4話 第5倉庫の秘密
倉庫の中に入室させられると別段怪しいものがあるわけではなく、机と椅子と掃除箱とカーテンが設置されていて、倉庫というより机と椅子が規則的に並べられた会議室のようだった。
――ガチャッ、
辺りを見渡していたのも束の間、入ってきたドアの方から鍵を掛ける音が聞こえた。
振り向く間もなく、何をされたか理解出来る。
この人やったな……。
「ふふふふ、これで後輩くんはここから逃げられないよ。はっはっは!」
朝倉ノエルは、腰に手を置いて、高笑いを繰り出す。
この人こそ、魔王という言葉が似合いそうな気がするのは、俺だけが思っていることじゃないはずだ。
もう、魔王討伐部じゃなくて魔王親衛隊じゃん。
名前を変えた方がいいですよ、と教えてあげた方がいいだろうか。
そろそろ付き合いきれなくなってきたので、適当にチャンバラでも、ごっこ遊びでもして帰ろうと決心がついた。
そんな覚悟を決めた俺の前で、タッタッタッと上靴の底を鳴らしながら、カーテンを閉めている朝倉ノエルの様子があった。
「何してんすか……」
「いや、人に見られたらまずいでしょ」
質問を正当な理由で返す朝倉ノエルは、何を当然のことを聞いているんだと言わんばかりに、アホを見る目で俺を見る。
恥ずかしくなってきた。
俺より確実に変わっている朝倉ノエルからそんな目で見られたり、暗い部屋で、2人でチャンバラごっこやったり。
この際、異性で暗い部屋で2人きりということは置いておこう。
そういった感情は生まれて来ないから。
「あ、俺も手伝いますよ」
「いや、いいよ。手伝わせて逃げられたりしたら元も子もないからね」
「……」
変なところで勘のいい朝倉ノエル。
この人、もしかしてアホのふりしているだけなんじゃ……。
そんな疑問が思い浮かんでくるが、考えたってしょうがない。
準備が整ったのか、朝倉ノエルが隅にある掃除箱の前で、コホンとわざとらしく咳込んだ。
「私以外でこの秘密を知るのは、校長と生徒会長だけだからね。その中に後輩くんも加わるんだ。誇らしく思うがいいさ」
わくわくした子供のように素敵な笑顔を見せる朝倉ノエル。
本人が楽しそうでよかった。
ついに、俺は新たな道を踏み出すことになるのか。
あぁ、これで俺は婿に行けなくなってしまう。
生まれて15年、チャンバラごっこを一度もしたことのない俺の初めてが、今日ここで奪われるというのか……。
「――ごめん、今すぐにやめてもらっていい?」
若干引きながら、そんなことを言ってくる朝倉ノエル。
しかし、彼女が間違ったことを言っているわけでもないので、ここは素直に謝っておこう。
不快に思った皆さま、誠に申し訳ございませんでした。
――ん?
不快に思った皆さまって誰?
「あの、先進めていいかな?」
段々と不機嫌そうな顔になっていく朝倉ノエル。
彼女のアホ毛も、彼女のテンションと共に下がっている。
まるでギャグ漫画でも見ているようだ。
そんなアホ毛に笑いそうになった俺は、「すみません、どうぞ」とだけ言って、彼女の進行を再開させた。
「それでは、オープン!」
なぜか朝倉ノエルが掃除箱を開けた。
まさか、箒を使ってチャンバラごっことでも言うのか。
「――?」
しかし、俺の目に映ったのは、普通の箒やちりとりが入った掃除箱の内部ではなかった。
掃除箱の中は、白黒のモザイクが掛かっている。
なんか規制されてるじゃん。
俺は、朝倉ノエルの方へ、疑心を持って見た。
「なに引いてるの? 早くここに入ってよ」
当然のように、モザイクが掛かった掃除箱へ手を伸ばしながら、何をやっているんだ、早く行けと親指でくいと勧めてくる。
この人は何を考えているんだ。
たしかに朝倉ノエルがやろうとしていることが、普通じゃないことは分かった。
しかしだ。
急に見慣れないものが目の前に現れて、すぐに受け入れるのはラノベの主人公だけ。
事実、転生して受け入れられるのは主人公だけで、俺だったら明晰夢かなんかだと思うだろう。
だから、モザイクのかかった掃除箱を見ても、不気味さしか感じない。
第一、なぜ高校生にもなって掃除箱に入らなくちゃならないんだ。
掃除箱に入るなんて、小学生のときにクラスメイトとしたかくれんぼ以来だぞ。
そのときはモザイクなんて掛かっていなかったが。
そう思いながら、ただただ掃除箱と対峙する。
「――も~遅いんだよ~!」
――ドン!
「え――?」
痺れを切らした朝倉ノエルから、掃除箱に向けて背中を思い切り押され、モザイクの掛かった掃除箱へと飛び込んでいく。
何より驚いたのは、飛び込んだ先に壁なんてなかったことだ。
俺は、モザイクの中に引きずられて進んでいくだけだった。
ホラーじゃん。
「いってらっしゃーい!」
朝倉ノエルが、陽気にどこかの遊園地のスタッフみたいなことを言う。
その光景が俺には、サイコパスのそれにしか見えない。
「何してくれてんだあああああああああ!」
俺の怒りに怖気づくことなく、朝倉ノエルはゆらゆらと手を振って見送った。