5話 2人目の厄介者
「何してくれてんだあああああああああ!」
その叫び声と共に、どんどん先が見えないモザイクの奥へと吸い込まれていく。
それ以外のことは何も起こらない。
モザイクの世界に取り込まれているだけ。
モザイクが広がるこの空間にいると、酔ってきそうだ。
気分が悪い。
これから俺はどうなってしまうのだろう。
こんなことになるぐらいなら、渡り廊下に倒れていた人なんて無視して、直進で寮に戻ればよかった。
もしくは、第5倉庫に足を踏み入れなければよかった。
なんなら入学式で胸に刻んだ通り、もう少し警戒するべきだった。
そんな考えに苛まれる。
そして不思議に思ったのが、モザイクの空間に包まれながらも呼吸をしていること。
この空間のどこに酸素があるというのか。
『なんだ、サンソって?』
「――?」
どこからか声が聞こえた。
好青年のようなはきはきとした声に、俺は吐き気を催す。
その理由というのが、耳から聞こえてくるのではなく、脳に直接語りかけているようだったから。
「……」
怖かったので、沈黙を決め込むことにした。
こんな怖い現象を素直に受け入れてやるものか。
モザイクの空間に囚われて、脳で語るのは好青年と思われる声。
どうせ熱出したときとか、気分が悪いときに見る夢だろ。
『おいおい、無視するなよ~。なんだ? お前ビビってんのか? お? お? 気怠そうな顔してるくせに、俺が怖いんだろ? 怖がり~』
脳内で挑発してくる誰か。
ひとまず、訂正しておこう。
好青年の声なんかではなく、くそったれの声。
まるで酒飲みのような。
はっきり言って、うざい。
『誰がうざいだよ。普通、初対面相手にうざいとか言うか? しかも酒飲みって、俺はなぁ、酒豪なんだよ~。酒飲みだけで済ませるたぁ、俺のことは何も知らねぇみてぇだな~!』
「もう黙れよ」
まず喋り方が気に食わない。
酒豪だろうと酒飲みには変わりないだろ。
しかも、お前のことなんて知らないし。
俺は、脳に直接語りかけてくる男に、遂に話しかけてしまった。
すると、自称酒豪の男が汚い声で、がはは!とバカにするように笑い始めた。
『がはははははは! お前初対面の相手に「黙れよ」とか、お前から俺は見えてないかもしれないけど、俺、一応お前より年上だからな~。まぁ、俺も敬語とかそういうの嫌いだから構わねぇけどさ~』
「あんただって、初対面の相手を挑発してるだろ。」
『がははははは! お前気に入ったわ~』
「俺はあんたのこと嫌いなんだが」
酔っぱらいに絡まれているときの不快感が、俺の心に募っていく。
汚い声の主は俺のことを気に入っているみたいだが、俺は一切好きになれないだろうと確信すらしている。
だんだん、モザイクの中を彷徨っていることなんてどうでもよくなってきた。
それより、この声の正体だ。
『正体が気になるのか?』
またしても口に出していないのに、俺の心を読み取ったかのように言ってくる――。
「まさか、あんたも地の文すらも聞き取れるのか?」
ふと思いついた。
脳に直接語りかけてくる奴なんだから、俺の地の文を読み取ってきてもおかしくない。
『がはははは! チノブンってのは知らねぇが、お前が脳内で考えていることもしっかり聞こえてるよ! 俺に対する悪口すべて! がはははは!』
「もういいや」
『がはははは! お前の前に現れてやるよ! 正体知りてぇんだろう?』
徐々に脳から耳へと、声が聞こえてくる場所が変わってくる。
それを言い終える頃には、俺の前に声の正体が現れていた。
金髪碧眼の端正な顔立ちをした青年。
頭には燃える炎のようなヘアバンドを身に着け、上半身を隠すものはなく、ゴツイ筋肉が剥き出しになっている。
下半身には神聖という言葉が正しいかもしれない、純白の袴を纏っている。
そして、神々しいオーラが底知らず湧き上がっている。
まぁ、もちろん日本人ではないことは確かだったが、こんな偏屈な服装をしている人間がこの時代にいるというのか。
「俺の名は……そうだなぁ……んじゃ、ロキでいいや。俺の名はロキ! 神だ!」
やばい奴だった。
がっつり今作ったような名前を名乗るし、神だとか言っている。
確かに北欧神話かなんかにいる神様だった気がするが、自分のことを神とか言う目の前の人間に、俺は苦い表情をして彼を見つめる。
「お前めっちゃ失礼な奴だな~。初対面の相手に、ここまで失礼なことを思う奴なんていないぜ?」
「いや、勝手に心読んでるからだろ。てか、この空間なに?」
怪しすぎるモザイクの空間で、ずっとこの男と話をしているだけの時間が過ぎていく。
そもそも、ここで呼吸が出来るのかっていう疑問から始まったのに、この人の正体がどうのこうのって、はっきり言ってどうでもいい。
そんなことより、モザイクの世界に迷い込んだ俺を早く元に戻してくれないだろうか。
こんな不審者と会話するぐらいなら、まだ朝倉ノエルの相手をしていた方が楽だ。
こいつ、いつまでいるんだ。
「お前、ぶつぶつうるせぇよ!」
心の中を読む自称ロキは、俺の心の中の独り言にいきなりキレ始める。
「は? じゃあ、心ん中読むんじゃねぇよ。はっきり言って不愉快だよ」
「お前って面白いこと言うよなぁ」
アホとやり取りをしているように少し距離を置いた言い方をするロキ。
しかも、面白いこと言ったつもりは毛頭ない。
「俺とお前はこれから一心同体だぜ? なのに、不愉快とか言われたら悲しいな~」
ニコニコと何がそんなに面白いのかわからないが、悲しいという感情を帯びた表情ではないことは確かだ。
「いや、待て。これから一緒? てか、俺は一体どこに向かってんだよ」
恐ろしいことを言う自称ロキに、一瞬反応が遅れた。
これから一心同体?
つまり、こいつと共に生きていくってことか?
そんなことやってみろ。俺の脳内辞書にプライベートなんて単語存在しなくなるぞ。
こいつは俺の心読めているみたいだけど、自称ロキが一切何考えているか分からない。
理不尽過ぎないか?
すると、自称ロキは両手を耳に当てる。
「だから、うるせぇって。ほら、そろそろ目的地に着くから、もう黙ってろ。てか、現実受け入れろ。それじゃ、またお前の脳内で会おうな」
「……」
俺は考えることをやめた。
ツッコミをするのがバカバカしい。
「え――?」
自称ロキがいなくなると、目の前に虹色に輝く光が現れた。
モザイクの次は虹の光に飲み込まれていく。
その光があまりに眩しくて、俺は目をぎゅっと瞑った――。




