旅立ち
ちゅんちゅんちゅんと小鳥が鳴き始めた。瞼を閉じている視界は眩しく赤くなり、朝を迎えた事を知らせる。
目を開けようとする前に阿修羅に声がかかった。
「起きてください阿修羅」
地面に寝転がったまま瞼を開けると、広がる世界はいつもと同じ、ただ一つだけ違うものが目の前にあった。
「部屋にいなかったので凛に聞きました」
「そうか。ありがと」
エルはその場で頷きしゃがんでいた身体を上げて部屋の中に戻って行った。
「おはよー兄さん」と台所にいる凛。
「相変わらず遅いわね」と後ろから母さん。
「おそいな阿修羅」と畳に座っている七瀬。
エルは母さんの後ろから静かに歩いてきた。
いつも二人のこの場所に人が増えるだけで全く違う家なんじゃないかと思えた。
「兄さんご飯できてるから早く運んで」
「わかったわかった」と言いながら行く阿修羅の後ろにピタリとエルがついてくる。
「別にいいぞエル。俺がやるから」
「いいえ、宿泊させてもらってる身ですから」
エルは頑なに運ぶといい結局阿修羅とエルの二人が食卓に運んだ。
朝食を食べ終えてから少し経つと居間から人が減っていく。最後は阿修羅とエルになり無言の空気が続く。
気まずいけど阿修羅は別に行くところもなくボーっと座っている。
一方エルも行くところはなくボーっとはしているものの綺麗な姿勢で正座をしていた。
昼食前の11時、阿修羅は土曜日にも関わらず学校に母親と訪れていた。退学届けを出しに行くためだ。
エル曰いわくグラストン魔法学校は、人間界ではあるはずのない学校名らしい。だから一般的に『転校』という訳にはいかず、ちゃんとした理由を付けて休学、退学届けを出さなければならない。
最初、母親は「責めて高卒にしてほしい」と言っていた。
しかしそれを聞いたエルが「魔法学校ですが高卒資格はもらえます」と言うと休学ではなくて退学でいいだろうと言う決断を母親はした。
事務室につくと担当の方がすぐ出てきた。学校に行く前に連絡をしてきたので手続きはすぐ済んだ。退学届けを貰ってすぐその場で書き終え事務室に提出し阿修羅と母親は20分も学校にいないまま家に戻った。
ドアを開けるとエルが阿修羅達を出迎えるように待っていた。初めて会った時と同じコートを羽織っておりもうひとつ同じようなコートを抱えていた。
「もう、時間なのね」
母親は悟ったように、悲しげに言った。
エルはそんな母親をどこか申し訳ないような目で見たあと阿修羅の方に目を向けた。
「準備はできていますか」
「もちろんだ」
エルは「外で待っています」と一言阿修羅に言うと母親に一礼をし熱田家を出た。
阿修羅もエルが出ていくと同時に自室に向かい荷物を持った。太陽のように光る電気を消し、襖をしめる。名残惜しさが残るその部屋は自分の、阿修羅の意思が中に残っているようにも感じる。
少ない荷物を背負い玄関にむかえばそこには母親と凛、そして七瀬の姿もある。
「兄さん荷物そんな少ないの?」
「ああ、服とか私生活で使うもんもはあっちで買うらしいしな」
「そーなんだ」
凛はこの少しの間に七瀬と打ち解けてくれた。これで不安はだいぶ軽くなった。
「ありがとう」という意味をこめて七瀬に目をむけると七瀬はニカッと笑う。それに少し照れ臭さを感じるも阿修羅も返すようにニカッと笑った。
阿修羅が靴を履き終えて家を出る時母親は外には出なかった。
「…私はそこまで見送らないわ。ここで待ってる。いつでも帰ってきなさい」
悲しそうに微笑する母親に「ああ、帰ってくるよ」と返事をし阿修羅は熱田家をでた。
玄関を七瀬とでて門をくぐる。
門の前にはエルと凛が待っている。凛は楽しそうに喋っていて、エルも柔らかい表情でそれに答えていた。
「阿修羅、これを」
片手に持っていたコートを阿修羅に渡す。阿修羅は背負っていたバックを地面に置いてコートを羽織る。
「では、いきましょう」
エルはそう言って阿修羅の隣に立つ。
「ああ」
もう一度バックを背負い真っ直ぐ立つ。
「死に物狂いで己を高めてこい」
七瀬はそう言葉にして阿修羅の右腕を掴んだ。いきなり掴まれた阿修羅はビクッとし、少し顔が熱くなる。
「手を掴んだだけで照れるな」と笑いながら七瀬は言い、阿修羅の掌に御守りを置いた。
「うちの寺の御守りだ。もしかしたらうちの神様がお前を助けてくれるかもしれんぞ」
「そ、そうか。ありがたく貰っとくよ」
阿修羅は自分が照れたことがバレたのが恥ずかしく、それを隠すようにいそいそと御守りをバックの中にしまった。
少しだけ火照った顔ももう元通り。
真剣な顔をして阿修羅はエルと一緒に旅立つ。
「じゃあな凛、また」
「またね兄さん。次帰ってくる時には美味しい料理いっぱい作っておいてあげるね」
いつも通りの笑顔の凛を見ると阿修羅は安堵したかのような表情になり「期待してる」と凛と同じような笑顔で言った。
そんな2人の顔を見てエルと七瀬はこの2人は兄妹なんだと改めて感じた。
「そんじゃ、行ってくるわ」
阿修羅はニカッと笑い前を向く。
エルも2人にお辞儀をした後に続いた。
まだ太陽は下りきっていない。
桜の花は散り始めている。
彼の少し遅れた春は、もうすぐでやってくる。




