静になりエルの後ろについて歩いた。
冷静にはなったものの阿修羅の目と首はキョロキョロと動いてばかりだった。
裏路地のような場所に入り、小さな階段を降りる。そこはさっきまでの明るく綺麗な場所ではなかった。とても暗く、外国とすぐに分かるその造りは「危険」という印象があった。
エルは窓のない小さなBARのような店に入った。
『チリン チリン チリン……』
癖になるような音と共に阿修羅とエルは黒い世界に入った。オレンジ色の照明がカウンター席を灯す。店の中には店員らしき一人の老人がコップを拭いている。
「お久しぶりですな、アルトリウス殿」
拭いていたコップを置きシワが深く刻まれている顔をあげてそう言った。
「お久しぶりです、マスター」
エルは被っていたフードをとりマスターと呼ばれる老人のいるカウンターの方に数段の階段を降りて向かった。
(……と言うより、日本語喋ってなかったか?)
よくよく考えるとエルも外国の人とは思えない日本語喋ってたよな……。
阿修羅は頭の上に???マークをつけてエルについて行った。
「やっと帰って来られましたか。
───すぐにあちらに行かれますかな?」
「ええ、時間は限られてますので」
マスターはシワをもっと濃くして微笑んだ。
「──いつものでお願いします、マスター」
「かしこまりました」
エルと阿修羅はカウンター席に座った。
エルはコートを羽織り直し、フードを被った。
マスターは奥の部屋から長細い箱を持ってきた。コツコツコツと音を鳴らし歩いてくるその姿はとても年老いた老人とは思えない程にかっこよく見える。
カウンターに箱を置き、その中から杖を取り出した。エルのとは少し形状の違うゴツゴツとした杖だ。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
杖に輝き、光るものが集まり始める。
「──無くなった街に、現れよ《ラペル・アペア》」杖を振った。
その瞬間、緑色に光る世界が阿修羅の目に広がっていった。そして『がくん』と身体が下に下がり、股間がヒューっとなって地面が無くなり、落ちた様に感じる。
数秒もすれば地面が戻ってきた。いつも通り足裏に感覚が伝わる。目を瞑っても眩しかった光は消えて、少しずつ瞳に世界を写していく。
「……ん?エル、さっきと同じ場所じゃないか?」
阿修羅の目に写るのは元いた同じ場所。雰囲気のあるBARのカウンター席。隣にエルがいて目の前にはマスターがいる。少し違うとすればさっきまでいなかった他の客が5、6人程いることだ。
「外に出れば分かりますよ、阿修羅殿」
マスターはそう優しく言い、出入口を見た。
エルは席を立ち「行きましょう」と言いフードを取った。そこに見える顔は隠れていた宝石の様に綺麗なものだった。
『チリンチリン…』
「……ほ、本当に来たのか…、魔法の世界に…。」
阿修羅の瞳に写るのはここに来る前と同じ路地裏だ。街並みも変わらない。何が違うかと言うと……空を見れば箒で飛ぶ人間がうじゃうじゃといたり、宙に浮いている物があったりとまあ普通の世界ではない。
「驚きますか」
エルは少し微笑みながら言った。何気に初めて阿修羅に微笑んでかもしれない。とても可愛い。
「かなり驚くよ…。元いた場所じゃ魔術は隠してたしな」
「ここは自由そのものです。制限は少しありますが……いえ、制限の事は今度、時が来たら話します」
エルは「では行きましょう」と言い路地裏を出た。
路地裏を出ればまたもや驚くことが多かった。街並みは変わらないが店そのものがガラッと変わっている。
変わっているのは売っている商品。窓ガラスから見えるその商品は箒や杖、剣や銃などの武器屋や、本などが売られている。その他にも料理屋や洋服屋などもある。
「まずは教科書を買いましょう。あそこに全て売っています」
エルの指さすほうは料理屋に挟まれている少し明るい店だ。
「買うのはあの紙に書いてたやつだよな?」
紙とはエルが魔法で文字を写し出したものだ。
「ええ、そうですね。あそこに書かれているものは最低限必要な物です。学期が始まった後に必要な物が増えれば学校側から支給されます」
「お金はかからないのか?」
「後で払う事になりますよ」
あ、やっぱり無料ってわけじゃないよな…。と少しだけ無料に期待していた阿修羅であった。




